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安定成長と財政収支改善のための政策(4)---開放経済バージョン

(続き)前回は、どのような政策が国内経済を安定成長させ、かつ、財政収支を改善するのかという問題を、資本移動の自由度を考慮して考察しました。 すなわち、国内景気が海外より良くなると円高が進行して輸出を抑えるという効果(資本移動の自由度で影響の大きさが変わる効果です)を含めたモデルで、安定成長と財政収支改善の条件を探りました。

しかし、前回の考察では、「現状」の経済状態のごく近くを取り出して局所的に眺めただけです。 消費性向や税率、政府支出比率といった、経済が取り得るパラメータ範囲は広いものです。 その全域を遠くから眺めたときに、各部分で成長率や財政収支はどうなっているのか、その大局的な様子を知る必要があります。

たとえば、富士山に行く方法を聞かれた場合、東京にいる人は西に進めばよいと言い、名古屋にいる人は東に進めばよいと言うでしょう。 どちらも正しいのです。 知るべきは、いま自分が全体の中でどこにいるのか、ということです。

また、途中に巨大な穴があるならば、目的地へ直進することはできません。 たとえば、最終目的地は西の方向にあっても、いったん北へ進んで穴を迂回し、そのあとで南西に進んで目的地に着くほうがよい場合もあるでしょう。 今回は、そうした大局的な観察を行って、前回の局所的観察を補足します。


■モデルのパラメータは9つ。そのうち5つを変えて調べます

モデルに登場する、経済状態を表すパラメータは9つでした。 次表に再び示します。

パラメータ現状考察する値の範囲値を大きくする政策(*)
平均税率 α10.170.10 - 0.30消費税率アップ
限界税率 α20.800.80所得税率の累進性強化
平均投資性向 γ10.400.40長期的な投資を促進
限界投資性向 γ22.02.0消費の増減に投資が過敏
消費性向 β0.670.60 - 0.75再分配政策と将来不安の解消
政府支出比率 g0.200.10 - 0.40政府支出増
平均貿易黒字比率 h10.010.01外貨準備高の拡大
資本移動の自由度 h21.00.0 - 2.0資本移動の自由化
海外経済の成長率 r00.020.00 - 0.04海外経済の成長

注*) これは単に、どのような政策がそのパラメータ値を大きくするか、を記しただけです。 その政策が安定成長や財政収支の改善に役立つかどうかは、別の問題です。

すべてのパラメータを変えて調べるのは大変なので、5つのパラメータ(平均税率α1、消費性向β、政府支出比率g、資本移動の自由度h1、海外経済の成長率r0)を上表に記した値の範囲で変えて調べます。 その際、他の4つのパラメータ(限界税率α2、平均投資性向γ1、限界投資性向γ2、平均貿易黒字比率h1)は、上の表の「現状」欄の値に固定します(*)。

注*) 限界税率α2の「現状」の値は前回の記事では0.65としましたが、今回は少し高い0.80としています。 この変更により、資本移動の自由度が低い場合(h2がゼロに近い場合)に、経済の安定性が少し改善し、かわりに成長率が少し抑制されます。


■経済状態の判定法 (一部、前々回の記事と重複)

5つのパラメータの組(α1, β, g, h2, r0)を1つ決めると(残り4つのパラメータは「現状」欄の値として)、国内経済の状態が1つ決まります。 その状態が良い状態なのか悪い状態なのかを、以下のようにしてスコアを与えて判定します(詳しくは、前々回の記事の説明と注を参照)。

スコアが高いほど、経済と財政は良好です。

・0点 ... 経済が不安定(安定成長でない状態)
・1点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%以上
・2点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%未満
・3点 ... 安定成長で、かつ、財政収支が黒字

ここで「安定成長」とは、GDPの年率3%以上の成長であって、かつ、一時的に外的ショックのためにGDP成長率が年率マイナス6%以下に落ち込むことがあっても、デフレスパイラルに落ち込まずに自律回復して、やがて年率3%以上の成長に復帰できる経済状態のことです。

各状態は、5次元空間の直方体内部の1点であらわされますが、その点のそれぞれにスコア(0〜3)がついています。 どのあたりでスコアが高くて、どのあたりで低いのか、その様子を知りたいわけですが、5次元は見ることができません。 そこで、平面(2次元)に射影して等高線を書いてみることにします。

ちょうど、ある立体をヨコから見ると三角形に見え、上から見ると円に見えることから、その立体が円すいである、と判断するようなことを、(ちょっと手間はかかりますが5次元で)やろうというわけです。

たとえば、プールの3次元的な(=立体的な)水温分布を知りたいとします。 前回の記事でやったことは、たとえて言うならば、何本かの直線にそって温度計を動かして水温をはかることだけでした。 今回は、あらゆる場所の水温を測って、平均水温の射影図を描いてみます。 上から見下ろして射影図を描くと、深さ方向には平均された水温の分布がわかります。 横から水平方向に眺めて壁に射影図を描くと、奥行きの方向には平均化された水温の分布がわかります。 いろんな方向から眺めて射影図を描けば、立体的な水温分布が想像できます。 そういうことを5次元でやります。


■平均税率&消費性向と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
1_2
図1−2

図は、横軸に平均税率α1、縦軸に消費性向βをとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 この図には、α1とβしか描いていませんが、他の3つのパラメータについては、範囲内のあらゆる値を考えて、平均したスコア(の100倍)が描いてあります。

図1−2に示された黒丸は、日本経済の「現状」です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 すなわち、平均税率のダウンと消費性向の向上が望ましいことになります。 そのような政策は、消費税率のダウンと、税制全体の累進性強化およびセーフティネットの整備(将来不安の解消)です。

よく、消費税を上げて社会保障に使おう、という声を聞きます。 そのような政策は、はたして、安定成長と財政収支の改善をもたらすのでしょうか。

次の図を見て下さい。 これは上の図と同じですが、そのような政策により経済状態がどう変化するかを記入したものです。 青色の矢印です。
1_2s
図1−2s

スコアが高い「山」の部分(良好な経済状態)は、図の左上に存在します。 青色の矢印に沿って右上へ進んでも、山を左手に見て横に歩くだけで、少しも高度は上がらないことがわかると思います。

「山」に登るためには、右上ではなく、左上へと進まなければなりません。 つまり、消費税率のダウンと消費性向の向上が必要なのです。

消費税率を下げて財政収支が改善するのはどうしてでしょうか。 限界税率(≒税の累進性)は変更していないことに注意して下さい。 財政収支が改善するわけは、減税により経済規模が拡大し、所得税や法人税など他の税収が増えるからです。 税収増加は経済成長により自動的に達成されるのです。


■平均税率&資本移動の自由度と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
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図1−4

図は、横軸に平均税率α1、縦軸に資本移動の自由度h2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 他の3つのパラメータについては、範囲内のあらゆる値を考えて、平均したスコア(の100倍)が描いてあります。

「現状」から、赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 すなわち、平均税率のダウンと資本移動の自由度の若干の低下が望ましいことになります。 そのような政策は、消費税率のダウンと、国境を越える資本移動を現状よりいくらか制限することです。

資本移動を制限するといっても、完全な制限(h2=0)は逆に望ましくありません。 今回の分析では、海外経済が年率2%で安定成長するという仮定を置いていますが、いくらか資本移動を許すと為替レートの変動による貿易収支の変化を通じて、海外経済の安定成長が国内経済を安定化させるのです。 資本移動を完全に制限してしまうと、そのような安定化効果がなくなります。

図から見てh2≒0.4程度が望ましいと思われます。 現状はh2≒1.0ですから、資本移動を現状より少し制限するのが望ましい、ということです。 なお、h2≒0.4は、国内外の実質成長率の差が1%動くと(1〜2年の遅れを伴って)貿易収支がGDP比で0.4%(約2兆円)動く状態を意味します。

それと同時に、平均税率をできるだけ下げるのがよいことがわかります。 つまり、消費税などの間接税を可能な限り縮小し、所得税と法人税など、累進性のある直接税を中心とするのがよいと考えられます。


■資本移動の自由度&海外経済の成長率と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
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図4−5

図は、横軸に資本移動の自由度h2、縦軸に海外経済の成長率r0をとって、どのあたりでスコアが高いかを示した射影図です。

「現状」にくらべて、海外経済の成長率が高くなり、かつ、資本移動の自由をいくらか制限した方が、望ましいことがわかります。

図全体の特徴をみますと、まず、海外経済の成長率が高いほど、国内経済の状態がよくなるのは当然です。

興味深いのは、資本移動の自由度に対する振る舞いです。 資本移動の自由度h2は高すぎても低すぎてもいけません。 海外の成長率がいくらであるかにはよらず、h2は0.5より少し小さいくらいが最適であることがわかります。


■政府支出比率&資本移動の自由度と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
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図3−4

図は、横軸に政府支出比率g、縦軸に資本移動の自由度h2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示した射影図です。

