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財政政策は変動相場制下では無効か---MFモデルと再分配政策

2007年にWSが書いたホームページの記事「財政赤字の持続可能性について」と、当ブログの最近の記事を読まれた方(Sさん)から、ある質問をいただきました。

WSはここ20年ほどの、所得再分配に逆行する政策が近年の日本経済低迷の大きな原因の一つであると思っていますが、Sさんはこの見方に共感しつつ、以下のような疑問を提示されたのです。

「1960年代の公共投資と池田税制(高累進所得税)の組み合わせのような財政政策は、当時の為替が固定相場制であったからうまくいったのではないか。 為替レートが変動相場制となり、国境を越える資本移動が自由になった現在の開放経済下では、同様な財政政策はうまく行かないのではないか?」

そして、その根拠としてマンデル・フレミングモデル(MFモデル)の結論を挙げて下さいました。 MFモデルは資本移動が自由な場合、(少し粗い言い方をすると)固定相場制下では、財政政策は有効であるが金融政策は無効であること。逆に、変動相場制下では、金融政策は有効であるが財政政策は無効であること、を主張します。

池田税制が成功した60年代の固定相場制とは異なって、現在の為替レートは変動相場制ですから、財政政策はあまり効果がないのではないか、というわけです。

上記のホームページの記事「財政赤字の持続可能性について」では、税財政ブロックに限定したモデル(第2部参照)を扱いました。 そのモデルからわかることとして、消費性向の向上や、消費の増減に左右されない長期的な投資性向を高めることが、財政収支の改善に有効である。 それに対し、増税や減税、政府支出の拡大や削減そのものは(長期的には)財政収支の改善にほとんど効果がない、と述べました。

そこで扱ったモデルは国内の税財政ブロックのみのモデルでした。 もし、これに、金融ブロックや国境を越える資本移動の効果や為替レートの変動による輸出入の増減の効果を加えて考えたならば、上で述べた結論は変わってくるのでないか? というのはもっともな疑問です。

今回の記事では、この疑問に解答します。 結論を先に書くと、財政政策と再分配政策は同じではない。 財政政策はたしかに(理想化された)変動相場制下では(例外的状況を除けば)無効であるが(*1)、再分配政策は有効である、というものです。

まず、最初に、変動相場制下で財政政策が無効であるというMFモデルの主張について簡単に復習したあと、本題に入ります。

MFモデルについては、Sさんに以下のページを教えていただきました。
量産型ノブオのFinancial Research
 
細かい点の確認には、英語ですが、以下のページがわかりやすいと思います。
Prof. K. Ohno's Homepage
8. Mundell-Fleming Model with a Floating Exchange Rate


■変動相場制下での財政政策の無効性(MFモデル)

国境を越える資本移動が自由(開放経済)で、為替は変動相場制であるとします。 この場合に、財政政策が無効になるのは次のメカニズムによります。

政府支出を拡大したとします。 すると(短期的には)GDPが増えて貨幣需要が増します。 にも関わらず中央銀行が貨幣供給を変えないと仮定しましょう(*)。 当然、貨幣が不足して国内金利が上昇します。

国内金利が上がるので、海外との間に金利格差が生じ、資本流入が起きます。 資本流入の際には円が買われますから、円高が進行します。

円高のために、輸出は減少し、輸入は増えます。 つまり、貿易収支は減少します。(減少分はちょうど、先ほどの資本流入で補われます。)

貿易収支の減少分だけGDPは減少します。 それに伴い、国内金利はさきほどより低下します。 このプロセスは、国内金利と海外金利が実質値で等しくなるまで続き、結局、さきほどの短期的なGDPの増加をすべて帳消しにしてしまいます(クラウディングアウト)。 長期的にはGDPの水準は政府支出の拡大前と同じところまで戻ってしまいます。 つまり、財政政策は無効になります。

(注*) 上の話では、中央銀行が、GDPの増大にもかかわらず貨幣供給を変えない、という仮定が効いています。 もし中央銀行がGDPの増大に合わせて貨幣供給を増やすなら、GDPは増えます。 しかし、このGDPの増加は財政政策単独の効果によるものではなく、金融政策とのミックスによるものです。
政府支出の拡大に合わせて中央銀行が貨幣供給を増やすことが可能かどうか。 それは物価によります。 物価がそれほど上がらないなら、貨幣供給を増やすことが可能で、その結果、財政・金融のミックス政策の効果でGDPは増えるでしょう。


■変動相場制下での再分配政策の有効性

税財政政策には、政府支出の増減や税収総額の増減という総額を変化させる側面に加えて、たとえそうした総額は変わらなくても、政府支出や税のあり方が結果として家計の可処分所得の分布をどう変えるか、という再分配の側面があります。

2007年に漠然と考えていたのは、再分配的な税財政政策でGDPの増大をはかる場合には、総額的な税財政政策でそうする場合にくらべて、クラウディングアウトが生じにくいのではないか、ということです。

今回、Sさんに質問をいただいたことをきっかけに、上記の漠然としたアイデアが、変動相場制かつ資本移動の自由を仮定した小国のMFモデルの枠組みの中でも理論的に成り立つのかどうか、考えてみました。 そして、肯定的な結果を得たと思うので報告します。

