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安定成長と財政収支改善のための政策(1)

このところ数日おきに、Sさんとメールのやりとりをしています。 先日、開放経済下での再分配政策の有効性について質問を投げかけてくださった方です。 そのSさんが、ある素晴らしい提案をして下さいました。

WSの主張は、現在の日本で財政収支を改善するためには、消費性向を高める政策や、消費の増減に左右されない長期的な投資性向を高める政策が望ましい、というものです。

その主張の根拠となっているモデル「限界税率・誘発投資モデル(詳細は小生のホームページ参照)」で、外から与えることになっている政府支出Gを、G = g Y (Y:国内総所得、g:係数) のように所得に比例する形に仮定してはどうか、というのがSさんの提案(の1つ)です。

政府支出をこのように仮定すると、所得Yがしたがう微分方程式の形が簡単になって、経済の安定性や財政収支についての定量的な分析が容易になります。 おかげで、見通しの悪かった、これまでの経済の安定性の議論(上記のホームページの付録C)を、定量的で見通しのよいものにすることができました。 今回はその報告をします。

   *

結果を示す前に、あらかじめ断っておきますが、この、政府支出を総所得に比例する形におく、という仮定は、現実の経済の姿とは少しちがいます。 もし、政府支出が総所得に比例するならば、たとえば500兆円のGDPがなんらかのショックにより1割減って450兆円になれば、100兆円の政府支出も1割減って90兆円になるはずです。 しかし、現実の経済では、GDPが減れば雇用対策などのために、むしろ政府支出を増やし、景気悪化の悪影響を緩和するのが普通です。 それに対して、今回とりあげる G = g Yとおくモデルでは、政府支出による景気調節がありません。 現実の経済より、景気変動の振幅が大きいモデルになっています。 しかし、ある税制や投資性向の状態が、このモデルで安定成長を実現し、財政が黒字になるのであれば、現実の経済においてはさらに良好な経済状態をもたらす、と期待してよいでしょう。

また、このモデルは、税財政ブロックのみのモデルです。 それゆえ、景気がよくなったときに金利が上昇して成長率を抑えたり、輸入が増えて貿易収支が悪化して国内経済の過熱を抑えたりする効果が含まれていません。 しかし、税財政ブロック単独で考えたときに、経済を安定化させ、財政収支を改善する政策は、そうした金利や貿易収支などをめぐる外部環境も含めて考えた場合でもやはり、経済を安定化させ、財政収支を改善すると期待してよいでしょう(*1)。

   *

■モデルのパラメータは6つ

モデルに含まれる経済のパラメータは6つあります。 それらを次の表に示します。

パラメータ現在値考察する値の範囲値を大きくする政策(*)
平均税率 α10.170.10 - 0.30消費税率アップ
限界税率 α20.640.2 - 2.2所得税率の累進性強化
平均投資性向 γ10.400.20 - 0.60長期的な投資を促進
限界投資性向 γ22.50.2 - 3.2消費の増減に投資が過敏
消費性向 β0.650.5 - 0.8再分配政策
政府支出比率 g0.200.10 - 0.30政府支出増

注*) これは単に、どのような政策がそのパラメータ値を大きくするか、を記しただけです。 その政策が安定成長や財政収支の改善に役立つかどうかは、これから考察します。


■経済状態を判定して、スコアを与える

さて、それぞれのパラメータを上の表の範囲から1つ決めたとき、このモデルでの国内経済の状態が1つ決まります。 つまり、6つのパラメータの組 (α1, α2, γ1, γ2, β, g) で、国内経済の状態が指定されます。 たとえば、現在の日本経済の状態は (0.17, 0.64, 0.40, 2.5, 0.65, 0.20)と表すことができます。

その状態が、安定成長を実現しているのか否か(*2)、また、財政収支は良好かどうか(*3)、に応じて、以下のように各状態にスコア(点数)を与えることにします。 スコアが高いほど、経済と財政は良好です。

・0点 ... 経済が不安定(安定成長でない状態)
・1点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%以上
・2点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%未満
・3点 ... 安定成長で、かつ、財政収支が黒字

各状態は、6次元空間の直方体内部の1点であらわされますが、その点のそれぞれにスコア(0〜3)がついています。 どのあたりでスコアが高くて、どのあたりで低いのか、その様子を知りたいわけですが、6次元は見ることができません。 そこで、平面(2次元)に射影して等高線を書いてみることにします。

ちょうど、ある立体をヨコから見ると三角形に見え、上から見ると円に見えることから、その立体が円すいである、と判断するようなことを、(ちょっと手間はかかりますが6次元で)やろうというわけです。

   *

これから図をいっぱい(全部で15個)示しますけど、見方は全部おなじです。 最初はこれです。

■平均税率&限界税率と経済・財政の安定度
1_2
図1−2

図は、横軸に平均税率α1、縦軸に限界税率α2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 この図には、α1とα2しか描いていませんが、実際には、経済の状態を指定するためには6つのパラメータが要ります。 図には (α1, α2, *, *, *, *) の形(*は範囲内の任意の値をとる)で書けるすべての点のスコアを平均して100倍した値を示しています。 つまり、他の4つのパラメータについては、範囲内のあらゆる値を考えて、平均したスコア(の100倍)が描いてあります。

