経済成長と減税を可能にする魔法の税制---累進所得税(2)

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・本書が提唱したいのは(中略)、子どもの数を増やすだけでなく、幸せな子どもの数を増やすことを目標とする政策である

・すべての子どもが享受すべき最低限の生活と教育を社会が保障するべきである

・親の経済状況や家庭環境にかかわりなく、すべての子どもが、幸せで健全な発育の場と、教育の機会が与えられること、これこそが政策の最重要課題であり、...(中略)...児童手当を引き上げても...(中略)...同時期に社会保険料や税の負担を増やし、労働市場では非正規化が推し進められているのであれば、子どもの状況は悪化してしまう

(「子どもの貧困」(阿部彩、岩波新書) p243-244より引用)
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以前の記事で、所得再分配による個人消費の拡大が持続的な内需主導の経済成長をもたらし、減税が可能になることを、簡単なモデルで説明しました。

今回の記事では、実際の家計データ(総務省「家計調査」2007年の年報)をもちいて、以下の条件をすべて満たす累進所得税制が現在の日本において可能であることを示します。

・どの世帯の可処分所得も月20万円以上
・2年後にはすべての世帯の可処分所得が増加
・年5%の経済成長

米国のオバマ大統領は選挙期間中、95%の世帯にとって減税となる税制改革を公約していましたが、それが日本においても可能であるということです。

また、消費税増税との比較も行います。

なお、米国では、家計の消費は保有資産額によって大きく違うのですが(関連記事)、日本の家計では資産効果が小さいようです。 多くの資産を持っている高齢層が、将来不安からあまり消費しないことが原因かも知れません。 今回は、資産効果は考えないで試算します。


■家計の月収と消費支出、実効税率

まず、家計の月収と可処分所得、ひと月の消費支出がどうなっているか、を収入10分位ごとに2007年の家計調査のデータで見てみます(「総世帯のうち勤労者世帯」のデータ)。

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図1

収入の下位10%と上位10%とでは、収入で約7倍、可処分所得で約4倍、消費支出で約3倍の違いがあります。

消費支出が可処分所得にしめる割合を消費性向と呼びます。 消費性向はご覧の通りです。

Cons_ratio
図2

消費性向は、最低所得層で約0.86、最高所得層で約0.65となっています。

月収から税や社会保障負担を差し引き、社会保障給付を加えたものが可処分所得です。 月収と可処分所得の差を負担額と呼びます。 負担額を月収で割ると、実効税率になります。 実効税率は次の通りです(図のピンク色の棒です。 緑色の棒については、すぐ後で説明します)。

Tax_ratio
図3

以前の記事で紹介した米国のデータと比較すると、日本では低所得層の負担が重いことがわかります。


■所得再分配と実効税率変更のプラン

ここで、各家計の実効税率を図の緑色の棒のように変更して所得再分配を行った場合に、各家計の可処分所得と消費支出がどのように変化するか、を調べてみましょう。

なお、この新しい実効税率(緑色の棒)は、以下のような方針で決めてあります。

まず、総税収は変わっていません。 増税になる家計も減税になる家計もあるが、全体としては増税でも減税でもない、という税率になっています。

次に、最低所得層(下位10%)の税率-20.9%ですが、これは、最低所得層のひと月の可処分所得が20万円になるように決めてあります。

最後に、税率変更のよる実効税率の低下幅(上昇の場合は負の値)は、低所得層側から順に11.8%, 9.8%, 7.8%, 5.8%, 3.8%, 1.8%, -0.2%, -2.2%, -4.2%, -6.2%のように、等間隔で並んでいます。


■税率変更直後の可処分所得と消費支出

このような税率変更を行った場合、変更直後の各家計の可処分所得は次のようになります(図の赤色の棒)。

D_income
図4

税率変更直後の可処分所得は、低所得層で増加し、高所得層で減少します。 低所得側から第6分位では微増、第7分位ではほぼ不変、第8分位では微減です。

各所得層で消費性向が不変であるとして消費支出を計算すると、全家計のひと月の消費支出の合計は、この税率変更により0.43%増加します。


■個人消費の拡大が所得の増加をもたらすこと

売り上げの増加を予想した企業は、当然、設備投資を行います。 その結果、景気が良くなり、給与が増えます。 家計の収入が増えて、また消費が増えます。 こうして内需が盛りあがります。 金利上昇などの他の要因を無視できるならば、しばらくの間、毎月0.43%の消費の持続的な増加が期待できるでしょう。 これは年率で約5%の増加に相当します。

もちろん、やや高額の省エネ家電やエコカーも飛ぶように売れることでしょう。


■税率変更から1年後の可処分所得

こうして1年後に経済が5%成長したときの、各家計の可処分所得を、図4の黄色の棒で示しました。

低所得側から第8分位までの所得階層で、税率変更前にくらべて1年後の可処分所得が増えています。

第9分位では0.7万円、第10分位では3.7万円、可処分所得が減少していますが、これは1年後の結果にすぎません。 もし2年後を考えるならば、第9分位では税率変更前より可処分所得は増加し、第10分位でもほぼ不変となります。

実際には、このように経済が成長するときには、株価や他の資産価格も上昇しますから、最高所得層ですら、一時的なマイナスを補ってじゅうぶんにお釣りがくるほどの恩恵を受けることでしょう。

このように、総税収を変えないで消費性向を上げる再分配(累進性強化)は、誰も損をしない税率変更です。


■累進税制の負担感と税率表の見直しについて

ちょっと脱線になりますが、よくある誤解にコメントしておきます。

累進税制の場合、収入が増えると税率が上がるから、がんばる気がおきない(だから累進税制はよろしくない)との主張があります。

たしかに、突然、ある人の収入が激増して前年の2倍になったりしたら、その人の税率はアップするでしょう。 しかし、国全体の経済成長に比例して自分の収入が増える場合には、税率は変わらないのです。

たとえば、現在、第5分位に属する、月収45万円、実効税率が21.5%の家計を考えてみます。 年5%成長が14年続き、この家計の月収が2倍の90万円になったとしましょう。 そのとき、この家計の実効税率は21.5%のままです。 なぜなら、他の家計の月収も増えているので、この家計は相変わらず第5分位(税率21.5%)に属しているからです。 現在、月収90万円の家計は第10分位に属し、その実効税率は40%以上ですが、現在、月収45万円の人が、将来、月収が増えて90万円に達したときの税率はもっと低いのです。

