カテゴリー「経済10」の7件の記事

名目GDP成長率が1%アップすると財政赤字はどれだけ減るか

---名目GDP成長率が1%アップすると財政収支は約10兆円改善します。名目GDP成長率が年率3.3%を越えると一般政府(国と地方および社会保障基金を合わせたもの)の財政収支は黒字に転じます。---

前回の記事では、名目GDP成長率が1%アップするとどれだけ税収が増えるか、を調べましたが、今回の記事では、財政赤字がどれだけ減るか、を調べます。

   *

毎年の財政赤字額とはもちろん、政府支出額と税収の差のことです。(この不足分を政府は借金(国債発行)で補わなければなりません。)

このうち税収は、成長率が高いほど増えます。景気が良いとおもに所得税や法人税の税収が増えるからです。前回調べた通りです。

いっぽう政府支出額は、成長率が低いほど増えます。景気が悪いとしばしば景気対策のための財政出動が行われるからです。

両者の効果が合わさって、財政赤字額は成長率が高いほど減ることになります。その関係を定量的に調べます。

   *

調べ方ですが、政府支出額と成長率、税収と成長率、のそれぞれの間の関係を別々に調べて、両者をあわせて結論を導くのも1つの方法です。

しかし今回の記事ではそれはせず、財政赤字額と成長率の間の関係を直接みることにします。

毎年の財政赤字額は、政府がしている借金(=粗債務≒国債残高)の増加額から、政府の保有する貯金(=金融資産)の増加額を引いて求めました。いいかえると、政府の純債務の前年からの増加額を毎年の財政赤字額とみなしています。

 

■毎年の財政赤字額や利払い費のGDP比の推移

次の図は、政府(国と地方および社会保障基金をあわせた一般政府)の毎年の財政赤字(=純債務の増加額)のGDP比、および、利払い費(利息・配当の受取は控除)のGDP比の推移です。国民経済計算(SNA)の平成20年度確報をもとに計算しています。

B
図1

1980年代の後半(バブル期)には財政収支は黒字でした。バブル崩壊後、1990年代に財政赤字が拡大しました。ピーク時の赤字額は、利払いを除くとGDP比で約6%、利払いを入れて約7%でした(*)。2004年以降に財政赤字は急速に縮小して、2007年に財政収支は黒字に転じました。しかし、リーマンショックの2008年にはGDP比で10%を越える赤字に戻っています。

利払い費のGDP比は小さく、1990年以降のここ20年はつねに1.5%以下に収まっています。

注*) 財政赤字のピークは1998年と2004年ですが、これらには一時要因が含まれていると思われます。たとえば1998年には旧国鉄(現在のJR)の民営化に伴って約20兆円(GDP比約4%)の純債務が政府に引き継がれました。(2004年の財政赤字額も異常値と思われますが、WSは詳細を知りません。)

 

■毎年の財政赤字額のGDP比と名目GDP成長率

いま見た財政赤字のGDP比の推移を名目成長率とともにグラフにしたのが次の図です。

Ratio
図2

点線は5年移動平均相当のトレンドです。(トレンドはHPフィルタで同定)

トレンド(点線)を見ると、成長率が低下すると財政赤字のGDP比が大きくなるという相関関係が読みとれます。

トレンドではなくて、実際の値(実線)を見てもだいたい上記のような関係が見られますが、細かい凹凸までは一致しない部分があります。 財政出動の有無などには政治的要素も影響するので、相関が不完全なのは仕方のないところでしょう。

 

■財政赤字額のGDP比率(トレンド)と名目GDP成長率(トレンド)の関係

成長率が高いほど財政赤字が減るのであれば、成長率が十分に高いならば財政収支は黒字に転じるはずです。その境目の成長率はどれくらいでしょうか。

それを見るために、横軸に名目成長率(トレンド)、たて軸に毎年の財政赤字額(=純債務の増加額のGDP比、トレンド)をとって両者の動きをみたのが次の図です(*1)。

Xy
図3

1990年代の回帰直線をみると、名目GDP成長率がおよそ年率4.5%〜5.0%以上で財政収支が黒字化することがわかります。 2000年代の回帰直線でみると、黒字化する成長率はもっと低くて年率1.5%くらいです。

 

■財政収支が黒字化する成長率(財政均衡成長率)の推定

財政収支が黒字化する境目の成長率を「財政均衡成長率」と呼ぶことにします。 簡単なモデルを仮定し、時系列解析の手法を使って「財政均衡成長率」を推定したのが次の図の折れ線(ピンク色〜黄色)です(*2)。

Growth
図4

緑色の折れ線は実際の名目GDP成長率で、点線はトレンドです。 これらは参考のために添えました。

1980年代には名目成長率の水準はほとんど変わりませんでしたが、「財政均衡成長率」は徐々に低下しました。 その結果、1980年代後半には名目成長率が「財政均衡成長率」を上回りました。実際、この時期の財政収支は黒字でした。資産価格の上昇による税収増がこうした現象をもたらしたのでしょう。

1990年代には、名目成長率の低下とともに「財政均衡成長率」も低下しました。しかし、前者の低下スピードのほうが大きかったので、財政赤字のGDP比は拡大しました。

2000年代には、とくに2004年以降、名目成長率(トレンド)が(少しですが)緩やかに上昇しました。一方、「財政均衡成長率」はほとんど変わりませんでした。その結果、財政赤字のGDP比は縮小し、2007年には財政収支は黒字に転じました。こうした現象はおもに輸出の拡大によってもたらされたと思われます。

そのあと2008年に世界バブルの崩壊に伴って名目成長率が大きく低下し、財政収支は再び赤字に転じています。

 

■名目成長率の「財政均衡成長率」からの隔たりと財政赤字GDP比との関係

名目成長率が「財政均衡成長率」と等しいとき、財政収支はほぼ均衡します。

名目成長率が「財政均衡成長率」より低い場合には、両者の隔たりが大きいほど財政赤字GDP比は大きくなります。 財政赤字GDP比が両者の隔たりに比例すると仮定して、その比例係数(弾力性)を推定したのが次の図です(*2)。

E
図5

弾力性は約2.8で、過去30年を通じてほぼ一定であるという結果になりました。

2.8という数字の意味ですが、これはたとえば、名目成長率が「財政均衡成長率」より年率で1%低いと、GDP比で約2.8%(≒14兆円)の財政赤字が出る、ということです。仮に2%低いならばその2倍、つまりGDP比で5.6%(≒28兆円)の財政赤字です。

参考までに記しますと、消費税(税率5%)の税収が約13兆円です。名目成長率が1%上がると、(仮に「財政均衡成長率」が不変ならば)ほぼ消費税の税収の分だけ財政収支が改善します。改善するのは、景気がよくなると税収が増加することに加えて(景気対策のための)政府支出が減少するためです。

 

■名目GDP成長率と「財政均衡成長率」との関係

上では、もし「財政均衡成長率」が変わらないならば、名目成長率が1%上がると財政収支がGDP比で約2.8%(≒14兆円)改善すると述べました。

実際には、名目成長率が上がる(下がる)と「財政均衡成長率」も少し上がる(下がる)という関係が見られるので(図4参照)、財政収支の改善幅は上記の6割ほどになります。

次の図6は、横軸に名目GDP成長率(トレンド)を、たて軸に「財政均衡成長率」をとって両者の動きを見たものです。

Equi1
図6

青色の回帰直線からわかるように、およそ名目成長率が2.5%上がると「財政均衡成長率」が1%上がる、という関係があるようです。だいたい割合にして5分の2です。

なので、名目成長率が1%上がると「財政均衡成長率」が0.4%上がるために、両者の隔たりは0.6%だけ変わります。それにともなって財政収支はGDP比で約2.8×0.6≒2.0%(≒10兆円)改善すると考えられます。

現在は、だいたい名目GDP成長率が年率3.3%のところで財政収支が均衡するようです。

年率3.3%という数字は図6から読みとれます。青色の回帰直線とオレンジ色の直線(この直線上では名目成長率と「財政均衡成長率」が等しくなる)の交点での成長率です。

この名目成長率3.3%は、仮にインフレ率が1%なら実質成長率が2.3%で達成できます。 名目成長による財政の黒字化は十分に実現可能ではないでしょうか。

   *

次の図7は、横軸に(トレンドではない)名目GDP成長率そのものを、たて軸に「財政均衡成長率」をとって両者の動きを見たものです。

Equi2
図7

ほぼ青色の回帰直線に平行に推移しています。景気が良くなる(=成長率が上がる)と「財政均衡成長率」が少し上がり、景気が悪くなると少し下がる動きです。

しかし、例外も見られます。2つ挙げてみましょう。

1994年から1996年にかけては名目GDP成長率が年率1%から年率2%まで1%上がる間に「財政均衡成長率」もほぼ1%上がりました。回帰直線より急激な上昇です。(財政収支はほとんど改善せず)

また2005年から2006年にかけては名目GDP成長率は1%ほど上昇しましたが「財政均衡成長率」は逆に約0.5%下がりました。回帰直線に交叉する動きです。(財政収支は改善)

これらの例外はいずれも為替レートに関係があると考えられます。

 

■名目GDP成長率の「財政均衡成長率」からの隔たりと実効為替レートの推移

次の図は、名目GDP成長率の「財政均衡成長率」からの隔たり(赤色の折れ線)と実効為替レート(青または緑色の折れ線)の推移を示したものです。前者は(比例係数を無視すれば)財政赤字のGDP比を表す量であると考えても構いません。

Fx
図8

1994年から1996年にかけては円高による輸出の不調が財政収支の改善を妨げたと考えることができます。 また、2005年から2007年にかけては円安の進行による輸出の好調が財政収支の改善を促したと考えられます。

 

■まとめ

現在の「財政均衡成長率」はおよそ年率2%です。

経験的には名目成長率が上がると「財政均衡成長率」も少し上がるので、名目GDP成長率が年率2%では財政は均衡しません。しかし、「財政均衡成長率」の上昇は名目成長率の上昇より小さく、割合にして5分の2程度です。

名目GDP成長率がおよそ年率3.3%に達すれば一般政府の財政収支は均衡し、それより成長率が高いと財政収支は黒字になると考えられます。

為替レートについて言えば、円安は財政収支の改善を促進します。

 

■補足

これから来年にかけて一般政府の財政収支がどうなるかを考えてみます。図4を参考にしてください。

リーマンショック直前の2007年(暦年)には、名目GDP成長率と「財政均衡成長率」がともに年率1.5%でほぼ同じ、財政収支は黒字でGDP比1.5%でした。この財政黒字は瞬間風速的なゆらぎで、トレンド的にはほぼ均衡財政であったと考えてもよいでしょう。

2008年(暦年)にはリーマンショックで名目GDP成長率が年率-2.0%に落ち込みました。一方、「財政均衡成長率」は年率2.0%でした。実際の成長率は財政均衡をもたらす値に約4.0%足りませんでした。弾力性が2.8ゆえ、これはGDP比11.2%(≒56兆円)の財政赤字を意味します。実際、図1を見ると利払いを入れてGDP比11.7%の財政赤字が出ていますから、弾力性から計算した値とほぼ一致しています。

2009年以降の一般政府の財政収支のデータ(確報)はまだ手に入りませんが、名目GDP成長率が

2009年度 -3.7%/年
2010年度 +1.6%/年
2011年度 +1.7%/年

と推移すると仮定して(平成22年6月22日内閣府年央試算の値)、一般政府の財政収支をこの記事で行った分析に基づいて試算すると次のようになります。「財政均衡成長率」は図6の回帰直線(青色の直線)から計算しています。

