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気柱 1 はじめに

高校物理でおなじみの気柱の共鳴実験。
その開口端補正の長さについて考えるようになったきっかけから話を始めます。

●ある生徒の質問
Wave of soundは、とある塾で物理を担当しているのですが、今年(2004年)の2月に、学校で気柱共鳴の実験をしたという高2の生徒から質問を受けました。開口端補正はどうして生じるのか、長さはいくらなのか、というのです。

水面のところが節になることは簡単に納得してくれたのですが、開口の少し上のところが腹になることはなかなか納得してくれません。「説明」しているうちに、私は自分もちゃんと理解できていない、ということがわかってきました。振り返ってみれば、高校時代に実験していらい、一度もまじめにその理由を考えたことはありませんでした。

気柱共鳴の理論を扱ったホームページをいくつか見てみると、「開口端補正の長さ=管の半径×0.6」などの「管の半径×定数」といった形の「公式」が紹介されています。しかし残念ながら、この「公式」の導き方に触れたものはありませんでした。また、以下で説明するようにWave of soundには、この公式自体が直観に合わず、怪しげなものに思えるのです。

そこで、開口端補正が生じるわけと、その長さが管の太さや断面の形などとどう関係しているのか、をいろいろ考えはじめ、だんだん熱中して没頭するようになり、春には眠い日々が続きました。生徒の質問から3ヶ月ほど経った、5月の連休の頃に一応の自分なりの結論を得ました。

どうやら、細い管での開口端補正の長さは、上の「公式」とは逆に「管が細いほど大きくなる」ようなのです。それには、管壁での空気の粘性による熱の発生が効いています。このブログでその概略を報告していこうと思います。


●「公式」への疑問
上の「公式」は、波長を含んでいないという点で、どうも「奇妙に」思えます。正しい公式は波長を含んでいるはずではないでしょうか。

そう考える理由を直観的に説明します。
開口端補正の本当の原因が何であれ、それは大雑把にいうと、音波が管内を伝わるときの状況と、管外を伝わるときの状況が違うことに関係があるに違いありません。音は管外は自由に伝わるが、管内は管壁によってやや制約を受けながら伝わる。その違いが開口端補正の値に関係していることは確かでしょう。

さて、波についてはホイヘンスの原理(各点の媒質が円形の波を送り出し、その重ね合わせで次の瞬間の全体の波の形が決まる)というものがあって、この原理が、障害物などを回り込む(回折する)波の性質を説明します。

例えば、広い海を進んできた波が、狭い通路、あるいは広い通路を通って、再び、広い海にでていくとします。狭い通路を通った波は、大きく広がりますが、広い通路を通った波は、ほとんど直進を続けます。狭い通路を通る波ほど、障害物の影響を大きく受けます。

この、通路が狭いとか、広いとかいうのは、波長と較べて相対的に狭いか広いか、ということです。波長に較べて狭い通路は、波の進み方に大きく影響するが、波長に較べて広い通路は、波の進み方にあまり影響しません。

気柱の場合も同様のはずです。音波の波長(1000ヘルツの音なら34センチくらい)に較べて細い管では、管内を伝わる音は管壁の影響を大きく受けます。逆に波長に較べて太い管では、管壁の影響はほとんどないでしょう。ですから、その影響によって開口端補正が長くなるのか、あるいは短くなるのかはわからないにしても、音波の波長が開口端補正に全く関係しないというのは考えにくいことです。開口端補正を表す正しい公式は、波長λと管の半径aとの比率a/λを含んでいるはずではないでしょうか。例えば f(x) を単位のない量xのある関数として

   開口端補正の長さ = 波長 × f(a/λ)

といった具合に。


●ホームページの実験結果に勇気づけられる
実際の実験結果はどうなっているのか。それを知るためにネット上で検索してみると、いくつかのホームページに行き当たりました。そして、何人かの方々が、細い管での開口端補正の長さが「公式」に較べて大きすぎることに戸惑っておられることがわかりました。いくつか紹介します。