実際、1960年代、1970年代の日本では毎年、税率表の見直しがされていました。 おなじ収入に対する税率で見れば、毎年、減税が行われていたのです。

累進税制が可能にする、需要の増殖効果は、毎年の税率表見直しによる「減税」がもたらす効果である、とも言えます。


■消費税の税率アップが所得に及ぼす影響

上では、おもに所得税の累進性強化を念頭に、再分配が可処分所得や消費に及ぼす影響を試算しました。

では、消費税率のアップはどのような効果をもたらすでしょうか。 それを以下の2つの場合について試算してみましょう。

a)消費税率を2%アップし、社会保障の赤字を穴埋めする場合
b)消費税率を5%アップし、増税分の全額を各家計に定額給付する場合


■a)消費税率2%アップ+赤字穴埋めの影響

まず、消費税率を2%アップし、社会保障の赤字穴埋めにあてる場合を考えてみましょう。

各家計の実効税率は、消費税率の2%アップにより、次のように変化します。 なお、消費税率アップの効果は、単純に消費支出に消費税率をかけ算した量だけ各家計の税負担が増え、その負担増を月収で割った分だけ実効税率が変化すると仮定して計算することにします。

Tax_ratio2
図5

実効税率は、最高所得層で0.86%、最低所得層で1.89%アップします。 低所得層ほど税率アップが大きくなります。 消費税が逆進的といわれるのはこのためです。

さて、実効税率が上がるので各家計の可処分所得は減少し、それが消費支出の減少を招きます。 これが企業の売り上げの減少、設備投資の減少、給与の減少を経て、ふたたび各家計の収入の減少をもたらし、さらなる消費支出の減少を招きます。 可処分所得の変化は次のようになります。

D_income2
図6

増税した分で赤字を穴埋めしたら(=政府支出を増やさなかったら)、デフレスパイラルに突入することがよく分かります。 1997年に起きたことです。 この試算ではさらに、増税が逆進的な税(消費税)で行われているので、抜群の所得減少効果を示しています(苦笑)。

「増税分を社会保障に使う」という言葉は、注意して聞く必要があります。一口に「社会保障に使う」といっても、それが、社会保障の(すでにある)赤字を穴埋めするという意味であれば、上で見たように、国民総所得の減少を招いてしまうのです。

では、赤字を穴埋めするのではなく、増税分だけ実際に給付する(あるいは政府支出を実際に増やす)とどうなるのか、を次に見てみます。


■b)消費税率5%アップ+定額給付の影響

消費税率を5%アップし、増税分の全額を各家計に定額給付する場合を考えてみましょう。 a)の場合と同様、実効税率の変化に置き換えて影響を試算します。

各家計の実効税率は、消費税率の5%アップ+定額給付により、次のように変化します。

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図7

実効税率は、第7分位以上で増加、第6分位以下で減少します。 最高所得層では0.87%増加し、最低所得層では3.75%減少します。 多少の再分配効果をもつことが分かります。

可処分所得の変化は次のようになります。

D_income5
図8


1年後を見ますと、最低所得層の可処分所得が0.8万円増えるなど、第9分位まで可処分所得は微増です。 第10分位は微減ですが、2年後にはほぼ元の水準に戻ります。 これは再分配による需要増殖効果で年約1%の経済成長が期待できるためです。


■累進所得税と較べると

このb)のケースを最初に調べた累進所得税のケースと較べると、低所得層の所得底上げ効果がやや弱いですね。 消費税率のアップ幅を大きくして「消費税率10%アップ+定額給付」とするならば、最低所得層の可処分所得が月20万円に到達しますが、それでも需要増殖効果は年2%と弱く、年5%の成長をもたらす累進所得税には全くかないません。

では、もっと消費税率を上げ、同時に、消費税収の増加分を定額給付でなく、低所得層に手厚く給付したらどうなのか。

たしかに、それなら、やり方によっては累進所得税のケースと同様な効果をもたらすことも可能でしょう。 でも、そこまでやるなら、どうして最初から累進強化でやらないのか、という疑問に突き当たります。

分配面での配慮の必要性や需要増殖効果の弱さは、消費税の逆進性に由来します。 富士山に登るのに、わざわざ相模湾の底、深さ数千メートルの海底から登る必要はありません。 2合目か3合目から登れば、もっと楽に登れるはずです。

消費税の廃止と所得税累進性の強化が王道だとWSは思います。

     *

リーマンショック後の世界不況の悪影響を緩和するための、あらたな追加経済対策として試みに、一時的に消費税率をゼロに引き下げ、同時に所得税の累進カーブをわずかばかり急にしてみてはどうでしょうか。 消費税の減税と合わせて見たとき、すべての所得階層で減税となる程度の、わずかな累進強化です。

きっと、予期せぬ持続的な好況と税収増加が訪れて、国民も喜び、世界も喜ぶ。もう少し、続けてみましょうか、となるに違いありません。

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雇用の流動化は生産性を高めるか

先日の記事では、実質経済成長率と失業率の推移をもとに、ここ半世紀の日本の潜在成長率を推定しました(オーカンの法則)。 潜在成長率と同時に、雇用の不安定さを示す量(オーカン係数)も推定できました。 それらの推移(推定中央値)を再掲すると次のようになります(*1)。


■潜在成長率とオーカン係数の推移

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図 (クリックで拡大)

オーカン係数は、実質成長率が1%増す(減じる)とき、失業率が何%減る(増える)かを表します。 景気変動にともなって失業率がどれくらい大きく変動するか、を示す量です。 オーカン係数が大きいほど、雇用の状態が不安定である、と言えます。

グラフからわかるように、1980年以降、オーカン係数は上昇しています。 それにともなって、潜在成長率の低下が見られます。 この推移を見ると「雇用の流動性を高めれば、自分の能力を活かせる職場に人々が就くから、生産性が高まる(≒潜在成長率がアップする)」という主張の正当性は、非常にあやしいようです(*2)。

むしろ逆に、雇用の安定さが潜在成長率の高さと結びつくように見えます。

もちろん、相関関係があるからといって、ただちに因果関係がある、と結論することはできません。 しかし少なくとも、雇用を不安定にすれば潜在成長率が高まる、という因果関係はなさそうだ、とは言えるでしょう。


■雇用の不安定さ(オーカン係数)と雇用の流動性

オーカン係数は、厳密には「雇用の流動性」と同じではない、という反論があるかも知れません。 生産性の向上に意味があるのは、人々が自分の能力を活かせる職場に転職する頻度(流動性)であって、失業が増減する幅のことではない、という反論です。

そこで、オーカン係数ではなく、転入職率と潜在成長率との関係を見てみましょう。 転入職率のソースは、厚生労働省の雇用動向調査です。

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図 (クリックで拡大)

期間はやや短くて平成3年以降のデータしか手に入りませんが、転入職率が下がるときには潜在成長率がアップし、転入職率が上がるときには潜在成長率がダウンするという関係が、はっきりと見てとれます。 新卒採用や退職の影響を受けにくい30〜44歳の転入職率に限定しても、同様な傾向が見られます。

