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所得は努力や才能に比例するか---分布の形からの考察

今回の記事は気が重い。書くのがためらわれます。日本の所得分布の現状と、その再分配という微妙な問題を扱うからです。どう書いても結局は、裕福な方は一時的にその所得の一部を提供して下さい、という話になりますから。これから書くことは10年ほど前から頭の中にあったのですが、書けませんでした。今日、やっと書きます。


■所得再分配の強化を主張する人の論拠

当ブログではくりかえし、日本の財政赤字問題の解決に最も有効な政策は消費性向のアップによる内需拡大であり、そのためには所得再分配の強化が必要である、と述べてきました。マクロ経済面から見た、再分配の勧めと言えます。

べつに、わざわざマクロ経済など持ち出さなくても、ご承知の通り、現状があまりにひどいから、再分配の強化を主張する強力な論拠はあります。憲法25条(生存権)です。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

憲法第11条も書いておくべきですね。

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。


■再分配メカニズムの破壊

ところが、市場原理主義を信奉する人たちは、かつて日本社会に張りめぐらされていた再分配メカニズムを「悪平等」とよび、「努力した人や才能のある人が(所得面で)報われる社会」というキャッチコピーを宣伝して、弱肉強食の世の中へと誘導しました。その結果、年末年始の寒空の下に放り出される非正規雇用の人々、という事態を招きました。

それでもなお、1980年代以降になされた数々の所得再分配に逆行する政策を真剣に反省する声は聞こえず、根本的な方向転換はなされていません(所得税のささやかな累進強化の話は聞こえてきましたが...不十分です。消費税廃止と池田税制の復活が必要です)。むしろ3年後の消費税増税を条件付きで約束するなど、これまでの弱肉強食社会への流れをさらに進める方向のようです。


■ハートが干からびた人々に捧げる、所得再分配強化の論拠

WSにとっては、上で述べたマクロ経済面の理由と憲法25条の2つがあれば、所得再分配を強化する十分すぎる理由となります。しかし、それだけでは十分だとは思わない人のために、もう一つの論拠を提示するのが今回の記事「所得は努力や才能に比例するか」の目的です。

あらかじめ書いておきますが、WSは「所得が努力や才能に比例すべき」だとは思っていません。所得の多い人が偉いとも思いませんし、偉い人が必ずしも高所得を望むとも思っていません。(偉い人が困窮している、いや、偉い人に限らず、誰かが困窮しているなどという状態はよろしくないとは思いますけど...)

しかし、ここではあえて「所得が努力や才能に比例すること」が望ましい経済社会のあり方である、という立場をとることにします。そうした立場に立ってもなお、現状では再分配の強化が必要である、という結論を導きます。

要点を簡単に述べますと、努力や才能が1, 2, 3, 4, 5, ...と増えるとき、所得は比例して増えるのではなく、1, 2, 4, 8, 16, ...とねずみ算式に増えるのです。比例よりはるかに急激に増える。だから、「所得が努力や才能に比例すること」が望ましいならば、再分配、それも強力な再分配が必要となります。

議論のポイントは、努力や才能をいかに計測するか、にあります。計測にはガウス分布(=正規分布)の性質と中心極限定理を使います。とはいっても、数式は使わずに、具体例でわかりやすく(?)説明する予定です。

本論に入る前に、まずはしばらくの間、日本の所得分布の現状を見てみることにしましょう。


■高齢者の所得分布(2006年)

次の図は、老齢年金受給資格者(ほぼ65歳以上)の年収の分布です。この分布を取りあげたのは、細かいデータが公表されているからです。

Elder_distri
図1(クリックで拡大)

縦軸は年収で、対数目盛(10, 20, 40, 80, 160, ...と倍々の目盛が等間隔になる)でとってあります。横軸には所得の低い方からみた割合(パーセント)をとってあります。たとえば、下位から10%めの人の年収は約40万円、下位から50%め(中央)の人の年収は約130万円、下位から96%め(=上位から4%め)の人の年収は約500万円である、と読めます。

横軸の目盛の取り方は等間隔ではありません。あとで説明しますが、この目盛は度数分布が「正規分布」なら、グラフが直線になるようにとってあります。(今の場合、縦軸が対数目盛なので、「対数正規分布」なら直線になります。なお、このような目盛をとったグラフは、gnuplotというフリーソフトを使うと簡単に作成できます。)

