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大気イオン地表面濃度の異常と地電流・地電位の関係---アイデア(1)

現在、NPO法人・大気イオン地震予測研究会(e-PISCO)さんが、観測された大気イオン濃度の異常に基づき、日本での直近(9月中旬以降)の大地震の予測(要注意情報)を発信されていますね。

地震に伴って、あるいはそれに先行して大気イオン濃度に異常が現れる、という報告は、先の阪神淡路大震災のときを含めて、いくつかあります。 しかし一方で、観測機器の管理状態による測定値のぶれや、気象条件などによる擾乱の影響が大きく、仮に、地震前に大気イオン濃度に何らかの異常が現れるとしても、それをノイズから分離して地震予知につなげるのは困難だろう、と考えている人が多いのが現状だと思います。

もう一つ、理論面での問題は、地震にともなって大気イオン濃度に異常が現れるメカニズムがよくわかっていないことです。 今回の記事では、そのメカニズムについて、WSが思いついた一つの理論的アイデアを説明します。 それは、地電流により地表面に生じる電位差、です。


■従来の説明の難点

e-PISCOさんのホームページでは、地震前の大気イオン濃度の異常を、圧力を受けた地殻に微細な亀裂が生じ、そこからラドンガスが放出される、というメカニズム(仮説)で説明しておられます。 放射性のラドンは、周囲の空気の分子を電離してイオンを生成できますし、それ自身、あるいは、放射改変で生じる鉛も、イオン(あるいはイオンを核として生じるエアロゾル)になれるからです。

WSは、断層帯の亀裂などを通って地中から放出されるラドンが地震前の大気イオン濃度に影響する可能性はあると思いますが、おそらく、それは濃度異常をもたらす主要なメカニズムではないだろう、と考えています。

この、ラドンが出てくるという仮説については、地下数十キロを震源とする地震の場合に、そのラドンが深いところから短時間でどのように地上に出てこれるのか、ということが問題になります。 もし仮に、海底を震源とする地震の場合に大気イオン濃度異常が生じるなら、この場合にはラドンが原因というのは極めて考えにくいように思います。


一方、静岡市で2002年2月から継続して毎日(すごい!)、大気イオン濃度を測定しておられるケロ君の地震予知さんは、「大気中では普通は-イオンより+イオンの方が多いんだ。ところで、地震が起きる前に大地が帯電するのは知ってる? 地面が-に帯電すると、地表から-イオンが飛び出してくる。+イオンは反対に地面に吸着され、イオン比は逆転するはず! これをイオン測定器で測定して地震予知をしようってわけだ。」と説明しておられます。 ラドンについての記述はありませんが、地面からイオンが出てくる、あるいは、地面にイオンが吸収される、という仮説です。

このあと説明しますが、このケロ君の地震予知さんの仮説は、イオンの移動が濃度異常をもたらす、という点ではWSの仮説と同じです。 しかし、WSは、地面と大気の間のイオン移動より、上空と地表付近の大気間、あるいは、地表付近でのイオンの水平移動がより重要である、と考えています。 その水平移動をもたらす原因は、WSの仮説では地面の帯電ではなく、地電流による電位降下で生じる、地表各点の電位差です。


■地電流による水平電位差がイオン濃度異常の原因(仮説)

WSのアイデアを図で説明します。

Concept
図1 (クリックで拡大)

地下のある部分になんらかの起電力(電流を流そうとする働き)が生じたとします。 その発生メカニズムはここでは問いません。 圧電効果なのか、流動電位なのか、あるいは別のものなのかは知りませんが、とにかく、起電力が生じたとしましょう。 起電力は、向きが交替する交流的なものではなく、直流的なものであると仮定します。

すると、地電流が流れます。 図のように、地電流は双極子の周囲の電場みたいに流れ、流れの詳細は地殻の電導度分布に依存します。

今後の記事で説明しますが、電導度が一様なら、地表での地電流の強さは起電力発生部の深さの3乗に反比例して急激に減少します。 しかし、断層帯のように水を含んだ電導度の高い板状の部分の内部で起電力が発生するならば、それを伝って地電流が上がってくるので、地表面でも地電流はかなり大きくなり得ます。