別の言い方をするならば、雇用の流動性と雇用の不安定さ(オーカン係数)はほぼ同じ意味、ということです。


■転職にともなう賃金の変化

なぜ、転入職の増加が生産性の低下を招いているのでしょうか。 次の図は、転入職者(30〜44歳)の賃金変化の推移です。

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図 (クリックで拡大)

1991年には40%以上の人が転職にともなって賃金が1割以上増えていました。 しかし、 1998年以降は20%程度の人しか賃金が1割以上増えていません。 より自分の能力を活かせる職場に転職した、というよりも、非自発的な転職が多くなったことが推測できます。

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このように、雇用が流動化したほうが潜在成長率が高まる、という証拠は全くありません。

転職者が年に10%を越える状況では、多くの人にとってその転職は不本意なものです。 個々の企業の利益は一時的に増えるかも知れませんが、生産性の向上をもたらす転職ではないため総賃金が低下して、個人消費減という経路で景気は悪化し、国全体の経済の成長にはつながりません。

むしろ、ある程度景気がよく雇用が安定しているなかで、少数の人(年に5%程度)があえて成長産業に職場を求めて転職していく、という環境のほうが、潜在成長率がアップするようです。

累積債務や年金の持続可能性の問題を考えれば、名目成長率を3〜5%以上に保つ必要があります。 そのためには、この10年あまり、近視眼的に推し進められてきた政策である、雇用の非正規化を容認する流れをストップし、逆転しなければならない、と思います。 その逆転を可能にするマクロ経済政策(税、財政、金融)の組み合わせは存在します。

増税と緊縮財政で、過剰に企業どうしを競わせ、働く人を競わせ、子供たちを競わせ、男と女を競わせ、自治体どうしを競わせる。 そんなシバキあげ構造カイカクでは、社会や人々の潜在力は発揮されないのではないでしょうか。

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注 *1) 先日の記事でも触れましたが、2000年以降、雇用の非正規化が速いスピードで進行中なので、この時期の潜在成長率は1〜2%、低めに推定されている可能性があります。

*2) いまの日本経済の問題は生産力があり余っているのに需要が全く足りない、ことなので、「生産性のアップ」に注目することは、ディマンドサイダーであるWSの本意ではありません。 気になる方は、「生産性のアップ」と言う言葉を「賃金のアップ(=家計消費のアップ)」と読み替えて下さい。

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100年の難問はなぜ解けたのか〜天才数学者 失踪の謎〜

今日の夜10時からNHK総合テレビで「100年の難問はなぜ解けたのか〜天才数学者 失踪の謎〜」のアンコール放送があるようですね。

2年ほど前に見ましたが、ニュートン以来の微分積分という「硬い数学」から20世紀以降のトポロジーという「柔らかい数学」への流れを、宇宙はどんな形をしているのか、といった素朴な疑問とからめて、図でわかりやすく説明する非常に良質な番組でした。

トポロジーという分野の発展は、ポアンカレ予想(ポアンカレはアインシュタインと同じ頃のフランスの大数学者で、トポロジーの創始者です)という難問への挑戦と切り離せません。ところが、そのポアンカレ予想を解決して、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞したロシアのペレリマンは、授賞式に現れず、謎の失踪してしまうのです。

WS的には、ポアンカレ高校でのドーナツの形をした地球儀を使ったトポロジーの授業の場面がおすすめ。こんな授業を高校生の時に受けていたら、数学者になりたい、と思ったかも。

理系の高校生のみなさんには、5重丸のおすすめです。しばし、この世の諸事を忘れて、宇宙と数学の謎にひたりたい方もぜひ。10pmからなので、よい睡眠薬になったりして(笑)。

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日本の潜在成長率の推移と雇用の安定性---オーカンの法則

今回は日本経済の潜在成長率と雇用の安定性、および、それらの推移について、オーカン(Okun)の法則をもとに推定し、その推移の原因を考えてみます。 オーカンの法則とは、景気がよければ失業は減る、という(あたりまえの)法則です。


■経済の現状と大規模な財政出動

米国ではGDP比6%の緊急経済対策が実施されることが決まりました。 昨年10-12月期のGDPが2ケタのマイナスとなった日本でも大型の経済対策が実施されるでしょう。 歓迎したいと思います。

企業がリストラを行い、それが家計の消費意欲を減退させる。 さらに企業は弱気になって新規投資を控える、というのが現在の経済の姿です。 民間部門に任せておくだけではデフレスパイラルに突入してしまいます。 恐慌突入の不安が社会を覆っているときに、需要を補って景気を下支えできるのは公的部門による支出しかありません。

問題は、財政出動の規模と対象です。

財政出動の対象、つまり、何に支出すべきか、ということに関しては、今回は触れません。 未来を完全に見通すのは無理なので、何が有益で何が無駄なのかは現地点でははっきりしません。 国民の多くが納得できるような支出対象であればよいと思います。 医療や介護、セーフティーネットなど応急手当の必要が明らかな分野や、環境やエネルギー関連の長期的なビジョンに基づく支出などが候補でしょう。

財政出動の規模については、潜在成長率と実際のGDP成長率の差が一つの目安となります。 たとえば、潜在成長率が年3%であるのに、今年の実質成長率がマイナス3%ならば、6%の差(ギャップ)があることになります。 GDPはおよそ500兆円ですから、その6%で約30兆円のギャップです。

仮に10兆円の政府支出が1年間に2倍、つまり20兆円のGDPの増加をもたらすとしましょう。 この場合、約15兆円の政府支出を行えば、30兆円のギャップが埋まることになり、恐慌突入を食い止めることができます。

必要な財政出動の規模は、現在の潜在成長率をどれくらいであると考えるか、によって違ってきます。 潜在成長率が高いと考える人ほど、大きな規模の財政出動が必要であると主張するでしょう。


■潜在成長率とは

潜在成長率にはさまざまな定義の仕方があり、当然、定義が違えば推定される潜在成長率も違ってきます。(例えば、日銀のレポートを参照。 こちらも)。

今回の記事では、以下のように、失業率を用いて潜在成長率を定義します。

潜在成長率 = 失業率を悪化させない実質GDP成長率

経済が成長していれば、企業は業務拡張のために新規採用を増やすので失業率は減少します。 逆に、経済が縮小していたり、経済成長のスピードが遅ければ、失業率は悪化します。その境目の成長率を潜在成長率と定義しようというわけです。


■日本の実質GDP成長率と失業率の推移

次の図は、およそ50年間にわたる、日本の実質GDP成長率と失業率の推移です(*1)。

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図1(クリックで拡大)