   名目成長率 財政均衡成長率 財政赤字/GDP 財政赤字
2009年度 -3.7%/年 +0.5%/年  11.8%  59兆円
2010年度 +1.6%/年 +2.6%/年   2.8%  14兆円
2011年度 +1.7%/年 +2.7%/年   2.8%  14兆円

名目成長率の回復に伴って、財政収支が急速に改善することがわかります。

実際には、所得税(や法人税)の税収回復は景気回復にやや遅れますし、景気対策のためになされた財政出動の規模を景気回復時に急激に縮小することはできません。景気が回復しかけたときに急激に政府支出を減らすと景気が腰折れするからです。なので財政収支の改善はこの表の値より半年から1年ほど遅れるかも知れません。しかし、年率2%程度の名目成長率が維持されるならば、財政収支はいずれこの表の値に漸近していきます。

目先の増税や緊縮財政で財政収支を改善しようとしても、精一杯の努力をしてもせいぜい10兆円規模にしかなりません。さらに増税や緊縮財政で景気が悪化するために期待した税収増は得られません。しかし、名目成長率が1%アップすると同じ額(約10兆円)だけ財政収支が改善します。

景気回復初期にあわてて緊縮財政や増税に走って景気回復の腰を折らないこと、そして、円高を避けることが、今の局面で財政収支の改善のために重要です。


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*1) 財政赤字(=純債務増加額)は純利払いを含むほうで考えています。なお、利払いのGDP比率は小さいので、利払いを除いた財政赤字(プライマリーバランス)で考えても、これ以降の議論はほとんど同じです。
 

*2) 仮定するモデルは以前に日本の消費性向の過去30年間にわたる推移を調べた記事で用いたものとよく似ています。 ただし原数値ではなく、HPフィルタで推定した5年移動平均相当のトレンドを観測値として用いています。 第t期の一般政府の財政赤字GDP比(トレンド)をx(t)、名目GDP成長率(トレンド)をy(t)とします。

財政赤字GDP比の弾力性a(t)と財政均衡成長率b(t)が次のような状態空間モデルを満たすと仮定します。

観測モデル:
x(t) = a(t)・(b(t) - y(t)) + u0(t) ... (1)

システムモデル:
a(t) = a(t-1) + u1(t) ... (2)
b(t) = b(t-1) + u2(t) ... (3)

財政赤字GDP比(トレンド)x(t)と名目GDP成長率(トレンド)y(t)は以下のように28年分(t=1,2,3,...,28)のデータが与えられています(*3)。システムモデルは単純なトレンドモデルです。

u0(t)は観測誤差、u1(t)とu2(t)はシステムモデルのゆらぎ項で、互いに独立。時刻が違えば相関はなく、いずれも平均ゼロ、標準偏差が順にσ0, σ1, σ2の正規分布に従うとします。

a(0),b(0)の分布(初期分布)をいずれも正規分布であると仮定し、平均をそれぞれma, mb, 標準偏差をσa, σbであると仮定します。

7つのパラメータσ0, σ1, σ2, ma, mb, σa, σbをモンテカルロフィルタ(粒子フィルタ)の手法で最ゆう法で推定しました。 図4と図5に示したのは、パラメータを最適値にとったときのフィルタの結果です。(平滑化は行っていません。)
 

*3) 一般政府財政赤字GDP比と名目GDP成長率のデータは以下の通りです。2列目の財政赤字には純利払いを含めています。金額の単位は[兆円]、GDP比の単位は[%]、成長率の単位は[%/年]です。

暦年  財政赤字  財政赤字/GDP  純利払い  純利払い/GDP  名目GDP成長率
1981   12.488    4.783    3.388    1.298    7.238
1982   14.440    5.269    4.254    1.552    4.866
1983   16.269    5.707    5.532    1.941    3.925
1984   11.730    3.872    6.313    2.084    6.096
1985   7.843    2.410    6.734    2.069    7.141
1986   12.054    3.539    6.799    1.996    4.553
1987   -17.132    -4.837    6.836    1.930    3.919
1988   -10.048    -2.639    6.453    1.695    7.235
1989   -20.884    -5.092    5.789    1.411    7.433
1990   -4.823    -1.089    5.203    1.175    7.662
1991   -4.713    -1.004    4.669    0.995    5.843
1992   11.717    2.437    5.199    1.081    2.391
1993   16.330    3.376    5.427    1.122    0.607
1994   12.951    2.651    5.647    1.156    0.975
1995   22.041    4.451    6.122    1.236    1.365
1996   29.813    5.903    6.322    1.252    1.969
1997   31.589    6.126    6.385    1.238    2.084
1998   54.043    10.704    6.941    1.375    -2.105
1999   34.598    6.953    7.025    1.412    -1.452
2000   35.997    7.157    7.021    1.396    1.072
2001   26.322    5.288    6.617    1.329    -1.053
2002   26.656    5.425    6.501    1.323    -1.296
2003   18.268    3.726    6.139    1.252    -0.207
2004   36.912    7.407    5.458    1.095    1.625
2005   12.336    2.459    3.850    0.767    0.681
2006   3.506    0.691    2.881    0.568    1.116
2007   -7.782    -1.510    2.920    0.566    1.595
2008   59.257    11.731    4.091    0.810    -2.040

推定に用いた一般政府財政赤字GDP比(トレンド)x(t)と名目GDP成長率(トレンド)y(t)の値は以下の通りです。

暦年  財政赤字GDP比(トレンド)x(t)  名目GDP成長率(トレンド)y(t)
1981   5.146    6.454
1982   5.291    5.511
1983   5.082    5.133
1984   4.147    5.421
1985   2.718    5.605
1986   0.763    5.401
1987   -2.052    5.632
1988   -3.360    6.508
1989   -3.502    7.008
1990   -2.119    6.631
1991   -0.395    5.184
1992   1.483    3.217
1993   2.739    1.754
1994   3.523    1.225
1995   4.604    1.234
1996   5.905    1.204
1997   7.200    0.654
1998   8.259    -0.347
1999   7.811    -0.701
2000   6.961    -0.575
2001   5.982    -0.679
2002   5.332    -0.533
2003   4.799    0.069
2004   4.259    0.787
2005   2.546    1.081
2006   1.553    1.015
2007   3.091    0.365
2008   8.130    -1.020

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名目GDP成長率が1%アップすると税収はどれだけ増えるか

---これまでゼロ成長だったものが景気回復で年2%成長に転じたとすると、「総税収」は155.0兆円から162.8兆円まで1年間で7.8兆円アップします。2年目にはさらに3.2兆円、3年目にはさらに3.4兆円アップします---

   *

ブログの更新を長期にわたってお休みすると書いたばかりなのですが、休む前に記事にしておきたいテーマが2つほどあったことを思い出して、気になって仕方がないので、今回と次回の2回だけ追加で更新します。

名目GDP成長率が1%アップすると税収がどれだけ増えるのか、をさまざまな税で調べてみました。

ちょっと記事が長くなるので、結論に興味がある方は最後のほうの「■名目GDP成長率により税収はどう変わるか」という節をご覧ください。

(7/21付記:リーマンショックで激減した税収は回復しつつあります。注6に書き加えました。)

 
■税種別の税収の推移

まず、税の種類別に税収の推移をみます。 国民経済計算(SNA)の平成20年度確報のデータから作成しました。

Amount
図1

図1は、「直接税」, 「間接税」, 「その他の税」, 「社会負担」の4つに分けて、税収の推移をみたものです。

ここで税収と呼んでいるのは、国と地方と年金基金などを合わせた「一般政府」(国民経済計算(SNA)での「一般政府」)の歳入のことです。

4つの税目のそれぞれに、具体的にどのような税が含まれているかですが、たとえば、所得税や法人税は「直接税」に入れています。 消費税や固定資産税は「間接税」に入れています。 相続税や贈与税は「その他の税」に入れています。 「社会負担」というのは年金や健康保険の社会保険料です。 詳しくは注(*1)を見て下さい。

これら4つの税収の和を「総税収」と呼びます。 「総税収」は「社会負担(≒社会保険料)」を含みます。

「総税収」は1980年から1991年までの11年間に約2倍に増えて約150兆円に達しました。 それ以後(バブル崩壊後)の20年間は、景気変動と同期した幅20兆円ほどのゆらぎを除くとほぼ横ばいです。

この20年間、「総税収」は横ばいですが税目ごとの税収は変化しています。

「直接税」の税収は61兆円あったものが43兆円にまで減りました。「その他の税」も16兆円が12兆円に減りました。

それに対して「間接税」と「社会負担」が増えています。「間接税」は33兆円から39兆円に増えました。「社会負担」は41兆円から57兆円に増えています。

 

■税種別の税収割合(GDP比)の推移

次の図2は、税収のGDP(国内総生産)に対する割合を税種別に示したものです。景気変動と比較できるように、名目GDP成長率(オレンジ色の折れ線)のグラフを添えました。

Ratio
図2

「総税収」のGDP比は1980年には26%でしたが、その後に増加して1980年代半ばに30%を越えました。それ以降は30%付近をうろうろしています。その動きはGDP成長率と同期しています。

税目ごとに見ると、「直接税」の税収GDP比が、下は7.5%から上は13.5%まで景気変動と同期した大きな動きを示すのとは対照的に、他の税目の税収GDP比は安定した動きを示しています。

「間接税」と「社会負担」の税収GDP比がゆるやかに増え続けているのに対して、「直接税」と「その他の税」のそれは1990年から2003年ごろまで減少を続けました。2003年以降は横ばいです。

 

■「直接税」の税率(=税収GDP比)と名目GDP成長率との関係

図2の青色の折れ線、つまり、直接税の税収GDP比(これ以降は税収のGDP比を単に「税率」と呼びます)のグラフを見ると、名目GDP成長率y(t)が高いときには税率x(t)も高くなることが分かります。

そこで税率が以下のような式で表されると仮定しましょう。

税率 = ゼロ成長税率 + 税率弾力性・成長率 + 誤差

文字で書くと次のようになります。

x(t) = a(t) + b(t)・y(t) + u0(t) ... (1)

式(1)の意味するところは、もし時刻tの成長率がゼロならば税率は ゼロ成長税率a(t) に等しいが、成長率が年1%だと 税率弾力性b(t) のぶんだけ税率はa(t)より大きい。もし成長率が年2%だと税率はb(t)の2倍だけa(t)より大きい、ということです。

式(1)の右辺第2項(=税率弾力性・成長率)が景気変動に伴う税率変化を表すのに対して、第1項(=ゼロ成長税率)は景気変動にはよらない、その時々の税制に固有の税率を表すと考えることができます。

 

■「直接税」についての推定結果

時系列解析の手法を使って、式(1)に登場する ゼロ成長税率a(t) と 税率弾力性b(t) の推移を推定しました(*2)。「直接税」について推定した結果が次の図3と図4です。

Direct1
図3

図3は"ゼロ成長税率"の推定結果です。 「直接税」の"ゼロ成長税率"は1990年ごろ11%でしたがその後低下して2003年には7.5%まで落ち込みました。それ以降は増加して2008年には9.3%まで戻しています。 2003年以降に「直接税」のかなり大きな増税が行われたようです(*3)。

Direct2
図4

図4は"税率弾力性"の推定結果です。「直接税」の"税率弾力性"は0.32から0.34程度で過去約30年を通じてほぼ一定であることがわかりました。ちょっと戸惑う結果です。"税率弾力性"は税の累進性を反映するはずだからです。この30年間、累進緩和が進行したという印象があるのにどうしてでしょうか。