「現状」にくらべて、政府支出比率が高くなり、かつ、資本移動の自由をいくらか制限した方が、望ましいことがわかります。

政府は収入の100%(場合によっては100%以上)を支出する経済主体です。 また、このモデルでは、政府の規模が大きくなると経済は非効率になる、といった仮定は組み込んでいません。 それゆえ、政府支出のGDP比率が増加することは、あたかも家計の消費性向が増すのと同様な結果を経済全体にもたらし、(このモデルでは)安定成長と財政収支の改善がもたらされます。

資本移動の自由度に対する振る舞いをみます。 資本移動の自由度h2は高すぎても低すぎてもいけません。 だいたい、h2は0.5より少し小さいくらいが最適であることがわかります。

少し細かく見ると、政府支出比率が大きいほど、資本移動の自由度の最適値は小さくなります。 いまは、海外経済の成長率を年率2%で一定と仮定しているため、海外経済が国内経済の安定化要因となっています。政府支出比率が小さい場合には、経済安定化の役割を海外経済に頼るので資本移動はある程度、自由なほうがよいのです。 それに対し、政府支出比率が大きい場合には、国内経済が安定しているので、海外経済に安定化を頼らず、資本移動の自由を制限して内需中心に経済を回したほうがよくなります。 後者は現在の中国経済の状態に近いと思われます。


■残りの射影図

射影図は全部で 5×4/2 = 10個あります。 その一部を上で取りあげました。 残りの図が重要でないというわけではなく、いずれも重要なのですが、パラメータに対して経済・財政の安定度が単調に変化したり、すでに取りあげた図と定性的に同じ振る舞いになっているので、改めてコメントする必要を感じなかっただけです。

縦軸と横軸にとるパラメータごとに整理して表にまとめました。 クリックして該当する図をご覧下さい。

パラメータα1βh2r0
平均税率 α1---図1_2図1_3図1_4図1_5
消費性向 β------図2_3図2_4図2_5
政府支出比率 g---------図3_4 図3_5
資本移動の自由度 h2------------図4_5
海外経済の成長率 r0---------------


■現状で望ましい政策

前回の局所的観察と、今回の大局的観察を踏まえると、以下のような政策が推奨されます。

税制の累進性を保ったまま、あるいは、できれば若干強化して、間接税を大幅に減税します。 当初は財政赤字が膨らみますが、すぐに減税による経済成長が始まります。 それにより所得税・法人税の税収が大幅に増えるため、財政収支は改善します。 安全網の整備により消費性向の向上をはかります。 資本移動の自由を現状より多少制限して為替レートの安定をはかり、内需中心の成長路線に経済をのせます。

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安定成長と財政収支改善のための政策(3)---開放経済バージョン

新年あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

この年末年始、再分配政策による消費性向の向上が、国境を越える資本移動の比較的自由な昨今の開放経済下で、経済成長や財政収支にどのような効果をもつのか、いろいろと考えておりました。

WSにとってこの問題を考える糸口は、鎖国経済についてのマイモデル「限界税率・誘発投資モデル」を、開放経済に一般化することです(*)。 それも、Sさんのご提案により扱いやすくなったモデルの特徴(線型で斉次)を損なわない形でできればベストです。

あらわに金融セクターを導入することなく、しかし、国境を越える資本移動による、為替レート変化を通じたクラウディングアウトの、本質的な部分は取り込んだモデルを構成できたと思うので、報告します。

予想外のたいへん興味深い結果がいくつか得られました。

まず、消費性向βが0.65くらいのケースと0.70くらいのケースは、たった0.05しか値が違わないのに全く別の世界になります。 β=0.65の場合には、国境を越える資本移動がない経済ならば、どんどん経済が縮小してしまいます。 資本移動を自由にして海外の経済成長のおこぼれを頂くしか選択肢はありません。 しかし、β=0.70ならば国内経済の力強い成長力があるために、むしろ資本移動をある程度、制限した方が経済が成長します。

また、消費税を廃止する減税を行うケースでは、当初、財政赤字は膨れあがりますが、経済成長により財政赤字はどんどん縮小し3年目で逆転します。 10年目には財政赤字はGDP比1%まで減ります。(これは消費税廃止による消費性向アップの効果を考えない試算です。もし消費性向アップの効果も試算に含めるならば、おそらく財政は黒字化するでしょう。)

今回はこうした結果を示します。 モデルの説明から始めますが、グラフが出てくる辺りから見ていただいてもわかるように書ければと思っています。

ちょっと自画自賛かも知れませんが、このモデルは

・シンプルで、数学的な厳密解を構成できるので、徹底的に調べ尽くすことができる
・にも関わらず、パラメータに対する解の振る舞いは、決して自明とはいえない豊かさをもつ
・日本経済をデフレ状態から脱却させる方法についてヒントを示しているように見える

といった特徴をもつことを強調しておきます。

注*)これから後の部分で、閉鎖(or 鎖国)経済とか開放経済という言葉を使いますが、これは国境を越える資本移動に関してのものです。 財やサービスの貿易について、国境を閉じるとか開けるという話ではありません。

   *

■限界税率・誘発投資モデル(開放経済バージョン)

マクロ経済学では、国内総所得Yは以下の式で表されます。

 Y = C+I+G+(XーM)   (1)

ここでCは家計消費、Iは民間投資、Gは政府支出、Xは輸出、Mは輸入、(XーM)は貿易収支(純輸出)です。

資本移動は、主に貿易収支(X−M)の項を通じて総所得Yに影響を及ぼします。 そのメカニズムはこうです。

たとえば仮に、国内経済より海外経済のほうが景気がよいとします。 すると国内より海外のほうが実質金利が高くなるので、資本が海外へと流出します。 その際には円売り外貨買いが起きるので、円安になります。 円安になると、輸出が伸びて輸入が減りますから、貿易収支(X−M)は大きくなります(=黒字になります)。

逆に、国内経済より海外経済のほうが景気が悪いならば、貿易収支は赤字に振れるでしょう。

そこで、r0を海外の実質経済成長率、rを国内の実質経済成長率として、純輸出のGDP比が成長率の差(r0 ーr)の1次関数であると仮定します。 式で書くと

 (XーM)/Y = h1 + h2 (r0 ーr)

となります。 h1とh2は定数で、データから決めます。 h2は正の定数です。

国内経済の成長率は r= (1/Y) dY/dt と書けるので、上の式は

 (XーM) = (h1 + h2 r0)Y ー h2 dY/dt (2)

と書き直すこともできます(線型斉次)。

定数h2は、資本移動の自由度を表しています。 仮にh2の値が大きいと、国内と海外で少しでも景気(成長率)に差があれば為替レートが大きく動き、景気の差を埋めてしまいます(資本移動が自由)。 逆にh2の値が小さくてゼロに近ければ、 国内と海外に多少の景気(成長率)差があっても、為替レートの変動はわずかで、景気の差が許容されます(資本移動が制限的)。

   *

日本経済のh2の値を調べてみます。 次の図は、最近の日本の貿易収支のGDP比と、各国の実質経済成長率の推移です。

Trade_gdp

貿易収支は黒字でGDPの0%から2%までの範囲をうろうろしています。 海外と国内の実質成長率は、おおむね海外の方が高く、両者の差は0%から2%(直近は3%)までの範囲をうろうろしています。

成長率の差が貿易収支に現れるまでの間には、1〜2年ほどの遅れがあるようですが、両者は同期しています。 この遅れを無視すれば(*)、おおむね h2≒1 と考えてよさそうです。 今後の考察では、h2=1を現状の値と仮定しつつ、h2=0〜2の範囲でh2の値を変えたときのモデルの振る舞いを調べます。

実はh1の値にはあまり興味がありません。 上の式の h1 Y の項は、政府支出の項G=gYと同じ形をしているので、(モデルの上では)h1を係数gに含めて考えてしまっても良いからです。 しかし、そうはせず、ここではh1=0.01とおくことにします。 これは、海外と間に成長率差がない状態で、GDPの1%(約5兆円)の貿易黒字が出ると仮定していることになります。

注*)今後の分析では海外の成長率r0を一定と仮定するので、遅れを無視しても経済の振る舞いはほとんど変わらないと期待できます。 しかし、海外経済の急激な変動によるショックの影響を分析したければ、遅れを無視することはできません。 そうした場合には、貿易収支についても微分方程式の形にするか、あるいは、時間差に依存する積分核と内外の成長率の差のたたみ込み積分で貿易収支が決まるような形に、モデルを変更するべきでしょう。

   *

(1)式(再掲):

 Y = C+I+G+(XーM)

の右辺の残りの項は、これまでの閉鎖経済の場合の「限界税率・誘発投資モデル」と同じです。 すなわち、税収Tは、平均税率α1と限界税率α2を用いて

 T = α1 Y + α2 dY/dt

とします。 家計消費Cは、可処分所得(YーT)と消費性向βを用いて

 C = β(YーT)