成長率が高いときには失業率が改善し、成長率が低いときには失業率が悪化することが読みとれます。また、長期的な流れをみると、成長率が徐々に低下してきたこと。 それに伴って失業率が悪化してきたこともわかります。

次の図は、横軸に毎年の実質GDP成長率、縦軸に失業率の前年差をとって、両者の関係をプロットしたものです。

Jp_okun
図2(クリックで拡大)

やはり、成長率が高いほど失業率が改善することが読みとれます。 まずは大雑把に、1980年以前(青色)と1981年以降(ピンク色)の2つの時期に分けて見てみましょう。 もっと細かく年ごとの変化を追いかける分析はあとで行います。

回帰直線の傾きは、前者(青色)はほぼ水平でゆるやかですが、後者(ピンク色)は右下がりになっています。前者では、成長率が変わっても失業率はあまり変わりませんでした(傾き=オーカン係数=0.03)。 後者では、成長率の変化に対して失業率が大きく変わるようになりました(オーカン係数=0.11)。

わかりやすくいうと、1980年以前は、景気が悪化しても経営者は労働者をあまり解雇しなかったが、1981年以降はたやすく解雇するようになった、ということです。 このように、回帰直線の傾き(オーカン係数)は、雇用の不安定さを表しています。

たとえば、すぐあとで述べるように現在のオーカン係数は約0.16と推定されます。 これは実質成長率が潜在成長率より1%低いならば(いいかえると、GDP成長率のギャップが1%ならば)、失業率が毎年0.16%ずつ悪化し続けることを意味します。 現在、ギャップがいくらであるのか、正確なところはよくわかりませんが、仮にギャップが6%ならば、失業率は1年に約1%(失業者数の増加にすると約60万人)のペースで悪化します。

図2からは、オーカン係数に加えて、もう一つ重要な量が読みとれます。潜在成長率です。

さきほど、失業率を悪化させない成長率として潜在成長率を定義しました。失業率の前年差がゼロとなる水平線と、回帰直線との交点から潜在成長率が読みとれます。 1980年以前は約7%、1981年以降は約3%くらいです。 潜在成長率が低下したことがわかります。

以上は非常に大雑把な観察です。 次に、もっと細かく、オーカン係数(雇用の不安定さ)と潜在成長率の年ごとの推移を調べてみます。


■日本のオーカン係数と潜在成長率の推移

時系列解析の手法を用いると、上記の実質GDP成長率と失業率の年次データから、毎年のオーカン係数および潜在成長率の値を推定できます(*2)。 推定結果を次の2つの図に示します。

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図3 日本のオーカン係数の推移(クリックで拡大)

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図4 日本の潜在成長率の推移(クリックで拡大)

まず、オーカン係数から見てみます。 1950年代に0.15を越える高い値を示していたオーカン係数は、1960年を境に急低下を始め、1960年代後半にはほぼゼロまで低下しました。1960年は岸首相が退陣して池田首相が就任し、所得倍増計画が始まった年であり、ケネディーが大統領選挙に勝利した年でもあります。

その後、オイルショックの影響で一時0.05まで上がることもありましたが、1980年代始めまでオーカン係数はゼロ近くの非常に低い値を保っていました。 従業員を新規に雇用したり解雇する際の企業の判断は、目先の景気の影響をほとんど受けませんでした。 経営は長期的な視野に立って行われていました。

ところが、1980年以降、オーカン係数は増加に転じます。 景気変動による凹凸を除いて考えるならば、一貫した増加傾向が見てとれます。 2003年には、1950年代への逆戻りとも言える0.15を越える高い値に戻ってしまいました。 経営判断は目先の景気変動の影響を強く受けるようになり、雇用は不安定になりました。ちなみに、1980年は大平首相急死、1981年はレーガン政権発足、1982年は中曽根内閣発足の年です。

次に、潜在成長率の推移を見てみます。 潜在成長率はオーカン係数とはほぼ逆方向の動きを示しています。 つまり、オーカン係数が小さくなる(雇用が安定する)ときには潜在成長率の上昇がみられます。

1957年に5%程度であった潜在成長率は、1958〜1959年に急上昇して9%に達し、その後、1980年ごろまで約10%を維持していました。 しかし、1980年以降は一貫して減少トレンドにあります。 2002年には約3%、2003年には2%弱まで落ち込みました(*3)。

少し細かく見ると、バブル崩壊後の1993年ごろから2002年ごろにかけて、(長期低下トレンドにくらべての)潜在成長率の高まりが見られます。 これは財政出動の効果であると考えられます。 途中、1997年付近に落ち込みが見られるのは、消費税増税とアジア金融危機によるものでしょう。 2003年からの潜在成長率の急激な落ち込みも目を引きますが、これは構造改革の負の影響と思われます。 バブルの時期(1987年〜1990年)には潜在成長率が増加することはなく、むしろ減少が続いており、潜在成長率の値じたいもトレンドより低かったこともわかります。


■潜在成長率と実質GDP成長率の推移

次の図は、上で推定した潜在成長率(推定中央値)と実際の成長率を比較したものです。

Pgdp_gdp
図5(クリックで拡大)

定義により、実際の成長率が潜在成長率を上回るときには失業率が改善し、下回るときには悪化します。 1970年以前には、実際の成長率が潜在成長率を上回ることもしばしばでした。 1970年以降は、下回ることがむしろ普通になりました。 上回ったのは、1987年〜1990年のバブルの時期と、2003年以降の世界バブルの時期だけです。不況(失業率の悪化)がふつうになった、ということですね。

図では、1970年代から1980年代半ばに実際の成長率が潜在成長率を大幅に下回っています。 しかし、当時のオーカン係数は小さかったので、このギャップによる失業率の悪化はわずかでした。 一方、バブル崩壊以降の1990年代半ばから2003年ごろまでのギャップは、規模では2〜3%程度でしたが、オーカン係数が大きいので、より大きな失業率の悪化をもたらしました。

ここまでの観察からわかったことをまとめると次のようになります。

・1970年ごろ以降、実際の成長率が潜在成長率を下回るようになった。
・1980年ごろ以降、潜在成長率が低下を続けている。それに並行して、雇用の不安定化が進行している。
・1960年ごろに、潜在成長率が急激に上昇した時期があった。それに並行して、雇用の安定化が見られた。

以下では、観察で判明したこれらの変化の原因を探ってみることにしましょう。人口構成、公共投資の量、為替レートの順に検討します。


■人口要因では変化の一部しか説明できない

まず、人口構成を検討してみます。 次の図は生産年齢人口(15歳〜64歳)と労働力人口の推移です(*4)。

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図6(クリックで拡大)

