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意外にも手厚い社会保障が消費性向を引き上げる米国

前々回の記事のコメント欄で、HMさんから、米国では高所得の家計ほど消費性向が高いようですが、という指摘をいただいて、コメントのやりとりがありました。

これ、ものすごくスルドイ指摘なのです。

WSは、所得の再分配によって個人消費を盛り上げれば、民間投資が増え、給料が増え、また消費が増えて、と言った具合に好循環のループが回り始めて内需が盛りあがる。そうすれば、財政赤字やワープアや少子化をはじめとする諸問題が解決に向かう、と主張してきました。

低所得の家計は収入のほとんどすべてを消費にまわす。でも、高所得の家計はあまり消費に回さずにかなりの割合を貯蓄する、ということがその根拠です。もし、米国の家計ではそれが成り立っていないなら、(少なくとも米国については)主張の土台が崩れてしまいます。

でも、米国では1990年代にクリントン政権が再分配を強化して、好景気に導いたという経験もあります。これはWSの主張を裏付けているように見えます。

いったい、「米国では高所得の家計ほど消費性向が高い」というのは本当なのだろうか。それを調べていくなかで、どうも資産効果が高所得層の消費性向をかさ上げしているらしい、ということがわかってきました。

今回の記事では、前半にそのお話をします。でも、実はもっとお話ししたいことが別にあります。

調べていくなかで、じつに不思議な事実が浮かび上がってきました。米国では低所得の家計は収入よりおそろしくたくさん支出しているのです。いったい、どうしてそんなことが可能なんだ?

米国には1975年から実施されている事実上の負の所得税(EITC:Earned Income Tax Creditという戻し税。ワープア解消が目的)があって、なんと4〜5割の家計は実効税率がマイナスなんです。意外にも米国は低所得層にやさしい国であることがわかりました(*3)。こういうセーフティーネットがあった上での =市場原理至上主義= の国だったのですね。この話が後半の主題です。

「米国は社会保障が充実した国である。低所得層の実効税率を大きなマイナスにすることで、事実上の急激な累進所得税制を敷き、個人消費を盛り上げている。そのおかげで株価等があがって資産が増え、それが高所得層の消費も引き上げている」ということがわかりました。目からウロコの発見でした。

まあ、そんなキリギリスさんを海の向こうからアリさんが支えてきた、という影の部分もあるわけで、上述のコメント欄ではHMさんとそんなお話もしました。しかし、今回は、光の部分に焦点をあてます。


■日本と米国の消費性向を比較する

図は日本と米国の家計の消費性向を比較したものです。家計の年収別に5つの区分にわけて示してあります。ソースは、日本については家計調査の年報(勤労者世帯)、米国については、FRBのレポート(Maki and Palumbo, p25 Table2A)です。

消費性向とは、家計の年収から税や年金・社会保険料などを差し引いた可処分所得のうち、消費にまわる割合のことです(*1)。

Cons_ratio
図 (クリックで拡大)

まず、日本にくらべて米国の家計の消費性向はすごく高いですね。日本(オレンジ色)が7割弱から8割強であるのに対し、米国(青色)は9割を越えています。収入のほとんどを使っている!

もう一つ、重要な特徴として、日本では高所得の家計ほど消費性向が低いのに、米国では逆に、所得が増えるほど消費性向が高いようです。いったい、どうなっているのでしょう。


■資産効果をのぞくと、高所得層の消費性向は低い

米国の高所得家計の消費性向が高いのは、資産効果が原因と考えられます。所得が同じでも、資産が多いと消費支出が多くなる傾向があるからです。

全家計の可処分所得の総計や純資産額の総計と、消費支出の総計を時系列で調べて、資産効果を推計したレポートがあります。それによると、純資産の可処分所得に対する割合が10%増えると、消費性向は0.52%上昇するようです。
住友信託調査月報 2006.7 図5

この関係が各家計にもあてはまると仮定すれば、資産効果をのぞいた消費性向が計算できます。それが上の図の緑色の棒グラフです(*2)。

高所得層は純資産が多いので、資産効果をのぞくと、消費性向はぐっと落ちて6割弱になることがわかります。中・高所得層については、資産効果をのぞいた消費性向は、収入が増えるほど下がる、といえます。これが、クリントン税制による再分配で、景気が拡大した原因であると思います。

低所得層については、興味深いことに、所得が増えるほど資産効果をのぞいた消費性向が高くなっています。この原因はよくわかりませんが、おそらく、自分で稼いだ所得が多い家計は安心して消費するが、収入が少なくて社会保障給付に頼る家計は、消費せずに将来に備えていくらかを貯蓄するからではないでしょうか。とはいえ、実際の消費性向は9割を越えているわけですから、貯蓄するといっても、1割に満たないのですけど。