一般に、"税率弾力性"は税率表の累進性が強いほど大きくなると考えられますが、それだけではありません。仮に税率表の累進性が非常に強くても、国民所得が増えるたびに頻繁(ひんぱん)に税率表の見直しを行って増税感を解消するならば、"税率弾力性"は低くなります。

80年代には累進性は今より高かったが経済成長に伴ってたびたび税率表の見直しが行われていた。90年代以降は累進性は低くなったが税率表見直しの頻度は80年代より落ちました。両者の効果がほぼつりあって、一定の"税率弾力性"になったのかも知れません。

あるいは、90年代以降に累進緩和が進んだのは最高税率など高所得側だけで、中低所得側では税率階段の形状の変更がむしろ累進強化になっていた可能性も考えられます。

 

■税種別の"ゼロ成長税率"

次に示す図5は、"ゼロ成長税率"の推移を税種別に見たものです。いずれも誤差が小さいので、推計中央値のみを示しました。

Zero_rate
図5

「社会負担」の"ゼロ成長税率"は増加を続けています。「間接税」の"ゼロ成長税率"は1997〜1998年度に7%から8%にアップし、その後は横ばいです。

「直接税」の"ゼロ成長税率"は1990年から2003年まで低下を続けましたが、そのあと上昇に転じています。「その他の税」の"ゼロ成長税率"は小さいですが、「直接税」とよく似た動きを示しています。

「総税収」の"ゼロ成長税率"は、短期景気変動に伴う凹凸はあるものの、趨勢としては一貫して上昇傾向にあります。1981年度の26%から2008年度には31%まで増えました。この上昇はおもに「社会負担」の"ゼロ成長税率"の上昇を反映したものです。

 

■税種別の"税率弾力性"

次の図6は税種別に"税率弾力性"の推移を推定した結果です(*)。

E
図6

推定中央値のみを示しましたが、図4で見たように実際には「直接税」では+-0.05程度の推定誤差があり得ます。他の税種でも、「間接税」で+-0.02、「その他の税」+-0.03、「社会負担」で+-0.04、「総税収」で+-0.05程度の推定誤差があり得ます(いずれの誤差も単位は[年])。

「直接税」の"税率弾力性"はプラス(=累進的)で、「その他の税」もややプラスであるのに対して、「間接税」と「社会負担」の"税率弾力性"はともにマイナス(=逆進的)になっています。前者では所得が増えると税率が上がるのに対して、後者では税率が下がることがわかります。

「間接税」の"税率弾力性"(緑色の折れ線)が1997年ごろに下側へ0.02ほどシフトしているのは、消費税率アップ(3%→5%)によるものと思われます。一方、1990年の消費税導入時には「間接税」の"税率弾力性"のグラフに下側へのシフトは見られません。少し意外な結果ですが、これは消費税導入にともなって従来の物品税が廃止されたことや、消費税以外の"間接税"(企業が保有する自動車関係の税、法人事業税、不動産関連の税など)の税収がバブルで膨張して逆進性が一時的に薄まったためでしょうか。

(いわゆる消費税の税収は「間接税」全体の3分の1ほどに過ぎません。他の「間接税」がけっこう多額なのです。)

「社会負担」の"税率弾力性"(赤色の折れ線)が「間接税」のそれよりもさらにマイナス側にあるのは由々しき結果です。 社会保障といいながら負担の面では、貧者より富者のほうが保険料率が低くなっているということです。 国民基礎年金の保険料が定額であったり、健康保険の保険料に上限があるなど、現在の社会保険料が逆進的(あるいは人頭税的)な性格をもっているからだと思います。

今後10年ほどの間は「社会負担」が税収全体に占める割合が上がっていくのは避けられないので、社会保険料の逆進的性格を薄めたり、より累進的な税で置き換えることが望まれます。

(給付面で調整すればよい、という考え方にはWSは少し抵抗があるのです。 オーウェル的な管理社会になる恐れがありますし、富士山に登りたければ日本海溝の底から登る必要はなく、8合目から登ったほうが楽だからです。 負担面でできることをやって、どうしてもできない部分を給付面で調整するのがよいと思っています。)

 

■名目GDP成長率により税収はどう変わるか

というわけで、前置きが長くなりましたが、やっと結論です。式(1)をもとにして「GDP=500兆円」の場合に、成長率によって税収がどう変わるかを計算してみました。次の図7です。

Growth
図7

「直接税」の税収は成長率によって大きく変わり、成長率が高いほど多くなることがわかります。 名目GDP成長率(年率)が1%高いと「直接税」の税収は約1.7兆円増えます。

他の税も、「直接税」ほどではありませんが、成長率が高いほど税収は多くなります。 その結果、名目GDP成長率が1%高いと「総税収」が約2.3兆円増えることがわかります。

ひとつ注意してほしいのは、この結果は「GDP=500兆円」を仮定して出てきたものだということです。たとえば図7にあるように、名目GDP成長率が年2%の場合の「総税収」は159.6兆円ですが、これは、過去何年か年2%の成長が続いていて、この年度のGDPがちょうど500兆円であったならば、今年度の「総税収」は159.6兆円であることを意味しています。

もしも仮に「ずっとゼロ成長が続いていて昨年度のGDPが500兆円、「総税収」は155.0兆円であった。今年度から成長率が年2%にアップした」とすると、今年度の「総税収」は159.6兆円ではなく、それよりも多くなります。

なぜなら、今年度のGDPは500兆円の2%増しで510兆円だからです。この場合には今年度の「総税収」は(法人税収などの増加が景気回復に少し遅れることなどを無視すれば)162.8兆円になるでしょう(159.6×1.02=162.8)。

つまり、ゼロ成長だったものが景気回復で年2%成長に転じたとすると、「総税収」は155.0兆円から162.8兆円まで7.8兆円アップすることになります。

その後も名目で年2%成長が続くならば、税収も2%ずつアップしますから、毎年の「総税収」は

155.0兆円→162.8兆円→166.0兆円→169.4兆円→172.8兆円→...

最初の年度に比べた「総税収」の上昇幅は

0兆円→7.8兆円→11.0兆円→14.4兆円→17.8兆円→...

となります(*4)。

現在の消費税(税率5%)の税収が約13兆円であることと比べてみて下さい。

現在の税率を全くいじらなくても、名目2%成長が続くだけで3年後には「総税収」が現在より14.4兆円も増えるのです。 1年に1.3兆円ずつ社会保障費が増えてもへっちゃらですね。

 

■一方、消費税を増税すると...

一方、消費税率を10%に引き上げるとどうなるでしょうか。景気悪化で所得税や法人税の税収が減ります。1997年の経験からもわかるように消費税の税収は増えるでしょうが「総税収」が増えるかどうかは定かではありません。しかも、国の経済規模は縮小します。 財政再建には全くつながらず、国民生活を困窮に追いこむだけです。

 

■消費税率アップではなく、名目経済成長が必要

2003年以降、特別控除の廃止や社会保険料の増額などの形でかなり増税が行われてきました。更なる増税(=税率アップ)は全く必要ありません。むしろ必要なのは名目経済成長です。

リーマンショック後に税収が落ち込んでいるのは事実ですが、これは短期的な出来事です。景気回復にともなって税収の水準は自然に戻ってきます(*6)。短期的な出来事に、税率アップという長期的な制度変更で対応することは間違っています。(そもそも景気後退に増税で対応するという方向性が間違っています。景気後退期に必要なのは減税です。)

税制全体を見たとき税率はすでに足りています。 たとえば2006年度と2007年度の一般政府の財政収支をみると、プライマリーバランスだけでなく利息の純支払いを入れても黒字あるいはほぼ均衡財政でした。

問題はむしろ「間接税」と「社会負担」の逆進性が大きいことです(*5)。税制変更は、(平均)税率を上げるのではなく、これらの逆進性を緩和するためにこそ行うべきだと思います。

   *

次回は、名目GDP成長率が1%アップすると財政収支がどう変わるか、を考えてみたいと思います。


----------

*1) この記事での4つの分類:<直接税>, <間接税>, <その他の税>, <社会負担>のそれぞれがSNAのどの項目に対応しているかと、具体的な税の例を以下に記します。(参考:SNAの用語解説

(<直接税>とか<間接税>というのは、何種類かの税からなるグループに対してこの記事で便宜上つけた名前です。税を支払う主体をもとに分類した直接税や間接税などの用語とは必ずしも一致しません。)

おもに、次の2つの表から税額の値を拾っています。
・第1部フロー編 2.制度部門別所得支出勘定 (1)一国経済 4.一般政府
・第2部ストック編 2.制度部門別勘定 (3)一般政府

なお、以下の括弧内に添えた数字は2008年度の税額(単位:兆円)です。 国と地方にそれぞれどんな税があるか、については総務省HPの「国税・地方税の税収内訳(平成20年度決算額)」というpdfにわかりやすいグラフがあります。


<直接税> 「所得・富等に課される経常税(受取)」のことです。

 例)所得税(15.0)、法人税(10.0)、都道府県や市町村の個人住民税(12.6)、家計の負担する自動車関係諸税(3.4-x)、法人住民税(3.8)など


<間接税> 「生産・輸入品に課される税(受取)」から「補助金」を控除したものです。

 例)消費税(12.5)、関税(0.9)、酒税(1.5)、たばこ税(2.1)、揮発油税(2.6)、軽油引取税(0.9)、不動産取得税(0.4)、印紙税(1.1)、法人事業税(5.2)、固定資産税(8.9)、都市計画税(1.2)、企業の支払う自動車税(x)など


<その他の税> 「財産所得(受取)」+「資本税」+「その他の経常移転(受取)」から「一般政府内の経常移転」を控除したものです。

 例)利子(7.7)や配当(0.6)、地代、相続税(1.5)、贈与税(0.1)など


<社会負担> 「社会負担(受取)」のことです。

 例)社会保障基金への負担金(雇主負担分、雇用者負担分)、年金基金への負担金(雇主負担分、雇用者負担分)、無基金制度への負担金


*2) 推定の手法は、先日の消費性向の記事で用いたものとほとんど同じなので詳細は省きます。


*3) バブル崩壊から2003年まで「直接税」の"ゼロ成長税率"が低下しているのは、この時期の所得税減税や法人税減税を反映したものと思われます。2003年以降の"ゼロ成長税率"の上昇は、配偶者特別控除の廃止、定率減税の廃止などの増税によるものと考えられます。


*4) ちょっと欲張りすぎかも知れませんが、仮にゼロ成長からの景気回復後に名目GDPでみて年4%成長が続くならば、毎年の「総税収」は

155.0兆円→170.8兆円→177.6兆円→184.7兆円→192.1兆円→...

最初の年度に比べた毎年の「総税収」の上昇幅は

0兆円→15.8兆円→22.6兆円→29.7兆円→37.1兆円→...