とします。 民間投資Iは、国内消費誘発型に仮定し、金利の影響は考えません。 すなわち、平均投資性向γ1と限界投資性向γ2を用いて

 I = γ1 C + γ2 dC/dt

とします。 政府支出Gは、Sさんのご提案にしたがって、gを定数として

 G = gY

とします。 貿易収支(純輸出)は上の(2)式で述べたように(再掲)

 (XーM) = (h1 + h2 r0)Y ー h2 dY/dt

とします。 (毎年の)財政赤字Dは

 D = gY ー T

なので、財政赤字のGDP比 D/Y は

 D/Y = g ー α1 ー (α2/Y) dY/dt

となります。 以上が、「限界税率・誘発投資モデル(開放経済バージョン)」を構成する式です。


■モデルの特徴=線型斉次

上の式からCを消去することにより、国内総所得Yが満たす2階の常微分方程式(線型斉次!)を導くことができます。 結果は時間微分をプライム(')で表して

 Y'' + pY' + qY = 0

ただし、定数p、qは

 p=(1+γ1)/γ2 - (1-α1)/α2 + h2/(βα2γ2)

 q=[1-g-h1-h2r0 - β (1-α1)(1+γ1)]/(βα2γ2)

となります。
(qが定数となるのは、海外経済の成長率r0を定数とおいているからです。 r0が定数でない場合には、qは時間の関数q=q(t)と見る必要があります。)

これは線型斉次の微分方程式で、先日の記事 安定成長と財政収支改善のための政策(1) の注2で扱ったものと全く同じ形です。 なので、同じ手法で、経済が安定成長する条件や財政収支の状態を調べることができます。 すなわち

特性方程式(成長率λについての2次方程式)

 λ^2 + pλ + q = 0

が符号の異なる2実解をもち、かつ、負の解が0から十分に離れていることが、経済が安定成長できる条件です。 その場合、じゅうぶんに時間が経ったときの(毎年の)財政赤字のGDP比は、

 D/Y ≒ g ー α1 ー α2 r

となります。 ここでrは、特性方程式の正の解です。

以上の判定基準を用いれば、先日の記事のように9次元パラメータ空間の各点(各経済状態)にスコアを与えて、平均スコアを表すたくさんの射影図を書いて、この開放経済モデルの振る舞いを調べることが可能です。 それはあとでやります。 しかし、まずはいくつかの特徴的なケースで実際に国内総所得Yや財政収支の時間発展の様子をグラフに描いて見ます。

   *

■モデルのパラメータは9つ

モデルには経済状態を表す9つのパラメータが出てきます。 ここで表にまとめておきます。

パラメータ現状考察する値の範囲値を大きくする政策(*)
平均税率 α10.170.13 - 0.21消費税率アップ
限界税率 α20.650.45 - 0.85所得税率の累進性強化
平均投資性向 γ10.400.30 - 0.50長期的な投資を促進
限界投資性向 γ22.01.0 - 3.0消費の増減に投資が過敏
消費性向 β0.670.65 - 0.70再分配政策や将来不安の解消
政府支出比率 g0.200.10 - 0.30政府支出増
平均貿易黒字比率 h10.010.01 - 0.01外貨準備高の拡大
資本移動の自由度 h21.00.0 - 2.0資本移動の自由化
海外経済の成長率 r00.020.00 - 0.04海外経済の成長

注*) これは単に、どのような政策がそのパラメータ値を大きくするか、を記しただけです。 その政策が安定成長や財政収支の改善に役立つかどうかは、別の問題です。


■消費性向βによってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

次の図は、さまざまな消費性向の値について、GDP(国内総所得)Yの10年間の推移(実線)と財政赤字比率の推移(同色の点線)を示したものです。 消費性向以外の8つのパラメータについては、上の表の「現状」欄で示した値としています。 それゆえ、資本移動の自由度h2は h2=1.0 。 海外経済の成長率r0は年率2%で一定と仮定していることに注意して下さい。 初期条件は、Yの初期値を500兆円とし、初期成長率Y'を0%/年としています。 断らない限り、今後はこの初期条件を仮定し、他のパラメータの値は「現状」欄の値とします。

B

消費性向のわずかな違いによって、成長率が大幅に違ってきます。 消費性向βが0.67未満の場合には、経済が縮小することがわかります。 β=0.67のときはわずかな成長で、βがそれより大きいと成長率が増します。 β=0.69の場合には10年後のGDPは820兆円に達します。 下表を見るとわかるように、これはおよそ年率5%の成長率です。

Gdp10y

成長率が年5%だと、表からわかるように、GDPの約2%の貿易赤字が出ますが、現在の日本の所得収支(海外からの利子や配当などの受取)の黒字も同程度あるので、経常収支はちょうどバランスし、問題はありません。

ふたたびグラフに戻って、財政収支を検討します。 財政収支のGDP比は経済の成長率によって決まってくることがよくわかります。 成長率が高いと財政収支は改善し、成長率が低いと悪化します。 つまり、消費性向が低くて0.65程度だと10年後の財政は大赤字(GDPの約5%の赤字)ですが、消費性向が高くて0.70だと財政は黒字(GDPの約1%の黒字)です。


■資本移動の自由度h2によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか(β=0.67の場合)

次の図は、資本移動の自由度h2のさまざまな値について、GDP(国内総所得)Yの10年間の推移(実線)と財政赤字比率の推移(同色の点線)を示したものです。 消費性向以外の8つのパラメータについては、上の表の「現状」欄で示した値としています。 それゆえ、消費性向βは β=0.67 。 海外経済の成長率r0は年率2%で一定と仮定していることに注意して下さい。

H2

資本移動の自由度h2が大きいほど成長率は高くなるように見えますが、成長率は最大で年率約2%(=10年後のGDPが609兆円)で、これは海外経済の成長率です。 逆に、h2が小さいと経済が縮小します。 これは、消費性向が0.67と低く、国内経済に成長力がないために、資本移動を自由にして海外経済の成長のおこぼれにあずからないと、経済が回らない状態であることの結果です。 海外経済が順調に成長していれば問題はありませんが、ひとたび海外が不調になれば、その影響に翻弄されます。

財政収支(点線)を検討します。 財政収支は、資本移動の自由度h2が低いと目も当てられない惨状となります。 資本移動の自由度が大きいと、順調な海外経済に助けられて多少はましとなります。 すべては海外経済だのみといった経済状態であることがわかります。

では、消費性向がもう少し高いとどうでしょうか。 それを次に見てみます。


■資本移動の自由度h2によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか(β=0.69の場合)

次の図は、消費性向がβ=0.69の場合に、資本移動の自由度h2のさまざまな値について、GDP(国内総所得)Yの10年間の推移(実線)と財政赤字比率の推移(同色の点線)を示したものです。

H2_2

消費性向の向上幅はわずか0.02ですが、先ほどとは全く違った風景になっています。 今度は、資本移動の自由度h2が小さいほど成長率は高くなります。 逆に、h2が大きいと経済成長率が小さくなります。 成長率は最低でも年率約2%(=10年後のGDPが609兆円)で、これは海外経済の成長率です。

消費性向が0.69と高く、国内経済に成長力があるために、国境を越える資本移動をある程度、制限して内需中心に経済を回した方がよい状態であることの結果です。 海外経済の変動に翻弄されない状態です。

財政収支(点線)も、資本移動の自由度h2が小さいほど良好です。 h2が1.0以下の場合には財政は黒字になります。

   *

資本移動の自由度が小さく、鎖国経済に近いケースで消費性向が高いと、経済は爆発的に成長することがわかります。 たとえば、β=0.69でh2=0.25の場合(上の図の赤色の線の場合)だと、10年後のGDPは約2450兆円で、これは平均して年率17%の成長率です。 本当にこんな高成長が可能なのでしょうか。 それを総所得Y(t)が満たす微分方程式に戻って調べてみます。 実は、こうした高成長は、経済の不安定性を伴っていることがわかります。

次の図は、成長率が満たす特性方程式の2解(虚数解の場合にはその実部)が、消費性向によってどう変わるかを、さまざまなh2の値について示したものです。

Eigenvalues

たとえば、h2=0.25の場合(赤色の線)で、β=0.67のところを見て下さい。 大きい方の解は約26%/年、小さい方の解は約3%/年となっています。

小さい方の解は、経済ショックに対する耐性を示しています。 先日の記事の注2で説明した通りです。 つまり、成長率が年率+3%を下回るような「不況」がひとたび訪れれば、その後は、成長率が低下を続け、デフレスパイラルに突入して経済が縮小してしまいます。

一方、幸運に恵まれて成長率が年率+3%を下回ることがなければ経済は拡大を続け、じゅうぶんに時間がたつと、成長率は大きい方の解(今の場合には26%/年)の値になります。