■米国の急激な累進所得税制---低所得層の消費支出が収入より多いわけ

次の図は、米国の家計の税引き前の収入、消費支出、可処分所得を年収の5区分別に示したものです。(ソースは上述のFRBレポートとhttp://www.bls.gov/cex/csxann00.pdf)

D_income
図 (クリックで拡大)

これを見て驚いたのは、低所得側の4割の家計で年収より消費支出が多く、最下位の2割の家計では大幅に多いことです。こうした消費が可能なのは、収入に社会保障給付を加えた可処分所得が多いからですね。

年収別に、社会保障負担と給付も考えて、実効税率(負担率といったほうがいいかも)を示したのが次の図です。

Tax_ratio
図 (クリックで拡大)

低所得側の4割の家計は、大幅なマイナス税率になっていることがわかります。

社会保障が手厚いので、所得税の最高税率がそれほど高くないにもかかわらず、米国の税制は実質的に急激な累進所得税制になっています。これが、吉越勝之さんが言われるように「需要の増殖を促進する」効果を生んで、旺盛な個人消費をもたらしている(もたらしてきた)のでしょう。

さて、米国ではどんな制度が低所得層の可処分所得を引き上げているか。

それを調べてみると、ワーキングプア解消の目的で1975年に導入された、負の所得税「勤労所得税額控除 (EITC : Earned Income Tax Credit) 」という制度に行き当たりました。これはなかなかよく考えられた制度で、もっと知られてもよいものです。今の日本が必要としている制度である、とWSには思えます。


■勤労所得税額控除(EITC)とは

EITCを簡単にいうと、所得から算出される税額が、控除額に達しないときには、差額分が給付される(つまり負の所得税)という制度です。
参考リンク 
米国の税制、税額控除、低所得者に現金支給、ベーシックインカム
海外諸国における経済活性化税制の事例について, 内閣府 政策効果分析レポート No.12
レポートの要約と図

上記のレポートの図を引用して説明します。

Eitc
図 (クリックで拡大)

たとえば、子供2人以上の世帯では、課税最低限の所得は321万円です(1ドル=100円で円に換算)。

(所得控除なしで計算した)所得がそれ未満の場合には、税額がマイナス、つまり給付されます。所得100万円までは、所得が低いほど給付額は多くなり、所得100万円なら約40万円が給付されます。

所得が100万円より下がると、逆に給付額は小さくなり、所得50万円なら給付は20万円、所得が10万円なら給付は4万円です。これは、働かないで給付だけ受け取ることを防ぐ目的、つまり、就労促進のためです。


■税額控除と所得控除

このEITCの特徴は、所得控除ではなく税額控除であることです。税額控除は低・中所得層にやさしい制度です。

それに対してたとえば、日本の所得税において、社会保険料の控除は所得控除です。所得控除の場合、たとえば30万円を控除するとすると、税率が10%の人なら税金から控除される額は3万円ですが、税率が20%の人なら6万円が控除されます。つまり、高所得者ほど控除が多くなる逆進性をもっています。所得控除のなかには、税額控除に置きかえるべきものが多いのではないでしょうか(*4)。


■手厚い社会保障が盛り上げる米国の個人消費

米国の社会保障には、このEITCのように就労支援目的のものだけでなく、従来からのフードスタンプや困窮家庭一時扶助(TANF)、メディケイド、低所得者住宅支援制度などがあり、それが低所得層の可処分所得を引き上げ、個人消費を盛り上げているようです。

それが資産価格の上昇につながり、資産効果を通じて高所得層の消費も増やす。そんな好循環が米国さらには世界の景気を支えてきました。

日本の場合にも、家計の金融資産だけでも1500兆円で、可処分所得の4〜5倍くらいあります。資産効果がもっと現れてもよいはずです。

ワーキングプアの解消を目的に税制の抜本改革を行い、EITCを2倍くらい手厚くした制度を設けて家計の将来不安を解消すれば個人消費が盛りあがって景気がよくなります。年に10〜20兆円も海外へと流出している資本が国内に戻ってきて、莫大な金融資産が国内で回転を始めます。株価をあがり、資産効果で高所得層の消費も増えます。税収が増え、医療や介護、社会保障も充実します。

EITCに類似した制度を含む、マイナス税率からの実質的に急激な累進所得税制を実現することが、その第一歩です。消費税の廃止は、第ゼロ歩ですね。

追記:

先日の麻生首相の施政方針演説、市場原理至上主義からの決別がはっきりと語られていましたね。非常によかった。部分的に引用します。

>>>>>>
私たちは、この2世紀の間に、2度の危機的状況を経験しました。そしてその都度、自らの生き方を転換し、かつ驚異的な成功を収めたのが日本の歴史です。

1度目は、開国と明治維新です。鎖国で取り残された我が国は、殖産興業にかじを切りました。そして、急速な工業化を達成し、非西欧諸国として唯一、列強の仲間入りをしました。