となります。


*5) 「直接税」の分野でも、所得税では米国のように配当等を勤労所得と合算して課税する総合課税への移行、 また法人諸税では、労働分配率を税率と連動させるなど、雇用面等で国内で社会的責任を果たす企業を優遇する仕組みが必要であると思います。


*6) 財務省HPの「国庫歳入状況」で毎月の国税収入の状況を調べてみました。

Tax1_2
図8

リーマンショックでとくに法人税の税収が激減したことがわかります。

法人税の税収は1月と7月にピークがあり、所得税のそれは6月と9月にピークがあります。でもこのままでは長期的な推移が見にくいですね。簡易季節調整をしてみたのが次の図です。

Tax2
図9

2009年の秋から冬にかけて、法人税の税収がほぼゼロにまで落ち込みました。たしかに、もしこのままなら大変な事態です。

さらに6か月移動平均をとったのが次の図です。

Tax3
図10

どうやら法人税の税収はすでに回復しつつあるようです。図10では半分ほど戻した状態ですが、これは6か月移動平均なので、実際の税収の推移より3か月ほど遅れています。図9からもわかるように、法人税の税収はすでに2006年から2009年の平均水準を回復しています。

法人税収は7月がピークです。この7月で税収回復が鮮明になり、次のピークの1月にはおそらく平均水準を超えてくることでしょう。

所得税など他の税収は法人税より半年ほど回復が遅れるでしょうが、いずれ追いついてきます(すでに名目賃金はこの春から上昇に転じています)。

  *

2%程度の名目成長率が保たれている限り、現在の一時的な税収不足について心配する必要は全くありません。むしろ心配は為替レートです。

名目実効為替レートで見ると、2007年の水準に較べて現在約15%ほど円高になっています。この円高のために輸出が減り、製造業の空洞化をもたらして、長期的に成長率が下がることが心配です。

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日本の家計消費性向の推移および景気変動との関係

家計の平均消費性向の過去約30年にわたる推移と、景気変動との関係を調べてみました。

わが国の家計の平均消費性向、つまり消費額合計が総可処分所得に占める割合は、ゆるやかな増加を続けています。

図1の緑色の折れ線は、国民経済計算(平成20年度確報)をもとに計算した家計消費性向の約30年間の推移を示します(*1)。 点線は長期トレンドです。 HPフィルタで同定した12年移動平均相当のトレンドなので、長期HPトレンドと呼ぶことにします。

Fig1
図1

この長期HPトレンドを見ると、消費性向はゆるやかに増加しているように見えます。1980年に約0.75であった消費性向は、2008年には約0.82となっており、28年間で0.07増加しています。4年で1%(=0.01)の増加ペースです。

この消費性向のゆるやかな増加は、ふつう、貯金を取り崩して生活する年金生活世帯(消費性向がたいてい1を越える)の増加が原因であると言われています。 実際、世帯主年齢別にみると、60歳以上の世帯がこの15年で約2倍に増え、世帯数の約5割、消費額の約4割(2006-08年平均、二人以上世帯)を占めるに至っています(参考:内閣府 今週の指標No.950)。

もちろん、それは否定できません。 しかし、消費性向のゆらぎと景気変動の関係を調べてみたところ、その解釈は現実の一面しか見ていないのではないか、と思えてきました。

むしろ、可処分所得が減り続けるにも関わらず、各家計は(必要最小限の)ある程度の消費を続けなければならないことの結果として、消費性向がゆるやかに増加している、という理解もまた適切であると思われます。

 
 
■予備的考察---消費性向のゆらぎと景気変動の関係

上の図1の青色の折れ線は、消費性向の前年差を示しています。 また、赤色の折れ線は、家計の実質可処分所得の前年比(%)を示しています(*2)。 点線はいずれも長期HPトレンドです。

長期HPトレンドからのずれ(=ゆらぎ)をみると、可処分所得伸び率と消費性向前年差が負の相関をもっている様子が読みとれます。

つまり、大まかな傾向として、可処分所得伸び率がトレンドより上にあるときには消費性向前年差はトレンドより下にあり、逆に、前者が下にあるときには後者は上にあるようです。

そこで、横軸に可処分所得伸び率のゆらぎを、縦軸に消費性向前年差のゆらぎをとって、両者の関係をプロットしてみたのが次の図2です。

Fig2
図2

少しばらけていますが、確かに、両者には負の相関が見られます。

以上は予備的な考察です。 本当は、今やったようにHPフィルタで同定した長期トレンドを差し引いたゆらぎについて、さらに相関を見るようなやり方はあまり望ましくありません。想定しているモデルが明確でないからです。

なので、HPフィルタのことはもう忘れて、以下では生データを直接扱うモデルを考えます。

 
 
■モデルを作ってみる---「家計が想定する所得伸び率」というアイデア

消費性向と景気変動の関係を説明する、次のようなモデルを考えます。

ひとまず、家計の可処分所得が伸び続けていた1980年代のような状況を想定して下さい。 各家計は毎年、ある程度の実質可処分所得の伸びを想定しています。その想定がたとえば前年比4%であるとしましょう。

さて、今年の所得が実際には前年比7%伸びたとします。 その家計は「この伸びは一時的なもので未来の伸びはもっと小さい」と考えるはずです。なので、所得が7%増えても消費を7%増やすことはないでしょう。消費も多少は増えるでしょうが、7%より小さいはずです。 つまり、この家計の消費性向は前年よりダウンするでしょう。

では、今年の所得の伸びが実際には4%よりずっと少なくて前年比1%しか伸びなかったらどうでしょうか。 今度は「この小さな伸びは一時的なもので未来の伸びはもっと大きい」と考えるはずです。なので、この家計の消費額の伸びは所得の伸びを上回り、消費性向は前年よりアップするでしょう。

このように各家計が可処分所得の伸びを想定して消費額を決める結果、国全体で見ても、家計可処分所得の伸びが大きいときには消費性向がダウンし、伸びが小さいときには消費性向がアップするでしょう。

その境目の実質可処分所得の伸び率を、「中立的所得伸び率」と呼ぶことにします。

たとえば、ある年(t)の、実際の家計可処分所得の伸び率y(t)が、中立的所得伸び率b(t)より2%大きいとします。このとき、消費性向は前年よりダウンします。 たとえば消費性向が前年より1%ダウンしたとします。 消費性向の前年差x(t)は-0.01です。

y(y) - b(t) = 0.02
x(t) = -0.01

両者の比(いまの例では 0.01/0.02 = 0.5)を一般に「(家計消費性向の)景気弾性係数a(t)」と呼ぶことにします。

 *

そこで一般に、消費性向の前年差x(t)が

消費性向の前年差 = -景気弾性係数・(所得伸び率ー中立的所得伸び率)+誤差

と書けると仮定します。 文字で書き直すと

x(t) = -a(t)・(y(t) - b(t)) + u0(t) ... (1)

と書けると仮定しましょう。

右辺の第1項-a(t)・(y(t) - b(t))は、すでに述べたように短期景気変動による消費性向の変化を示しています。 所得伸び率が中立的伸び率より大きい(小さい)ときには消費性向がダウンする(アップする)効果を現します。

右辺の第2項u0(t)は、誤差項です。

なお、上では所得が伸び続けていた1980年代の状況を想定しつつモデルの説明をしましたが、「中立的所得伸び率」や「景気弾性係数」の概念と式(1)は、実質可処分所得が増えなくなった1997年以降の状況にも適用できると仮定します。

 
 
■推定結果

時系列解析の手法を使って、景気弾性係数a(t)と中立的所得伸び率b(t)の推移を推定しました(*3)。結果を順に見てみます。

次の図3は、景気弾性係数a(t)の推定結果です。

Fig_a
図3

景気弾性係数は約0.73で、過去約30年を通じてほぼ一定であるとの結果になりました。

この約0.73という数字は次のことを意味しています。

「もし仮に中立的所得伸び率(≒家計が想定する所得の伸び率)が変わらないならば、家計可処分所得が前年より1%増える(減る)と消費性向は0.0073だけダウンする(アップする)。」

 
 
■可処分所得が増えたときに消費額はどうなるか

では、可処分所得が1%増えるときに消費額はどうなるでしょうか。

たとえば消費性向がはじめ0.8000で可処分所得が300兆円であったとします。消費額ははじめ240兆円です。

翌年、可処分所得は1%増えて303兆円になり、消費性向は0.0073だけ減って0.7927になります。その結果、消費額は303×0.7927=240.19兆円となります。つまり、約1900億円だけ消費が増えます。

可処分所得の3兆円の増加に対して、消費増が1900億円ですから、非常に少ないですね。 ほとんど増えないと言ってもよい数字です。

ただし、この結果は「可処分所得が変わっても中立的所得伸び率は不変である」と仮定して計算したものであることに注意して下さい。

可処分所得が1%増えたとき、もし家計がその所得増を恒久的な所得の伸びであると認識するならば、いいかえると、中立的所得伸び率(≒家計が想定する所得の伸び率)も同時に1%増えるならば、式(1)からわかるように、消費性向は0.800のまま変化しません。その場合には、3兆円の可処分所得の増加に対して、消費額は2兆4千億円増えることでしょう。

このように、「中立的所得伸び率」の動きがたいへん重要であることがわかります。

単なる可処分所得の増加ではなくて、家計が想定する所得伸び率(中立的所得伸び率)が同時にアップするような可処分所得の上昇こそが、(限界)消費性向を引き上げ、消費増につながります。

 
 
■中立的所得伸び率の推移

その「中立的所得伸び率」の推移を推定した結果が次の図です。

Fig_b
図4

1980年ごろに約3.5%/年であった「中立的所得伸び率」は、1980年代後半の不動産バブルの時期に徐々に上昇して1990年には約5.0%/年に達しました。この頃の家計は、1年あたり約5%ほど実質可処分所得が伸びると想定していたことになります。 所得が伸び悩む日本経済の現状からすると、想像するのが困難なほど高い値です。

その後、バブル崩壊に伴って「中立的所得伸び率」は急激に低下し、1994年には約2%/年まで落ち込みました。

そこでいったん底を打って1996年には約2.5%/年までわずかに上昇したものの、消費税率が5%に引き上げられた1997年以降、再び急激に低下して約0.5%/年まで落ち込みました。

その後は1%/年付近をうろうろする状態が続きましたが、リーマンショックに象徴される世界バブル崩壊に伴い、0%/年を割り込んで今に至っています。現在(2008年)の家計は、実質可処分所得が<減る>ことを想定している状態です。

この「中立的所得伸び率」の推計結果に実際の家計実質可処分所得伸び率を重ねてみたのが次の図です。

Fig_b2
図5

数年に1度、実際の所得伸び率が「中立的所得伸び率」を大きく下回る年(=景気に下方ショックが加わる年)があって、それに前後して「中立的所得伸び率」がぐんと低下することがわかります。

1980年から2008年までの28年間を全体としてみると、実際の所得伸び率が「中立的所得伸び率(推定中央値)」を下回る年が多くなっています。 式1によると、これは消費性向が徐々に上昇することを意味します。 つまり、家計が想定している所得伸び率よりも、実際の所得の伸び率が下回り続けているために、消費性向が徐々にアップしているという見方もできるわけです。

式1をもとに計算すると、家計が想定する所得の伸び(中立的所得伸び率の推定中央値)より実際の所得の伸びが小さいことによる消費性向の上昇分は、28年間で累計0.104と計算できます。これは図1から読みとれる消費性向の上昇分0.07(1980年0.75→2008年0.82)をよく説明しています。 やや過大評価になっているのは、所得伸び率の急激で大幅な減少時(1991年頃、1997年頃、2001年頃)には(家計が将来不安から)消費を過剰に抑制するために、消費性向が式1で表されるほどは上昇しなかったという、非線形効果のためであると思われます。

 
 
■民間消費を盛り上げてデフレ脱却をはかるには

家計の消費額が増えるためには、単に一時的に可処分所得が増えるだけではだめで、家計がその可処分所得の増加を恒久的なものだと確信する必要があります。

図5から読みとれるように、「中立的所得伸び率(≒家計が想定する所得伸び率)」が上昇するのは、1980年代に見られるように、何年間も継続して可処分所得が伸びるときです。

1997年や2001年のように景気回復初期に緊縮財政や増税あるいは金融引き締めを行って、ようやく回復を始めた家計可処分所得の伸びを抑え込んでしまったら、家計は所得増が一時的だと考えて消費増にはつながらず、「中立的所得伸び率」がアップするはずもありません。

