名目GDP成長率が1%アップすると財政赤字はどれだけ減るか
---名目GDP成長率が1%アップすると財政収支は約10兆円改善します。名目GDP成長率が年率3.3%を越えると一般政府(国と地方および社会保障基金を合わせたもの)の財政収支は黒字に転じます。---
前回の記事では、名目GDP成長率が1%アップするとどれだけ税収が増えるか、を調べましたが、今回の記事では、財政赤字がどれだけ減るか、を調べます。
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毎年の財政赤字額とはもちろん、政府支出額と税収の差のことです。(この不足分を政府は借金(国債発行)で補わなければなりません。)
このうち税収は、成長率が高いほど増えます。景気が良いとおもに所得税や法人税の税収が増えるからです。前回調べた通りです。
いっぽう政府支出額は、成長率が低いほど増えます。景気が悪いとしばしば景気対策のための財政出動が行われるからです。
両者の効果が合わさって、財政赤字額は成長率が高いほど減ることになります。その関係を定量的に調べます。
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調べ方ですが、政府支出額と成長率、税収と成長率、のそれぞれの間の関係を別々に調べて、両者をあわせて結論を導くのも1つの方法です。
しかし今回の記事ではそれはせず、財政赤字額と成長率の間の関係を直接みることにします。
毎年の財政赤字額は、政府がしている借金(=粗債務≒国債残高)の増加額から、政府の保有する貯金(=金融資産)の増加額を引いて求めました。いいかえると、政府の純債務の前年からの増加額を毎年の財政赤字額とみなしています。
■毎年の財政赤字額や利払い費のGDP比の推移
次の図は、政府(国と地方および社会保障基金をあわせた一般政府)の毎年の財政赤字(=純債務の増加額)のGDP比、および、利払い費(利息・配当の受取は控除)のGDP比の推移です。国民経済計算(SNA)の平成20年度確報をもとに計算しています。
1980年代の後半(バブル期)には財政収支は黒字でした。バブル崩壊後、1990年代に財政赤字が拡大しました。ピーク時の赤字額は、利払いを除くとGDP比で約6%、利払いを入れて約7%でした(*)。2004年以降に財政赤字は急速に縮小して、2007年に財政収支は黒字に転じました。しかし、リーマンショックの2008年にはGDP比で10%を越える赤字に戻っています。
利払い費のGDP比は小さく、1990年以降のここ20年はつねに1.5%以下に収まっています。
注*) 財政赤字のピークは1998年と2004年ですが、これらには一時要因が含まれていると思われます。たとえば1998年には旧国鉄(現在のJR)の民営化に伴って約20兆円(GDP比約4%)の純債務が政府に引き継がれました。(2004年の財政赤字額も異常値と思われますが、WSは詳細を知りません。)
■毎年の財政赤字額のGDP比と名目GDP成長率
いま見た財政赤字のGDP比の推移を名目成長率とともにグラフにしたのが次の図です。
点線は5年移動平均相当のトレンドです。(トレンドはHPフィルタで同定)
トレンド(点線)を見ると、成長率が低下すると財政赤字のGDP比が大きくなるという相関関係が読みとれます。
トレンドではなくて、実際の値(実線)を見てもだいたい上記のような関係が見られますが、細かい凹凸までは一致しない部分があります。 財政出動の有無などには政治的要素も影響するので、相関が不完全なのは仕方のないところでしょう。
■財政赤字額のGDP比率(トレンド)と名目GDP成長率(トレンド)の関係
成長率が高いほど財政赤字が減るのであれば、成長率が十分に高いならば財政収支は黒字に転じるはずです。その境目の成長率はどれくらいでしょうか。
それを見るために、横軸に名目成長率(トレンド)、たて軸に毎年の財政赤字額(=純債務の増加額のGDP比、トレンド)をとって両者の動きをみたのが次の図です(*1)。
1990年代の回帰直線をみると、名目GDP成長率がおよそ年率4.5%〜5.0%以上で財政収支が黒字化することがわかります。 2000年代の回帰直線でみると、黒字化する成長率はもっと低くて年率1.5%くらいです。
■財政収支が黒字化する成長率(財政均衡成長率)の推定
財政収支が黒字化する境目の成長率を「財政均衡成長率」と呼ぶことにします。 簡単なモデルを仮定し、時系列解析の手法を使って「財政均衡成長率」を推定したのが次の図の折れ線(ピンク色〜黄色)です(*2)。
緑色の折れ線は実際の名目GDP成長率で、点線はトレンドです。 これらは参考のために添えました。
