日本の財政赤字(8)名目成長率が4%超なら累積債務は持続可能になる
ついに米国では実質金利がマイナスの時代に突入したようです。こんなときに「経済成長」について語るのはちょっと気が引けます。しかし、逆にこんなときだからこそ、20年先、30年先を見た長期的な視点で日本の累積債務の問題を考えたいと思います。あの1929年から始まった世界大恐慌でさえ、10年後には各国は克服していたのですから(*1)。
前回みたように、日本の長期金利は、名目成長率が高まってもほとんど上がりません。名目成長率が1%高まると長期金利が最大で0.5%上がるくらいです。
今回はまず、この事実をさらに他の国のデータで裏づけます。そのあと、名目成長率が4%超なら、経済規模が債務残高より速く大きくなるので、累積債務が持続可能になることを説明します。
■各国の名目成長率と長期金利の関係
図1 (クリックで拡大)
上の図は、2001年から2005年までの各国の名目GDP(国内総生産)の平均成長率と平均長期金利の関係を示しています(*2)。
名目成長率が大きいほど長期金利が高い傾向があります。高くなる割合は、成長率の1%の増加につき、金利が0.5%上がるくらいです。
成長率が4%以下の4カ国(日本、ドイツ、イタリア、フランス)は、成長率より長期金利が高くなっています。これらの国は、もしこの傾向がずっと続くならば、累積債務が発散してしまい、持続可能ではありません(ドーマーの定理)。
一方、成長率が4%以上の国(英国、米国、カナダ、韓国、オーストラリア)では、成長率が長期金利を上回っています。この傾向がずっと続くならば、これらの国の累積債務は持続可能です。
■モデル国の長期金利についての仮定
以上の分析と前回の分析をもとに、成長率と長期金利の間に次の表に示した関係が成り立つと仮定して、今後のモデル国(日本を念頭に…)の債務残高の推移が、経済の成長率によってどのように変わってくるのかを調べてみます。
名目GDP成長率 長期金利
1% → 2%
3% → 3%
5% → 4%
7% → 5%
ドーマーの定理によると、表の場合、成長率が3%を超えると債務は持続可能、3%以下なら持続不可能となるわけですが、それを以下で具体例で見てみます。
■この先30年間の債務残高の推移のシミュレーション
次のようなモデル国で成長率が一定の場合に、今後30年間の累積債務がどうなるか。4つの成長率(1%、3%、5%、7%)の場合を考えます。
<2007年のモデル国の経済状態>
・名目GDP 500兆円
・累積債務残高 500兆円 (*3)
・財政赤字 10兆円 + 純利払い
内訳 基礎的財政赤字 10兆円
純利払い 債務残高 × 長期金利
<今後のモデル国の財政についての仮定>
・毎年の基礎的財政赤字 = GDPの2% (*4)
・毎年の純利払い = 債務残高 × 長期金利 (*5)
・長期金利は成長率で決まると仮定(上の表)
【注:つまり、基礎的財政収支の黒字化は前提としません】
■名目GDPのこの先30年間の推移
まず、名目GDPの推移から見てみます。当然、成長率が高いほどGDPの伸びも大きくなります。
図2 (クリックで拡大)
成長率が5%なら15年後の2022年にはGDPが1000兆円を超えます。つまり、GDPが2倍になる。国民の年収の平均も2倍になる。どこの国でも当たり前のことですが、この15年、日本だけが例外でした。昔も今も、「GDPを約500兆円として…」で通用するんですから、泣けてきます。
■債務残高のこの先30年間の推移
次に債務残高の推移です。毎年の財政赤字と債務にかかる利息のために、債務残高はごらんのように増加します。
図3 (クリックで拡大)
ワー、大変だ。借金を返さなきゃ破産しちゃう!と思いますか?
