日本の財政赤字(1)景気拡大に伴う長期金利の上昇は心配しなくてよい
あけましておめでとうございます。
今年のブログは、日本の累積債務と長期金利の話から始めます(*1)。
■ある「俗説」
皆さんは次のような主張をどこかで見かけたことはありませんか。
「景気が良くなれば国内の金利が上がるから、数百兆円にのぼる政府や都道府県の借金(累積債務)の利払いが増える。仮に債務残高を500兆円とすると、1%金利が上昇すれば利払いが5兆円も増える。だから(たとえば財政出動や減税などの手段で)景気をよくするなんて論外だ。」
こうした主張を本気で行う経済の専門家がいるとは思えませんが、一見もっともらしい「俗説」であることは事実です。そこで今回はこの「俗説」が誤りであることを、近年の日本経済のデータに基づいて論じたいと思います。
まず最初に要点を述べます。この「俗説」の誤りは、景気拡大に伴って金利が上がるときには、税収も増えることを見落としている点にあります。税収が増えるのは、景気がよくなると国全体の経済規模(GDP)が拡大するからです。
GDPが1%増えると長期的には税収は1%増えます。短期的には1%どころか、もっと増えます(税率には累進性があるため。ただし、景気が悪くなるときには逆に、GDPより大きな割合で税収は減ります)。
というわけで、景気拡大期には、金利負担の増加より税収の伸びの方が大きいので、利払いの負担感は年々軽くなります。景気拡大に伴う金利上昇を心配する必要は全くありません。そうした心配は杞憂です。
■ドーマーの定理
さて、このあたりの事情は、財政学における「ドーマーの定理」というものが語ってくれます。この定理は
「GDPの名目成長率が長期金利を上回っていれば、累積債務は持続可能である」
というものですが、近年の日本では、名目成長率が長期金利を上回っている、というこの定理の仮定が満たされているのかどうか、を検証してみましょう。
図(クリックで拡大)
図は、1981年から2005年までの25年間の、毎年の日本経済の名目成長率(横軸)(*2)と長期金利(縦軸)(*3)の推移を示したものです。たとえば赤字で「93」と添えた点は、1993年の値を示しています。
2つの大きな景気後退期(=左下がりの時期)が見て取れます。バブル崩壊後の景気後退(1990年〜1993年)と消費税率引き上げ後の景気後退(1996年〜1998年)です。このいずれにおいても、景気後退期には、
名目成長率が2%下がると長期金利が1%下がる
という、明瞭な関係が見られます。
景気拡大期(=右上がりの時期)には、そのような明瞭な関係は読みとれませんが、それでも、景気拡大の始点と終点を比べれば
名目成長率が2%上がると長期金利が1%上がる
という関係がみられます。とくに、長期金利の上昇幅が名目成長率の上昇幅を超えることはありません。
このデータが示しているのは、累積債務が持続可能であるためには、経済が成長するほうが有利だ、ということです。いいかえると、「長期金利を名目成長率が上回る」というドーマーの定理の仮定が満たされるようにするためには、経済規模を拡大するべきなのです。
期限までのプライマリーバランスの回復という目標を立てたところで、累積債務が持続可能になるわけではありません。消費税増税などの個人消費を減退させる財政政策は、経済規模を縮小してしまうので、かえって財政赤字と累積債務問題を深刻にするだけです。
■本当に必要なのは消費性向を上げること
おまえは、(財政出動による)景気拡大によって名目成長率が長期金利を上回るようにできる、と主張しているけど、上の図をみたら、景気拡大期の終点である1996年とか2005年とかでも、名目成長率が長期金利を0.5%ほど上回っているだけだ。しかも、すぐに名目成長率が長期金利より低い領域に戻ってしまっているではないか。結局、財政出動は無駄なんじゃないの?
こんな声が聞こえてきそうです。この声はある意味では正しい。日本経済のパラメータが現状のままなら、おそらくその通りでしょう。
実は、財政出動で累積債務を持続可能にできるかどうか、には、消費性向と投資性向が深く関係しています。日本経済のパラメータが現状のままなら、財政出動や減税はおそらく無駄になるでしょう。
しかし、現在、約65%である消費性向が3〜4%上がれば、財政収支は均衡します。もし、消費性向が5%上がって70%となり、1970年代の水準に戻れば、財政収支は確実に大黒字になります。
増税とか減税とかの目先の帳尻合わせをいくら行っても、財政赤字や累積債務の問題は解決できません。本当に必要なのは、消費性向などの日本経済のパラメータを変える政策(再分配政策)なのです。このあたりの詳しいことは、1年ほど前に拙ホームページにて考察しました。よろしければご覧下さい。
--- 注 ---
*1) 少し前に、次回は話を自然科学に戻して大気電場と雷の話をする予定と書いておきながら、遅れています。WSの仮説を検証する数値計算を試みたのですが、その結果が直観に合わない部分を含んでいるためです。もうしばらくお待ち下さい。
*2) こうした議論では従来、GDP(国内総生産)の成長率を考えるのが一般的です。しかし、ここでは、GDPに海外からの所得の受取を加えたGNI(国民総所得)の成長率を用いています。それは、近年の日本経済では、海外からの所得の受取が貿易収支の黒字(約8兆円)に匹敵するほど多くなっているため、GNIの方が国の経済規模を適切に表すと考えたためです。
*3) 長期金利=10年物国債の利回り
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