こちらの記事の末尾で、柿岡地磁気観測所における地表大気電場の観測値に急激な変動(スパイク)があらわれた2時間後に、千島列島でM6.1の地震が発生した事例を紹介しました。
これが偶然の事象なのか。それとも、大気電場のスパイクと地震活動にはなんらかの関係があるのか。
今回の記事ではそれを、柿岡での1年間のデータ(2010年1月〜12月)を用いて、統計的に調べてみたいと思います。
結論を先に書きますと、
●地表大気電場に上方スパイクが現れてからしばらくの間(10日間あるいは30日間)は地震活動が活発になるらしい
●同じく下方スパイクのあと30日間は地震活動が低調になるらしい
・大きな地震の直前10日間には、地表大気電場に現れる上方スパイクの数(あるいは強度)が増えるらしい
・大きな地震の直前10日間には、同じく下方スパイクの数(あるいは強度)が減少するらしい
といった事実が明らかになりました。
どうやってそういう結論を得たのかを順に詳しく説明します。
地表大気電場にみられる「スパイク」と「規格化電場」を定義してみる
まず、地表大気電場の観測値にみられる「スパイク」を厳密に定義しておきます。具体例をお見せしながら説明します。
次の図1は、2010年3月29日の0時から11時(UTC)までの地表大気電場観測値の推移(赤色の曲線)を示しています。上から下へ3つのグラフが並んでいますが、一番上のグラフを、たて軸方向にだけ拡大したものが一番下のグラフです。(真ん中のグラフについてはあとで説明します。)

図1
この日は太平洋沖に低気圧、日本海に高気圧がある曇りの日で、ときおり晴れ間がのぞき、また、茨城県内ではときどき雨が降る地点もある天気でした(参考:茨城県の過去天気 2010/3/29)。
UTC3時から5時にかけてと、同8時ごろに地表大気電場が大きく変動しています。通常は50〜100V/mである大気電場の絶対値が、1000〜2000V/mになっています。この変動はおそらく上空を雨雲が通過したときに生じたものです。
さて、図では地表大気電場の1時間中央移動平均を青色の線で示しました。たとえば、4時0分における移動平均の値は、3時30分から4時30分までの連続する21個の観測値の平均値です。(21個なのは、観測値が3分おきの離散データだから)
この移動平均線(青色の線)の上下にそれぞれ3本描いてある緑色の線(ボリンジャーバンド)は、移動平均線から順に±σ、±2σ、±3σだけ隔たった大気電場の値を示します(ここでσ(シグマ)は上記21個の観測値の標準偏差)。
そして、各時刻の「規格化電場」を以下の式で定義します。
規格化電場 =(観測値 ー 中央移動平均)/σ
規格化電場は、大気電場の観測値が移動平均値からσ(シグマ)の何倍だけ隔たっているか、を示します(図1の真ん中のグラフの赤い線)。
つまり、前後計1時間の平均的な大気電場のゆらぎにくらべて、大気電場が短い時間の間に急激に平均値から大きく隔たった場合に、規格化電場(の絶対値)が大きくなります。
そこで、規格化電場が+3(あるいは+2.7)を超える場合を「上方スパイク」、−3(あるいは-2.7)を下回る場合を「下方スパイク」と呼ぶことにします。
図1の真ん中のグラフには、2つの下方スパイクと1つの上方スパイクが出現しています。下方スパイクの1つ(UTC 4:30ごろ)と上方スパイク(同8:00ごろ)は、大気電場の値自体が急激に-2000V/mあるいは+1500V/mとたいへん大きな値に振れたことによるスパイクです。
一方、もう1つの下方スパイク(同6:00すぎ)では、大気電場の値自体はそれほど大きく変化してはいません。にも関わらず、下方スパイクと判定されているのは、前後計1時間の間、大気電場のゆらぎがとても小さかったからです。このように、大気電場そのものはあまり大きく変化しなくても、前後計1時間の間の大気電場の平均的なゆらぎにくらべてその変化が大きければ「スパイクが出現した」と考えることにします。

図2
図2は、2010年の1年間に柿岡で観測された地表大気電場の「スパイク」を示します。青丸は上方スパイクを、緑丸は下方スパイクを示し、丸の大きさがスパイクの強さ(規格化電場の絶対値の大きさ)を示します。(赤丸については後で説明します。)
たて軸には月/日を、横軸には1日の時間をとっています。
茶色の点々は、欠測等のため規格化電場が計算できなかった日時を示しています。(日本時間10時ごろに欠測が多いのはもしかして、定期的に測定装置のリセットや零点調整などが行われるのでしょうか?)
ごらんのようにスパイクの発生季節や発生時刻に目立った偏りは見られません。しいて言うならば、早朝に発生する下方スパイクがやや少ないように思われます。
地震の柿岡への「インパクト」を定義してみる
上でみた「スパイク」と地震活動の関係を調べるために、日本付近で生じた各地震の柿岡への「インパクト」と呼ぶ量を定義します。
地震の柿岡への「インパクト」は、地震の規模(マグニチュードM)が大きいほど大きく、また、震源から柿岡観測点までの距離Rが近いほど大きくなるように定義します。