さて、電流が抵抗のある導体(地中)を流れると電位降下が生じます。 電流の方向に電位は下っていきます。 たとえば上図のような状況だと、起電力発生部の直上の地表面の電位は、周囲より高くなります。 (もし起電力の向きが図と逆なら、電位は周囲より低くなります。) このため、周囲より高電位である部分に、周囲の大気中から負の大気イオンが集積してきます。 どの程度の濃度異常が生じるのか、その見積もりはあとで行いますが、地表面電位が周囲より25mV(ミリボルト)ほど高いだけで、イオン濃度が1桁違ってきます。

地震の前に地電流(あるいは地電位)に変化がみられた、という報告(たとえば、2004年新潟県中越地震に伴う自然電位の異常変化の観測、田中康裕氏ほか)を地震前兆であったと信じるならば、1mあたり1mV程度の電位差が生じることはあり得る、と考えてよさそうです。

さて、こうして生じた高濃度のイオン塊は、風で水平方向へ運ばれて、数百キロ風下の地点でもイオン濃度異常として観測にかかるでしょう。

また、図のように、暖気と冷気が接する前線部分にたまたま高濃度のイオン塊が生じたならば、上空へと運ばれて、独特の形状や光学的特性をもつ雲(*1)を生成するかも知れません。

注 *1) 四川地震の直前に観測された彩雲(椋平虹)のようなものを念頭においています。


■地表面電位とイオン濃度の関係

地表面電位によってイオン濃度がどう変わるのか。 それを見積もってみます。

地表付近には、約100V/mの下向きの大気電場があります。 そのために話が複雑になってしまうことを避けるために、ひとまず接地された部屋を想像して下さい。 部屋の壁の電位はどこでも0Vで地面と同じです。 部屋の窓は開け放たれており、大気イオン濃度は、正イオンも負イオンも外界と同じで、1立方センチあたり1000個であるとします。 イオンどうしの対消滅(中和)などのプロセスは無視できるとします。

Tsutsu
図2 (クリックで拡大)

この部屋の中に、図のような小さな筒をおきます。 筒は大気イオンを吸収することも放出することもありません。 筒の電位は、真ん中が0Vで、左端では高く、右端では低く保ちます。

さて、この筒の内部のイオン濃度分布はどうなるでしょうか。

まず、正イオンを考えてみましょう。 筒の中には、電位が下がる向き、つまり、右向きの電場があります。 この電場から力を受けて移動するため、正イオンは筒の右側で高濃度、左側で低濃度となります。 こうして濃度差が生じると、高濃度の側から低濃度の側へと向かう正イオンの流れ(左向き)もできます。 電場からの力による流れ(ドリフト)と濃度差による流れがつり合うという条件で、定常状態に達したときの正イオンの濃度分布が決まります。

統計力学でよく知られているように、この場合の場所xの正イオン濃度n(x)はボルツマン因子を用いて表されます。(下図参照)

n(x) = n0 exp(-Zeφ(x)/kT)

ここで、n0は外での濃度(1立方センチあたり1000個)、Zは正イオンの価数、eは電気素量、φ(x)は場所xの電位、kTは熱運動のエネルギー(常温では約0.025電子ボルト)です。

Ion_densities
図3 (クリックで拡大)

図から読みとれるように、電位が-30mVの点では、正イオンが1価なら、濃度は3000個/cm^3を越え、正イオンが2価なら、濃度は10000個/cm^3を越えます。 逆に、電位が0mVより高い点では、濃度は外部の1000個/cm^3より小さくなります。

負イオンの場合は、電位の正負と濃度の関係が、正イオンの場合とは逆になり、高電位側で濃度が非常に大きくなり得ます。

実際には、地上付近では鉛直方向の大気電場の影響などがあり、イオンの輸送メカニズムは複雑です。 しかし、地表面電位に場所によって差がある場合には、この室内の筒と同様に、地表付近の大気イオン濃度に大きな違いが生じる、というのが、この記事で提案するWSの仮説です。


■イオン集積のメカニズム

高濃度にイオンが集積する際には、おそらく次の2つのプロセスが重要でしょう。 定量的な分析はいずれ行いたいと思っていますが、今回は定性的なアイデアを書きます。

まず、1つめのプロセスは、水平電位差によって起きるイオンの水平方向の移動(電場によるドリフト)です。 イオンの大気中での分子拡散係数は1×10^(-5) m^2/s 程度でとても小さいですが、中性大気乱流により運ばれるため、実効的な拡散係数は数桁大きいと考えられます。 また、個々のイオンの水平移動距離は小さくても、広大な領域のイオンが玉突きのように動いて、中央部に高濃度に集積することが可能です。

