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政治が扉を開ければ、ケインズが夢見た時代はすぐそこにある

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

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■「モノの豊かさ」が臨界点を越えたとき、社会は相転移を起こすだろう

ここ20年の情報技術の革新は驚くべきものです。誰かが発信した情報は、その日のうちにインターネットを通じて、全世界に行き渡ります。しかも、ほとんど配布コストはかかりません。

近未来に同じことがモノの世界に起きたらどうでしょうか。

たとえば、ある陶芸家がすてきなお皿を焼き上げます。彼(彼女)はそれを「3次元スキャナ」に入れ、お皿の原子配列と電子状態をすべて読みとり、その情報をネット上に公開します。お皿をほしい人は、その情報をダウンロードして「3次元プリント」すれば、目の前にそっくりそのままのお皿ができあがる、というわけです(*)。

お皿の例で説明しましたが、食べ物でも衣類でも住居でも道具でも、宇宙のどこかに存在しているモノは、事実上ノーコストで、望む量だけ複製できる時代が訪れることでしょう。おそらく遅くとも100年後か200年後には。

現在、モノには値段がついて市場でやりとりされています。モノが足りないので稀少価値が生まれ、価格を利用した分配が行われています。すべてのモノと交換可能なマネーを求めて、企業どうし、人どうしが殺しあいの競争をしています。

「モノの稀少さ」という前提が崩れたとき、経済のあり方は根底から変わらざるを得ません。いや、実はすでに現在の時点で半分、そうした時代に足を踏み入れているのではないでしょうか。

生産力はあり余っており、どの企業も自社製品をいかに買ってもらうか、に必死です。猛烈な競争で同業他社のシェアを奪うか合併することにより、寡占化が進んでいます。結果として、より少ない従業員数で同じだけかより多くを生産することになる。それは給与総額の減少を招き、社会全体の購買力の低下につながっています。

今回の大不況は、生産力があり余り、社会が相転移を起こす臨界点に近づいたことを示すシグナルです。すべての人の衣食住を満たせるだけの生産力がすでにあるのに、年末年始を寒空の下で過ごす人々がいる。この不幸で異常な状態を、まもなく訪れる新しい経済のあり方を政治が先取りして、社会の変化を促すことで解消してほしいと願います。

まもなく訪れる新しい経済のあり方とは何なのか。それを80年前の大不況のときに、予見していた経済学者がいました。今回は彼の講演の要旨を紹介します。紹介後のコメントはあえて控えます。じっくりと余韻をかみしめていただけましたら幸いです。

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*) そのようなプリンタは、電子・陽電子対、クォーク・反クォーク対を自在に生成して利用するのかも知れません。もちろん、アインシュタインの関係式E=mc^2によれば、それには莫大なエネルギーが必要です。現在のところ、原子核スケールのエネルギーしか利用できませんが、50年後か100年後には、さらにミクロな世界に潜む莫大なエネルギーをより安全に利用できるようになることでしょう。
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■ わが孫たちの経済的可能性

いまから80年前、世界経済が歴史的大恐慌に向かって沈みつつあった1930年6月、ケインズはスペインのマドリードで「わが孫たちの経済的可能性」という演題の講演を行いました。

少し長くなりますが、その要旨を、浅野栄一氏の「ケインズ」(清水書院)p50〜p52より引用させていただきます。

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時はあたかも世界経済が、歴史上未曾有の大不況のどん底に向かって急速に沈みつつあるときであった。このとき、ケインズは、この講演で、この経済的混乱を前進のなかの一時的再調整過程と位置づけたうえで、あえて人類の100年後の経済的可能性について考えようと提案したのである。

ケインズによれば、4000年間にわずか50%---せいぜい100%---の生活水準の向上という、18世紀までの遅々とした経済的進歩に終止符を打ち、その後の文明の急速な発展を可能にしたのは、16世紀に始まった資本蓄積と科学技術の驚異的前進であった。この経済成長は、今後、人口の急増や重大な戦争によって妨げられないかぎり、人類の経済問題を100年以内に解決することを可能にするであろう。

そもそも、人間の経済的欲求には2種類のものがある。その1つは、人間が人間として生活していくための絶対的欲求というべきものであり、他は、仲間に対する優越感を味わおうとするための相対的欲求と呼ぶべきものである。このうち、後者すなわち優越のための欲求は、際限のないもので、全般の生活水準が高まれば高まるほど、いっそう増大する性格をもっている。しかし、前者すなわち絶対的な欲求は、このことが当てはまらず、たぶん誰もが気付くより早い時期に十分に満たされ、人々は非経済的な目的にいっそうの精力を捧げることができるようになるにちがいない。

このように人類最大の問題であった経済問題が解決されると、われわれは、2000年の長きにわたって人々を悩ませてきたエセ道徳律から解放されることになろう。これまで資本蓄積という至上命題のために最高の徳の地位にまつり上げられてきた貨幣愛(金銭的欲求)、とくに貨幣経済の下での人生の享受と実現のための不可避的手段である貨幣愛とは区別された、蓄財のための貨幣愛は、いまやその地位から引きずり下ろされ、半ば犯罪的で半ば病理的なものとして見られるようになるであろう。また、この貨幣愛と不可分に結びついたあらゆる種類の社会的慣行と経済的慣行をも、われわれはついに自由に放棄することができるようになるであろう。

この至福状態が実現したとき、問題は、この余暇を賢明で快適で裕福な生活のためにどのように使えばよいか、である。これまでただ懸命に努力するよう訓練されてきた人々は、その習慣と本能の再調整に対して不安を禁じえないかも知れない。しかし、少し経験を積めば、人々は、新たに発見されたこの自然の賜物を、いまの富者とまったく異なる方法で上手に利用できるようになるであろう。

もちろん、現在はまだその至福状態に到達しておらず、そのためなお100年間は貨幣愛を利用して経済成長に努めなければならない。しかし、その場合も、われわれは決して、「経済問題の重要性を過大評価したり、経済問題で仮定されているいろいろな必要のために、もっと大きくもっと持続的な重要性をもった他の諸問題を犠牲にしてはならない」。
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