いいえ、心配は無用です。あなたに借金があるとして、それが仮に2倍に増えても、もしその間にあなたの給料が5倍になっていれば、むしろ負担感は軽くなります。
つまり、大事なのは債務残高そのものではなく、債務残高のGDP(経済規模)に対する比率です。その比率の推移は次のようになります。
■債務残高のGDPに対する比率のこの先30年間の推移
図4 (クリックで拡大)
債務残高は成長率が高いほど大きくなっていました(さきほどの図3)。債務残高のGDP比率は逆に、成長率が高いほど小さくなっています(図4)。たとえば成長率が7%の場合だと、経済規模の拡大スピードが速いので、債務残高の増加をほとんど打ち消してしまい、債務残高のGDP比率はほとんど増えません。
成長率が低いと債務残高のGDP比率は発散しますが、成長率が高いと発散せず、一定の値に限りなく近づいていきます。その分かれ目の成長率は3%です。債務が持続可能となるためは、成長率を3%より高くする必要があるのです。もちろん、4%よりは5%、5%よりは6%がベターです。
■成長率を高めることが累積債務を持続可能にする
緊縮財政や増税といった政策では成長率が低迷してしまい、累積債務は持続可能になりません。日本には「シゴキ構造改革」と「緊縮財政と増税」が必要であるという「コウゾウ_カイカク_真理教」のマインドコントロールから心を解き放たなければなりません。
成長率を高め、経済規模を大きくすることが、累積債務問題の唯一の解決策です。そしてそれは明るい未来を描き出します。
上の試算では、政府支出が毎年GDPと同じ割合で増える、と仮定したことを思い出して下さい(*4)。成長率5%で政府支出(地方財政や年金の純支払いを含む)が100兆円ならば、これは毎年5兆円ずつ(15年後には10兆円ずつ)使える予算が増えるということです。この5兆円は、毎年1兆円ずつ増える社会保障費の他に、教育や医療、住宅、環境分野に振り向けることができます。5年後には大学院までの高等教育の無料化(年4兆円で可能)、15年後には医療や介護の無料化(年50兆円で可能)が視野に入ってきます。
経済成長は科学や技術の発展の必然的な結果です。少しの知恵と想像力、他者の困難への共感さえあれば、その恩恵を社会全体が享受することが可能なはずです。
明治以来100年間の日本経済の成長率の観察、そして、失業率の観察(オーカン(オークン)の法則)のいずれからも、日本の潜在成長率が実質で最低でも3〜4%であることが推定されます。インフレ率を1%とすれば、名目で4〜5%の成長率です。政府は、経済の円滑な運行を助けるインフラであり、経済が5%成長するとき、政府支出も5%大きくなるのが自然です。もしそれにあわせて政府支出を大きくしなかったら、さまざまな機能不全が起き、経済は潜在的には可能な成長を実現できません。現在、日本経済が成長しないのは構造改革が足りないからではなく、=政府支出が不足=しているからです。意外に思われるかも知れませんが、これが事実です。
いまこの瞬間にもこの国で、がんの治療法を発見すべく生まれてきた未来の北里柴三郎や、未来のアインシュタインが、経済的理由で大学進学をあきらめているかも知れません。なんという大きな損失でしょうか。
そして、それをなくすことは、完全には無理でもほとんどなくすことは、適切な経済政策の選択によって可能です。政府の仕事は、民間企業のイス取りゲームにプレーヤーとして参加することではなく、世の中のイスの数を増やすことです。政府支出を潜在成長率と同じスピードで増やせば、内需が盛り上がって消費が増え、民間投資が拡大し、給料が増え、好循環が始まります。それをすることこそ、国民から選ばれた政治家の仕事ではないでしょうか。ぜひ大胆な政策転換を行っていただきたい、とWSは願います。
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注 *1) 戦争という「公共投資」を行ったからだ、と言われれば、そうかも知れません。ただ、公共投資の対象は軍備でなくてもよかったはず。
*2) 長期金利は外務省HP(および、検索エンジンのキャッシュ)。名目成長率は総務省HPの「3−2 国内総生産(名目GDP,各国通貨表示)」。韓国とオーストラリアのみ、2003〜2005年の平均を使用(データが一部入手できなかったため)。
*3) 現在の日本の場合、粗債務が約800兆円あるのに対し、政府の金融資産(年金基金の積立金など)が約500兆円あり、差引の純債務は約300兆円です。しかし、年金基金はやがて取り崩されて減るから、粗債務から引いてはいけない、という意見もあります。ここでは文句が出ないようにざっくりと、純債務を多めに500兆円と仮定しました。
*4) 基礎的財政赤字、つまり、利払いを除いた財政赤字( = (利払いを除いた)政府支出 − 税収)は、GDPが500兆円なら、その2%で10兆円。GDPが1000兆円なら、その2%で20兆円と仮定しています。