もう1つのプロセスは、鉛直方向のイオン移動です。 先ほどは無視しましたが、晴天域(静穏域)の地上付近には約100V/mの下向きの電場(大気電場)があり、この電場によって生じる大気イオンのドリフトにより、空から地面に向けて、単位面積(1m^2)あたり約2pA(ピコアンペア)の電流(空地電流)が流れています。 この電流は、1価のイオンならば、1平方センチあたり毎秒約1000個のイオンの流れに相当します。

地上付近で実際に、正と負の大気イオンが鉛直方向にどのように動いているのか、WSにはよくわからないのですが、おそらく、地表の状態によってさまざまなケースがあり得るでしょう。

たとえば、この毎秒1000個のイオンの流れを、正と負の1価のイオンが半分ずつ担っているならば、毎秒500個の正イオンが下向きに動き、500個の負イオンが上向きに動いているでしょう。 この正イオンは、おもに対流圏の大気中で宇宙線により電離生成されたものです。 では、地表から上空へ昇っていく負イオンはどこから来るのか。 おそらく、植物の気孔などから蒸発していく水分子のクラスターが負に帯電していたり、地面の突起物の電場が強くなった部分にぶつかった空気分子(N2, O2, ...)がはねかえる際に、負に帯電して去っていく、そんなプロセスがあるのだろうと思います。

また、毎秒1500個の正イオンが下向きに動き、同じく500個の負イオンも下向きに動いて、差し引きの正味で、毎秒1000個分の空地電流を担っている場合もあるでしょう。 これは、地面から負イオンが出て行きにくい状況で起きることで、移動にはおそらく中性大気乱流の介在が必要です。 この場合に降りてくる負イオンは、対流圏の大気中で宇宙線により電離生成されたものです。

このように、正と負の大気イオンの鉛直方向の移動にはさまざまなケースがありえます。 しかし、いずれの場合でも、地面が周囲より高電位になっている部分の上空では、正イオンの降下が抑制される一方、負イオンの降下が促進されて(あるいは上昇が抑制されて)、正イオンが減り、負のイオンが集積するでしょう。 逆に、地表が周囲より低電位になっている部分には、正のイオンが集積します。 この抑制と集積は、地面では水平電位差が生じているものの、1キロメートル上空ではほとんど水平電位差がなくなっている、という具合に、ある程度の上空で水平電位差がなくなるまで続き、地表付近のイオン比に大きな異常をもたらすでしょう。


■今後の予定

今回の記事に関連した、以下のような定量的考察をしていく予定です。 電位が厳密に求まる電導度分布のケースをいくつか考察します。 大域的な大気イオン濃度は、地電流(地電位)に対してローパスフィルタのように反応すると思われるので、DC電流、DC電場を考えます。

・(双極的な)起電力発生地点の深さと、地表面電位との関係...地下の電導度が一様ならば、地表面電位は、起電力発生部位の深さの2乗に反比例して減少します。

・地下の電導度分布と地表面電位の関係...火成岩質の山のそばなど、電導度の低いもので地電流が妨げられる地点(盆地の辺縁部など)では、地電位の変化が大きくなります。
 また、電導度の低い物質で囲まれた電導度の高い板状部分(断層帯など)の内部で起電力が発生する場合には、起電力発生地点が深くても、地表面の電位に大きな影響を与えます。

・海底下で起電力が発生する場合...海水の電導度は非常に大きく(標準大地の約1000倍)、これが静電遮蔽効果をもつため、海底下の起電力が海水面の水平電位差に影響することは事実上ありません。しかし、海水に流れる大きな電流が海面上空に作る磁場が、大気イオンの移動に影響を与える可能性があります。

では。

(参考)海底下を震源とする地震と地電流や雷など電磁的現象との関連については、以前、当ブログの地震関連の記事にコメントを下さったja7dphさんも、ご自身のホームページ 宮城県沖地震 前駆電波雑音の観測 で、たいへん興味深い推論をしておられます。

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