リーマンショック後の経済の落ち込みを見れば、成長率が-6%/年に落ち込むことはあり得ます。 その場合にもデフレスパイラルに突入しないためには、小さい方の解は-6%/年より小さくないといけません(負の値で絶対値が大きくないといけない)。 図を見ると、h2=0.25の場合(赤色の線)でその条件が満たされるためには、消費性向βは0.69以上となる必要があります。

資本移動が多少自由になって、h2=0.50の場合(オレンジ色の線)ならば、消費性向βは0.674以上となれば条件が満たされます。 資本移動がもっと自由になって h2=1.0あるいは2.0の場合には、(図には現れていませんが)小さい方の解は年率-60%/年より小さいので、条件は常に満たされています。

まとめますと、資本移動の自由を制限すると、消費性向を高めることで国内経済の高い成長が可能です。 しかし、国内経済がショックに対しても安定であるためには、資本移動の自由を制限すればするほど消費性向は十分に高くないといけません。 それに対して、資本移動を自由にすると、(もし海外経済が安定しているならば)国内経済は安定化しますが、海外経済の成長率と同程度の成長しか見込めなくなります。 その場合、国内経済の成長率は、消費性向の向上に伴い、わずかに増加します。 海外経済が不安定ならば、国内経済はそれに翻弄されます。

注)ここで現れた、資本移動の自由を制限した場合の国内経済の高い成長率は、国内金利上昇による投資(住宅投資など)の抑制効果をモデルに組み込んでいないことの結果でもあります。 その効果を取り込めば、実際の成長率はおそらく図の半分くらいになるでしょう。 なお、日本経済はh2=1.0程度と述べましたが、中国経済はh2=0.5程度に相当していると思われます。

   *

■平均税率α1によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

次の図は、平均税率α1のさまざまな値について、GDP(国内総所得)Yの10年間の推移(実線)と財政赤字比率の推移(同色の点線)を示したものです。 他の8つのパラメータについては、前記の表の「現状」欄で示した値としています。

A1

非常に興味深い結果が得られました。 この図からは消費税率のアップやダウンの長期的影響を読みとれることに注意して下さい。 消費税率を5%上げれば、現在0.17である平均税率α1が0.03上昇して0.20になります。 逆に、消費税を廃止すれば、α1は0.03低下して0.14になります。

減税すれば経済は拡大し、増税すれば経済は縮小します。 これは当然の結果です。

興味深いのは財政収支の推移です。 減税(あるいは増税)にも関わらず政府支出を変えないので、たとえば減税のケース(α1を0.17より小さくするケース)では、当初は財政赤字が膨らみます。 たとえば、α1=0.13とするケースでは、当初、財政赤字のGDP比率は4%も悪化します。

しかし、経済成長に伴って、財政赤字は急激に縮小し、3年目で逆転。 10年目には財政赤字のGDP比は1%にまで減るのです。

それに対して、増税ケースでは、当初は財政赤字は減少します。 しかし、経済縮小に伴って財政赤字は急増し、3年目で逆転。 10年目には財政赤字のGDP比は増税前より増えてしまいます。 しかも、GDPは増えるどころが縮小してしまいます。

これらの結果は、平均税率以外の8つのパラメータが変わらないと仮定して導かれました。 実際には、消費税の減税に伴い、限界税率α2が増え、消費性向βが向上します。 こうした影響を考慮しても(というか、考慮すればすればするほど)、上記の結果は定性的には変わりません。 10年後の財政収支のGDP比は、消費税の増税により悪化し、消費税の廃止により向上するでしょう。

   *

消費税を財源にして消費性向を向上させるような政府支出を行えばよい(=福祉に使う)、という声をよく聞きます。 そういう人に申し上げたいのは、なぜ富士山に登るのに、日本海溝の底から登るようなことをするのか、ということです。 2合目か3合目から登る方がいいに決まっているではないですか。

消費性向を向上させるようなやり方で税金を取り、消費性向を向上させるようなやり方で支出する、これがベストです。 つまり、消費税などの間接税を可能な限り縮小し、累進性のある所得税や法人税などの直接税を税収の根幹に据え、中低所得層が潤うような形で政府支出を行うことが、経済を発展させる王道です。

消費性向を低下させるようなやり方で税金を取り(消費税)、消費性向を向上させるようなやり方で支出する、これはベストではない。 やり方によっては、より悪くなるかも知れない方法です。

高負担高福祉と言われる北欧諸国ですが、税収に占める直接税の割合は、日本より高いのです(参考記事)。 高福祉を支えているのは、所得税と、法人税と、企業負担です。 消費税が中心ではありません。

   *

では、残りのバラメータについても同様な図を順に示して、簡単にコメントします。

■限界税率α2によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

A2

「現状」の経済状態では、あまり成長率が高くないために、限界税率による違いはわずかになっています。 (閉鎖経済に近く、成長率が高いケースでは、限界税率の高さが経済に安定性をもたらしますが、成長はその分、抑えられます。)


■平均投資性向γ1(=c1)によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

C1

平均投資性向が高いほど、成長率が高くなり、財政収支も改善することがわかります。


■限界投資性向γ2(=c2)によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

C2

限界投資性向が高いほど、成長率が高くなり、財政収支も改善することがわかります。 資本移動の自由さがある程度、国内経済の安定をもたらすため、限界投資性向が高くても不安定にはなりません。 しかし、これは海外経済が安定成長している場合に限った話です。 鎖国経済についての従来モデルから類推すると、海外経済が不安定ならば、高すぎる限界投資性向は望ましくありません。


■政府支出比率gによってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

G

政府支出比率が高いほど、成長率が高くなり、財政収支も改善することがわかります。 当モデルには、国内金利の上昇が民間投資を抑制するメカニズムが含まれていないので、これは当然の結果です。 (ただし、内外金利差による円高が貿易収支を悪化させ、所得を抑制する効果は含まれています。)


■海外経済の成長率r0によってGDPや財政赤字比率はどう変わるか

R0

海外経済の成長率が年率0%〜4%の場合を調べています。 海外経済の成長率が高いほど、国内経済の成長率が高くなり、財政収支も改善することがわかります。

   *

■まとめ---開放経済バージョンのモデルの局所的観察からわかったこと

これまで、「現状」の経済状態の近辺でパラメータを変えて、10年先までの経済発展の様子を調べてきました。

現在の状態は、国内経済の成長力が弱く、海外の経済成長のおこぼれをいただくしかなく、海外経済の変動に翻弄される状態です。 しかし、消費性向を少し向上させるだけで、風景は一変します。 国内経済の力強い成長力のため、むしろ国境を越える資本移動の自由度をいくらか制限した方が、より成長率が高まり、財政収支も改善するのです。

こうした知見は、「現状」の経済状態の近くを局所的に調べて得られたものです。 しかし、モデルにはパラメータが9つあり、9次元のパラメータ空間のなかで経済の振る舞いが大局的にどうなっているのか、も見ておく必要があります。 前回の記事のように、射影図をたくさん描いて大局的な観察を行う予定ですが、それは記事を改めてやることにします。

では。

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安定成長と財政収支改善のための政策(2)

((1)の続き)

次に、横軸に限界税率α2、縦軸に他のパラメータをとって、安定成長であるか、また、財政収支は良好かどうか、を調べたグラフを検討します。 全部で次の5つです。

・限界税率&平均税率と経済・財政の安定度(既出)
・限界税率&平均投資性向と経済・財政の安定度
・限界税率&限界投資性向と...同上...
・限界税率&消費性向と...
・限界税率&政府支出比率と...

このうち、最初のグラフ、すなわち、限界税率&平均税率を軸にとったグラフは、前回の記事ですでに見ました(図1−2)。 グラフからは、平均税率を下げること、また、限界税率を高めることが、経済の安定成長と財政収支の改善のために望ましいことがわかりました。

そこで残りの4つのグラフについて順に見て行きます。


■限界税率&平均投資性向と経済・財政の安定度
2_3
図2−3

図は、横軸に限界税率α2、縦軸に平均投資性向γ1をとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 図に示された黒丸は、現在の日本経済の状態です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 そのような政策は、さきほどの表を見るとわかるように、所得税累進性の強化と長期的な投資を促すことです。 では次の図に行きます。


■限界税率&限界投資性向と経済・財政の安定度
2_4
図2−4

横軸には先ほどと同じ限界税率α2、縦軸には限界投資性向γ2をとってあります。 安定成長と財政収支改善のために望ましい政策は、所得税累進性の強化と、消費の増減に対する投資の過敏性を抑えることです。 次の図に行きます。


■限界税率&消費性向と経済・財政の安定度
2_5
図2−5

横軸には先ほどと同じ限界税率α2、縦軸には消費性向βをとってあります。 安定成長と財政収支改善のために望ましい政策は、所得税累進性の強化と、消費性向を高めること(再分配政策&将来不安の払拭)です。 次の図に行きます。


■限界税率&政府支出比率と経済・財政の安定度
2_6
図2−6

横軸には先ほどと同じ限界税率α2、縦軸には政府支出比率gをとってあります。 安定成長と財政収支改善のために望ましい政策は、所得税累進性の強化と、政府支出の対GDP比を高めることです。  

   *

以上、限界税率α2が関係する5つの射影図をみてきました。 いずれの図からも、限界税率は現状より高めた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。 このモデルからは所得税累進性の強化が望ましいと言えます。

   *

次に、横軸に平均投資性向γ1、縦軸に他のパラメータをとって、安定成長であるか、また、財政収支は良好かどうか、を調べたグラフを検討します。 全部で次の5つです。

・平均投資性向&平均税率と経済・財政の安定度(既出)
・平均投資性向&限界税率と経済・財政の安定度(既出)
・平均投資性向&限界投資性向と...同上...
・平均投資性向&消費性向と...
・平均投資性向&政府支出比率と...