赤い折れ線を見ると、多少うねうねしてはいますが、大きく見れば右上がりの直線である、と言えます。つまり、高齢者の所得分布はほぼ「対数正規分布」になっていることが読みとれます。

これは個人の所得分布の例でした。次に、家計の所得分布も見ておきましょう。


■家計の所得分布の変遷

次の図は、単身世帯を含む家計(総世帯)の年収の分布です。目盛の取り方は先ほどと同じです。市場原理主義の侵略が始まる前の1980年、バブル崩壊後の1995年、コウゾウカイカクという名の台風が通過した後の2005年の分布を示しました。データのソースは、1980年と1995年については貯蓄動向調査報告、2005年については所得再分配調査報告です。

Family_distri
図2(クリックで拡大)

1980年と1995年については、所得分布がほぼ直線で表されています。つまり、先ほどの高齢者の所得分布と同様、ほぼ「対数正規分布」になっていることがわかります。

2005年については、ずいぶん曲がっています。高所得層(右側)は傾きが緩やか、低所得層(左側)は傾きが急になっています。高所得層側の傾きは、1980年や1995年とほとんど同じです。低所得層側の傾きはそれより急です。

2005年のような低所得側での折れ曲がりが過去にあったのかどうか。貯蓄動向調査報告を1963年までさかのぼって調べてみました。すると、1960年代から1990年代までのデータには全期間を通じてそのような折れ曲がりは見られず、多少のうねうねはあるものの、ほぼグラフが直線(つまり、対数正規分布)であることがわかりました。

過去45年の経験からみて異常とも言える2005年のデータだけ取り出して、特徴を見たのが次の図です。

Family2005
図3(クリックで拡大)

この図は高所得層と低所得層への2極分化を表していると解釈できるでしょう。

つまり、上位3分の1ほどのグループ(大企業の正社員や役員、公務員、自由業の一部などの高所得層)は、社会保障セーフティーネットの保護下にあり、グループ内の格差は小さく、1980年代とほぼ変わりません。

一方、下位3分の1ほどのグループ(非正規雇用などの低所得層)は、社会保障セーフティーネットから漏れており、グループ内の格差は大きく、1980年代よりも格差が拡大しています。名目の年収はなんと1980年より少なくなっています。

それぞれのグループ内の所得分布はほぼ「対数正規分布」(直線)なのですが、2つのグループが混在しているために、グラフが曲がっているのだと思います。そして、2つのグループの中間には、転落への大きな不安を抱いて日々を過ごしている残り3分の1の家計があります。

東京で過ごしている国会議員や公務員や財界の方で、もし自分が属する高所得グループ内の人間関係しかなかったら、おそらく下位3分の1の低所得グループの家計が置かれている現状を全く想像できないことでしょう。自身は1980年代と同様なセーフティーネットの中にいるのですから。自己責任論などに代表される、ハートが干からびているとしか思えない発言がポンポン飛び出すのもそのためではないでしょうか。

まったく嘆かわしいことですが、いまの日本には、先進国の中に3分の1の規模の発展途上国(じゃなくて衰退途上国?)が同居しているのです。

この家計の所得分布の推移についてはまだ書きたいこともありますが、今回の記事の本題からははずれるので、この辺でやめておきます。ここまでの要点は、個人の所得分布も家計の所得分布も、ほぼ「対数正規分布」に従うということです(ただし、ここ数年は例外)。

所得分布はなぜ「対数正規分布」になるのでしょうか。
その答を探る前にまず、基本となる「正規分布」について説明します。


■正規分布となるのはどんな場合か

例えば、工場でペットボトルに500グラムのジュースを詰めるとします。

作業は自動化された機械が行いますが、何本ものペットボトルに詰められたジュースの重量を厳密に計測すれば、平均はだいたい500グラムでしょうが、0.1グラムだけ重いものや0.05グラムだけ軽いものなど、いろいろな重量が計測されるはずです。そのずれ(誤差)の分布をグラフにすれば、だいたい正規分布になっています。