2度目は、敗戦と戦後改革です。焼け野原になった我が国は、軍国主義を捨て、経済重視に転換しました。そして、世界第2位の経済大国になるとともに、安全で平等な社会を創りました。

今、3度目の変革を迫られています。急速な少子高齢化、新たな格差や不安、資源や環境の制約。そして、時代にそぐわなくなった社会のシステム。これらを乗り越えなければなりません。試練を乗り越えたときに、人は成長します。混乱を乗り越えたときに、社会が進化します。危機は、むしろ飛躍するための好機でもあります。

今回も、私たちが自らの生き方を選び、「この国のかたち」を創ります。目指すべきは、「安心と活力ある社会」です。世界に類を見ない高齢化を社会全体で支え合う、安心できる社会。世界的な課題を創意工夫と技術で克服する、活力ある社会です。

そのために、政府は何をなさねばならないか。私たちは、この点についても既に多くのことを学んでいます。それは、「官から民へ」といったスローガンや、「大きな政府か小さな政府か」といった発想だけでは、あるべき姿は見えないということです。

(中略)しかし、市場にゆだねればすべてが良くなる、というものではありません。 サブプライムローン問題と世界不況が、その例です。

今、政府に求められる役割の一つは、公平で透明なルールを創ること、そして経済発展を誘導することです。

もう一つの政府の役割は、皆が参加できる社会を創ること、そして安心な社会を実現することです。

日本は、勤勉を価値とする国です。この美徳が、今日の繁栄を築きました。それを続けるためにも、高齢者、障害者や女性も働きやすい社会、努力が報われる社会を創ることが重要です。また、競争に取り残された人を支えること、再び挑戦できるようにすることが重要です。

この点において、我が国はなお不十分であることを認めざるを得ません。 日本の行政は、産業の育成には成功しました。 これからは、政府の重点を生活者の支援へと移す必要があります。

国民の安心を考えた場合、政府は小さければよい、というわけではありません。 社会の安全網を、信頼に足る、安定したものにしなければなりません。 中福祉を目指すならば、中負担が必要です。私は、景気回復と政府の改革を進めた上で、国民に必要な負担を求めます。

現在の豊かで安全な日本は、私たちが創ったものです。未来の日本もまた、私たちが創りあげていくものです。過去2回がそうであったように、変革には痛みが伴います。しかし、それを恐れてはなりません。暗いトンネルの先に、明るい未来を示すこと。それが政治の役割です。良き伝統を守り発展させる。そのために改革する。それが、私の目指す真の保守であります。
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首相が明確に市場原理主義を否定してくれるなんて、うれしいですね。時代は変わりました。

でも、大きな疑問があります。 どうしてこの施政方針から消費税率アップが出てくるの? どうして累進所得税じゃないんでしょうか。

北欧諸国もおもに所得税の税収が社会保障を支えています。 消費税では安心と活力ある社会は築けない、とWSは思います。

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注 *1) ここでは、家計の可処分所得のうち、消費にまわる割合のことを消費性向(=家計の消費性向)と呼んでいます。

一方、これまで財政赤字を論じる際にWSが消費性向と呼んでいたのは、ちょっと違います(無関係ではありませんが)。後者は、一国のGDPから税(や社会保障負担)を差し引き、給付を加えたもの(=民間可処分所得といえる量)のうち、個人消費にまわる割合のことです。

GDPから政府が取り残した分(=民間可処分所得)のうち、いくらかが家計の取り分となり、残りが企業へ行きます。さらに、家計の取り分のうちのある割合(=家計の消費性向)が消費に支出されます。WSがこれまで消費性向と呼んでいたのは、この2段階の効果をひとつにまとめたものでした。今回は後のほうの一段階だけ、家計の消費性向だけを考えていますので、念のため。

*2) 米国の家計(2000年)の、純資産の可処分所得に対する倍率は、年収5区分の低所得側から順に、5.123, 4.145, 3.649, 4.171, 8.692です。ソースは前述のFRBのレポート。

*3) セーフティーネットからはずれた「市民権をもたない人」の問題もあるのでしょうけど…

*4) そもそも、国民基礎年金の保険料が定額であることや、国民健康保険の保険料に上限があることは、人頭税のようなものです。低所得者に負担を求める、ひどく冷たい税制(保険料負担)であるという指摘もできるでしょう。他に、キャピタルゲインが分離課税の定税率となっており、総合課税でないことも、高額所得者を優遇し、結果として低所得者に高負担を求める点で冷たい制度であると思います。

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