労働力人口は景気変動の影響を受けますが、長期のトレンドを見れば、生産年齢人口とほぼ似た動きを示しています。おおむね、1980年代後半までは年1%のペースで増加してきましたが、その後、増加率が減少に転じました。1990年代後半に両人口は減少に転じ、2005年ごろに年に約0.5%の減少率となり、2010年代半ば以降は年に約1%のペースで減少する見込みです。

人口要因によって、とくに最近の潜在成長率や実際の成長率の低下の一部(1〜2%分くらい)を説明できるかも知れません。しかし、低下が始まった時期を見ると、実際の成長率は1970年ごろ、潜在成長率は1980年ごろであるのに対し、生産年齢人口の伸び率の減少は1980年代後半で、ずれがあります。成長率低下の主な原因は、別にあると考えるべきでしょう。


■公共投資の量と潜在成長率の推移

次に、公共投資の量について検討してみます。次の図は、公的資本形成の総額の推移です(*5)。

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図7(クリックで拡大)

ごらんのように、公共投資は1960年代から1970年代にかけて、年10%を越える非常に高い伸びを示していました。 しかし、高度経済成長がそれに伴っていたので、GDPに占める公共投資の割合は7%から9%へとゆるやかに増えただけでした。 公共投資が年率30%という大幅な伸びを示した1960年代はじめの数年間は、さきほど見た通り、潜在成長率が急激に上昇し、雇用の安定化が進んだ時期と一致しています。

1970年代には2度のオイルショックがあり、その対策としての財政出動もあって、1970年代末には公共投資のGDPに占める割合が10%近くになっていたことがわかります。

1980年を境に、公共投資のGDP比は減少に転じました。1990年には6%台後半まで低下。そのあと、バブル崩壊後の経済対策で8%台を一時回復しましたが、この10年ほどはほぼ単調に減少し、現在4%台まで落ち込んでいます。

この1980年からの公共投資(GDP比)の減少は、潜在成長率の低下のトレンドと一致しています。

1980年代には、レーガン政権が超高金利政策で海外のマネーを集め、赤字覚悟の大規模な財政出動と軍拡を行いました。日本の金融機関は、国内に投資したり日本国債を買ったりするよりも、米国に投資したい、と考えたことでしょう。ちょうどこの時期に行政改革の必要が叫ばれ、公共投資は無駄というキャンペーンが張られたことは、そうした海外への投資に好都合だったはずです。

この時期は、日本の大企業が借金経営を卒業して、内部留保をたくわえ、運用し始めた時期とも重なります。 大企業という顧客を失った銀行が預金の新たな運用先を探したとき、国外に目が向いたのでしょう。

最近に目を移すと、この10年で公共投資は半減しました(GDP比8%→4%)。 毎年2兆円ずつ公共投資が減っています。 その代わり、社会保障費などが増えています。 WSは、この支出の転換が、不況をもたらしていると考えます。

社会保障費を増やすことに反対しているわけではありません。 しかし、社会保障費と公共投資とでは、民間経済への波及効果がかなり違うのです。 例えば、1万円の社会保障給付を受け取った家計は、そのうちの7割くらいを支出します。 その支出が波及して、2〜3年の間に計1万5千円くらいの需要を生み出します。 一方、1万円の公共投資を行えば、受注企業は1万円を受け取り、さらに給与を払ったり原材料を買ったり、といった形で、(最初の受注分と合わせて)2〜3年の間に計3万円くらいの需要を生み出します。生み出す需要では、2倍くらいの差があるわけです。

現在のように頭から経済成長の可能性を排除し、近視眼的に財政均衡だけを重んじるならば、公共投資がGDPに占める割合を4%以下に減らしていく、という未来しか思い浮かばないことでしょう。 しかし、逆に6〜8%くらいに増やし、それによって国の経済規模を拡大した方が、かえって税収が増えて社会保障の財源も生み出せる、という可能性を検討してみるべきではないでしょうか。

この点についてはいずれ、もっとちゃんと考察して、記事にまとめたいと思います。


■為替レートの推移の影響

次の図は、円/ドルの為替レートの推移を示します(*6)。 10年後方移動平均と、移動平均からの乖離率も示しました。

Ex_rate
図7(クリックで拡大)

変動相場制へと移行した1970年ごろから、長い目でみると、一貫して円高ドル安が進行しています。 それに伴って、実際の成長率が低下しました。 潜在成長率の低下が始まったのは10年ほど遅れて1980年ごろからですが、このずれは上でみたように、1970年代の公共投資の高い伸びによる経済下支え効果で説明できると思います。

円高ドル安が成長率を抑制するわけは、輸出競争力が低下するからです。 円高になると輸出が減少し、それが国内の下請けへと波及していきます。

細かく見ると、円高ドル安進行期と円安ドル高進行期が繰り返されています。円高進行期には輸出減少による不況を緩和するために公共投資による景気下支えがなされます。 円安進行期には、輸出増加で好況となり、公共投資が削減あるいは伸びが抑制されます。

そして、全体のトレンドとしては円高が進むスピードが速すぎて、国内だけでは対応できず、工場の海外移転などもあって、成長率の低下を招いているものと思われます。


■経常収支の推移

為替レートと密接な関係にある、経常収支(貿易サービス収支+所得収支)の推移(下図)も見ておきます。

Balance
図8(クリックで拡大)

1980年以前には経常収支が赤字になることもありましたが、1980年以降は大幅な黒字が続いていることがわかります。 経常収支が均衡していた70年代以前の方が、成長率が高かったという事実は重要です。 あたりまえのことですが、経常収支の黒字は、経済成長の必要条件ではありません。 日本は資源に乏しい貿易立国ですが、黒字でないと死んでしまうわけではないのです。

さて、ここで、ひとつ疑問が出てきます。なぜ、(長期的にみて)つねに円高が進行するのか。 ふつう、変動相場制で為替レートが自由であれば、自動安定化機能が働いて、経常収支はゼロに向かい、為替レートが一方向に進行することはないのではないか、という疑問です。

どういうことかというと、たとえば、日本の経常収支が大幅な黒字であるとしましょう。 すると、日本円が買われて、円高になる。 円高は輸出競争力の低下を招くから、日本の貿易収支の黒字は減る。したがって、経常収支の黒字も減る。 だから、円高の進行は止まるはずだ、というわけです。

この疑問の答はたぶん、経常収支の黒字は結果に過ぎない、ということでしょう。

日米間には1980年代いらい金利差があり、日本の金融機関には常に、外貨建ての債券などを購入する動機があります。 金利差が大きいほど外貨の購入量は多い。すると(金利差がない場合にくらべて)ドル高円安になります。 これが輸出を増やし、利息受け取りを増やして、経常収支の黒字につながっているのでしょう。