日本の場合、国内で国債の消化ができているため、名目成長率が年4%まで回復したときの長期金利は年3〜3.5%程度になると考えられます。この状態はドーマー条件を満たしているので、累積債務の持続可能性は確保されます。

今回の景気回復局面では決して、13年前そして10年前の失敗を繰り返すべきではありません。早まって、緊縮財政や増税、金融引き締めに走らないでいただきたい、と願います。

(都合により、かなり長期にわたりブログ更新をお休みします。) 
 

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注 *1) 家計部門の(平均)消費性向は次の割り算の式で定義されます。

消費性向=消費額/可処分所得

右辺の分子にある消費額の定義や推定法、あるいは分母にある可処分所得の定義や推定法が違うと、消費性向の値も違ってきます。 国民経済計算(SNA)から計算される(よく引用される)消費性向の値(0.90〜0.95)と家計調査から計算される消費性向の値(0.70〜0.80)にずれが生じているのはそのためです。

持ち家の帰属家賃の扱いの違いや、家計調査において耐久消費財の消費額や不定期の財産所得に記載もれがある可能性などを考慮すると、両者の違いが説明可能とのことです。

(参考pdf:RIETI-SNAと家計調査における貯蓄率の乖離-日本の貯蓄率低下の要因-宇南山 卓

今回の記事では、SNAベースで分子と分母を次のように定義して消費性向を計算しました。

・消費額=持ち家の帰属家賃を除く家計最終消費支出

・可処分所得=家計総可処分所得(固定資本減耗を含む)
 
 
*2) 実質可処分所得の伸び率を求める際には、持ち家の帰属家賃を除く家計最終消費支出の(連鎖方式の)デフレータを用いて実質化を行いました。

実質可処分所得z(t)の前年比は、対数値の差分 ln(z(t)) - ln(z(t-1)) で計算しました。
 
 
*3) 消費性向の景気弾性係数a(t)と中立的所得伸び率b(t)が次のような状態空間モデルを満たすと仮定します。

観測モデル:
x(t) = -a(t)・(y(t) - b(t)) + u0(t) ... (1)

システムモデル:
a(t) = a(t-1) + u1(t) ... (2)
b(t) = b(t-1) + u2(t) ... (3)

消費性向前年比x(t)と所得伸び率y(t)は以下のように28年分(t=1,2,3,...,28)のデータが与えられています(*4)。システムモデルは単純なトレンドモデルです。

u0(t)は観測誤差、u1(t)とu2(t)はシステムモデルのゆらぎ項で、互いに独立。時刻が違えば相関はなく、いずれも平均ゼロ、標準偏差が順にσ0, σ1, σ2の正規分布に従うとします。

a(0),b(0)の分布(t=0での初期分布)をいずれも正規分布であると仮定し、平均をそれぞれma, mb, 標準偏差をσa, σbであると仮定します。

7つのパラメータσ0, σ1, σ2, ma, mb, σa, σbをモンテカルロフィルタ(粒子フィルタ)の手法で最ゆう法で推定しました。 図3と図4に示したのは、パラメータを最適値にとったときのフィルタの結果です。(平滑化は行っていません。)
 
 
*4) 推定に用いた消費性向前年比x(t)と所得伸び率y(t)のデータは以下の通りです。

年度 実質可処分所得 消費性向 実質可処分所得伸び率 消費性向前年差
1980 201.977 0.75497 no_value no_value
1981 208.896 0.74660 0.03368 -0.00838
1982 215.129 0.76012 0.02940 0.01352
1983 220.975 0.76114 0.02681 0.00103
1984 227.918 0.76058 0.03093 -0.00056
1985 236.309 0.76652 0.03616 0.00594
1986 242.751 0.77418 0.02689 0.00765
1987 251.601 0.78420 0.03581 0.01002
1988 266.423 0.78286 0.05724 -0.00133
1989 278.031 0.78281 0.04265 -0.00005
1990 289.470 0.79438 0.04032 0.01157
1991 305.122 0.77149 0.05266 -0.02289
1992 309.863 0.76929 0.01542 -0.00219
1993 310.333 0.77795 0.00152 0.00865
1994 319.790 0.77130 0.03002 -0.00664
1995 319.617 0.78819 -0.00054 0.01689
1996 325.590 0.79560 0.01852 0.00741
1997 325.723 0.78292 0.00041 -0.01268
1998 324.636 0.78344 -0.00334 0.00052
1999 325.735 0.78590 0.00338 0.00247
2000 322.044 0.80062 -0.01140 0.01471
2001 318.615 0.81790 -0.01070 0.01728
2002 320.994 0.81892 0.00744 0.00102
2003 321.130 0.82035 0.00043 0.00143
2004 323.766 0.82055 0.00817 0.00021
2005 329.063 0.81842 0.01623 -0.00213
2006 333.440 0.81681 0.01321 -0.00161
2007 331.784 0.83241 -0.00498 0.01560
2008 330.042 0.81519 -0.00526 -0.01722

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紹介:「財源はいくらでもある!消費税増税は反対! 緊急国民財政会議」ご報告---Like a rolling bean (new) 出来事録さん

経済アナリストの菊池英博さんと岩上安身さんの

「財源はいくらでもある!消費税増税は反対! 緊急国民財政会議」

速記メモを Like a rolling bean (new) 出来事録 さんがご自身のブログにアップしておられます。すばらしい。

最大の債権国である日本において、どうして国民の暮らしは悪くなる一方なのか。
地方の疲弊。
国民の預貯金が国内を廻(めぐ)らず海外へと流れるしくみ。
郵貯や消費税、雇用の非正規化との関係。

さまざまなことを考えさせられました。必見です。

Like a rolling bean (new) 出来事録
「財源はいくらでもある!消費税増税は反対! 緊急国民財政会議」ご報告(その1、その2)
http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10581753057.html

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プライマリーバランスの黒字化は財政健全化目標として不適切。重要なのは名目成長率を高めること

本ブログでは、日本の財政赤字と累積債務の持続可能性について、過去に何度もとりあげてきました。しかし、リーマンショックの後、ここ1年半ほどの間は累進税制などの話が中心で、財政赤字と累積債務の問題からは遠ざかりました。

そのわけは、政策目標が転換したので安心していたからです。

リーマンショックの後、麻生内閣のもとで、累積債務のGDP比を発散させない、あるいは抑制していくという適切な目標が選択されました。2011年度までのプライマリーバランス(利息の支払や受取、および国債の発行や償還を除いた財政収支)の黒字化という(あとで説明しますが)あまり意味のない不適切な目標が、賢明にも放棄されました。

鳩山内閣にも、累積債務のGDP比を基本とする考えは引き継がれました。

適切な目標が選択されているかぎり、大きな間違いは起こらないであろう、と安心していました。

しかし、WSの空耳でなければ、先日発足した菅政権からは再び、財政健全化目標としては不適切な、プライマリーバランスの黒字化を重視する声がちらほら聞こえてくるようです。1997年(橋本政権)と2001年(小泉政権)には緊縮財政と増税によって財政収支はさらに悪化し、バブル崩壊の痛手から立ち直りかけていた日本経済は計7年ほどの時間を失いました。その失敗が再び繰り返されることを危惧します。

どうしてプライマリーバランスの黒字化が目標として不適切なのか。

それは考えなければならないいくつかの要素のうち、たった1つだけにしか注目しない限定的な目標に過ぎず、その追求が他の要素を悪化させてしまう可能性を無視しているからです。

税率を上げたり歳出を削ったりしても、そのために景気が悪化して税収が減れば、少しも財政収支は改善しない一方、国民の生活は苦しくなってしまいます。

たとえば、自転車に乗って、道路上にまっすぐに引かれた幅20センチの白線からはずれないように走ることを想像して下さい。

白線からはずれないように気をつけて、足下ばかり見ながら運転したら、うまく行くと思いますか? かえってバランスを崩して大きく白線から逸れてしまうことでしょう。

逆に前方の遠景を見つめて運転するならば、結果的に白線からはずれずに済みます。

このたとえ話で、足下ばかり見ることはプライマリーバランスを過剰に気にすること。前方の遠景を見ることは名目経済成長率を高めることに対応します。名目成長率が1%高まれば自動的に、プライマリーバランスは約12兆円改善するのです。

今回は、こうした事情をデータで検証して、財政健全化のためには名目成長率を高めることが一番大事であることを説明します。


■政府の負債と金融資産の推移

まず、債務残高(負債)の推移を見てみましょう。次の図1は、1980年以降の政府(地方や年金基金などを含む一般政府)の債務残高の推移を示します。ソースは国民経済計算の平成20年度確報です(以降のグラフも同様)。

ここで債務残高そのものにはあまり意味はありません。かりに債務残高が増えても経済規模がそれ以上に大きくなるならば、債務の負担はむしろ軽くなるからです。そこで図では、国民総所得(GNI)に対する比率(%)を示しました。国民総所得GNIは、国内総生産GDPに、海外からの所得の受取を加え、海外への所得の支払を差し引いたものです。

Ratio_gni
図1

図のピンク色の折れ線からわかるように、政府の負債(債務残高)の比率は、1980年代後半(バブル期)の数年間と2006年〜2007年の世界バブルの間だけは減少していましたが、その他の期間は一貫して増加傾向にあります。

2008年には債務残高(負債)のGNI比は200%に迫っています。GNIは約500兆円なので、負債は約1000兆円になります。

ところが、政府は負債だけではなく、年金等の社会保険料積立金や外貨準備などの金融資産も保有しています。その額は2008年でおよそGNI比100%。金額にして約500兆円にのぼります(青色の折れ線)。

つまり、借金が1000兆円ほどあるが、貯金も500兆円ほどあり、差し引きの正味の債務(=純債務)は500兆円です(赤色の折れ線)。

純債務のGNI比は現在、約100%。確かに小さいとは言えませんが、他の先進国と比べても突出して多いわけではありません。

しかし、純債務のGNI比率が1990年のバブル崩壊以降、ほぼ一貫して増え続けてきたことも事実です。現状の100%という比率はすぐに問題になる値ではありませんが、もしこのまま150%、200%、250%(=ナポレオン戦争後の英国が無事に乗り切った比率)、300%(=未知の領域)と増え続けていくならば、どこかで問題になるのは事実でしょう。

そこで、純債務のGNI比率が1980年以降、どのように変化してきたか。増やさないためにはどうすればよいのか、を考えてみます。


■純債務GNI比の増加率と経済成長率の推移

次の図は、純債務GNI比の増加率の推移を、実質成長率と一緒に示したものです。

Cp_growth
図2

図で青色の棒は純債務GNI比の増加率を示します。 その意味ですが、たとえば純債務のGNI比が前年は50%、今年は60%であったならば、純債務GNI比の増加率は20%/年です(60/50=1.2)。

図の赤い棒は実質経済成長率を示します。ふつう、経済成長率がプラスの大きな値をとるときには純債務は減ります。景気が良くなると税収が増えるからです。そこで見やすいように、成長率をマイナス5倍して、上下を逆にして示しています。

まず、大きな流れを見ると以下のことがわかります。

成長率が低かった1980年代前半には純債務GNI比は増加していました。成長率が高まったバブル期の1980年代後半から1990年代初めまでは純債務GNI比は減少しました。低成長(あるいはマイナス成長)が続いた1992年頃から2000年代半ばまでは純債務GNI比は増加しました。世界バブルのおかげで成長率が高まった2006年と2007年には純債務GNI比は減少しましたが、リーマンショックの2008年には再び純債務GNI比は増加に転じました。

(皆さん、ご存じでしたか? 2006年と2007年には実は、政府の純債務GNI比は=減っていた=のです。純債務残高じたいも2007年は前年より減少しました(7.8兆円減)。2006年は微増でした(3.5兆円増)。)