このうち、最初の2つのグラフ、すなわち、平均投資性向&平均税率を軸にとったグラフ(図1−3)と、平均投資性向&限界税率を軸にとったグラフ(図2−3)はすでに見ました。 グラフからは、平均税率を下げること、限界税率を高めること、また、平均投資性向を高めることが、経済の安定成長と財政収支の改善のために望ましいことがわかりました。

そこで残りの3つのグラフについて順に見て行きます。


■平均投資性向&限界投資性向と経済・財政の安定度
3_4
図3−4

図は、横軸に平均投資性向γ1、縦軸に限界投資性向γ2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 図に示された黒丸は、現在の日本経済の状態です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 そのような政策は、さきほどの表を見るとわかるように、長期的な投資を促すことと、消費の増減に投資が過敏になるのを抑えることです。 では次の図に行きます。


■平均投資性向&消費性向と経済・財政の安定度
3_5
図3−5

横軸には先ほどと同じ平均投資性向γ1、縦軸には消費性向βをとってあります。 安定成長と財政収支改善のために望ましい政策は、長期的な投資の促進と、消費性向を高めること(再分配政策&将来不安の払拭)です。 次の図に行きます。


■平均投資性向&政府支出比率と経済・財政の安定度
3_6
図3−6

横軸には先ほどと同じ平均投資性向γ1、縦軸には政府支出の対GDP比gをとってあります。 安定成長と財政収支改善のために望ましい政策は、長期的な投資の促進と、政府支出の対GDP比率を高めることです。

   *

以上、平均投資性向γ1が関係する5つの射影図をみてきました。 いずれの図からも、平均投資性向を現状より高めた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。 このモデルからは、景気に左右されない長期的な投資の促進が望ましいと言えます。

   *

次に、横軸に限界投資性向γ2、縦軸に他のパラメータをとって、安定成長であるか、また、財政収支は良好かどうか、を調べたグラフを検討します。 全部で次の5つです。

・限界投資性向&平均税率と経済・財政の安定度(既出)
・限界投資性向&限界税率と...同上...(既出)
・限界投資性向&平均投資性向と...同上...(既出)
・限界投資性向&消費性向と...
・限界投資性向&政府支出比率と...

このうち、最初の3つのグラフ(図1−4、図2−4、図3−4)はすでに見ました。 グラフからは、平均税率を下げること、限界税率を高めること、平均投資性向を高めること、また、限界投資性向を抑えることが、経済の安定成長と財政収支の改善のために望ましいことがわかりました。

そこで残りの2つのグラフについて順に見て行きます。


■限界投資性向&消費性向と経済・財政の安定度
4_5
図4−5

図は、横軸に限界投資性向γ2、縦軸に消費性向βをとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 図に示された黒丸は、現在の日本経済の状態です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 そのような政策は、さきほどの表を見るとわかるように、消費の増減に対する投資の過敏性を抑えることと、消費性向を高めること(再分配政策&将来不安の払拭)です。 では次の図に行きます。


■限界投資性向&政府支出比率と経済・財政の安定度
4_6
図4−6

横軸には先ほどと同じ限界投資性向γ2、縦軸には政府支出の対GDP比gをとってあります。 安定成長と財政収支改善のために望ましい政策は、消費の増減に対する投資の過敏性を抑えることと、政府支出のGDP比率を高めることです。

   *

以上、限界投資性向γ2が関係する5つの射影図をみてきました。 いずれの図からも、限界投資性向を現状より抑えた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。 このモデルからは、消費の増減に対する投資の過敏性を抑えることが望ましいと言えます。

   *

次に、横軸に消費性向β、縦軸に他のパラメータをとって、安定成長であるか、また、財政収支は良好かどうか、を調べたグラフを検討します。 全部で次の5つです。

・消費性向&平均税率と経済・財政の安定度(既出)
・消費性向&限界税率と...同上...(既出)
・消費性向&平均投資性向と...同上...(既出)
・消費性向&限界投資性向と...同上...(既出)
・消費性向&政府支出比率と...

このうち、最初の4つのグラフ(図1−5、図2−5、図3−5、図4−5)はすでに見ました。 グラフからは、平均税率を下げること、限界税率を高めること、平均投資性向を高めること、限界投資性向を抑えること、また、消費性向を高めることが、経済の安定成長と財政収支の改善のために望ましいことがわかりました。

そこで残る1つのグラフを見ます。


■消費性向&政府支出と経済・財政の安定度
5_6
図5−6

図は、横軸に消費性向β、縦軸に政府支出比率gをとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 図に示された黒丸は、現在の日本経済の状態です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 そのような政策は、さきほどの表を見るとわかるように、消費性向を高めること(再分配政策&将来不安の払拭)と、政府支出の対GDP比率を高めることです。

   *

以上、消費性向βが関係する5つの射影図をみてきました。 いずれの図からも、消費性向を現状より高めた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。 このモデルからは、再分配政策や将来不安の払拭で国内消費をもりあげることが望ましいと言えます。

   *

■政府支出比率と経済・財政の安定性

最後に、政府支出比率gが関係する5つのグラフについてコメントします。 これらのグラフはすべて既出です。 そして、いずれの射影図を見ても、政府支出比率を高めた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。

ただし、この結果は、税財政ブロックに限定した今回のモデルの設定から考えて、ある意味で当然の結果です。 モデルのどの部分にも、政府が大きくなると、政府自体や国の経済全体の効率が悪くなる、といった仮定は置いていません。 また、政府は収入(税収)の100%を支出する(場合によっては100%以上を支出する)経済主体ですから、政府の規模が大きいことは国全体の消費性向を上げるように作用し、(このモデルでは)安定成長をもたらすのです。 現実の政府が、このモデルで仮定したように、大きくなっても効率の低下を招かない存在なのかどうか、というのは意見が分かれるところでしょう。

政府の規模はおそらく、政府はどのような役割を果たすべきなのか、といった別の基準によって決めるべきモノです。 そして、その規模がどの程度であれ、GDPの2〜4割といった範囲に収まっているのであれば、他の経済パラメータを政策により変化させて、国の経済を良好な状態にもっていける、ということが、射影図から読みとれます。 (かりに政府支出がGDPの1割だと、ちょっと政府規模が小さすぎるかも知れませんが。)

   *

■現時点で望ましい政策

以上の15個の射影図から読みとれる、現在の日本経済において望ましい政策の方向性を表にまとめておきます。

パラメータ望ましい変化望ましい政策
平均税率 α1消費税率ダウン
限界税率 α2所得税率の累進性強化
平均投資性向 γ1長期的な投資を促進
限界投資性向 γ2消費増減に対する投資の過敏性を抑制
消費性向 β再分配政策と将来不安の解消
政府支出比率 g政府支出増

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安定成長と財政収支改善のための政策(1)

このところ数日おきに、Sさんとメールのやりとりをしています。 先日、開放経済下での再分配政策の有効性について質問を投げかけてくださった方です。 そのSさんが、ある素晴らしい提案をして下さいました。

WSの主張は、現在の日本で財政収支を改善するためには、消費性向を高める政策や、消費の増減に左右されない長期的な投資性向を高める政策が望ましい、というものです。

その主張の根拠となっているモデル「限界税率・誘発投資モデル(詳細は小生のホームページ参照)」で、外から与えることになっている政府支出Gを、G = g Y (Y:国内総所得、g:係数) のように所得に比例する形に仮定してはどうか、というのがSさんの提案(の1つ)です。

政府支出をこのように仮定すると、所得Yがしたがう微分方程式の形が簡単になって、経済の安定性や財政収支についての定量的な分析が容易になります。 おかげで、見通しの悪かった、これまでの経済の安定性の議論(上記のホームページの付録C)を、定量的で見通しのよいものにすることができました。 今回はその報告をします。