図3
地震の規模Mとインパクトの関係は、
インパクト = 定数 × 10^(0.75*M)
と決めることにします(「定数」は距離Rに依存しますが、Mにはよりません)。これは、インパクトが地震のエネルギー(〜10^(1.5*M))の平方根に比例する、とおくことに相当しています。多くの物理的状況で、電場の2乗がエネルギーに関係することが知られていますから、それほど不自然な定義ではないと思います。
また、距離R(km)とインパクトの関係は
インパクト = 定数' / (R + 20)
とおくことにします(「定数'」はMに依存しますが、Rにはよりません)。これは(分母の+20を無視すれば)、インパクトが距離Rに反比例する、とおくことに相当しています。未来の震源付近で生成された電荷分布が、(地殻はほぼ導体であると見なせるので)地表面にそって2次元的(平面的)に拡がることを想定しています。なお、分母の+20は、柿岡観測点ごく近くの地表付近で生じた地震のインパクトが極端に大きくならないように付け加えています。
以上をまとめて、距離R(km)の地点で発生したマグニチュードMの地震の柿岡へのインパクトを
インパクト = 10^(0.75*(M - 6.0)) × 220 / (R + 20)
と定義することにします。距離200kmの地点で発生したマグニチュード6の地震のインパクトがちょうど1です。
大気電場の「スパイク」と地震の「インパクト」の季節別および時刻別の推移(2010年)
次の図2(再掲)は、2010年の1年間に日本付近で発生した地震の柿岡へのインパクトを、大気電場のスパイクとともに図示したものです。 発生した地震の柿岡へのインパクトは赤い米印の大きさで示しました。
地震のデータは、Hi-netで取得した「気象庁一元化処理 震源要素」を利用しました。

図4 (図2の再掲)
大気電場のスパイクと地震のインパクトの時系列どうしの関係をこの図から客観的に読み取ることはちょっと難しく思えます。別の形に整理して表示したものを次の図5に示します。
その前に1つ気になることとして、3月上旬や7月初め、あるいは11月下旬のように欠測値(茶色の点々)が連続した直後に地震が発生していることを指摘しておきたいと思います。欠測の原因が不明なのでこの点の解析は今回は行いませんが、もし、地震発生前の異常な大気電場測定値の連続がこれらの欠測(観測装置の調整?)の原因であったならば、大変に興味深いことです。
では、別の形に整理した図(図5)を次に示します。

図5
図5の横軸は日時です。たて軸は、上側のグラフについては大気電場スパイクの強度、下側のグラフについては地震のインパクトです。スパイクの強度は、規格化電場の絶対値が2.7を超える場合に、2.7との差をスパイクの強度とみなして表示しています。
3月上旬と12月下旬、6月中旬に地震活動が活発になっており、(そう思って眺めれば)その1ヶ月ほど前にスパイクが増えているようにも見えます。
見やすいように、スパイクの強度と地震のインパクトのそれぞれについて、30日間の後方移動和をとったものが次の図6です。

図6
(先入観をもって眺めれば)スパイクが多くなった1〜2ヶ月後に地震活動のインパクトの和が増しているようにも見えます。
次の図7も同様な図ですが、10日間の後方移動和をとったものです。

図7
では、これらの図の概観から得られた仮説「スパイクが増えた少しあとで地震活動が活発になる」および「地震活動が活発になる少し前にスパイクが増える」の2つについて、これから統計的に検証してみましょう。
大気電場の「スパイク」のあとで地震活動は活発になるか
次の図8は、大気電場にスパイクが見られた後の一定期間の間に、発生した地震のインパクトの総和(の常用対数)の平均値を、スパイクの種類別に図示したものです。

図8
スパイク後30日間の統計(青色の棒グラフ)をみると、強い上方スパイクのあとでは地震活動が活発になる(=地震のインパクトの和が増える)こと、また、強い下方スパイクのあとでは地震活動が弱まる(=地震のインパクトの和が減る)ことが読み取れます。
スパイク後10日間の統計(緑色の棒グラフ)をみても、同等な傾向が読み取れます。
一方、スパイク後3日間の統計はゆらぎが大きく、明瞭な傾向は読み取れません。
さて、スパイク後30日間および10日間の統計から読み取った「傾向」はどの程度信頼できるものでしょうか。
実は、次の図9に示すように強いスパイクは発生数が少ないので、上の「傾向」が統計的ゆらぎにより偶然に生じたものである可能性について検討が必要です。

図9
そこで、スパイク強度のみをランダムにシャッフルしたスパイク時系列を数万通り生成して、モンテカルロ法で上の「傾向」が偶然に生じてしまう確率を評価した結果が次の表(図10)です。