例えば、「リコーダー第6、第7指穴の不思議」では、「これらのデータから管長が0.05 m程度長ければうまく説明がつく」と言うぐあいに、あの細いリコーダー(楽器)の開口端補正が5 cmもの長さになっていることが述べられています。

また、「うなり棒に関する総合考察その2」では、「つまり、まっさらな77 cmの筒は長さ82 cmで共鳴しているのです。あれ?開口端補正は管の半径の0.6倍…(中略)…まあ…半径×0.6というのは経験則ですから・・」と言ったぐあいに、半径2.4 cmの管の開口端補正が2.5 cmになり、「公式」で求まる値より長いことに疑問が投げかけられています。

しかし、これらの疑問は、「公式」自体が間違っており、細い管の開口端補正は実際にそのくらい長いのだ、と考えれば解消するのです。Wave of soundはこれらの実験結果を読んでとても勇気づけられました。

(ひとこと感想:「開口端補正」そのものをテーマにしたホームページが見つからなかったのは残念でしたが、うなり棒や管楽器など、身近な素材を研究して写真付きで紹介した、高校生の皆さんの素敵なホームページにたくさん出会うことができました)


●「公式」の根拠
さて、話を戻します。「物理学事典 ※」の「開口端補正」の項を見ると、開口端補正の長さ Δl を、管の半径と音の波長で与えるグラフが示され、近似公式として
   開口が自由空間にあるとき  Δl ≒ 管の半径 × 0.6
   開口に無限に広い平面剛板がついているとき  Δl ≒ 管の半径× 0.85
という式が書かれています。開口端補正の生じる原因については次のように述べられています。

「管の中を伝わる音波が開口端で反射するときには、音の放射による付加質量(→放射インピーダンスの項を参照)のために、開口端からΔlだけ外側に管が伸びたものとして取り扱われる」

しかし、この記述は満足できるものではありません。その理由は2つあります。
・第一に、この「公式」は上で見たように、細い管の大きな開口端補正という実験事実を説明できません。
・第二に、放射による付加質量(大雑把に言えば、少し外側の空気も管内の振動につられて動いているということ)があるとしても、それが定常波の腹の位置の、開口端からのずれとどう関係しているのか、という点が明確ではありません。

※上記の物理学事典の出典をメモするのを忘れてしまいました。培風館か朝倉書店のいずれかだったと思います。


●粘性の役割
このような問題意識から出発して、いろいろ考えていくうちに、空気の粘り気が効いていることがわかってきました。管壁での空気の摩擦による熱の発生を考えると、細い管で開口端補正が長くなることも説明できるのです。開口端補正を表す公式も見つけました。それをこれから順にお話ししていきたいと思います。

ここまで読んでくださってどうもありがとうございました。では、また日を改めて。

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気柱共鳴の物理」カテゴリの記事

コメント

開口端補正のお話面白く読みました。音のことは、よくわかりませんが、「なぜ円柱のような境界を作ると、開口端補正+円柱内で定常波が立つのか?」という疑問を改めて持つようになりました。

固定端になっていれば(壁に向かって音を出すなど)、円柱状の境界がなくても定常波は立ちそうですが。

円柱状の境界があることで、物理的にどのような条件がつくのか・・・。

おもしろいですね。

投稿: ふじい | 2004.09.08 02:19

ふじい様

さっそくのコメントありがとうございます。

管の内側と外側の境目のところで、解をどのように繋ぐとよいのか(境界条件をどうとればよいのか)についてはずいぶん悩みました。

ちょっと先回りになりますが、結局、それを知るには何か別の原理(たとえば粘性とか放射によるエネルギー散逸が最小になる、など)が必要だ、と思うようになりました。

そのわけを簡単に書きますと、
管内にできる定常波のモードには、

・管口が腹になる余弦波(コサイン)モード
・管口が節になる正弦波(サイン)モード
・管口から奥へと急激に減衰する指数減衰モード(無数)