1980年代には名目成長率の水準はほとんど変わりませんでしたが、「財政均衡成長率」は徐々に低下しました。 その結果、1980年代後半には名目成長率が「財政均衡成長率」を上回りました。実際、この時期の財政収支は黒字でした。資産価格の上昇による税収増がこうした現象をもたらしたのでしょう。
1990年代には、名目成長率の低下とともに「財政均衡成長率」も低下しました。しかし、前者の低下スピードのほうが大きかったので、財政赤字のGDP比は拡大しました。
2000年代には、とくに2004年以降、名目成長率(トレンド)が(少しですが)緩やかに上昇しました。一方、「財政均衡成長率」はほとんど変わりませんでした。その結果、財政赤字のGDP比は縮小し、2007年には財政収支は黒字に転じました。こうした現象はおもに輸出の拡大によってもたらされたと思われます。
そのあと2008年に世界バブルの崩壊に伴って名目成長率が大きく低下し、財政収支は再び赤字に転じています。
■名目成長率の「財政均衡成長率」からの隔たりと財政赤字GDP比との関係
名目成長率が「財政均衡成長率」と等しいとき、財政収支はほぼ均衡します。
名目成長率が「財政均衡成長率」より低い場合には、両者の隔たりが大きいほど財政赤字GDP比は大きくなります。 財政赤字GDP比が両者の隔たりに比例すると仮定して、その比例係数(弾力性)を推定したのが次の図です(*2)。
弾力性は約2.8で、過去30年を通じてほぼ一定であるという結果になりました。
2.8という数字の意味ですが、これはたとえば、名目成長率が「財政均衡成長率」より年率で1%低いと、GDP比で約2.8%(≒14兆円)の財政赤字が出る、ということです。仮に2%低いならばその2倍、つまりGDP比で5.6%(≒28兆円)の財政赤字です。
参考までに記しますと、消費税(税率5%)の税収が約13兆円です。名目成長率が1%上がると、(仮に「財政均衡成長率」が不変ならば)ほぼ消費税の税収の分だけ財政収支が改善します。改善するのは、景気がよくなると税収が増加することに加えて(景気対策のための)政府支出が減少するためです。
■名目GDP成長率と「財政均衡成長率」との関係
上では、もし「財政均衡成長率」が変わらないならば、名目成長率が1%上がると財政収支がGDP比で約2.8%(≒14兆円)改善すると述べました。
実際には、名目成長率が上がる(下がる)と「財政均衡成長率」も少し上がる(下がる)という関係が見られるので(図4参照)、財政収支の改善幅は上記の6割ほどになります。
次の図6は、横軸に名目GDP成長率(トレンド)を、たて軸に「財政均衡成長率」をとって両者の動きを見たものです。
青色の回帰直線からわかるように、およそ名目成長率が2.5%上がると「財政均衡成長率」が1%上がる、という関係があるようです。だいたい割合にして5分の2です。
なので、名目成長率が1%上がると「財政均衡成長率」が0.4%上がるために、両者の隔たりは0.6%だけ変わります。それにともなって財政収支はGDP比で約2.8×0.6≒2.0%(≒10兆円)改善すると考えられます。
現在は、だいたい名目GDP成長率が年率3.3%のところで財政収支が均衡するようです。
年率3.3%という数字は図6から読みとれます。青色の回帰直線とオレンジ色の直線(この直線上では名目成長率と「財政均衡成長率」が等しくなる)の交点での成長率です。
この名目成長率3.3%は、仮にインフレ率が1%なら実質成長率が2.3%で達成できます。 名目成長による財政の黒字化は十分に実現可能ではないでしょうか。
*
次の図7は、横軸に(トレンドではない)名目GDP成長率そのものを、たて軸に「財政均衡成長率」をとって両者の動きを見たものです。
ほぼ青色の回帰直線に平行に推移しています。景気が良くなる(=成長率が上がる)と「財政均衡成長率」が少し上がり、景気が悪くなると少し下がる動きです。
しかし、例外も見られます。2つ挙げてみましょう。
1994年から1996年にかけては名目GDP成長率が年率1%から年率2%まで1%上がる間に「財政均衡成長率」もほぼ1%上がりました。回帰直線より急激な上昇です。(財政収支はほとんど改善せず)
また2005年から2006年にかけては名目GDP成長率は1%ほど上昇しましたが「財政均衡成長率」は逆に約0.5%下がりました。回帰直線に交叉する動きです。(財政収支は改善)
これらの例外はいずれも為替レートに関係があると考えられます。
■名目GDP成長率の「財政均衡成長率」からの隔たりと実効為替レートの推移
次の図は、名目GDP成長率の「財政均衡成長率」からの隔たり(赤色の折れ線)と実効為替レート(青または緑色の折れ線)の推移を示したものです。前者は(比例係数を無視すれば)財政赤字のGDP比を表す量であると考えても構いません。