簡単のため、国内物価水準Pは一定として実質値と名目値を区別しないことにし、縦軸に国内金利r、横軸に国内総所得YをとったIS-LM分析の図で考えます。 政府支出や税収総額は変わらないが、中低所得層の家計の可処分所得が増えるような、再分配的な税財政政策をとったとして、その場合にIS曲線とLM曲線がどう移動するかを順に検討します。(実際には、資本移動の自由を仮定したために、国内金利rは海外金利r*(一定と仮定)と一致するように瞬時に調整されるので、IS曲線やLM曲線の移動ではなく、移動圧力、と書くべきかも知れません。)

Is_lm
図(クリックで拡大)

・IS曲線の移動
IS曲線は右下がりです。 消費性向の向上により家計消費が増えるので、IS曲線は上方(右方)に移動しようとします。 平行移動ではなく、IS曲線の傾きがゆるやかになるように(水平に近くなるように)回転しながら移動します。 これは IS曲線の式

Y = C(Y,A) + I(r) + G + X(q) - M(Y,q)

(ここで、A:資産、X-M:純輸出、q:為替レート)

において、消費性向が向上すると、CのYによる偏微分係数(0.6程度)が大きくなることからわかります。

・LM曲線の移動
LM曲線 L(r,Y)=M/P は右上がりです。 貨幣供給Mは変えませんが、再分配政策により貨幣需要関数L(r,Y)の関数形が変わるので、LM曲線は下方(右方)に移動します。 これは、貨幣需要の内訳を考えるとわかります。

貨幣の需要には、取引要因による需要と投機的な需要があります。 前者は総所得Yに比例し、再分配政策でもそれほど変化しません。 しかし、後者の投機的需要は、主に高所得層の余剰資金からくるので、(Y,rが一定ならば)再分配政策により減少すると考えられます。 したがって、(Y,rが一定ならば)再分配政策によりトータルで貨幣需要は減ります。貨幣供給Mが不変ならば、供給超過の状態、すなわち金融緩和状態となって、LM曲線は下方(右方)に移動します。

・短期均衡点
上で検討したIS曲線の右上方への移動とLM曲線の右下方への移動にともなって、これらの交点である短期均衡点は、右方へ移動します(点A→点B)。すなわち、国内総所得Yは増加します。

短期均衡点で、国内金利rが始め(r*)より上がるか下がるかは、両曲線の傾きと移動量によります。

・長期均衡点
もし、短期均衡点での国内金利rが海外金利r*より小さいならば、資本流出が生じて円安になります。 このため貿易収支が黒字になってIS曲線はさらに上方に移動します。 調整は国内金利rが海外金利r*と一致するまで続きます。 最終的に国内総所得Yは、短期均衡点よりさらに大きくなります。

一方、短期均衡点での国内金利rが海外金利r*より大きいならば、資本流入が生じて円高になります。 このため貿易収支が赤字になってIS曲線は下方にシフトバックします。 この調整は国内金利rが海外金利r*と実質値で一致するまで続きます。 最終的に国内総所得Yは、短期均衡点よりは小さくなりますが、はじめの値よりは大きくなります(点C)。 つまり、再分配政策は完全に無効にはなりません。 その理由は、総額を変える税財政政策の場合とは異なって、再分配的な税財政政策では投機的な貨幣需要が抑制されるため、LM曲線の右方シフトが生じるからです。

   *

現在の日本経済の状態や想定される再分配政策が上記のいずれであるのか、まだ調べていませんが、時系列モデル等で推定できれば興味深いと思います。 前者であればぜひ再分配的な税財政政策を実行してほしいものです。 また、仮に後者であるとしても、そうした政策には実行する価値があります。 いずれの場合でも、投機的な貨幣需要を抑制することでLM曲線の右方シフトを引き起こせば、所得を増やす効果が強まると考えられます。


■変動相場制下での税財政政策の有効性(まとめ)

税財政政策には、いくら支出するか、いくら税金を取るかという総額的な側面と、その支出の結果、家計の所得分布がどう変わるか、という再分配的な側面があり、どのような政府支出や税もその両面を持っています。

再分配的な面からいうと、消費性向が上がるような税財政のあり方が望ましく、消費性向の上昇は、変動相場制下であっても長期的にはGDPの増大をもたらすでしょう。

総額的な面からいうと、消費性向が変わらないか、あるいは低下するような政府支出の拡大や減税は、変動相場制下では長期的にはGDPを変えないか、あるいは減少させるでしょう。

公共投資の拡大は、もしそれが消費性向を上げるような再分配効果をもつならば、変動相場制下であっても長期的にはGDPの増大をもたらします。 しかし、再分配的効果のない公共投資の拡大は長期的にはGDPの増大につながらないと考えられます。

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注*1)
変動相場制のもとであっても、単純な(=再分配効果のない)財政拡張政策が所得増に有効となる例外的状況を2つあげておきます。

1つは、世界的不況下で各国が協調して公共投資を行う場合です。この場合、国内金利と海外金利が同時に上がるので、貿易収支の赤字化による所得減は生じません。

もう1つは、LM曲線が水平に近い場合、すなわち、流動性のわなに陥った状況です。 この場合、公共投資でIS曲線が右方にシフトしても金利上昇が生じないので、所得はまるまる増えます。 (IS-LM分析では物価水準を一定と仮定しているので、本当は、物価がどう反応するかも検討しないといけませんが。)

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