このようなシステムが30年も持続できたのは、米国が基軸通貨国だからだと思います。世界からマネーを集めて新興国に投資して利益を挙げることで、米国は高金利と経常収支の赤字を両立させ、ドルを刷って世界からモノとサービスを購入してきました。 ドル安により、対外債務を減価させてきました。

それに適応した結果、日本には、恒常的な円高と経常収支の黒字、資本の流出が定着しました。 資本を流出させる分、国内への投資は減り、不況となりました。 その不況は、輸出が不振となる円高進行時(まさに現在のようなとき)に強く実感されます。


■物価上昇率の日米比較

次の図は、日本と米国のCPI(消費者物価)上昇率の推移です(*7)。

Cpi
図9(クリック)

1977年ごろまでは、日本の方が物価上昇率が高かったのですが、その後は米国の方がつねに高いことが分かります。 物価上昇率の差は平均すると、年率で2.5%ほどです。

年2.5%の差が30年間積もると、約2倍の差になります。 実際、為替レートを見ると、1978年は1ドル=210円でしたが、2007年は1ドル=115円ですから、円に対するドルの値打ちが約半分になっており、消費者物価の変化とほぼ一致していることがわかります。

おそらく、米国は少しマネーを刷りすぎており、日本は逆に少し刷り足りないのです。 そのために、(長期トレンドでみて)円高ドル安が進行しているように思います。

日本の物価上昇率の低さはあまりにも異常です。
企業にとっては、もう少し物価上昇率が高ければ、業績が不振なときに賃金を据えおくことで実質的な賃下げができ、設備投資などの余力が出てきます。 しかし、現状では、実額での賃下げやリストラで社員のやる気をそぐことしかできません。 物価上昇率の異常な低さが、失敗が許されない緊張した経営環境、職場環境を生んでいます。

経済システムに柔軟性を持たせるために、米国なみに年4%とまではいかなくても、年2〜3%のインフレ率が望ましいのではないでしょうか。そうすれば、円高進行圧力は緩和し、工場も国内回帰し、資本流出は減り、国内投資にも魅力が出てきて、日本の金利や株価も多少は上昇し、資産効果で家計の消費も増えると思います。


■まとめ

今回は、日本の潜在成長率や雇用の不安定性(オーカン係数)の推移を観察し、その変化の原因について考えてみました。

1980年ごろを境に、米国の高金利政策に合わせる形で、また、大企業の(銀行からの)乳離れという日本独自の理由もあって、資本が国外へ流出するようになり、公共投資も減り、それに並行して潜在成長率の低下が起きました。 経常収支の黒字はその結果にすぎません。

財政均衡にこだわって、社会保障費の自然増加分だけ公共投資を抑制する政策は、成長率の低下、さらには潜在成長率の低下を招いている可能性があります。

むしろ、公共投資の額をGDP比6%(現在の1.5倍)程度まで戻し、同時に、米国と同程度(3〜4%)のインフレ率を許容することが、資本の国内回帰を呼び、1960年代はじめのように、成長率の上昇、さらには潜在成長率の上昇と雇用の安定をもたらすと考えます。

1990年代までの日本では、公共投資が所得の再分配に大きな役割を果たしていました。 加えて、今回は触れませんでしたが、税制による再分配が消費性向を上げる効果も忘れることはできません。 1960年ごろの所得税累進性の強化および1980年以降の累進性の緩和が(参考グラフ)、家計の消費性向の変化という経路を通じて、上述のような潜在成長率の変化をもたらした主たる原因の1つであろう、と考えます。

なお、公共投資の効果については、あらためて分析して報告したいと思っています。 では。

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*1) 実質GDP成長率の年次データ(暦年)は、1994年以降は国民経済計算の平成19年度確報、1980年〜1994年は平成15年度確報、1956年〜1980年は平成10年度確報の値。接続年は平均値を使用。 失業率は、総務省統計局ホームページ・労働力調査の長期時系列データの完全失業率月次データを年ごとに平均した値。

*2) ある年の失業率の前年差をΔU, 実質GDP成長率をR, オーカン係数をa, 潜在成長率をpとし、前年の値を順にa_, p_として、以下のような状態空間モデルを考えます。

観測モデル:ΔU = a (R - p) + u1
システムモデル:a = a_ + u2, p = p_ + u3

観測モデルはオーカンの法則を表しています。 システムモデルは単純なトレンドモデルです。 ただし、u1, u2, u3はゼロを中心とする正規分布に従うランダムなゆらぎで、互いに独立と仮定します。

aとpの初期分布(1955年の分布)を正規分布に仮定します。初期分布は平均と分散(計4個)のパラメータで決まります。u1, u2, u3の分散と合わせて計7個のパラメータを、モンテカルロ粒子フィルタの手法で、最ゆう法で推定しました。 粒子数は4000で、各予測ステップでは20000個の状態を生成し、続くフィルタステップで4000個を選び出しています。 図3と図4に示したオーカン係数と潜在成長率は、期間数を5期(5年)として固定区間平滑化を行ったものです。

*3) この推計によると2003年以降も潜在成長率の落ち込みが続き、2007年には約0%まで低下しています。 しかし、雇用の非正規化が進行中であれば、失業率の改善が始まる成長率の水準は、以前より見かけ上低くなるでしょう。その影響で、潜在成長率が過小評価されている可能性があります。 2003年〜2007年の実際の潜在成長率は、図に示した今回の推計の値より、1〜2%ほど高いかも知れません。

*4) 労働力人口のソースは、*1)の完全失業率と同じです。 生産年齢人口のソースは、政府統計の総合窓口 > 人口推計 > 長期時系列データ > 我が国の推計人口(大正9年~平成12年)、および、最近の年次データ、および、国立社会保障・人口問題研究所の平成18年12月の中位推計。

*5) 公的資本形成のソースは国民経済計算((*1)と同じ)。

*6) 為替レートはセントルイス連銀のホームページより。

*7) 消費者物価指数のソースは、日本は総務省統計局、米国はBureau of Labor Statistics。

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意外にも手厚い社会保障が消費性向を引き上げる米国

前々回の記事のコメント欄で、HMさんから、米国では高所得の家計ほど消費性向が高いようですが、という指摘をいただいて、コメントのやりとりがありました。

これ、ものすごくスルドイ指摘なのです。

WSは、所得の再分配によって個人消費を盛り上げれば、民間投資が増え、給料が増え、また消費が増えて、と言った具合に好循環のループが回り始めて内需が盛りあがる。そうすれば、財政赤字やワープアや少子化をはじめとする諸問題が解決に向かう、と主張してきました。

低所得の家計は収入のほとんどすべてを消費にまわす。でも、高所得の家計はあまり消費に回さずにかなりの割合を貯蓄する、ということがその根拠です。もし、米国の家計ではそれが成り立っていないなら、(少なくとも米国については)主張の土台が崩れてしまいます。

でも、米国では1990年代にクリントン政権が再分配を強化して、好景気に導いたという経験もあります。これはWSの主張を裏付けているように見えます。

いったい、「米国では高所得の家計ほど消費性向が高い」というのは本当なのだろうか。それを調べていくなかで、どうも資産効果が高所得層の消費性向をかさ上げしているらしい、ということがわかってきました。

今回の記事では、前半にそのお話をします。でも、実はもっとお話ししたいことが別にあります。

調べていくなかで、じつに不思議な事実が浮かび上がってきました。米国では低所得の家計は収入よりおそろしくたくさん支出しているのです。いったい、どうしてそんなことが可能なんだ?