の3つがあり、管内の実際の定常波は、これらの重ね合わせです。
(このうち、はじめの2つ、コサインモードとサインモードの重ね合わせの比率が開口端補正に対応します)

もし、ふつう行うように、線形の微分方程式と線形の境界条件だけを考えるなら、(なにか別の仮定をおかない限り※)この重ね合わせの比率が決まるはずはないからです。

そこで、境界条件から重ね合わせの比率を決める、という方針はあきらめて、管壁での粘性によるエネルギー散逸が最小になるという条件から直接、重ね合わせの比率を求める、という方向で、問題を解決しました。(これから順に説明していく予定です)

(上記の※のところ:
管の内壁と外壁をあわせた面を境界とする、境界値問題を考えることができます。管外の、十分に遠方での定常波の減衰の仕方について何らかの仮定をおけば、上記の重ねあわせの比率を決めることができるのかも知れませんが、この境界値問題は難しくて、私には解けませんでした。しかし、仮に解けたとしても、このやり方は粘性の影響を考慮していないので、それから出てくる開口端補正の値はたぶん、細い管では実験にあわないだろう、という印象を持っています)

     ***

音以外の現象でも、類似した問題があれば面白そうですね。

投稿: Wave of sound | 2004.09.08 13:49

ふじい様

なぜ管口のところに固定された壁がないのに、定常波が立つか、という点ですが、直観的には次のように考えればよいのではないか、と思います。

定常波は、逆方向に進む2つの波を重ね合わせたものと見なせます。
そこで例えば、管の奥の方から左向きに進んできて、管口から外へと出て行こうとする波があるときに、管口付近で反射して、右へと(奥の方へと)戻る反射波が生じることが言えればOKです。

それは直観的には、管の内部と外部では、管壁による制約の度合いが違うので、波がそのまま伝わることはできず、その違いを補償するために、別の波がそこで(左へも右へも)生じる必要があるからだ、ということで、私は納得しています。

もちろん、この直観をちゃんと定量化して、式にのせるところに本当の難しさがあるわけですが…。

投稿: Wave of sound | 2004.09.08 14:25

両端開放の気柱の周波数を求めるに次式で
f=(C/2(L+Δl))×n
Δlを求めるのに
Δl=0.6re
re=S/π
S:気柱の断面積
と,ものの本に載っていますが気柱の断面積の求め方、
reの意味及びf=(C/2(L+Δl))×n式の名称
を教えてください。

投稿: simohara | 2005.07.03 13:42

simoharaさん、はじめまして。
遅くなってすみません。
ご紹介いただいた式は知りませんが、
r_e = S/πの右辺はルートがついていませんか?

r_e = √{S/π} なら、断面が円の場合の半径(内径)がr_eだと思います。断面が円でない場合、r_eは有効半径(effective radius)の意味ではないでしょうか。つまり、円で近似した場合のおよその半径がr_eです。

Δl=0.6r_eは片側の開口端補正だと思います。
開口端補正の長さについては、円管の場合にはレビンとシュウィンガーの厳密解があり、Δl≒0.61r_eです。
一般の断面の場合については、私の知る限り、まだ厳密解は得られていません。ですので、ご紹介の式は、円管の場合から類推した推測式だと思われます。

断面積を測定されるなら、管内に水を入れて、容積を計ってみてはどうでしょうか。

式f=(C/2(L+Δl))×nは、波長λと振動数fと波の速さCの間に成り立つ関係
   f=C/λ
において
  λ=2(L+Δl)/n = n倍振動の波長
の場合です。
(定常波の絵を書くと一目瞭然なのですが…)