さらに細かく見ると、WSはグラフを次のように読みとります。

・バブル崩壊後、純債務GNI比の増加率は約20%/年という高水準で推移してきたが1996年には改善が見られていた。ところが1997年に緊縮財政と消費税などの負担増を行ったために経済が縮小し、再び同30%/年近くまで悪化してしまった。この「ミス」がなければ数年後(2000年頃)には純債務GNI比の増加率はゼロ近辺まで戻っていたであろう。

・同じ「ミス」が2001年にも繰り返された。

WSは上のように考えます。しかし、人によっては、「いや、そうではない。1997年に消費税率をアップをしてそれ以降も負担増を実施したからこそ、たしかに1998年には一時的に財政収支は大幅に悪化したが、長い目で見ると純債務GNI比の増加率は徐々に減少して、2006年にはマイナスにまでなったのだ」と読みとるかも知れません。

こうした読みとりが誤りであることを、純債務GNI比の変化を3つの要因に分解して、それらを分けて考察することで示します。

まず、要因への分解を数式で説明します。次に、各要因についてグラフで調べます。


■純債務GNI比増加率の要因への分解

純債務残高をB、国民総所得(GNI)をYで表します。純債務のGNI比はB/Yと書けます。

比B/Yの値は分子のBが増えると増えます。一方、分母のYが増えると減ります。比の値を見るには、分母と分子の両方の変化を見る必要があります。

いま、BがB+ΔBに変わり、同時にYがY+ΔYに変わったとき、比B/Yの値がB/Y+Δ(B/Y)になったとしましょう。このとき、変化量の2次以上の項を無視する近似を行うと、比の値の変化Δ(B/Y)は

Texclip1
...式1

となります。

たとえば、純債務Bが約3%増加して、同時に所得Yが5%増加したとしましょう。つまり

ΔB/B = 0.03
ΔY/Y = 0.05

です。現状(2008年)ではB/Yの値はほぼ1ですから、比の値の変化Δ(B/Y)は式1の右辺の括弧内の量とほぼ同じです。すなわち、この例では

Δ(B/Y)≒ 0.03 - 0.05 = -0.02

となります。純債務のGNI比は2%減少するわけです。この例では、Bは増えますがYがそれ以上に増えるので、比B/Yは減少します。

単に純債務が増えるか減るかだけを問題にするのではダメで、分母の所得Yがどうなるかにも注意しなければなりません。

さて、1年あたりの所得の増加ΔYは名目経済成長率aで決まります。たとえば、成長率が5%ならばa=0.05で、所得の増加ΔYは

ΔY = a Y

となります。

次に、1年あたりの純債務の増加ΔBを考えます。純債務は2つの要因で変化します。1つは純利払い(=債務に対する利息の支払いから、保有する金融資産の利息や配当の受取を除いたもの)で、もう一つは基礎的財政赤字(プライマリーバランスの赤字)です。

純債務にかかる実効の利率をrとします。たとえば年2%の利率ならばr=0.02です。このとき政府の純利払いは

純利払い = r B

となります。

基礎的財政赤字については、純債務Bに対する比率をdとしましょう。(現在のようにB≒Yとなる状況では、dは国民総所得Yに対する比率ともほぼ一致します。)すると

基礎的財政赤字 = d B

となります。これらの和が、純債務Bの変化

ΔB = r B + d B

になります。いま求めたΔYとΔBの具体的な表式を式1に代入して両辺をB/Yで割ると、比の値の変化Δ(B/Y)は次の式を満たすことがわかります。

Texclip2
...式2

式2の左辺は、比B/Yの増加率を表しています。つまり、純債務GNI比の増加率を、次の3つの要因

d : 基礎的財政赤字の純債務に対する比率
r : 純債務にかかる実効金利
a : 名目GNI成長率

に分解できることがわかりました。

純債務GNI比の増加率 = d + r - a  ...式3 (*4)

   *

さて、仮に3つの要因d, r, aを互いに独立と見なせるならば、dやrが大きくなれば純債務GNI比は増加し、aが大きくなれば純債務GNI比は減少するはずです。

しかし、実際にはd, r, aは無関係ではなく連動して変わります。

その様子を十分に分析してみないと、dを減らせば純債務GNI比は減るとか、aを増やせば純債務GNI比は減るとかいう主張が正しいかどうかはわかりません。

たとえば基礎的財政収支を黒字にすれば(dを減らせば)純債務GNI比B/Yが減るかというとそうではなく、もしdが減るに伴ってaがそれ以上に減るならば、つまり成長率が著しく低下するならは、比B/Yは逆に増えるかも知れません。


■1981年以降のd, r, aの推移

純債務GNI比の増加率を決める3つの要因d, r, aの値の推移をグラフにしたのが図3です。

Decomp
図3

青色の折れ線は、純債務GNI比の増加率を示します。他の折れ線は3つの要因のそれぞれを示します。

まず一見してわかるのが、r(純債務にかかる実効金利)の変化が非常にゆっくりであるということです。これは借入が長期国債で行われていることと、借り換えが非常にスムーズに(あるいは巧みに)進行していることの反映でしょう。

rがゆっくりとしか変わらないので、純債務GNI比の増加率

d + r - a

のうち、r-aの部分はほとんどa(成長率)で決まると考えて構いません。

そこで、横軸にa-r(成長率と実効金利の差)、たて軸にd(基礎的財政赤字の純債務比)をとって、2つの量a-rとdの連動した動きの様子をみたのが次の図4です。

Diff_deficit
図4

80年代初頭と、バブル期とその直後(1987年〜1994年)のデータを除外して、残りの部分を眺めてみて下さい(*1)。

ほぼ、原点の少し上を通る右下がりの直線に沿って、左上から右下へ、あるいは右下から左上へと動いているのが読みとれます。ときどき細かい上下への乖離はありますが、おおむねこの直線に沿った動きです。

1995年以降のデータについて回帰直線を求めたのが次の図5です。

Linear
図5

およそ、名目成長率-実効金利差(a-r)が2(%/年)増えると、基礎的財政赤字の純債務比(d)が5%減少することがわかります。以下のような関係が見てとれます。

a-r     d
-4%/年   15%
-2%/年   10%
+0%/年   5%
+2%/年   0%
+4%/年   -5%

このように、名目成長率が高いと基礎的財政赤字の比率が小さくなるかマイナスになり、逆に名目成長率が低いと基礎的財政赤字の比率が大きくなる傾向(相関関係)が見られます。

この相関関係は「名目成長率が高いと(税収が増えるので)基礎的財政赤字が減る」という因果関係を反映していると考えられます。

決して逆向き、つまり「赤字を減らしたから名目成長率が高くなった」わけではありません。そのことをもう一度、図4で確認してみましょう。

   *

図4を90年代以降について見ます。バブル崩壊後93年まで成長率-実効金利差は低下を続けましたが、その後上昇に転じ96年頃まで順調に回復していました。しかし、景気が回復しても税収はすぐには増えませんでした。これは、雇用や賃金の回復は遅れますし、法人税などは損失の繰り越しが認められるため、景気回復に遅れて所得税や法人税の税収が増えてくるためです。

ここで財政引き締めや増税をせずにもう少し我慢していれば、数年後には成長率-実効金利差がプラスになり、基礎的財政収支も黒字化していたことでしょう。図4で言えば、時計回りに大きな円弧を描いて、原点の右下の領域へ向かっていたはずです。

しかし、実際には97年に超緊縮財政と消費税の増税を実施してしまいました。

その結果、順調に図4で右へ、そして右下へと向かっていた運動は停止し、左向き(景気が悪化する方向)への巨大な打撃で、日本経済は撃墜されたのです(*2)。

その後、98年の小渕政権下での財政出動でようやく息を吹き返して、右へ、そして右下へと向かおうとしていた矢先の2001年に、再び超緊縮財政政策がとられて、もう一度撃墜されたことが図から読みとれます。

このように、歳出削減や増税によって基礎的財政収支を改善しようとすれば、成長率-実効金利差を大きくマイナス方向へと押しやってしまうことがわかります。

データから読みとれる因果関係の方向は「名目成長率の上昇→基礎的財政収支の改善」であって、決してその逆、つまり「基礎的財政収支の改善→名目成長率の上昇」ではありません(*3)。

   *

今回の記事の結論をまとめますと、

・純債務のGNI比を変化させる要因は、基礎的財政収支だけではなくて、名目成長率と実効金利も関係している。

・実効金利は非常にゆっくりと変化する。

・基礎的財政収支の改善だけを目指して緊縮財政や増税を行っても、成長率が低下するので、純債務のGNI比の低下は達成できない。

・名目成長率を引き上げる政策をとれば、基礎的財政収支は連動して改善し、純債務のGNI比を抑制または低下させることができる。

となります。では。

----------
注 *1) 1980年代初頭は米国が異常な高金利政策をとった影響で世界的に不況で、また米国の高金利に引きずられる形で国内金利も高水準でした。その悪影響を公共投資で緩和したために基礎的財政赤字比率がトレンド(右下がりの回帰直線)より大きくなっていると思われます。

また、1980年代後半から1990年初めにかけてはバブルで資産価格が上昇し、異常に税収が増えたために平均的なトレンドとは乖離した値になっていると思われます。


*2) リーマンショック後の各国の景気対策の効果もあって、2010年6月現在、日本の名目成長率は1.5%/年程度まで回復してきたと推測されます(2010年度政府見通しから実質成長率を2.6%/年、インフレ率を約-1%と仮定)。

実効金利を1.5%/年とすると、成長率-実効金利差はちょうどゼロになります。これを図5の回帰直線にあてはめると、現在の基礎的財政赤字の純債務比率は約4.6%となり、赤字幅は約25兆円程度であると考えられます。報道されているよりずいぶん少ないと感じるかも知れませんが、それは上述の理由で税収の回復が景気回復より遅れているためです。今年度末には、財政収支の大幅な改善が目に見えるはずです。

財政収支に約50兆円もの大穴が空いているというやや古い前提に立って、あわてて消費税などの議論を進める状況ではありません。


*3) 無駄な支出を別の有効な支出に振り向けることの意義を否定しているわけではありません。ポイントは、トータルの支出を削ったり一律に税率を上げたりする政策では、累積債務のGNI比を下げることはできない、ということです。


*4) 式3、つまり

純債務GNI比の増加率 = d + r - a  ...式3

から、財政赤字と累積債務の問題を考える際に重要な「ドーマーの定理」が簡単に証明できるので書いておきます。

まず、式3は、d+r-aが負かゼロであれば純債務GNI比は増えないと言っています(一般的なドーマーの定理)。

ここでdは、基礎的財政赤字の純債務に対する比率でした。
債務が積み上がって純債務Bが国民総所得Yに比べて非常に大きくなったケースでは、dはほぼゼロだと考えてよいでしょう。なぜなら、赤字額はいくら大きくてもせいぜいYの10分の1程度ですから、比B/Yが大きければ、比「赤字額/B」は小さいからです。

そのようなケースではdが無視できるので、純債務GNI比が増えない条件は r - a < 0 すなわち r < aとなります。つまり、純債務にかかる実効金利が成長率より小さければ、=たとえ基礎的財政収支が赤字であっても=、純債務は持続可能です(狭い意味でのドーマーの定理)。

この定理からも、基礎的財政収支よりも名目成長率を政策目標に選ぶべきことがわかります。

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成長中立的税制(塩沢由典氏)について(1)

当ブログの記事「消費を最大化する所得税制(1)〜(5)」へコメントを下さった塩沢さんが「成長中立的税制」というたいへんシンプルで興味深い所得税を提案しておられます。詳細はこちらのページ末尾にリンクされたpdfで見ることができます。