米国には1975年から実施されている事実上の負の所得税(EITC:Earned Income Tax Creditという戻し税。ワープア解消が目的)があって、なんと4〜5割の家計は実効税率がマイナスなんです。意外にも米国は低所得層にやさしい国であることがわかりました(*3)。こういうセーフティーネットがあった上での =市場原理至上主義= の国だったのですね。この話が後半の主題です。

「米国は社会保障が充実した国である。低所得層の実効税率を大きなマイナスにすることで、事実上の急激な累進所得税制を敷き、個人消費を盛り上げている。そのおかげで株価等があがって資産が増え、それが高所得層の消費も引き上げている」ということがわかりました。目からウロコの発見でした。

まあ、そんなキリギリスさんを海の向こうからアリさんが支えてきた、という影の部分もあるわけで、上述のコメント欄ではHMさんとそんなお話もしました。しかし、今回は、光の部分に焦点をあてます。


■日本と米国の消費性向を比較する

図は日本と米国の家計の消費性向を比較したものです。家計の年収別に5つの区分にわけて示してあります。ソースは、日本については家計調査の年報(勤労者世帯)、米国については、FRBのレポート(Maki and Palumbo, p25 Table2A)です。

消費性向とは、家計の年収から税や年金・社会保険料などを差し引いた可処分所得のうち、消費にまわる割合のことです(*1)。

Cons_ratio
図 (クリックで拡大)

まず、日本にくらべて米国の家計の消費性向はすごく高いですね。日本(オレンジ色)が7割弱から8割強であるのに対し、米国(青色)は9割を越えています。収入のほとんどを使っている!

もう一つ、重要な特徴として、日本では高所得の家計ほど消費性向が低いのに、米国では逆に、所得が増えるほど消費性向が高いようです。いったい、どうなっているのでしょう。


■資産効果をのぞくと、高所得層の消費性向は低い

米国の高所得家計の消費性向が高いのは、資産効果が原因と考えられます。所得が同じでも、資産が多いと消費支出が多くなる傾向があるからです。

全家計の可処分所得の総計や純資産額の総計と、消費支出の総計を時系列で調べて、資産効果を推計したレポートがあります。それによると、純資産の可処分所得に対する割合が10%増えると、消費性向は0.52%上昇するようです。
住友信託調査月報 2006.7 図5

この関係が各家計にもあてはまると仮定すれば、資産効果をのぞいた消費性向が計算できます。それが上の図の緑色の棒グラフです(*2)。

高所得層は純資産が多いので、資産効果をのぞくと、消費性向はぐっと落ちて6割弱になることがわかります。中・高所得層については、資産効果をのぞいた消費性向は、収入が増えるほど下がる、といえます。これが、クリントン税制による再分配で、景気が拡大した原因であると思います。

低所得層については、興味深いことに、所得が増えるほど資産効果をのぞいた消費性向が高くなっています。この原因はよくわかりませんが、おそらく、自分で稼いだ所得が多い家計は安心して消費するが、収入が少なくて社会保障給付に頼る家計は、消費せずに将来に備えていくらかを貯蓄するからではないでしょうか。とはいえ、実際の消費性向は9割を越えているわけですから、貯蓄するといっても、1割に満たないのですけど。


■米国の急激な累進所得税制---低所得層の消費支出が収入より多いわけ

次の図は、米国の家計の税引き前の収入、消費支出、可処分所得を年収の5区分別に示したものです。(ソースは上述のFRBレポートとhttp://www.bls.gov/cex/csxann00.pdf)

D_income
図 (クリックで拡大)

これを見て驚いたのは、低所得側の4割の家計で年収より消費支出が多く、最下位の2割の家計では大幅に多いことです。こうした消費が可能なのは、収入に社会保障給付を加えた可処分所得が多いからですね。

年収別に、社会保障負担と給付も考えて、実効税率(負担率といったほうがいいかも)を示したのが次の図です。

Tax_ratio
図 (クリックで拡大)

低所得側の4割の家計は、大幅なマイナス税率になっていることがわかります。

社会保障が手厚いので、所得税の最高税率がそれほど高くないにもかかわらず、米国の税制は実質的に急激な累進所得税制になっています。これが、吉越勝之さんが言われるように「需要の増殖を促進する」効果を生んで、旺盛な個人消費をもたらしている(もたらしてきた)のでしょう。

さて、米国ではどんな制度が低所得層の可処分所得を引き上げているか。

それを調べてみると、ワーキングプア解消の目的で1975年に導入された、負の所得税「勤労所得税額控除 (EITC : Earned Income Tax Credit) 」という制度に行き当たりました。これはなかなかよく考えられた制度で、もっと知られてもよいものです。今の日本が必要としている制度である、とWSには思えます。


■勤労所得税額控除(EITC)とは

EITCを簡単にいうと、所得から算出される税額が、控除額に達しないときには、差額分が給付される(つまり負の所得税)という制度です。
参考リンク 
米国の税制、税額控除、低所得者に現金支給、ベーシックインカム
海外諸国における経済活性化税制の事例について, 内閣府 政策効果分析レポート No.12
レポートの要約と図

上記のレポートの図を引用して説明します。

Eitc
図 (クリックで拡大)

たとえば、子供2人以上の世帯では、課税最低限の所得は321万円です(1ドル=100円で円に換算)。

(所得控除なしで計算した)所得がそれ未満の場合には、税額がマイナス、つまり給付されます。所得100万円までは、所得が低いほど給付額は多くなり、所得100万円なら約40万円が給付されます。

所得が100万円より下がると、逆に給付額は小さくなり、所得50万円なら給付は20万円、所得が10万円なら給付は4万円です。これは、働かないで給付だけ受け取ることを防ぐ目的、つまり、就労促進のためです。