   *

結果を示す前に、あらかじめ断っておきますが、この、政府支出を総所得に比例する形におく、という仮定は、現実の経済の姿とは少しちがいます。 もし、政府支出が総所得に比例するならば、たとえば500兆円のGDPがなんらかのショックにより1割減って450兆円になれば、100兆円の政府支出も1割減って90兆円になるはずです。 しかし、現実の経済では、GDPが減れば雇用対策などのために、むしろ政府支出を増やし、景気悪化の悪影響を緩和するのが普通です。 それに対して、今回とりあげる G = g Yとおくモデルでは、政府支出による景気調節がありません。 現実の経済より、景気変動の振幅が大きいモデルになっています。 しかし、ある税制や投資性向の状態が、このモデルで安定成長を実現し、財政が黒字になるのであれば、現実の経済においてはさらに良好な経済状態をもたらす、と期待してよいでしょう。

また、このモデルは、税財政ブロックのみのモデルです。 それゆえ、景気がよくなったときに金利が上昇して成長率を抑えたり、輸入が増えて貿易収支が悪化して国内経済の過熱を抑えたりする効果が含まれていません。 しかし、税財政ブロック単独で考えたときに、経済を安定化させ、財政収支を改善する政策は、そうした金利や貿易収支などをめぐる外部環境も含めて考えた場合でもやはり、経済を安定化させ、財政収支を改善すると期待してよいでしょう(*1)。

   *

■モデルのパラメータは6つ

モデルに含まれる経済のパラメータは6つあります。 それらを次の表に示します。

パラメータ現在値考察する値の範囲値を大きくする政策(*)
平均税率 α10.170.10 - 0.30消費税率アップ
限界税率 α20.640.2 - 2.2所得税率の累進性強化
平均投資性向 γ10.400.20 - 0.60長期的な投資を促進
限界投資性向 γ22.50.2 - 3.2消費の増減に投資が過敏
消費性向 β0.650.5 - 0.8再分配政策
政府支出比率 g0.200.10 - 0.30政府支出増

注*) これは単に、どのような政策がそのパラメータ値を大きくするか、を記しただけです。 その政策が安定成長や財政収支の改善に役立つかどうかは、これから考察します。


■経済状態を判定して、スコアを与える

さて、それぞれのパラメータを上の表の範囲から1つ決めたとき、このモデルでの国内経済の状態が1つ決まります。 つまり、6つのパラメータの組 (α1, α2, γ1, γ2, β, g) で、国内経済の状態が指定されます。 たとえば、現在の日本経済の状態は (0.17, 0.64, 0.40, 2.5, 0.65, 0.20)と表すことができます。

その状態が、安定成長を実現しているのか否か(*2)、また、財政収支は良好かどうか(*3)、に応じて、以下のように各状態にスコア(点数)を与えることにします。 スコアが高いほど、経済と財政は良好です。

・0点 ... 経済が不安定(安定成長でない状態)
・1点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%以上
・2点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%未満
・3点 ... 安定成長で、かつ、財政収支が黒字

各状態は、6次元空間の直方体内部の1点であらわされますが、その点のそれぞれにスコア(0〜3)がついています。 どのあたりでスコアが高くて、どのあたりで低いのか、その様子を知りたいわけですが、6次元は見ることができません。 そこで、平面(2次元)に射影して等高線を書いてみることにします。

ちょうど、ある立体をヨコから見ると三角形に見え、上から見ると円に見えることから、その立体が円すいである、と判断するようなことを、(ちょっと手間はかかりますが6次元で)やろうというわけです。

   *

これから図をいっぱい(全部で15個)示しますけど、見方は全部おなじです。 最初はこれです。

■平均税率&限界税率と経済・財政の安定度
1_2
図1−2

図は、横軸に平均税率α1、縦軸に限界税率α2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 この図には、α1とα2しか描いていませんが、実際には、経済の状態を指定するためには6つのパラメータが要ります。 図には (α1, α2, *, *, *, *) の形(*は範囲内の任意の値をとる)で書けるすべての点のスコアを平均して100倍した値を示しています。 つまり、他の4つのパラメータについては、範囲内のあらゆる値を考えて、平均したスコア(の100倍)が描いてあります。

たとえば、海水の温度を示すのに、深さ方向については平均してしまって、緯度いくら、経度いくらの点の海の温度はいくらです、というようなことをやっているのだとご理解ください。

図1−2に示された黒丸は、現在の日本経済の状態です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 そのような政策は、さきほどの表を見るとわかるように、消費税率のダウンと所得税累進性の強化です。 では次の図に行きます。

■平均税率&平均投資性向と経済・財政の安定度
1_3
図1−3

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には、平均投資性向γ1をとってあります。 安定成長と財政収改善のために望ましい政策は、消費税率のダウンと、長期的な投資の促進であることがわかります。 次の図に行きます。

■平均税率&限界投資性向と経済・財政の安定度
1_4
図1−4

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には限界投資性向γ2をとってあります。 望ましい政策は、消費税率のダウンと、消費の増減に投資が過敏になりすぎないようにすることです。 次の図に行きます。

■平均税率&消費性向と経済・財政の安定度
1_5
図1−5

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には消費性向βをとってあります。 望ましい政策は、消費税率のダウンと、消費性向の向上(再分配政策&将来不安の払拭)です。 次の図に行きます。

■平均税率&政府支出比率と経済・財政の安定度
1_6
図1−6

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には政府支出のGDP比gをとってあります。 望ましい政策は、消費税率のダウンと、政府支出比率のアップです。 

   *

以上、平均税率α1が関係する5つの射影図をみてきました。 いずれの図からも、平均税率は現状より下げた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。 このモデルからは消費税率のダウンが望ましいと言えます。

消費税率を下げてもなぜ財政収支が改善するのか、不思議に思われるかも知れませんが、これは簡単なことです。 減税によって経済が成長し、その成長の一部を累進課税で税収として回収できるのです。 そのほうが経済の安定性も高まります。 なぜなら、税率構造が累進的であるために、景気悪化時には税収が激減するので、自動的に実質的な減税となり、景気を強力に下支えすることになるからです。

残り10個の射影図は、記事を改めて示します。

-----

*1) 金利や貿易収支の影響を(簡単な)定量的な形でモデルに取り込むことは、近い将来の課題です。

*2) 政府支出をG = g Yの形と仮定すると、ホームページでの付録Cの議論と同様にして、総所得Y(t)が満たす2階の常微分方程式

 Y''(t) + p Y'(t) + q Y(t) = 0   (1)

を得ることができます。 ここで係数p, qはいずれも経済状態を表す6つのパラメータ(α1, α2, γ1, γ2, β, g)のある関数です。 特性方程式の2根を r, s とすれば、微分方程式の一般解は

 Y(t) = A exp(r t) + B exp(s t)

の形です。 ここでA, Bは初期条件で決まる定数です。

いま、r, sが虚数の場合には、所得Y(t)は振動します。 この場合、経済は不安定であると考えることにします。

次に、r, s が相異なる実数(ただし r > s)である場合を考えます。 この場合、十分時間がたつと、

 Y(t) 〜 A exp(r t)

となり、第二項は第一項に対して無視できるようになります。

初期条件 Y(0), Y'(0) からA, Bを求めることができますが、それを行うと以下のことがわかります。

・初期における成長率 Y'(0)/Y(0) が s 未満ならば、A < 0 となり、十分時間が経つとY(t)は負になってしまう。

・初期における成長率 Y'(0)/Y(0) が s より大きければ、A > 0 となる。 さらに r > 0 であれば、十分時間が経つとY(t)は単調に増加する。

まとめると、十分時間がたったあとの経済の成長率は r であり、特性方程式の小さい方の根 s は外的な経済ショックに対する対応限界を表していることになります。 たとえば r > 0, s = -0.06 であれば、一時的に成長率がマイナスになるようなショックが加わっても、それが年率マイナス6%より小さなショックであれば、もとの成長率rの安定成長に復帰できます。 しかし、年率マイナス7%といったsの値を越えるショックならば、経済はデフレスパイラルに落ち込んで、戻って来れない、ということです。

つまり、経済が安定成長できる条件は、rが正であり、sが負の大きな値であることです。 また、この基準から容易に想像できると思いますが、特性方程式が重解を持つ場合は経済が不安定である、と判定するのが適当です。

以上を踏まえて、経済が(初期条件によらず)安定成長できるかどうか、を以下のように判定することにします。

・微分方程式(1)の特性方程式が異なる2実解をもち、かつ、小さい方の根sが-0.06未満であり、大きい方の根rが0.03より大きいとき、安定成長

・そうでないとき、安定成長でない

*3) 財政収支のGDP比は次のようにして計算しています。

まず、所得 Y(t) が満たす微分方程式(1) の特性方程式の根を r, s (r > s) とします。これらは6つのパラメータを与えれば決まります。 経済が安定な場合(注2を参照)だけ考えているので、相異なる2実解のケースだけを検討しています。