マーリースやサエズの流れを汲む従来の「最適所得税制」の議論は、なんらかの効用関数や社会的厚生関数を前提とする点に難がありました。どうしても主観的な要素がいくらか含まれてしまうのです。それに対して

塩沢さんの「成長中立的税制」は、経済が成長しても、比

(家計消費C+所得税からの政府支出T) / 総所得Y

が不変に保たれるような税制です。以下のような特徴をもちます。

・客観的に容易に計測できる消費性向(と所得分布)から税率表が定まる
・「負の所得税(給付)」を自動的に含んでいる
・望ましい総需要の総所得に対する割合を決めれば、最高税率が決まる


「再分配が必要である」とか「累進強化が必要である」といった価値判断とは一切、無関係に、税制が成長中立的でなければならないという無色の要請から出発しているにもかかわらず、結果としてかなり強い再分配を含む累進所得税制が導かれるところがWSの気に入っています。

この「成長中立的税制」については、いずれちゃんとした紹介記事を書いてみたいと思っています。

今回は、ほとんど塩沢さんへの私信みたいになってしまいますが、成長中立的税制の議論のなかで一番重要なキーポイントとなっている部分(税率表を導出する部分)について、WSの考察を書きます。pdfの記号で書きますと、h'(y)=0が言えるための所得分布についての条件がわかりました(条件の表現がちょっと抽象的ですが)。 ふつうの所得分布であればこの条件は満たされます。 少し細かい数学の話になります。

   *

塩沢さんのpdf8ページのあたりの議論で、消費者と政府の総支出E(θ)は以下のような形をしています。θ≒1は経済の成長度を表す実数パラメータ、φ(y)は所得の分布関数(密度関数のほう)です。

E(θ) = θ・Integral( h(θy)yφ(y), [y, 0, +∞] )

このE(θ)がθに比例する条件(=成長中立的である条件)は、上式右辺の定積分の部分がθによらないこと(θで微分するとゼロ)、すなわち

Integral( h'(θy) y^2 φ(y), [y, 0, +∞] ) = 0

が任意の正の実数θについて成立すること(条件*とします)です。

さて、条件*が成り立てば、h(y)が定数(h'(y) = 0)と言えるでしょうか。

結論からいうと、所得分布φ(y)がある条件を満たすならば、h(y)が定数と言えます。φ(y)がその条件を満たさないならば言えません。

  *

簡単のため、y^2 φ(y)をg(y)と書きます。また、h'(y)をu(y)と書きます。条件*は

Integral( u(θy) g(y), [y, 0, +∞] ) = 0
が任意のθについて成立すること

です。積分変数をθy=zと変換すると、条件*は

Integral( u(z) g(z/θ), [z, 0, +∞] ) = 0
が任意のθについて成立すること

と書き直せます。さらに、積分変数をz=exp(x)と変換し、パラメータもθ=exp(t)と置き換えると、条件*は

Integral( U(x) G(x-t), [x, -∞, +∞]) = 0 
が任意の実数tについて成立すること(条件**)

と同じです。ここで、U(x) = u(exp(x))*exp(x), G(x) = g(exp(x)) とおきました。

さて、次の定理が成り立つことが知られています(*1)。
区間(-∞,+∞)上の2乗可積分関数の全体をL2=L2(-∞,+∞)と表します。

定理(Wiener) 関数f(x)がL2=L2(-∞,+∞)に属するとき、f(x)を平行移動&定数倍してつくった有限和 Sum(a_j f(x+t_j), [j,1,N]) で、任意のL2関数をいくらでも良く近似できる必要十分条件は、f(x)のL2におけるフーリエ変換の零点が測度ゼロの集合を作ることである。

この定理は岩波数学事典のフーリエ変換の項に載っています(第3版では小項目G. Fourier変換の応用のところ)。

そこで、上の関数U(x)と、所得分布で決まる関数G(x)がともにL2に含まれ、かつ、Wienerの定理の条件(G(x)のフーリエ変換のゼロ点が測度ゼロの集合をなす)を満たすと仮定します。すると、L2の任意の元v(x)を、G(x)を平行移動した関数の有限個の線型和S(x)でいくらでも良く近似できます。そのような近似列を

S1(x), S2(x), ... -> v(x)

とすれば、条件**により、任意のi=1,2,3,...について

Integral( U(x) S_i(x), [x, -∞, +∞]) = 0

が言えます。ここでi→+∞の極限をとることにより、L2の任意の元v(x)について

Integral( U(x) v(x), [x, -∞, +∞]) = 0

となります。これは関数U(x)がL2の任意の元と直交することを示しているので、(L2の意味で)U(x)=0が導かれました。つまり、h'(y)=0(h(y)は定数)となります。

一方、定理によると、所得分布で決まる関数G(x)のフーリエ変換の、ゼロ点の集合が測度ゼロでない場合には、G(x)を平行移動した関数の有限個の線型和が張る部分空間HはL2全体にはなりません。 そこで、部分空間Hと直交するL2の元w(x)が存在します。すなわち、任意の実数tについて

Integral( w(x) G(x-t), [x, -∞, +∞]) = 0

です。U(x)=w(x)とおけば、関数U(x)に対応するu(y) (=h'(y))はゼロではなく、定数でないh(y)が求まりました。

   *

具体例
______

例1) 現実的な所得分布の場合を調べます。 所得分布密度関数φ(y)が高所得側でも低所得側でもべき分布(低所得側ではべきが負で発散しても、φ~y^b、b>-1ならばOK)に近い振る舞いをすると仮定します。すると、関数g(y)=y^2 φ(y)もべき関数のように振る舞います。

y→+∞ で g(y)〜c1 y^(-α)
y→+0 で g(y)〜c2 y^β

パラメータα、βはともに正であると仮定します(*2)。(総人数と総所得が有限であるという条件からα>0、β>1でなければならないことがわかるので、この仮定は自然です。)

変換 y=exp(x)により区間(-∞,+∞)に移ると、関数G(x)=g(exp(x))は両端で指数関数的に振る舞います。

x→+∞ で G(x)〜c1 exp(-αx)
x→-∞ で G(x)〜c2 exp(βx)

ここでG(x)のフーリエ変換#G(k)を考えます。(i=√(-1), kは複素数の変数)

#G(k) = Integral( G(x) exp(-ikx), [x,-∞,+∞] )

もし関数#G(k)がkの整関数(=複素平面上のすべての点で正則)になるならば、#G(k)のゼロ点の集合は測度ゼロになります。(一般に整関数f(k)のゼロ点の集合がもし集積点をもつならば、その点でのテーラー展開の係数がすべてゼロになることが言えます。すると整関数f(k)が複素平面全体でゼロになってしまうので。)

そこで#G(k)がkの整関数となるためのひとつの十分条件として、以下のものを考えます(条件☆とします)。

・Integral( |G(x)|, [x,-∞,+∞] ) < +∞ かつ
・Integral( |x G(x)|, [x,-∞,+∞] ) < +∞ かつ
・G(x)はL2の元

1つめの条件はG(x)がL1の元であること。2つめの条件は xG(x) がL1の元であることで、kで微分することを可能にするためのもの。3つめの条件はWienerの定理を使えるようにするための仮定です。

とくに、上で見たように低所得側と高所得側の両方でG(x)が指数関数的に減衰するならば、「ふつうの山型の所得分布」に対してこれらの条件☆は満たされます。

条件☆が満たされているならば、G(x)はWienerの定理の条件を満たすので、関数h(y)=定数と結論できます。

下限所得M1と上限所得M2が存在し、その間でべき分布になっているような特殊な所得分布に対しても、条件☆は満たされているので、関数h(y)=定数と結論できます。

例2) h(y)が定数と結論できないような所得分布の例。考え中...

では、今回はこれで。


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注 *1) Wienerの定理の仮定が満たされているときに、条件**から関数h(y)=定数と結論できることの証明をスケッチしておきます。

Integral([dx, -∞, +∞], U(x) G(x-t) ) = 0  ...(1)

#G(k)をG(x)のフーリエ変換とします。 kを任意の実数とし、(1)の両辺にexp(ikt)を書けて -∞<t<+∞の範囲でtについて積分すると、たたみこみのフーリエ変換がフーリエ変換の積になることを用いて

#U(-k)・#G(k) = 0 ...(2)

であることがわかります。

ここで仮定により、#G(k)≠0が実k軸のほとんど至る所で成り立ちます。よって式(2)の両辺を#G(k)で割って

#U(-k) = 0

がほとんど至るところで成り立ちます。つまり、L2の意味で#U(k)=0、すなわちU(x)=0です(証明終)。


*2) 以前の記事で日本の家計の所得分布を調べました。 そこで平成19年度の税務データから、高所得家計の所得分布はほぼべき分布に従うこと。低所得側からはかった割合をp (0<p<1)、年収をy万円として

y 〜 (1-p)^(-c) ただし c = 0.602

と表されると述べました。pは累積分布関数Φに対応するので、所得分布の密度関数φは dp/dyに対応します。すなわち、上式より

p 〜 1 - y^(-1/c)

φ 〜 dp/dy 〜 y^(-1-1/c) = y^(-2.661)

であることがわかります。これから、関数G(x)の高所得側での振る舞いを表すパラメータαはα=0.661と求まります。たしかに正になっています。

なお、低所得側でβが正であるという条件はたいへんにゆるく、余裕で成立します(g〜y^2*φ(y)ゆえ)。

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1997年前後の景気後退の原因と消費税率アップの影響について

20年前の不動産バブルの終了は(おそらくは地価および金融政策の誤りのために)ハードランディングとなりました(バブル崩壊)。

その悪影響で低迷を続けていた日本経済がようやく立ち直りの兆しを見せていた1997年に、景気回復より財政再建を優先する超緊縮予算が組まれ、また、消費税などの負担増も重なりました。 橋本構造改革です。 景気は再び急速に悪化しました。

4月には日産生命が破綻、11月には拓銀と山一証券が破綻。 景気対策のため年末には特別減税が実施されることになり、財政再建路線の誤りは半年を待たずに明白になりました。

この時期の景気の急速な悪化は、経済指標にも表れています。 次の図からは民間投資(住宅投資や民間企業設備投資)が1997年前後に急速に冷え込んだことがわかります。

Fig1
図1 (クリックで拡大)

民間投資の伸び率は、1997年1-3月期まで消費税率アップ前のかけこみ需要期待でプラスでしたが、同年4-6月期から1999年1-3月期まで3年に渡って大幅なマイナスとなっています。

民間消費や所得(GDP)も横ばいあるいは減少となっています。

ただし、この景気後退のすべてが消費税率アップの悪影響のためというわけではないと思われます。 この時期にはさまざまな大きな出来事がありました(*1)。 今回は、この時期の大幅な景気後退の原因として、消費税率アップの悪影響がどの程度の割合を占めているのか、について考えてみます。


■民間投資の動きは所得と輸入で8割がた説明可能

景気の動きを見るためにここでは民間投資に注目することにします。 民間投資は経済のエンジンだからです。

さまざまな経済指標と民間投資との相関を、タイムラグを考えて調べてみたところ、民間投資の動きは、所得と輸入の2変数で8割がた説明できることがわかりました(*2)。

次の図は、民間投資の伸び率を、所得の伸び率と(1期前の)輸入の伸び率の2変数による、線型の予測式で予測したものです。 緑色の領域が民間投資の動きのうち予測し切れない部分を表しています。 まずまずの予測能力をもった式であることがわかります。

Fig2
図2 (クリックで拡大)