■税額控除と所得控除

このEITCの特徴は、所得控除ではなく税額控除であることです。税額控除は低・中所得層にやさしい制度です。

それに対してたとえば、日本の所得税において、社会保険料の控除は所得控除です。所得控除の場合、たとえば30万円を控除するとすると、税率が10%の人なら税金から控除される額は3万円ですが、税率が20%の人なら6万円が控除されます。つまり、高所得者ほど控除が多くなる逆進性をもっています。所得控除のなかには、税額控除に置きかえるべきものが多いのではないでしょうか(*4)。


■手厚い社会保障が盛り上げる米国の個人消費

米国の社会保障には、このEITCのように就労支援目的のものだけでなく、従来からのフードスタンプや困窮家庭一時扶助(TANF)、メディケイド、低所得者住宅支援制度などがあり、それが低所得層の可処分所得を引き上げ、個人消費を盛り上げているようです。

それが資産価格の上昇につながり、資産効果を通じて高所得層の消費も増やす。そんな好循環が米国さらには世界の景気を支えてきました。

日本の場合にも、家計の金融資産だけでも1500兆円で、可処分所得の4〜5倍くらいあります。資産効果がもっと現れてもよいはずです。

ワーキングプアの解消を目的に税制の抜本改革を行い、EITCを2倍くらい手厚くした制度を設けて家計の将来不安を解消すれば個人消費が盛りあがって景気がよくなります。年に10〜20兆円も海外へと流出している資本が国内に戻ってきて、莫大な金融資産が国内で回転を始めます。株価をあがり、資産効果で高所得層の消費も増えます。税収が増え、医療や介護、社会保障も充実します。

EITCに類似した制度を含む、マイナス税率からの実質的に急激な累進所得税制を実現することが、その第一歩です。消費税の廃止は、第ゼロ歩ですね。

追記:

先日の麻生首相の施政方針演説、市場原理至上主義からの決別がはっきりと語られていましたね。非常によかった。部分的に引用します。

>>>>>>
私たちは、この2世紀の間に、2度の危機的状況を経験しました。そしてその都度、自らの生き方を転換し、かつ驚異的な成功を収めたのが日本の歴史です。

1度目は、開国と明治維新です。鎖国で取り残された我が国は、殖産興業にかじを切りました。そして、急速な工業化を達成し、非西欧諸国として唯一、列強の仲間入りをしました。

2度目は、敗戦と戦後改革です。焼け野原になった我が国は、軍国主義を捨て、経済重視に転換しました。そして、世界第2位の経済大国になるとともに、安全で平等な社会を創りました。

今、3度目の変革を迫られています。急速な少子高齢化、新たな格差や不安、資源や環境の制約。そして、時代にそぐわなくなった社会のシステム。これらを乗り越えなければなりません。試練を乗り越えたときに、人は成長します。混乱を乗り越えたときに、社会が進化します。危機は、むしろ飛躍するための好機でもあります。

今回も、私たちが自らの生き方を選び、「この国のかたち」を創ります。目指すべきは、「安心と活力ある社会」です。世界に類を見ない高齢化を社会全体で支え合う、安心できる社会。世界的な課題を創意工夫と技術で克服する、活力ある社会です。

そのために、政府は何をなさねばならないか。私たちは、この点についても既に多くのことを学んでいます。それは、「官から民へ」といったスローガンや、「大きな政府か小さな政府か」といった発想だけでは、あるべき姿は見えないということです。

(中略)しかし、市場にゆだねればすべてが良くなる、というものではありません。 サブプライムローン問題と世界不況が、その例です。

今、政府に求められる役割の一つは、公平で透明なルールを創ること、そして経済発展を誘導することです。

もう一つの政府の役割は、皆が参加できる社会を創ること、そして安心な社会を実現することです。

日本は、勤勉を価値とする国です。この美徳が、今日の繁栄を築きました。それを続けるためにも、高齢者、障害者や女性も働きやすい社会、努力が報われる社会を創ることが重要です。また、競争に取り残された人を支えること、再び挑戦できるようにすることが重要です。

この点において、我が国はなお不十分であることを認めざるを得ません。 日本の行政は、産業の育成には成功しました。 これからは、政府の重点を生活者の支援へと移す必要があります。

国民の安心を考えた場合、政府は小さければよい、というわけではありません。 社会の安全網を、信頼に足る、安定したものにしなければなりません。 中福祉を目指すならば、中負担が必要です。私は、景気回復と政府の改革を進めた上で、国民に必要な負担を求めます。

現在の豊かで安全な日本は、私たちが創ったものです。未来の日本もまた、私たちが創りあげていくものです。過去2回がそうであったように、変革には痛みが伴います。しかし、それを恐れてはなりません。暗いトンネルの先に、明るい未来を示すこと。それが政治の役割です。良き伝統を守り発展させる。そのために改革する。それが、私の目指す真の保守であります。
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首相が明確に市場原理主義を否定してくれるなんて、うれしいですね。時代は変わりました。

でも、大きな疑問があります。 どうしてこの施政方針から消費税率アップが出てくるの? どうして累進所得税じゃないんでしょうか。

北欧諸国もおもに所得税の税収が社会保障を支えています。 消費税では安心と活力ある社会は築けない、とWSは思います。

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注 *1) ここでは、家計の可処分所得のうち、消費にまわる割合のことを消費性向(=家計の消費性向)と呼んでいます。

一方、これまで財政赤字を論じる際にWSが消費性向と呼んでいたのは、ちょっと違います(無関係ではありませんが)。後者は、一国のGDPから税(や社会保障負担)を差し引き、給付を加えたもの(=民間可処分所得といえる量)のうち、個人消費にまわる割合のことです。

GDPから政府が取り残した分(=民間可処分所得)のうち、いくらかが家計の取り分となり、残りが企業へ行きます。さらに、家計の取り分のうちのある割合(=家計の消費性向)が消費に支出されます。WSがこれまで消費性向と呼んでいたのは、この2段階の効果をひとつにまとめたものでした。今回は後のほうの一段階だけ、家計の消費性向だけを考えていますので、念のため。

*2) 米国の家計(2000年)の、純資産の可処分所得に対する倍率は、年収5区分の低所得側から順に、5.123, 4.145, 3.649, 4.171, 8.692です。ソースは前述のFRBのレポート。

*3) セーフティーネットからはずれた「市民権をもたない人」の問題もあるのでしょうけど…

*4) そもそも、国民基礎年金の保険料が定額であることや、国民健康保険の保険料に上限があることは、人頭税のようなものです。低所得者に負担を求める、ひどく冷たい税制(保険料負担)であるという指摘もできるでしょう。他に、キャピタルゲインが分離課税の定税率となっており、総合課税でないことも、高額所得者を優遇し、結果として低所得者に高負担を求める点で冷たい制度であると思います。

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