ジュースを充填する機械の栓の開け閉めのタイミングや、充填時に加える圧力、ペットボトルの口の大きさなど、詰められるジュースの量に影響する要因は多数あって、それらは互いに独立にわずかながら揺らいでいます。このように、多数の独立なゆらぎ要因が足し合わされる場合、結果として生じる誤差の分布は正規分布になります。標語的に書くと

  多数の独立なゆらぎ要因の足し合わせ → 正規分布

となります。数学的には、中心極限定理というものが根拠になっています。


■正規分布となる例(サイコロの目の和)

一つ、具体例をみておきましょう。

サイコロ10個を同時に投げて、出た目の和を求めます。全部1が出れば、和は10です。全部6が出れば、和は60です。実際はいろんな目が混じって出ます。平均的には、出た目の和は35になるでしょう。

次の図は、サイコロ10個を同時に投げる実験を10万回行って、出た目の和(10万個)の度数分布がどうなるかを調べたものです。もちろん、実際にそんなにもサイコロを振ったら腕が筋肉痛を起こしてしまいますから、コンピュータで生成した疑似乱数をサイコロの代わりに使いました。

Saikoro
図4(クリックで拡大)

目の和が35あたりにピークがあって、その上下に対称な分布になっています。目の和が50以上になったり、20以下となることは、ごくまれであることもわかります。この分布の形は、なにやら学生時代におなじみのテストの得点分布に似ていますね(満点が60点のテストです)。

これが正規分布なのかどうかを調べるために、累積度数分布を見てみましょう。横軸の目盛も取り替えます。もし正規分布ならばグラフが直線になるはずです。

Saikoro_sum
図5(クリックで拡大)

ごらんの通り、グラフはほぼ直線になりました。10個のサイコロのそれぞれで、どんな目が出るか、は互いに独立です。独立なものの足し合わせ(和)を考えたので、正規分布が現れました。


■対数正規分布となる例

では、「対数正規分布」はどんな場合に現れるのでしょうか。その答えは

  多数の独立な(正の)ゆらぎ要因のかけ算 → 対数正規分布

です。正規分布は「足し算」でしたが、対数正規分布は「かけ算」なのです。一つ、具体例をみておきましょう。

サイコロ10個を同時に投げて、出た目の積を求めます。全部1が出れば、積は1です。全部6が出れば、積は60,466,176です。実際はいろんな目が混じって出ます。

次の図は、サイコロ10個を同時に投げる実験を10万回行って、出た目の積(10万個)の度数分布(累積)がどうなるかを調べたものです。

Saikoro_pro
図6(クリックで拡大)

ごらんの通り、グラフはほぼ直線になっています(*)。縦軸を対数目盛にとって、グラフが直線になりました。つまり、ほぼ対数正規分布であるということです。

*注) 右端の部分と左端の部分で、やや直線からずれていることにお気付きかも知れません。これは、サイコロの目の取り得る値が1から6と、最大で6倍もの大きな比であることに原因があります。もし、5から10の目をもつサイコロ(比は最大で2)10個を使って実験したなら、分布はもっときれいな直線になります。(注おわり)


■所得分布はなぜ対数正規分布なのか

いよいよ本題です。なぜ所得分布は対数正規分布になるのでしょうか。

国語力、会話力、数学力、英語力、音楽の才能、美術の才能、運動能力など、さまざまな各個人の才能や努力(ここでは簡単のため、まとめて「能力」と呼ぶことにします)は、所得に関係すると考えられます。

ここでは仮に、個人のそうした能力のそれぞれを1から6の6段階のスコアで表したとしましょう。べつに10段階でも100段階でもよいのですが、説明を簡単にするため6段階とします。たとえば、Aさん、Bさん、Cさんのスコアは次のようになるでしょう。学生の頃の通知票のようなものです。

名前 Aさん Bさん Cさん
国語 6 3 6
会話 5 3 6
英語 5 3 6
法律 4 3 6
音楽 1 3 6
美術 1 3 6
会計 1 3 6
数学 2 3 6
生物 3 3 6
薬学 2 3 6
医学 2 3 6
... ... ... ...
表:所得に関係する能力とスコアの例

このスコアは、もし他の能力が同じなら、所得が何倍になるか、を表すものとします。たとえば、法律のスコアが6である人は、他の能力が同じで法律のスコアが3である人の平均2倍の所得であるとします。

