日本の財政赤字(7)景気が良くなると長期金利が上がるってホントなの?
生活が楽ではないという多くの国民の声にもかかわらず、なぜ、減税や財政出動などの景気対策をできない(しない)のでしょうか。
その理由として、対策で景気が良くなると長期金利が上がり、国や地方の借金の利払いが増えて困る、という「説明」があります。この「説明」が=あやまり=であることを、これから2回にわたって説明します。
今回は、景気がよくなる(=GDPが増える)とどのくらい長期金利が上がるのかを、過去のデータにもとづいて調べます(先に結果を述べますと、ほとんど上がりません。名目成長率が1%上がると金利が0.2%上がる程度)。
次回は、景気が良くなると累積債務よりGDPの方が速く増えるので、債務のGDP比率はむしろ小さくなるのだ、ということを、今回の結果をもとに説明する予定です。
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ではまず、景気と長期金利の関係を四半期データで調べましょう。図1は1995年第i期(1-3月期)以降の、日本の名目GDP成長率(前年同期比、横軸)と長期金利(10年国債利回り、縦軸)の関係を示しています(*1)。
図1 (クリックで拡大)
最初にパッと見の印象を述べますと、全体としてみれば、成長率が大きいほど長期金利が高いように見えます。しかし、1998年以降は成長率と長期金利にあまり関係がない、また、1995年から1997年にかけてはむしろ、成長率の上昇とともに長期金利は低下していることがわかります。
より客観的な分析をするために、直線y=ax+bを当てはめます(回帰分析)。ここで成長率をx、長期金利をyとしています。
傾きaは、成長率が1%増えたときに長期金利がいくら上がるか、を示し、切片bは、成長率とは無関係な長期金利の水準(成長率がゼロのときの値)を表します。
ただし、固定した直線で全期間のデータを表すことには、かなり無理があります。そこで、時間経過とともに、直線を連続的に動かして当てはめます。つまり、傾きaや切片bは定数ではなくて、時間とともに少しずつ変わると考えます。その変わり方が一番なめらかになるように、各時点での直線を決めるわけです(*2)。
次の図は、切片にくらべて傾きはあまり動かないという条件(ゆらぎの比=0.01)をつけて、傾きと切片が変わるようすを求めたものです。傾きはほとんどゼロのまま動きません。つまり、この場合には長期金利は成長率とほとんど無関係です。
図2 (クリックで拡大)
次の図は、切片にくらべて傾きがかなり動くという条件(ゆらぎの比=1.0)をつけて、同様に求めたものです。こんどは傾きもいくらか動きますが、やはりゼロの近辺をウロウロしています。傾きはいくら大きくても0.3を超えないとみなせます。
図3 (クリックで拡大)
図2と図3のいずれが実際の長期金利のデータをよく説明できるのか。それは対数ゆう度という量を比較するとわかります。対数ゆう度が大きいほど当てはまりが良好です。良いのは図2のほうです(見た目でも図3の誤差は大きく、当てはまりが悪いことがわかります)。少なくとも1995年以降は、長期金利は成長率にほとんど無関係です(*3)。仮に成長率が大きいほど長期金利が上がるという関係があるとしても、その傾きはわずかで、0.3を超えません。
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これまでの考察からわかるのは、1995年以降のある時期に長期金利の目立った上昇があったとしても、その原因は景気拡大ではない、ということです。それを具体例で確かめてみましょう。
図1を見ると、1998年10-12月期から1999年1-3月期にかけて長期金利が1%ほど上がっています。また、2003年の1-3月期から同年4-6月期にかけても1%弱上がっています。
前者は、長銀の破綻処理に伴う安心感から、国債に逃避していたマネーが株式などに流れ、金利が上昇しました。また、後者は、ITバブル崩壊後の米国経済の底打ち感とイラク戦争の早期終結観測(当時)から先行きの見通しが好転し、同様なマネーの流れが起きたためです。いずれも、特殊要因による金利上昇でした。実体経済の景気拡大が原因ではありません。
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このように1995年以降のデータで見る限り、景気がよくなっても長期金利はほとんど上がらないようです。これは、バブル崩壊後の特殊な関係なのでしょうか、それとも、バブル以前にもそうであったのでしょうか。
それを調べるために、1980年以降の年次データで同様な考察を行ってみます(*4)。
図4は傾きがあまり変わらないと仮定した場合、図5は傾きがかなり変わると仮定した場合です。対数ゆう度の大きい図4の方がより良い推定となっています(*3)。
図4 (クリックで拡大)
図4から、傾きは0.2程度であることがわかります。成長率が1%増えても、長期金利の上昇は0.2%にすぎません。
図5の推定はあまり良くありません。それは、図の左側で切片の推定誤差がとても大きいことからもわかります。図の右側は多少は信用できるかも知れませんが、傾きは最大でも0.5程度です。
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以上の分析からWSは、「現在、名目成長率が高くなっても長期金利はそれほど上がらない。成長率の1%の増加につき金利は平均で0.2%、最大でも0.5%上がるにすぎない」と結論します。
理屈を述べると、たぶん、次のようなことが起きています。
景気がよくなれば、マネーは国債よりも、より収益性のある株式や社債に流れる、つまり、国債の価格は相対的には低下(金利は上昇)します。しかし、株式などの価格は絶対的には上がります。価格の絶対的な上昇が、国債価格の相対的な低下を打ち消すので、実際の国債価格はそれほど落ちない(金利が上昇しない)のです。ひとことで言えば「日本買い」が起きるのです(買い手は日本人でもかまわない)。
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では今回はこれで。
次回は、景気がよくなると債務のGDP比率が低下することを説明する予定です。
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注 *1) 名目GDP成長率は国民経済計算平成18年度確報のデータ、長期金利はEurostatの月次データを平均。なお、グラフで1997年始めの右側への異常な突起は、消費税率引き上げ(3%→5%)時のかけこみ需要とその反動の影響。
*2) a、bについてそれぞれ1次のトレンドモデルを仮定し、2次元の状態空間モデルで誤差の分散(観測誤差を含めて3つ)を最ゆう法で推定。
*3) ゆらぎの比が0.001、0.0001と小さくなるほど、当てはまりが良くなりますが、対数ゆう度の改善はわずかです。傾きと切片の推定結果も、ゆらぎの比が0.01の場合とほとんど同じです。
*4) 図1と同様な、1950年代からの年次データのグラフは、小生のHPの第3節と第4節にあります。
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