現在の名目GDPの値は消費税約11兆円分だけ かさ上げされている?
表題の件について、これまで知らなかったのですが、GDPが消費税の分だけ かさ上げされていると考えると、これまで疑問だったことがうまく説明できる気がしています。
まずWSにとって何が疑問だったのか、というところから話を始めます。
■1997年の消費税率アップで税収が減ってしまったこと
以前の記事「消費税率アップという「苦い薬」はホントに良薬ですか、Yさん?」で1997年4月の消費税率アップ(3%→5%)では、総税収が増えるどころか、逆に減ってしまったという事実を紹介しました。
住宅投資や民間設備投資の急激な落ち込みなどにあらわれた景気悪化のために、所得税や法人税の税収が落ち込み、それらの税収減が、消費税収の増加を上回ったためです。
ちょっと数字を見ておきましょう。
いま、税制調査会の以下のホームページに、所得税関係の参考資料がたくさんアップされています。
税制調査会 第2回 専門家委員会(平成22年3月26日) 資料一覧
http://www.cao.go.jp/zei-cho/senmon/sen2kai.html
このなかに「資料(総論)pdf 707KB」というのがあって、その5ページ目に「主要税目の税収(一般会計分)の推移」のグラフ(下の図1)が載っています。
消費税率が引き上げられたのは平成9年度(1997年)です。 そこで、引き上げの前後ということで、平成7年度と平成11年度の税収(一般会計分)を比較してみます(*1)。
消費税の税収は、平成7年度に5.8兆円でしたが、平成11年度には10.4兆円となりました。 4.6兆円の増加です。
しかし、所得税と法人税の税収は減少しました。
所得税の税収は、19.5兆円から15.4兆円まで、4.1兆円減少しました。
法人税の税収は、13.7兆円から10.8兆円まで、2.9兆円減少しました。
その結果、これら3つの税収の和は、2.4兆円のマイナスとなりました。 消費税の増収(4.6兆円)より、所得税と法人税の減収(計7兆円)のほうが大きかったのです。
他の税も合わせた一般会計の税収全体では、51.9兆円から47.2兆円まで、4.7兆円減少しました。
■激減した民間投資
所得税と法人税の税収が大きく減少したのは、景気が悪化したためです。
次の図は1997年前後の5年間の、民間消費や民間投資、GDP(国内総生産)の推移を示します(*2)。
消費税率が+2%アップされた1997年の4-6月期以降、1999年までの間に民間投資が約30%も減少するなど、景気後退が起きたことがわかります。(単にかけこみ需要の反動と見なすには大きすぎる景気後退です。)
それで、WSの疑問というのは、これほどの景気後退が生じているにも関わらず、民間消費(緑色の実線のほうです。点線についてはあとで説明します)がほとんど減っていないことなのです。
いや、むしろ、民間消費がほとんど減っていないのに、なぜ民間投資だけがこんなにも落ち込んだのか、と言った方がわかりやすいでしょうか。
企業が設備投資を行うのは、消費者が買ってくれると期待して生産体制を整えるためです。 消費が維持されるならば、設備投資をここまで減らす理由がありません。
もちろん、民間投資には、国内消費だけでなく、政府支出や輸出の動向も影響を与えます。 それを確認してみましょう。
■政府支出や輸出額の推移では、民間投資の減少を説明できない
次の図は、1997年前後の5年間の、政府支出(*3)や輸出額、輸入額の推移です。
輸入額は国内景気(と為替レート)に反応して受動的に推移します。 ここでは政府支出と輸出額に注目します。
政府支出は1998年半ばまでの2年ほどの間、緊縮的でした(橋本構造改革)。 2年間で4%ほど支出が抑制されたことが読みとれます。 しかし、1998年半ば以降は増加に転じています。
この政府支出が4%ほど削減された2年間には、輸出は逆に20%ほど増えていました。 1995年の異常な円高の反動で、円安が進行していたためです。
政府支出と輸出を合わせて考えたとき、民間投資をここまで減らすほど、それらが景気抑制的であったとは考えにくいのです。
■疑問の答が(たぶん)見つかった
「国民経済計算の推計レビューの検討状況報告」
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/051117/shiryou3.pdf
という文書に、以下のような記述がありました。 色字の強調はWSです。 (...)はWSが省略したところです。
>>>>>
1. 利用者からの意見
(1) (...省略...)