十分に時間がたった時の解は

 Y(t) ≒ A exp(r t)

と書いて構いません。

政府支出 G(t) は仮定により G(t) = g Y(t) です。

また、税収は T(t) = α1 Y(t) + α2 Y'(t) ≒ (α1 + α2 r) Y(t) となります。

よって財政収支のGDP比は (T(t)-G(t))/Y(t) ≒ α1 + α2 r - g となります。

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財政政策は変動相場制下では無効か---MFモデルと再分配政策

2007年にWSが書いたホームページの記事「財政赤字の持続可能性について」と、当ブログの最近の記事を読まれた方(Sさん)から、ある質問をいただきました。

WSはここ20年ほどの、所得再分配に逆行する政策が近年の日本経済低迷の大きな原因の一つであると思っていますが、Sさんはこの見方に共感しつつ、以下のような疑問を提示されたのです。

「1960年代の公共投資と池田税制(高累進所得税)の組み合わせのような財政政策は、当時の為替が固定相場制であったからうまくいったのではないか。 為替レートが変動相場制となり、国境を越える資本移動が自由になった現在の開放経済下では、同様な財政政策はうまく行かないのではないか?」

そして、その根拠としてマンデル・フレミングモデル(MFモデル)の結論を挙げて下さいました。 MFモデルは資本移動が自由な場合、(少し粗い言い方をすると)固定相場制下では、財政政策は有効であるが金融政策は無効であること。逆に、変動相場制下では、金融政策は有効であるが財政政策は無効であること、を主張します。

池田税制が成功した60年代の固定相場制とは異なって、現在の為替レートは変動相場制ですから、財政政策はあまり効果がないのではないか、というわけです。

上記のホームページの記事「財政赤字の持続可能性について」では、税財政ブロックに限定したモデル(第2部参照)を扱いました。 そのモデルからわかることとして、消費性向の向上や、消費の増減に左右されない長期的な投資性向を高めることが、財政収支の改善に有効である。 それに対し、増税や減税、政府支出の拡大や削減そのものは(長期的には)財政収支の改善にほとんど効果がない、と述べました。

そこで扱ったモデルは国内の税財政ブロックのみのモデルでした。 もし、これに、金融ブロックや国境を越える資本移動の効果や為替レートの変動による輸出入の増減の効果を加えて考えたならば、上で述べた結論は変わってくるのでないか? というのはもっともな疑問です。

今回の記事では、この疑問に解答します。 結論を先に書くと、財政政策と再分配政策は同じではない。 財政政策はたしかに(理想化された)変動相場制下では(例外的状況を除けば)無効であるが(*1)、再分配政策は有効である、というものです。

まず、最初に、変動相場制下で財政政策が無効であるというMFモデルの主張について簡単に復習したあと、本題に入ります。

MFモデルについては、Sさんに以下のページを教えていただきました。
量産型ノブオのFinancial Research
 
細かい点の確認には、英語ですが、以下のページがわかりやすいと思います。
Prof. K. Ohno's Homepage
8. Mundell-Fleming Model with a Floating Exchange Rate


■変動相場制下での財政政策の無効性(MFモデル)

国境を越える資本移動が自由(開放経済)で、為替は変動相場制であるとします。 この場合に、財政政策が無効になるのは次のメカニズムによります。

政府支出を拡大したとします。 すると(短期的には)GDPが増えて貨幣需要が増します。 にも関わらず中央銀行が貨幣供給を変えないと仮定しましょう(*)。 当然、貨幣が不足して国内金利が上昇します。

国内金利が上がるので、海外との間に金利格差が生じ、資本流入が起きます。 資本流入の際には円が買われますから、円高が進行します。

円高のために、輸出は減少し、輸入は増えます。 つまり、貿易収支は減少します。(減少分はちょうど、先ほどの資本流入で補われます。)

貿易収支の減少分だけGDPは減少します。 それに伴い、国内金利はさきほどより低下します。 このプロセスは、国内金利と海外金利が実質値で等しくなるまで続き、結局、さきほどの短期的なGDPの増加をすべて帳消しにしてしまいます(クラウディングアウト)。 長期的にはGDPの水準は政府支出の拡大前と同じところまで戻ってしまいます。 つまり、財政政策は無効になります。

(注*) 上の話では、中央銀行が、GDPの増大にもかかわらず貨幣供給を変えない、という仮定が効いています。 もし中央銀行がGDPの増大に合わせて貨幣供給を増やすなら、GDPは増えます。 しかし、このGDPの増加は財政政策単独の効果によるものではなく、金融政策とのミックスによるものです。
政府支出の拡大に合わせて中央銀行が貨幣供給を増やすことが可能かどうか。 それは物価によります。 物価がそれほど上がらないなら、貨幣供給を増やすことが可能で、その結果、財政・金融のミックス政策の効果でGDPは増えるでしょう。


■変動相場制下での再分配政策の有効性

税財政政策には、政府支出の増減や税収総額の増減という総額を変化させる側面に加えて、たとえそうした総額は変わらなくても、政府支出や税のあり方が結果として家計の可処分所得の分布をどう変えるか、という再分配の側面があります。

2007年に漠然と考えていたのは、再分配的な税財政政策でGDPの増大をはかる場合には、総額的な税財政政策でそうする場合にくらべて、クラウディングアウトが生じにくいのではないか、ということです。

今回、Sさんに質問をいただいたことをきっかけに、上記の漠然としたアイデアが、変動相場制かつ資本移動の自由を仮定した小国のMFモデルの枠組みの中でも理論的に成り立つのかどうか、考えてみました。 そして、肯定的な結果を得たと思うので報告します。

簡単のため、国内物価水準Pは一定として実質値と名目値を区別しないことにし、縦軸に国内金利r、横軸に国内総所得YをとったIS-LM分析の図で考えます。 政府支出や税収総額は変わらないが、中低所得層の家計の可処分所得が増えるような、再分配的な税財政政策をとったとして、その場合にIS曲線とLM曲線がどう移動するかを順に検討します。(実際には、資本移動の自由を仮定したために、国内金利rは海外金利r*(一定と仮定)と一致するように瞬時に調整されるので、IS曲線やLM曲線の移動ではなく、移動圧力、と書くべきかも知れません。)

Is_lm
図(クリックで拡大)

・IS曲線の移動
IS曲線は右下がりです。 消費性向の向上により家計消費が増えるので、IS曲線は上方(右方)に移動しようとします。 平行移動ではなく、IS曲線の傾きがゆるやかになるように(水平に近くなるように)回転しながら移動します。 これは IS曲線の式

Y = C(Y,A) + I(r) + G + X(q) - M(Y,q)

(ここで、A:資産、X-M:純輸出、q:為替レート)

において、消費性向が向上すると、CのYによる偏微分係数(0.6程度)が大きくなることからわかります。

・LM曲線の移動
LM曲線 L(r,Y)=M/P は右上がりです。 貨幣供給Mは変えませんが、再分配政策により貨幣需要関数L(r,Y)の関数形が変わるので、LM曲線は下方(右方)に移動します。 これは、貨幣需要の内訳を考えるとわかります。

貨幣の需要には、取引要因による需要と投機的な需要があります。 前者は総所得Yに比例し、再分配政策でもそれほど変化しません。 しかし、後者の投機的需要は、主に高所得層の余剰資金からくるので、(Y,rが一定ならば)再分配政策により減少すると考えられます。 したがって、(Y,rが一定ならば)再分配政策によりトータルで貨幣需要は減ります。貨幣供給Mが不変ならば、供給超過の状態、すなわち金融緩和状態となって、LM曲線は下方(右方)に移動します。

・短期均衡点
上で検討したIS曲線の右上方への移動とLM曲線の右下方への移動にともなって、これらの交点である短期均衡点は、右方へ移動します(点A→点B)。すなわち、国内総所得Yは増加します。

短期均衡点で、国内金利rが始め(r*)より上がるか下がるかは、両曲線の傾きと移動量によります。

・長期均衡点
もし、短期均衡点での国内金利rが海外金利r*より小さいならば、資本流出が生じて円安になります。 このため貿易収支が黒字になってIS曲線はさらに上方に移動します。 調整は国内金利rが海外金利r*と一致するまで続きます。 最終的に国内総所得Yは、短期均衡点よりさらに大きくなります。

一方、短期均衡点での国内金利rが海外金利r*より大きいならば、資本流入が生じて円高になります。 このため貿易収支が赤字になってIS曲線は下方にシフトバックします。 この調整は国内金利rが海外金利r*と実質値で一致するまで続きます。 最終的に国内総所得Yは、短期均衡点よりは小さくなりますが、はじめの値よりは大きくなります(点C)。 つまり、再分配政策は完全に無効にはなりません。 その理由は、総額を変える税財政政策の場合とは異なって、再分配的な税財政政策では投機的な貨幣需要が抑制されるため、LM曲線の右方シフトが生じるからです。

