日本の財政赤字(4)ガソリン暫定税率廃止でほかの税収は1.9兆円<増える>のですが...誰も言わないね
次の主張は本当でしょうか?
「ガソリン税(揮発油税など)に上乗せされている暫定税率をやめれば、国と地方をあわせ、約2兆7千億円の財源が不足する」
確かに単純計算ではそうなるのですが、この主張には大きな見落としがあります。暫定税率がなくなればガソリンが安くなるので、その分のお金で他の買い物をすることができる。その需要喚起により景気が良くなり、ほかの税収が増える効果を見落としています。
■暫定税率を廃止すれば、以下のような好循環がおきます。
減税により、可処分所得が増える
→ その分、所得に余裕ができるので、個人消費が増える
→ モノが売れるので、民間投資が増える
→ 利益や給与が増える
→ 可処分所得が増える
→ (2行目以下の繰り返し)
ひとことで言えば景気がよくなる。その結果、ほかの税収が増えます。どれくらい増えるのかは前回紹介したモデルで簡単に試算できます。
消費性向を0.70、投資性向(=個人消費に対する民間投資の割合)を0.33、平均税率(=GDP約500兆円に対する税収の割合)が暫定税率廃止により0.15から0.1446に減るとして計算すると結果は次の通りです(*1)。ただし、道路は計画どおり作り続ける(あるいは、道路の代わりに別のことに支出する)として、政府支出の総額は減らさないと仮定しています。
<ガソリン税暫定税率廃止の効果>
GDPの増加:13.1兆円
(内訳:個人消費 +9.8兆円
民間投資 +3.3兆円
政府支出 変化なし)
税収の変化 :8100億円の減少
単純計算では不足する財源は2兆7千億円ですが、上でのべた需要喚起の効果により他の税収が1兆9千億円増えるので、正味の税収の減少は約8千億円ですみます(*2)。不足する財源は2兆7千億円ではなくて、8千億円なのです。このあたりは経済学(マクロ)のごく初歩の議論なんですが、誰もちゃんと言わないですね。
8千億円は日本のGDPの0.2%にも満たない金額です。ひと月3万円の小遣いのお父さんにたとえれば、わずか68円です。子供に68円のおやつを買ってやらない親がいるでしょうか。
このくらいなら、米国の信用バブル崩壊に伴う景気対策もかねて、国債発行してまかなっても良いんじゃないの? と思うんですけど...。国民にとって干天の慈雨となるこの程度の少額の財政出動を、なぜバラマキと批判する人がいるのか、全く理解できません。
■大阪府知事選の結果をどう見るか
先日の大阪府知事選では与党候補が勝ちました。その大きな理由は、与党がマスメディアを動員して「野党は財源のあてもなく暫定税率廃止と言っている。頼りない」という印象を国民に与えることに成功したからではないか、とWSは思っています。
A. 「暫定税率を廃止すると税収が2.7兆円も減って地方が大変」というはわかりやすいけどウソの話。
B.「暫定税率を廃止すると税収は約8千億円減るが、景気が良くなって所得が増える」というのはわかりにくいけどホントの話。
与党も野党も、A.とか埋蔵金の話のような感情を煽りたてる路線じゃなくて、B.のようなまじめな話をていねいに語ってほしいと思います。
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注 *1) 今回は簡単のため、消費税のように税収が個人消費に比例する税を分けて扱わないで、税収総額がGDPに比例するという単純なモデルで計算しました。
なお、税収が8100億円減る、とか、GDPが13.1兆円増える、というのは、すぐに翌年の税収やGDPがそうなる、という意味ではありません。税率変更に伴い、数年間は税収やGDPはバタバタと振動しますが、やがて落ち着く。その水準のことを言っています。
*2) 輸入によって、購買力が海外へと流出する漏れの効果はここでは考えていません。それを考えると、GDPの増加は1割くらい少なくなります。しかし、税収を増やす効果で今回無視したもの(*3)もあります。それらを合わせると、8100億円の税収減という試算はほぼ正しい、とWSは考えています。
*3) GDPの増加に伴って税収が増えますが、今回はGDPと税収の比率が一定値(=平均税率)に保たれる、と仮定しました。実際には経済成長に伴って、GDPが増えるより速い割合で税収は伸びます。両者の比は「税収の弾力性」と呼ばれます。
今回の試算は、税収の弾力性を1.0と仮定したことに相当しています。政府の想定はもう少し高くて1.1ですが、これでもかなり過小な見積もりになっている可能性が大です。実際、安倍内閣のときには、見込みより税収が大幅に増えて(約4兆円の増)うれしい誤算となりました。
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(2008.1.30付記)「誰も言わない」と冒頭に書きましたが、経済アナリストの森永卓郎さんがすでに、景気対策としての上乗せ税率の廃止という観点から「絶好の景気対策、暫定税率の廃止」と題する記事を書いておられました。
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