図10
仮に、偶然に「傾向」が生じてしまう確率が10%未満であることを統計的有意性の基準とするならば、以下のことが結論できます。
・上方スパイク(規格化電場+3.0以上)発生後30日間の地震インパクトの和(期待値)は、通常の10^0.06=1.15倍に増える
・上方スパイク(規格化電場+2.4以上)発生後10日間の地震インパクトの和(期待値)は、通常の10^0.035=1.08倍に増える
・下方スパイク(規格化電場-3.0以下)発生後30日間の地震インパクトの和(期待値)は、通常の10^(-0.04)=0.91倍に減る
他に、図8から読み取れる「傾向」があるかも知れませんが、それらは統計的に有意ではありません。
なお、いま見たように強い下方スパイクはスパイク発生後30日間の地震活動の低下に結びついていますが、図6などから受ける印象として、スパイク発生後60〜90日間でみると逆に地震活動の活発化に結びついているのではないか、とWSは想像しています。この点については近々、もっと長期間(4年間程度)のデータで検証してみたいと考えています。
大きな地震の前に、大気電場の「スパイク」は増えるか
次に、柿岡へのインパクトが大きな地震の前に、柿岡における地表大気電場のスパイクが増えるかどうか、について調べてみます。 「上方スパイク」と「下方スパイク」のそれぞれについて、順に調べます。

図11
上の図11は、地震発生前の一定期間に大気電場に生じた上方スパイクの強度(=規格化電場 ー 2.7)の和の平均値を、地震のインパクトで分類して示したものです。
地震前の3日間、10日間、30日間のいずれの期間でみても、地震の前に上方スパイクの強度和が増加しています。また、その増加の割合は、地震のインパクトが大きいほど大きい傾向が見られます。

図12
上の図12は、図11と同様な図ですが、今度は地震前の下方スパイクの強度(=規格化電場の絶対値 ー 2.7)の和の平均値を、地震のインパクトで分類して示したものです。
地震前の10日間と30日間のいずれでも、地震の前に下方スパイクの強度和が減少するように見えます。また、その減少の割合は、地震のインパクトが大きいほど大きい傾向が見られます。(地震前の3日間の統計はゆらぎが大きく、確たる傾向が見いだせません。)
さて、図11や図12から推測されるこうした「傾向」ですが、統計的に有意なのかどうかについて検証が必要です。 次の図13からもわかるように、インパクトの大きい地震は発生数が少ないので、統計のゆらぎによって偶然にこうした「傾向」が現れた可能性があるからです。

図13
そこで、地震のインパクトのみをランダムにシャッフルした地震時系列を数万通り生成して、モンテカルロ法で上の「傾向」が偶然に生じてしまう確率を評価した結果が次の表(図14)です。

図14
仮に、偶然に「傾向」が生じてしまう確率が10%未満であることを統計的有意性の基準とするならば、上でみた「傾向」はすべて偶然の産物ということになります。
もし、統計的有意性の基準を確率20%未満までゆるめるならば、次の2つのことが結論されます。
・インパクト1.0以上の地震が発生する直前10日間における、上方スパイク強度の和(30日間換算、期待値)は3.8以上である(通常は約2.3)
・インパクト0.4以上の地震が発生する直前10日間における、下方スパイク強度の和(30日間換算、期待値)は0.8以下である(通常は約1.6)
他に、図13や図14から読み取れる「傾向」があるかも知れませんが、それらは統計的に有意ではありません。
次回記事の予定
今回の分析で
●地表大気電場に上方スパイクが現れてからしばらくの間(10日間あるいは30日間)は地震活動が活発になるらしい
●同じく下方スパイクのあと30日間は地震活動が低調になるらしい
・大きな地震の直前10日間には、地表大気電場に現れる上方スパイクの数(あるいは強度)が増えるらしい
・大きな地震の直前10日間には、同じく下方スパイクの数(あるいは強度)が減少するらしい
といった事実が明らかになりました。
しかしこれらは、統計的な有意性の基準を、そのような「傾向」が偶然に生じた確率が10%未満●あるいは20%未満・というように、ちょっと甘くとった上での結論です。
今回調べたのは2010年の1年間のデータでしたが、次回はもう少し長い期間(4年分くらい)のデータを解析して、より統計的に厳密な結論を得たいと思っています。
また、解析期間を長くとることで、今回はじゅうぶんな分析ができなかった仮説、たとえば「強い下方スパイクが現れてから30日後から60日後までの期間には、地震活動が活発になるらしい」など、を検証することもできる可能性があります。
さらに、今回の記事では、地震発生を地表電場のスパイクから予測したい、という動機があったので、「スパイク→地震」という時間順に従った仮説だけを検証しました。しかし、現象が「地震→スパイク」という時間順で起きている可能性もあります。 次回の記事ではこうした点も調べてみたいと思います。 では。
最近のコメント