たとえば、海水の温度を示すのに、深さ方向については平均してしまって、緯度いくら、経度いくらの点の海の温度はいくらです、というようなことをやっているのだとご理解ください。

図1−2に示された黒丸は、現在の日本経済の状態です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 そのような政策は、さきほどの表を見るとわかるように、消費税率のダウンと所得税累進性の強化です。 では次の図に行きます。

■平均税率&平均投資性向と経済・財政の安定度
1_3
図1−3

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には、平均投資性向γ1をとってあります。 安定成長と財政収改善のために望ましい政策は、消費税率のダウンと、長期的な投資の促進であることがわかります。 次の図に行きます。

■平均税率&限界投資性向と経済・財政の安定度
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図1−4

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には限界投資性向γ2をとってあります。 望ましい政策は、消費税率のダウンと、消費の増減に投資が過敏になりすぎないようにすることです。 次の図に行きます。

■平均税率&消費性向と経済・財政の安定度
1_5
図1−5

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には消費性向βをとってあります。 望ましい政策は、消費税率のダウンと、消費性向の向上(再分配政策&将来不安の払拭)です。 次の図に行きます。

■平均税率&政府支出比率と経済・財政の安定度
1_6
図1−6

横軸には先ほどと同じ平均税率α1、縦軸には政府支出のGDP比gをとってあります。 望ましい政策は、消費税率のダウンと、政府支出比率のアップです。 

   *

以上、平均税率α1が関係する5つの射影図をみてきました。 いずれの図からも、平均税率は現状より下げた方が、経済の安定成長と財政収支の改善にはよいことがわかります。 このモデルからは消費税率のダウンが望ましいと言えます。

消費税率を下げてもなぜ財政収支が改善するのか、不思議に思われるかも知れませんが、これは簡単なことです。 減税によって経済が成長し、その成長の一部を累進課税で税収として回収できるのです。 そのほうが経済の安定性も高まります。 なぜなら、税率構造が累進的であるために、景気悪化時には税収が激減するので、自動的に実質的な減税となり、景気を強力に下支えすることになるからです。

残り10個の射影図は、記事を改めて示します。

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*1) 金利や貿易収支の影響を(簡単な)定量的な形でモデルに取り込むことは、近い将来の課題です。

*2) 政府支出をG = g Yの形と仮定すると、ホームページでの付録Cの議論と同様にして、総所得Y(t)が満たす2階の常微分方程式

 Y''(t) + p Y'(t) + q Y(t) = 0   (1)

を得ることができます。 ここで係数p, qはいずれも経済状態を表す6つのパラメータ(α1, α2, γ1, γ2, β, g)のある関数です。 特性方程式の2根を r, s とすれば、微分方程式の一般解は

 Y(t) = A exp(r t) + B exp(s t)

の形です。 ここでA, Bは初期条件で決まる定数です。

いま、r, sが虚数の場合には、所得Y(t)は振動します。 この場合、経済は不安定であると考えることにします。

次に、r, s が相異なる実数(ただし r > s)である場合を考えます。 この場合、十分時間がたつと、

 Y(t) 〜 A exp(r t)

となり、第二項は第一項に対して無視できるようになります。

初期条件 Y(0), Y'(0) からA, Bを求めることができますが、それを行うと以下のことがわかります。

・初期における成長率 Y'(0)/Y(0) が s 未満ならば、A < 0 となり、十分時間が経つとY(t)は負になってしまう。

・初期における成長率 Y'(0)/Y(0) が s より大きければ、A > 0 となる。 さらに r > 0 であれば、十分時間が経つとY(t)は単調に増加する。

まとめると、十分時間がたったあとの経済の成長率は r であり、特性方程式の小さい方の根 s は外的な経済ショックに対する対応限界を表していることになります。 たとえば r > 0, s = -0.06 であれば、一時的に成長率がマイナスになるようなショックが加わっても、それが年率マイナス6%より小さなショックであれば、もとの成長率rの安定成長に復帰できます。 しかし、年率マイナス7%といったsの値を越えるショックならば、経済はデフレスパイラルに落ち込んで、戻って来れない、ということです。

つまり、経済が安定成長できる条件は、rが正であり、sが負の大きな値であることです。 また、この基準から容易に想像できると思いますが、特性方程式が重解を持つ場合は経済が不安定である、と判定するのが適当です。

以上を踏まえて、経済が(初期条件によらず)安定成長できるかどうか、を以下のように判定することにします。

・微分方程式(1)の特性方程式が異なる2実解をもち、かつ、小さい方の根sが-0.06未満であり、大きい方の根rが0.03より大きいとき、安定成長

・そうでないとき、安定成長でない

*3) 財政収支のGDP比は次のようにして計算しています。

まず、所得 Y(t) が満たす微分方程式(1) の特性方程式の根を r, s (r > s) とします。これらは6つのパラメータを与えれば決まります。 経済が安定な場合(注2を参照)だけ考えているので、相異なる2実解のケースだけを検討しています。

十分に時間がたった時の解は

 Y(t) ≒ A exp(r t)

と書いて構いません。

政府支出 G(t) は仮定により G(t) = g Y(t) です。

また、税収は T(t) = α1 Y(t) + α2 Y'(t) ≒ (α1 + α2 r) Y(t) となります。

よって財政収支のGDP比は (T(t)-G(t))/Y(t) ≒ α1 + α2 r - g となります。

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