1994年から1996年にかけては円高による輸出の不調が財政収支の改善を妨げたと考えることができます。 また、2005年から2007年にかけては円安の進行による輸出の好調が財政収支の改善を促したと考えられます。
■まとめ
現在の「財政均衡成長率」はおよそ年率2%です。
経験的には名目成長率が上がると「財政均衡成長率」も少し上がるので、名目GDP成長率が年率2%では財政は均衡しません。しかし、「財政均衡成長率」の上昇は名目成長率の上昇より小さく、割合にして5分の2程度です。
名目GDP成長率がおよそ年率3.3%に達すれば一般政府の財政収支は均衡し、それより成長率が高いと財政収支は黒字になると考えられます。
為替レートについて言えば、円安は財政収支の改善を促進します。
■補足
これから来年にかけて一般政府の財政収支がどうなるかを考えてみます。図4を参考にしてください。
リーマンショック直前の2007年(暦年)には、名目GDP成長率と「財政均衡成長率」がともに年率1.5%でほぼ同じ、財政収支は黒字でGDP比1.5%でした。この財政黒字は瞬間風速的なゆらぎで、トレンド的にはほぼ均衡財政であったと考えてもよいでしょう。
2008年(暦年)にはリーマンショックで名目GDP成長率が年率-2.0%に落ち込みました。一方、「財政均衡成長率」は年率2.0%でした。実際の成長率は財政均衡をもたらす値に約4.0%足りませんでした。弾力性が2.8ゆえ、これはGDP比11.2%(≒56兆円)の財政赤字を意味します。実際、図1を見ると利払いを入れてGDP比11.7%の財政赤字が出ていますから、弾力性から計算した値とほぼ一致しています。
2009年以降の一般政府の財政収支のデータ(確報)はまだ手に入りませんが、名目GDP成長率が
2009年度 -3.7%/年
2010年度 +1.6%/年
2011年度 +1.7%/年
と推移すると仮定して(平成22年6月22日内閣府年央試算の値)、一般政府の財政収支をこの記事で行った分析に基づいて試算すると次のようになります。「財政均衡成長率」は図6の回帰直線(青色の直線)から計算しています。
名目成長率 財政均衡成長率 財政赤字/GDP 財政赤字
2009年度 -3.7%/年 +0.5%/年 11.8% 59兆円
2010年度 +1.6%/年 +2.6%/年 2.8% 14兆円
2011年度 +1.7%/年 +2.7%/年 2.8% 14兆円
名目成長率の回復に伴って、財政収支が急速に改善することがわかります。
実際には、所得税(や法人税)の税収回復は景気回復にやや遅れますし、景気対策のためになされた財政出動の規模を景気回復時に急激に縮小することはできません。景気が回復しかけたときに急激に政府支出を減らすと景気が腰折れするからです。なので財政収支の改善はこの表の値より半年から1年ほど遅れるかも知れません。しかし、年率2%程度の名目成長率が維持されるならば、財政収支はいずれこの表の値に漸近していきます。
目先の増税や緊縮財政で財政収支を改善しようとしても、精一杯の努力をしてもせいぜい10兆円規模にしかなりません。さらに増税や緊縮財政で景気が悪化するために期待した税収増は得られません。しかし、名目成長率が1%アップすると同じ額(約10兆円)だけ財政収支が改善します。
景気回復初期にあわてて緊縮財政や増税に走って景気回復の腰を折らないこと、そして、円高を避けることが、今の局面で財政収支の改善のために重要です。
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注
*1) 財政赤字(=純債務増加額)は純利払いを含むほうで考えています。なお、利払いのGDP比率は小さいので、利払いを除いた財政赤字(プライマリーバランス)で考えても、これ以降の議論はほとんど同じです。
*2) 仮定するモデルは以前に日本の消費性向の過去30年間にわたる推移を調べた記事で用いたものとよく似ています。 ただし原数値ではなく、HPフィルタで推定した5年移動平均相当のトレンドを観測値として用いています。 第t期の一般政府の財政赤字GDP比(トレンド)をx(t)、名目GDP成長率(トレンド)をy(t)とします。
財政赤字GDP比の弾力性a(t)と財政均衡成長率b(t)が次のような状態空間モデルを満たすと仮定します。
観測モデル:
x(t) = a(t)・(b(t) - y(t)) + u0(t) ... (1)
システムモデル:
a(t) = a(t-1) + u1(t) ... (2)
b(t) = b(t-1) + u2(t) ... (3)
財政赤字GDP比(トレンド)x(t)と名目GDP成長率(トレンド)y(t)は以下のように28年分(t=1,2,3,...,28)のデータが与えられています(*3)。システムモデルは単純なトレンドモデルです。