基礎的財政赤字をつねにGDPの2%である、と仮定するわけはこういうことです。GDPが増えたとき、税収は長期的にはGDPと同じ割合だけ増えます。そこで政府支出もGDPと同じ割合だけ増やす、のが自然です。すると、基礎的財政赤字はGDP比2%に保たれます。
税収が増えたときに、同じだけ政府支出を増やさなかったら、民間部門の所得を政府が奪うことになります。民間の可処分所得が減って消費が減り、国の経済が縮小してしまいます。不況突入です。このあたりが、家計(や企業)と国の財政の違いです。財政の場合、歳出削減のマイナスの影響を忘れることはできません。
悪影響(失業の増加とか、医療や社会保障の劣化など)が深刻なら、基礎的財政収支の黒字化という目標を追うべきではありません。それに、上の例からもわかるように、成長率が長期金利より高ければ、黒字化しなくても債務は持続可能です。
*5) たとえば、純債務が500兆円で長期金利が2%ならば、純利払いは10兆円になります。
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コメント
2008年3月末時点での国債・政府保証債の残高は849兆円でした。この3月末は860兆円を突破しているでしょう。つまり、既に対GDP比率で160%を超過している状況です。。。しかし、上記の記事を拝読してみると、日本の経済成長が3%で持続した場合で2037年に160%に達するグラフがありました。この点につき書かれている内容に疑問です。また政府として肝心なプライマリーバランスを達成する時期として2018年に先延ばししている体たらくです。挙句の果てに現在議論されているのは、日本国民の無知をいいことに、相続時非課税を人参としてぶら下げて、無利子国債の発行により資産家の円資産をまた国の無駄遣いに利用しようとしています。
この点どのような見解をお持ちでしょうか?
投稿: ゆうすけ | 2009.03.20 11:09
ゆうすけさん、こんにちは。
政府債務のGDP比率についてのご質問ですが、粗債務と純債務を区別する必要があります。粗債務とは借金のことで、純債務とは借金から貯金を差し引いたもののことです。
ゆうすけさんは粗債務で考えておられますが、WSは純債務で考えています。 利息負担などの面から見て、累積債務が持続可能かどうかを決めるのは後者だからです。
たしかに、平成19年度国民経済計算確報のストック編
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h19-kaku/19si3_jp.xls
を見ますと、国と地方などを合わせた一般政府の負債は2007年末(暦年末)で926兆円(内訳は、株式以外の証券727兆円、借り入れ187兆円など)となっており、GDPの2倍弱になっています。ここまでは粗債務の話です。
しかし、同時に政府は社会保険料の積立金などの資産も保有しており、金融資産は計553兆円(内訳は株式以外の証券125兆円、株式・出資金119兆円、現金・預金102兆円など)にのぼります。 これらの金融資産からは利息や配当が入ってきます。
すると差引の純債務は373兆円(=926兆円マイナス553兆円)で、GDP比7〜8割くらいということになります。
以上は国と地方などを合わせた一般政府での話です。国だけに限定した場合、少し古いデータですが、2003年3月末の日本の純債務の名目GDP比率は48%(推定)で、米国44.0%、ドイツ47.1%、英国39.7%(いずれも99年)と同水準となります。このデータについては、あとで紹介する経済コラムマガジンさんの記事をごらん下さい。
こうした事情を踏まえて、記事では2007年段階での純債務を大雑把に500兆円と仮定して議論しました(記事末尾の注の*3もご覧ください)。 やや多めに仮定したつもりです。
(脱線ですが、政府は土地や建物などの固定資産も保有しています。これらの非金融資産は計489兆円ありますから、正味の資産はプラスとみることもできます。)
*
プライマリーバランスの回復を目指すことは、財政再建にとって絶対に必要なわけではありません。場合によっては有害ですらあります。 このあたりは、話すと長くなるので、以下の拙論をご覧いただければ幸いです。
日本の財政赤字と累積債務の持続可能性 http://waveofsound.hishaku.com/zaisei/zaisei0.html
経済コラムマガジンさんの以下の記事もおすすめです。
プライマリーバランスの話 http://www.adpweb.com/eco/eco500.html
日本の財政が危機という大嘘 http://www.adpweb.com/eco/eco371.html
*
最後に、「相続時非課税を人参としてぶら下げての無利子国債の発行」はWSも公平性の観点からみて反対です。
短期的には、消費税の廃止と、国債の日銀引き受けの増額(あるいは政府紙幣の発行)を財源とする未来型公共投資。 中長期的には、所得税および資産税の累進性強化が望ましいと考えています。
投稿: Wave of sound | 2009.03.20 21:46