(2) GDP測定と消費税の取扱いについて
(概要)我が国においてSNAの測定にあたり採用している生産者価格及び購入者価格の概念は、消費税を含んでいる。 最近のGDPは消費税により約11兆円上げ底となっており、今後消費税率が変動するたびに名目GDPが変動することになる。 また、消費税を含んでいないOECD等の諸外国との正確な国際比較を阻害する問題がある。 我が国における一般消費税の取り扱いについて、整理・検討をお願いしたい。
(対応等)⇒市場価格表示であるGDPは、93SNAの勧告において、控除可能でない付加価値型税(VAT)を含むとされる。我が国において、GDPに控除可能でないVATを含めているのは、国際基準におけるGDPの定義に沿ったものである。
生産者価格表示の総付加価値については、93SNAの勧告において、購入者にインボイスされたVATを控除することとされているが、我が国では93SNAの導入の際に検討した結果、「産業連関表」に基づく生産者価格(インボイスされたVATを含む)から商品別にインボイスされたVATを控除することは困難であるため、93SNA勧告に従った生産者価格の導入は見送っている。
<<<<<
えっと、もしかするとWSが何か勘違いしているのかも知れませんが、こういうことだと思うのです。
100円のものを買ったら、5%つまり5円分の消費税と合わせて105円を我々は支払うわけですが、これは
・100円=真の消費
・5円=消費税
と分けることができます。 本来は、真の消費額である100円をすべての人のすべての買い物について加えたものが民間消費になるべきです。
しかし、それらを統計上分離するのが困難なので、国民経済計算では消費税分を含めて105円を民間消費としてカウントしているらしいのです。
たとえば、2009年の場合、(持ち家の帰属家賃を除く)民間消費は229.5兆円となっています。
ところが、実は、このうち割合にして105分の5は消費税なので、真の民間消費は105分の100、つまり、218.6兆円であるということになります。
両者の差は消費税の分の10.9兆円です。 民間消費もGDPも、消費税約11兆円だけ真の値より かさ上げされています。
*
そうするとどういうことになるでしょうか。
1997年4月以降は、それまで3%だった消費税率が5%に引き上げられました。
真の民間消費は、それまでは統計上の値の103分の100でしたが、それが105分の100になったわけです。
このことを考慮して、真の民間消費(*4)の推移を示したのが次の図の緑色の点線です。
統計上の民間消費はほとんど変わりませんでしたが、真の民間消費は、1997年から1998年半ばにかけて約5兆円(割合にして2%ほど)減少していました。 この民間消費の減少に呼応して、民間投資が大幅に減ったのでしょう。
この時期には輸出が大幅に増えていましたが、国内景気の悪化を止めるまでには至りませんでした。 輸出企業が得た利益を国内に分配する仕組みが以前より弱まったのかも知れません(輸出戻し税やカイカクなどにより)。
以上が1997年前後に起きたことの定性的な分析です。 主張のいくつかには、本来は定量的な裏付けが必要です。 モデル化のよいアイデアが浮かんだら、後日、できればもっと定量的で説得力のある分析をしてみたいと思います。
-----
注
*1) 消費税率アップの前年である平成8年度はかけこみ需要の影響を受けているので、2年前の平成7年度を考えます。
また、所得税と法人税の税収は平成11年度で底を打ったあと、平成12〜13年度に一時的に増加しています。この増加の原因は、小渕政権下の財政出動などによる景気回復のほかに、平成12年度に扶養控除の割増が廃止されたことや同年度に郵便預金(定額貯金)の満期が集中した、といった一時要因です。
*2) ソースは「2000(12暦)年連鎖価格GDP時系列表(1980(昭和55)年〜)」
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/qe094-2/gdemenu_ja.html
の「名目原系列」です。
グラフの曲線は4期(1年間)の移動平均値を示しています。 ここで
・民間投資 = 民間住宅+民間企業設備+民間在庫品増加
とおいています。
*3) ここで
・政府支出 = 政府最終消費支出+公的固定資本形成+公的在庫品増加
とおいています。
*4) 持ち家の帰属家賃を除く部分にだけ消費税がかかると仮定して、真の民間消費を計算しました。
| 固定リンク
| コメント (5)
| トラックバック (0)
最近のコメント