   *

現在の日本経済の状態や想定される再分配政策が上記のいずれであるのか、まだ調べていませんが、時系列モデル等で推定できれば興味深いと思います。 前者であればぜひ再分配的な税財政政策を実行してほしいものです。 また、仮に後者であるとしても、そうした政策には実行する価値があります。 いずれの場合でも、投機的な貨幣需要を抑制することでLM曲線の右方シフトを引き起こせば、所得を増やす効果が強まると考えられます。


■変動相場制下での税財政政策の有効性(まとめ)

税財政政策には、いくら支出するか、いくら税金を取るかという総額的な側面と、その支出の結果、家計の所得分布がどう変わるか、という再分配的な側面があり、どのような政府支出や税もその両面を持っています。

再分配的な面からいうと、消費性向が上がるような税財政のあり方が望ましく、消費性向の上昇は、変動相場制下であっても長期的にはGDPの増大をもたらすでしょう。

総額的な面からいうと、消費性向が変わらないか、あるいは低下するような政府支出の拡大や減税は、変動相場制下では長期的にはGDPを変えないか、あるいは減少させるでしょう。

公共投資の拡大は、もしそれが消費性向を上げるような再分配効果をもつならば、変動相場制下であっても長期的にはGDPの増大をもたらします。 しかし、再分配的効果のない公共投資の拡大は長期的にはGDPの増大につながらないと考えられます。

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注*1)
変動相場制のもとであっても、単純な(=再分配効果のない)財政拡張政策が所得増に有効となる例外的状況を2つあげておきます。

1つは、世界的不況下で各国が協調して公共投資を行う場合です。この場合、国内金利と海外金利が同時に上がるので、貿易収支の赤字化による所得減は生じません。

もう1つは、LM曲線が水平に近い場合、すなわち、流動性のわなに陥った状況です。 この場合、公共投資でIS曲線が右方にシフトしても金利上昇が生じないので、所得はまるまる増えます。 (IS-LM分析では物価水準を一定と仮定しているので、本当は、物価がどう反応するかも検討しないといけませんが。)

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北欧諸国の社会保障を支えるのは消費税か、ドーマーの定理、道州制

WSは2年ほど前に、日本の財政赤字と累積債務の問題を考察して、解決策は消費性向のアップによる内需拡大である、と確信しました。その概要をまとめた当時のレポートが「財政赤字の持続可能性について」です。

このレポートに書いたことの大部分は、2年後の現在でもそのままの形で通用すると思っています。昨年来、世界バブルの崩壊で外需によるサポートという仮面がはがれ、内需の重要性が認識されるようになりました。そうした現状では、レポートに書いた、消費性向アップが必要との指摘は、陳腐化するどころか、むしろますますその重要性を増しているようです。

しかしながら、この2年間、経済の問題に関心をもって多くのブログ記事などで勉強させていただくなかで、レポートに書いたことの中に、訂正や補足を必要とするものが若干でてきました。

そこで、北欧諸国の税制、およびドーマーの定理について、訂正と補足をしておきたいと思います。最後に、道州制についても少し書きます。


■北欧諸国の社会保障を主に支えているのは消費税ではない

デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドといった北欧諸国の手厚い社会保障は有名です。医療費無料、大学院までの教育費無料、3年間95%の失業給付と無料の職業訓練などなど。そして消費税(付加価値税)の税率の高さ(22〜25%)も有名です。

そして、この2つから誤解が生まれます。北欧諸国の社会保障を支えているのは消費税である、という誤解です。WSも上記のレポートの第7節の注の中で、北欧諸国を念頭に「欧州諸国の税収の大きな部分を消費税が占めている」と書いてしまいました。

でも、実際は違います。次の図は、さまざまな税収がGDP(国内総生産)に占める割合を示します。
Netax_gdp
図1(クリックで拡大)

北欧諸国では、物品やサービスにかかる税(主に消費税)の税収が税収全体に占める割合は多くても3分の1なのです。では、なにが税収を支えているのでしょうか。

税収の半分を占めているのは、実は所得や利益にかかる税(主に所得税と法人税)なのです。

Netax
表2(クリックで拡大、ソース:JERTO)

表からもわかるように、高累進所得税と、法人税などの企業の負担が税収を支えています。(その他の税というのは資産税などです。)

中谷巌氏が大晦日にラジオで語っていましたが、デンマークの人はほとんど貯金をしないそうです。十分な年金(1人300万円/年くらい)が無条件で支給されるので、老後に備える必要がないからです。そうしたセーフティーネットによる将来不安のなさと、高累進所得税による再分配が、高い消費性向を生み、経済を支えているのでしょう。

日本も、現状の1.5倍くらい税金を払って、北欧諸国のような高福祉高負担に移行するのがよいのかどうか。さまざまな意見があるでしょう。仮にそうなるとしても、高負担は少なくとも北欧諸国の場合、高消費税という意味ではないということは、心に留めておくべきだと思います。


■ドーマーの定理

財政赤字と累積債務の問題を考えるとき、さけて通れないのがドーマーの定理です。この定理は

名目成長率が長期金利を安定的に上回っていれば
(たとえ基礎的財政収支が赤字であっても)累積債務は持続可能である

というものです。そのココロを簡単にいうと、累積債務が巨大で財政が赤字であっても、成長率が金利より高ければ、いずれは国の経済規模が大きくなって税収の伸びが利払い負担の伸びを上回るようになる、ということです。数式による証明は 上記のレポートの第2節に書いておきました。

さて、レポートでは、

a) 名目成長率が長期金利を上回っていれば、累積債務は持続可能
b) 名目成長率が長期金利を下回っていれば、累積債務は持続不可能

という意味のことを書いたのですが、この(b)は、厳密にいうと間違いでした(第2節の式3は合っているのですが、その解釈で見逃しがありました)。

名目成長率が長期金利を下回っていても、累積債務が持続可能となるケースがあります。それは、

c) 基礎的財政収支が黒字で、かつ、その黒字が「債務残高×(長期金利と名目成長率の差)」を上回っていれば、累積債務は持続可能

です。簡単にいうと、利払いに負けないくらい黒字を出して、がんがん借金を返せば大丈夫、というケースです。「2011年度までの基礎的財政収支の黒字化」という政府目標は、まさに(c)のケースでうまくいくように期待しているわけです。ほとんどの国民を内需不況下の増税で苦しめる、こんな路線の追求はWSの想定外でした。

家計や企業の常識では、黒字を出して借金を返すことは当然の行動です。しかし、国がそれをやろうとすると、歳出削減や税率アップということになる。国民は不景気と増税に苦しみ、結局、税収は期待したほど増えない。レポートで指摘したとおり、歳出削減や税率アップといった方法では、長期的には財政赤字のGDP比率は減らないのです。消費性向のアップだけが、財政赤字を減らす方法です。

「2011年度までの基礎的財政収支の黒字化」、いいかえると、(c)のケースでうまくいくように、との政府の試みは、2006年ごろまではうまく行っているように見えました。しかし、それは世界バブルによる税収増というメッキのおかげであったことが、現在、明らかになりつつあります。

財政赤字問題を解決するための正攻法は、やはり(a)のケースの追求ではないでしょうか。
亀井久興議員の演説にあるように、需要をふやしていく、そしてGDPを大きくして、国民所得をふやして、一人当たり国民所得をふやし、可処分所得をふやして、その個人消費の旺盛な力によって景気回復をさせ、税収増加をはかる、というのが本筋だと思います。


■道州制ってなんのメリットがあるの?

最後に、道州制について。あまり詳しくはないのですが、直観で書きます。

北欧諸国の税制を調べていたら、北欧諸国は人口規模が小さく、ちょうど道や州の規模。これくらいの規模が効率もいいし、福祉をやるにはちょうどいい。だから道州制がいい、という論説(暴論?)をチラホラみかけました。

でも、本当にそうなんでしょうか。

どう考えても、規模が拡大すれば住民サービスのきめ細かさは失われるし、住民自治も後退するでしょう。現状の市町村や都道府県でもWSは大きすぎると思っています。予算規模に問題があるなら、裁量の余地の少ない、制度的交付金を国から配ればいいはずです。

さらに問題なのは、中途半端に権限を委譲された州は、大企業の私的利益の追求に対抗できるのか、という点。

どういうことかというと、例えば、工場を立地するとします。企業としては当然、もっとも法人税が安く、道路建設や港湾整備やその他もろもろの便益を考慮して、優遇策をとってくれる州に立地するでしょう。州どうしは互いに競い合って、予算を企業誘致のために投入する。その結果、住民サービスは劣化し、住民税は増税され、社会保障は削減されることは目に見えています。

企業としては当然の行動が、地方を劣化させます。それに対抗できる主体は、現状では規模の点で、国家以外には存在しないのではないでしょうか。

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