u0(t)は観測誤差、u1(t)とu2(t)はシステムモデルのゆらぎ項で、互いに独立。時刻が違えば相関はなく、いずれも平均ゼロ、標準偏差が順にσ0, σ1, σ2の正規分布に従うとします。
a(0),b(0)の分布(初期分布)をいずれも正規分布であると仮定し、平均をそれぞれma, mb, 標準偏差をσa, σbであると仮定します。
7つのパラメータσ0, σ1, σ2, ma, mb, σa, σbをモンテカルロフィルタ(粒子フィルタ)の手法で最ゆう法で推定しました。 図4と図5に示したのは、パラメータを最適値にとったときのフィルタの結果です。(平滑化は行っていません。)
*3) 一般政府財政赤字GDP比と名目GDP成長率のデータは以下の通りです。2列目の財政赤字には純利払いを含めています。金額の単位は[兆円]、GDP比の単位は[%]、成長率の単位は[%/年]です。
暦年 財政赤字 財政赤字/GDP 純利払い 純利払い/GDP 名目GDP成長率 1981 12.488 4.783 3.388 1.298 7.238 1982 14.440 5.269 4.254 1.552 4.866 1983 16.269 5.707 5.532 1.941 3.925 1984 11.730 3.872 6.313 2.084 6.096 1985 7.843 2.410 6.734 2.069 7.141 1986 12.054 3.539 6.799 1.996 4.553 1987 -17.132 -4.837 6.836 1.930 3.919 1988 -10.048 -2.639 6.453 1.695 7.235 1989 -20.884 -5.092 5.789 1.411 7.433 1990 -4.823 -1.089 5.203 1.175 7.662 1991 -4.713 -1.004 4.669 0.995 5.843 1992 11.717 2.437 5.199 1.081 2.391 1993 16.330 3.376 5.427 1.122 0.607 1994 12.951 2.651 5.647 1.156 0.975 1995 22.041 4.451 6.122 1.236 1.365 1996 29.813 5.903 6.322 1.252 1.969 1997 31.589 6.126 6.385 1.238 2.084 1998 54.043 10.704 6.941 1.375 -2.105 1999 34.598 6.953 7.025 1.412 -1.452 2000 35.997 7.157 7.021 1.396 1.072 2001 26.322 5.288 6.617 1.329 -1.053 2002 26.656 5.425 6.501 1.323 -1.296 2003 18.268 3.726 6.139 1.252 -0.207 2004 36.912 7.407 5.458 1.095 1.625 2005 12.336 2.459 3.850 0.767 0.681 2006 3.506 0.691 2.881 0.568 1.116 2007 -7.782 -1.510 2.920 0.566 1.595 2008 59.257 11.731 4.091 0.810 -2.040
推定に用いた一般政府財政赤字GDP比(トレンド)x(t)と名目GDP成長率(トレンド)y(t)の値は以下の通りです。
暦年 財政赤字GDP比(トレンド)x(t) 名目GDP成長率(トレンド)y(t) 1981 5.146 6.454 1982 5.291 5.511 1983 5.082 5.133 1984 4.147 5.421 1985 2.718 5.605 1986 0.763 5.401 1987 -2.052 5.632 1988 -3.360 6.508 1989 -3.502 7.008 1990 -2.119 6.631 1991 -0.395 5.184 1992 1.483 3.217 1993 2.739 1.754 1994 3.523 1.225 1995 4.604 1.234 1996 5.905 1.204 1997 7.200 0.654 1998 8.259 -0.347 1999 7.811 -0.701 2000 6.961 -0.575 2001 5.982 -0.679 2002 5.332 -0.533 2003 4.799 0.069 2004 4.259 0.787 2005 2.546 1.081 2006 1.553 1.015 2007 3.091 0.365 2008 8.130 -1.020
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