所得が増えると民間投資が増えるのは、まず所得自体が民間投資を含んでいるためでしょう(Y=C+I+G+X-M)。また、所得が大きいと消費が増えますから、内需増の期待で民間投資が増えるのだと考えられます。

(1期前の)輸入が増えると民間投資が増えるのは、輸出予定のためと思われます。 輸出するためには生産しなければならず、そのためには原材料等を輸入し、かつ生産設備に投資しなければなりません。 輸出、輸入、民間投資の三者は密接に結びついています。(その証拠に、日本の輸入が増えるのは輸入品が安くなる円高時ではなくて、輸出が増える円安時です。)

上の図で1997年前後を取り出すと次のようになります。

Fig3
図3 (クリックで拡大)

この図を見ますと、1996年中の民間投資の伸び率に、所得と輸入の動きでは説明できない小さな盛り上がりが見られます。これは消費税率アップ前のかけこみ需要期待によるものと思われます。

1997年中の民間投資の伸び率は、所得と輸入の動きでほぼ説明可能であることがわかります。 図から読みとれるように2つのうち、この時期の主役は所得です。 したがってこの時期に関しては、所得の落ち込みに消費税率アップがどの程度影響したかを考えればよいでしょう。

一方、1998年(とくに後半)から1999年前半の民間投資の伸び率には、所得と輸入の動きでは説明できない大きな落ち込みが見られます。 注1の年表に示しましたが、この年の秋には長銀と日債銀の破綻がありました。 金融不安と貸し渋りが、基礎体力の落ちていた企業の設備投資意欲をさらに奪った可能性があります。

これらについてさらに考えてみます。


■1997年の民間投資落ち込みの原因

次の図は、3つの変数(政府支出、為替レート、マネーサプライ前年比)の伸び率の推移をそれぞれ示しています。

Fig4
図4 (クリックで拡大)

ごらんのように1997年ごろのマネーサプライ前年比と為替レートはほぼ中立なので、この時期の景気悪化の主因は緊縮財政にあると考えられます。

1997年度は、公共事業費が約4兆円削減された上、負担増が約9兆円(消費税率アップで5兆円、特別減税の廃止で2兆円、健康保険の負担増が2兆円)に上りました。 計13兆円(GDP比2.6%)という巨額のマイナスの景気対策が打たれたことになります。

消費税率アップの影響はこの時期の落ち込みの半分弱(割合にして約5/13)を占めることになります。

(これらは短期的な話です。 長期的には、消費税率アップは消費性向の低下という経路を通じて経済を縮小均衡へ導いてしまうとWSは考えています。)


■1998年〜1999年前半の民間投資落ち込みの原因

図4に見られるように、1998年以降は小渕政権下の大型の財政出動で財政要因による悪化はなくなりましたが、1999年後半まで民間投資の減少は止まりませんでした。

少し戻って図3を見ると、1997年以来の所得減少の継続、貿易(ここでは輸入)の減少、その他の要因の3つが民間投資の減少に同程度に寄与しています。

3つの要因のうち、まず所得の減少は1997年の緊縮財政政策の余波と考えてよいでしょう。

次に、貿易量が落ち込んだのはアジア通貨危機などに代表される世界経済要因もありますが、円高が進行したためでもあります(図4の実効為替レートのグラフを参照)。 金融緩和がなかったために円高が進行しました。 そして残念なことに、まさに変動相場制下におけるマンデル・フレミングモデルの主張どおりに、大型の財政出動の効果は半減してしまいました。

次の図は物価上昇率の推移を示していますが、この時期からデフレが定着してしまったことがわかります。 この時期の金融引き締めははたして適切であったのでしょうか。

Fig5
図5 (クリックで拡大)

最後に、その他の要因としては1998年秋の金融危機(長銀、日債銀の国有化などがありました)等による国内企業への貸し渋りが考えられます。

この時期、アジア通貨危機などにより、他の通貨が円にくらべて大幅に安くなり、海外投資の魅力が増しました。 内需が落ち込む中で、銀行は海外の証券を買い、活路を求める企業は海外の企業を買ったり、海外へと出て行きました。

次の図は日本の資本収支の推移を示します。 以前は1年に約7兆円だった海外への資本流出が、円高が進行した1998年には約19兆円に急増したことが読みとれます。

Fig6
図6 (クリックで拡大)

というわけで、景気回復の腰を折り、景気の急激な悪化の引き金を引いたのは1997年の財政引き締めであった。 消費税率アップ(3%→5%)はその責任の13分の5程度を占める。 1998年から1999年に小渕政権下の財政出動で景気回復を図ったが、十分な金融緩和を行わなかったために、円高による貿易の減少や金融危機等に伴う国内貸し渋りなどによりその効果は半減してしまった、というのが今回の記事の結論となります。

では。

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*1) この時期にはいろいろ重要な出来事がおきました。 ウィキペディアと「平成経済20年史(紺谷典子、幻冬社)」を参考に簡単な年表にしてみます。

1995年(平成7年)
・村山内閣(94年7月〜)
・阪神淡路大震災(1月)、地下鉄サリン事件(3月)
・4月 円高(1ドル=79.75円)、利下げ(公定歩合1.0%)
・11月 景気対策(14兆円)
・年末 円安へ(1ドル=100円)

1996年(平成8年)
・住専国会
・景気回復
・9月 橋本内閣発足

1997年(平成9年)
・4月 財政構造改革(消費税など負担増9兆円と公共投資など歳出削減4兆円)
・4月 日産生命破綻
・5月 アジア通貨危機(〜98年、ロシア財政、ブラジル通貨にも波及)
・11月 拓銀、山一破綻
・年末 特別減税実施

1998年(平成10年)
・4月 財政構造改革法を緩和、特別減税を拡大、緊急経済対策(16兆円)
・4月 改正日銀法施行
・7月 小渕内閣発足
・10月 円急騰
・長銀(10月)、日債銀(12月)国有化

1999年(平成11年)
・1月 ブラジル通貨危機
・2月 ゼロ金利政策
・11月 大型経済対策(24兆円:公共事業、貸し渋り対策、定率減税)
・日経平均2万円台回復

2000年(平成12年)
・4月 森内閣発足で緊縮財政復活
・8月 日銀利上げ
・日経平均急落(年初2万円台→12月1万3千円台)


*2) 民間投資に関係しそうな変数として、民間消費、政府支出、輸出、輸入、所得(GDP)、実効為替レート、マネーサプライ(M2)前年比の7つを考えました。 いずれも名目4半期生データの4期(1年)後方移動平均の時系列を考えています。

(移動平均をとっているので、これらの値は実際の値より半年ほど遅れています。 なお、上で図1から図6で示した値は、さらに伸び率の4期前方移動平均をとっているので、実際の値とほぼ同期した、ただし平滑化された値になっています。)

次の図は、これらの変数の伸び率(前期比)の長期トレンド(48期(12年)移動平均相当)を示します。 長期トレンドはHPフィルタで同定しました。 その際、トレンドの滑らかさを決めるパラメータは、トレンドの階差の分散が、48期移動平均の時系列のそれと一致するように選びました。

Fig7
図7 (クリックで拡大)


この長期トレンドをもとの時系列から差し引いた時系列を次に示します。 見にくくなるので1995年〜1999年の範囲だけですが、時系列自体は1981年から2009年に渡っています。

Fig8
図8 (クリックで拡大)

各時系列がバラバラではなくて、一緒に連動して推移していく様子が読みとれます。

どの時系列どうしは相関が大きいのか、どの時系列は比較的独立なのか、といったことを見るために、相関を調べました。 とくに、民間投資に興味があります。

Fig9i
図9i (クリックで拡大)

民間投資(の伸び率)は、所得(の伸び率)と相関が大きいことが読みとれます。 また、1期前の輸入(の伸び率)との相関も大きいです。 輸出(の伸び率)よりも輸入(の伸び率)との相関のほうが若干大きくなっています。

(わずらわしいので、以下では「〜の伸び率」の部分を省略して単に「〜」と書きます)

次に、所得を調べます。

Fig9y
図9y (クリックで拡大)

所得との相関が大きいのは順に、民間投資、消費、輸出、輸入です。 Y=C+I+G+X-Mという式から考えると、所得の6割を占める消費のほうが、2割を占める民間投資より相関が大きくてもよいのですが、民間投資のほうが相関が大きくなっています。 民間投資こそが経済を駆動することがよくわかります。

また、相関は小さいですが、為替で円安が進行すると半年後に所得が増えることや、マネーサプライ前年比が伸びると2年後に所得が増えることもわかります。

政府支出と所得の相関が小さいのは、おそらく、所得が減少したり伸びなくなったときに景気対策として政府支出が増やされることの反映ではないかと思います。

次に輸入を調べます。

Fig9m
図9m (クリックで拡大)

輸入との相関が大きいのは順に、輸出、(1期後の)民間投資、所得、(逆相関で)実効為替レートです。 これはおもに輸出のために輸入と民間投資が行われる構造の反映でしょう。

所得が増えると輸入が増えるのは、同時に輸出が増えるのと購買力が増すためです(Y=C+I+G+X-Mの式の右辺の-Mの効果を他の項の増加が上回る)。

また、一見不思議ですが、円安が進行すると輸入が増えることもわかります。これも輸入が輸出に従属しているためであると考えられます。

次に輸出を調べます。

Fig9x
図9x (クリックで拡大)

輸出との相関が大きいのは順に、輸入、所得、(1期後の)民間投資、(逆相関で)実効為替レートです。 これも輸出のために輸入と民間投資が行われる構造の反映として理解できます。

所得と輸出の相関が大きいのは、Y=C+I+G+X-Mの式自体と、輸出の民間投資への波及効果のためです。

円安が進行すると輸出が増えるのは、輸出品の(海外通貨建て)価格が下がり競争力が増すためです。

次に民間消費を調べます。

Fig9c
図9c (クリックで拡大)

民間消費との相関が大きいのは順に、所得、(逆相関で1期前の)実効為替レートです。 所得が増えると消費が増えるのは、Y=C+I+G+X-Mの式自体と、消費性向が安定的なためです。

円安が進行すると1期後に消費が増えるのは、輸出の増加が所得の増加につながり、所得の増加が消費を増やすという経路を通じてであろうと思われます。

次に実効為替レートを調べます。

Fig9e
図9e (クリックで拡大)

実効為替レートとの相関が大きいのは順に、(逆相関で)輸入、(逆相関で)輸出、(逆相関で1期後の)消費です。 これらにはすでに言及しました。

あと、相関は小さいですが、マネーサプライが絞られる(増やされる)と2年後に円高(円安)が進行することや、円高(円安)進行の1年半後にはマネーサプライが増やされる(減らされる)ことが読みとれます。


次に政府支出を調べます。

Fig9g
図9g (クリックで拡大)

政府支出と諸変数の相関はあまり大きくありません。

これは、所得減少時に景気対策として政府支出を増やし、所得悪化を食い止めていることを反映している可能性があります。(つまり、政府支出が変動しているときには他の変数は止まりがち。)

相関は小さいですが、マネーサプライが絞られる(増やされる)と1年後に政府支出が増加する(減少する)ことがわかります。
(金融政策の悪影響を財政政策で緩和していることの反映でしょうか?)

最後にマネーサプライを調べます。

Fig9m2
図9m2 (クリックで拡大)

マネーサプライと諸変数の相関はあまり大きくありません。

相関は小さいですが、マネーサプライが増やされる(絞られる)と2年後に円安(円高)が進行することがわかります。

また、これも相関は小さいですが、マネーサプライが絞られる(増やされる)1年前には、民間消費が増加(減少)していることがわかります。

今回は以上です。

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