以上は粘性を無視した場合の話です。粘性の影響を考えると、開口端補正はもっと長くなります(というのが私の説です)。

投稿: wave of sound | 2005.07.16 23:44

興味深く読ませていただきました。といっても数式の理解はいまいちな者です。超音波距離計をあてると開口までの距離がかなり正確に出るので、反射が納得できます。開口に腹がきっちりできる定常波では(1/4波長の管では)管壁の影響で外へ仕事できず音は聞こえない。音叉つき共鳴箱の胴の長さは1/4波長より短くなっている。幼稚な私見:振動に合わせて定常波はできる。この振動が回りの空気を振動させるためには、管壁の影響を少なくするため腹が管外にできる定常波。外へ出すぎると気柱を形成できない。・・・・私は、数量的な表現はまったくできないので、イメージだけです。
情報がありましたらよろしく。

投稿: 野呂茂樹 | 2007.05.12 07:46

音叉の共鳴箱の長さは、開口端補正も考えて決めてあるのですね。ほとんど実験をしたことのない私には、経験に基づくお話は興味深いです。
「外へ出すぎると気柱を形成できない」の部分は、「腹が外にできるタイプの共鳴はするけれど、そのピークがとても小さくなる」と読み替えますと、私のイメージとも一致します。

ところで、超音波距離計をあてると、反射は、開口の外側のどのくらいの距離で起きますか。超音波の波長はとても短いので、内径によらず、ほぼ開口の位置で反射しそうですが、やはりそうですか?

P.S. 開口が腹になることのイメージですが、最近気に入っている説明は、圧力変化を考えるものです。節では、変位はゼロだけど圧力変化は最大。腹では、変位の変化は最大だけど圧力変化はゼロ。開口のところは、外気(圧力=一定)とつながっているので、大雑把には圧力変化のない腹になる。でも、実際には開口のところでも少しは圧力が変化するので、その分が開口端補正として見える、というものです。

投稿: Wave of sound | 2007.05.12 18:24

私は、以前から趣味のスピーカー自作(設計を含む)に勤しんでおります。
その中で、バックロードホーン スピーカーなどでは、管の終端部がいきなり大気に放出されますので、終端部を不連続点として考え処理してまいりました。
バックロードホーン スピーカーと言っても共鳴管動作が含まれると考えられ一筋縄ではいかないものです。
体感的には、開口部を開きすぎる(エクスポネンシャルで計算)と空振り現象が起き低音を稼げません。
ですが、終端部を絞っていくと低音が出始めます。
計算上での音の出方と終端部の処理の仕方が合わない事も視聴で感じておりました。
又、低音を稼ぐために管内に抵抗を持たせ、音を粘性流と仮定して実験したこともありますが・・・
今回、先生のBlog(気柱 1 はじめに)を初めて読まして戴き、昔から悩んできたことに一条の光が見えたような思いです。
Thank you very much!

投稿: Sasha | 2011.08.19 17:04

Sashaさま

お返事がたいへん遅くなり申し訳ありません。興味深いコメントをありがとうございます。当ブログの記事をなにかのヒントにしていただけたようでうれしいです。

Blogを拝見しました。 スピーカー(それもバックロードホーン スピーカー(恥ずかしながら初めて聞きました)はなんだか職人技のかたまりのような…)を自作しておられるのですね。

「小生は人間の感性が基本で測定器(F.F.T.)は当たりを付ける道具と考えている」

のところで思わず、そうだそうだ、とうなずいておりました。

WSも「小生は物理的直観が基本で数式は事後確認の道具と考えている」と書ければうれしいのですが、残念ながら最近は、自分の直感のあやうさをあとで反省することが多いようです。

管の開口端補正については

・現実の管は、無限に長い管と共鳴器という2つの中間に相当している
・空気の粘性を無視して無限に長い管を考えるレビンとシュヴィンガーの理論値は、粘性を考慮すると、エネルギー散逸のために修正を受けるだろう
・管内でのエネルギー散逸には、もしかすると「乱流的なもの」が関係しているのではないか

といった点を念頭に、もう一度ゼロから考え直してみたいと思っているところです。

投稿: Wave of sound | 2011.09.04 11:42

この記事へのコメントは終了しました。

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