サイコロの例で見たように、互いに独立な、さまざまな種類の能力についてのスコアのかけ算(積)が所得を決めているとすると、対数正規分布が現れます。そして、実際、所得分布は対数正規分布です。理由はよくわかりませんが、いろんな要因(能力)のスコアの積が所得を決めている可能性が高い(*)。

そうすると、どういうことになるでしょうか。

BさんとCさんを較べてください。表のすべての能力について、CさんはBさんの2倍のスコアです。これは、各能力について、CさんはBさんの2倍の所得を得る努力した(あるいは才能があった)、と言えるでしょう。

一方、ふたりの所得を較べると、驚くべき違いが生まれます。仮に、11個の能力についてCさんがBさんの2倍のスコアだとしましょう。所得はスコアの積に関係します。Cさんの所得はBさんの所得の2x2x...x2(11コの積)=2048倍となるのです。

それぞれの能力について、CさんはBさんの2倍の所得を得る努力をした(あるいは才能があった)。所得が努力に比例するならば、Cさんの所得はBさんの12倍、つまり

(I) 1+(1+1+...+1) = 1 + 11 = 12倍

となるはずです。最初の「1」はBさんの努力分と同じ、あとの11個の「1」は11種類の能力それぞれを向上させるための追加の努力分です。 しかし、実際の世の中では

(II) 2x2x...x2(11コの積)=2048倍

となっているのです。

*注) ここまで、所得分布が対数正規分布になる理由を説明してきましたが、これはWSの独自のアイデアではありません。 高安秀樹氏の「フラクタル」(朝倉書店)p65〜67および第5.2節を参考にしています。(注おわり)


■「がんばった人が報われる社会」はどうあるべきか

「努力した人や才能のある人が(所得面で)報われる社会」という考え方そのものに、WSは反対ではありません。もちろん、憲法25条にうたわれる社会保障がすみずみまで行き渡っているという条件は絶対に譲れませんが。

問題は「努力した人や才能のある人が報われる社会」の内容です。仮にそれを「所得が努力(や才能)に比例する」という意味にとるならば、上で見たように、現実の社会は全くそれを実現できていないわけです。

「がんばった人が報われる社会」という言葉を好んで使う人は、世の中における個人の所得決定のメカニズムが上記の(I)のような、加法的なものだと想像しているのではないでしょうか。所得が10分の1の人は、10%しか努力していない、と思っているのではないでしょうか。

でも、それは違うのです。所得が10分の1の人は、10%しか努力していないわけでも、才能が10%しかないわけでもありません。実際には、(II)のような乗法的なメカニズムが個人の所得を決めており、11個の能力における2倍の努力(や才能)は2048倍の所得を産むのです。

よって今回の記事の結論はこうなります。

「所得が努力(や才能)に比例するような、がんばった人が報われる社会」を実現するためには、Cさんのわずか0.05%(=2048分の1)となっているBさんの所得を8.3%(=12分の1)まで増やすような、強力な再分配を行わなければならない。

以上で、重い記事はおしまい。//

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*注)上ではなるべく数式を出さないで説明したので、いろいろ疑問をお持ちの方もおられるかと思います。

たとえば、英語力と国語力は相関があって、独立とは言えないのではないか、というようなことです。相関については、相互相関行列の固有空間への射影を使って、能力を再定義すれば、再定義された能力どうしは独立と思えるでしょう。

しかしながら他にもいろいろ疑問が出てくるでしょうから、数式で上のアイデアを厳密に定義しておきます。

各個人の所得をY, 能力(m個)を数値化したものをx_1, x_2, ..., x_mとします。

所得の対数log(Y)はほぼ正規分布になります。

x_1などの分布は、それぞれ標準正規分布(平均0、分散1)に正規化してあるものとします。

ここで、log(Y)を次の式で最ゆう法(ゆらぎに正規分布を仮定するので、最小2乗法といってもOK)で推定します。

log(Y) = y_0 + a_1 x_1 + ... + a_m x_m + v

vは誤差(ゆらぎ)で、平均ゼロ、分散σの正規分布に従うと仮定します。決定したい定数はy_0, a_1, a_2, ..., a_m, σです。

定数が決まれば、所得の推定式

Y_e = exp(y_0 + a_1 x_1 + ... + a_m x_m)

が得られます。誤差の目安は Y_e の exp(±σ) 倍です。

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