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安定成長と財政収支改善のための政策(4)---開放経済バージョン

(続き)前回は、どのような政策が国内経済を安定成長させ、かつ、財政収支を改善するのかという問題を、資本移動の自由度を考慮して考察しました。 すなわち、国内景気が海外より良くなると円高が進行して輸出を抑えるという効果(資本移動の自由度で影響の大きさが変わる効果です)を含めたモデルで、安定成長と財政収支改善の条件を探りました。

しかし、前回の考察では、「現状」の経済状態のごく近くを取り出して局所的に眺めただけです。 消費性向や税率、政府支出比率といった、経済が取り得るパラメータ範囲は広いものです。 その全域を遠くから眺めたときに、各部分で成長率や財政収支はどうなっているのか、その大局的な様子を知る必要があります。

たとえば、富士山に行く方法を聞かれた場合、東京にいる人は西に進めばよいと言い、名古屋にいる人は東に進めばよいと言うでしょう。 どちらも正しいのです。 知るべきは、いま自分が全体の中でどこにいるのか、ということです。

また、途中に巨大な穴があるならば、目的地へ直進することはできません。 たとえば、最終目的地は西の方向にあっても、いったん北へ進んで穴を迂回し、そのあとで南西に進んで目的地に着くほうがよい場合もあるでしょう。 今回は、そうした大局的な観察を行って、前回の局所的観察を補足します。


■モデルのパラメータは9つ。そのうち5つを変えて調べます

モデルに登場する、経済状態を表すパラメータは9つでした。 次表に再び示します。

パラメータ現状考察する値の範囲値を大きくする政策(*)
平均税率 α10.170.10 - 0.30消費税率アップ
限界税率 α20.800.80所得税率の累進性強化
平均投資性向 γ10.400.40長期的な投資を促進
限界投資性向 γ22.02.0消費の増減に投資が過敏
消費性向 β0.670.60 - 0.75再分配政策と将来不安の解消
政府支出比率 g0.200.10 - 0.40政府支出増
平均貿易黒字比率 h10.010.01外貨準備高の拡大
資本移動の自由度 h21.00.0 - 2.0資本移動の自由化
海外経済の成長率 r00.020.00 - 0.04海外経済の成長

注*) これは単に、どのような政策がそのパラメータ値を大きくするか、を記しただけです。 その政策が安定成長や財政収支の改善に役立つかどうかは、別の問題です。

すべてのパラメータを変えて調べるのは大変なので、5つのパラメータ(平均税率α1、消費性向β、政府支出比率g、資本移動の自由度h1、海外経済の成長率r0)を上表に記した値の範囲で変えて調べます。 その際、他の4つのパラメータ(限界税率α2、平均投資性向γ1、限界投資性向γ2、平均貿易黒字比率h1)は、上の表の「現状」欄の値に固定します(*)。

注*) 限界税率α2の「現状」の値は前回の記事では0.65としましたが、今回は少し高い0.80としています。 この変更により、資本移動の自由度が低い場合(h2がゼロに近い場合)に、経済の安定性が少し改善し、かわりに成長率が少し抑制されます。


■経済状態の判定法 (一部、前々回の記事と重複)

5つのパラメータの組(α1, β, g, h2, r0)を1つ決めると(残り4つのパラメータは「現状」欄の値として)、国内経済の状態が1つ決まります。 その状態が良い状態なのか悪い状態なのかを、以下のようにしてスコアを与えて判定します(詳しくは、前々回の記事の説明と注を参照)。

スコアが高いほど、経済と財政は良好です。

・0点 ... 経済が不安定(安定成長でない状態)
・1点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%以上
・2点 ... 安定成長で、かつ、財政赤字のGDP比が4%未満
・3点 ... 安定成長で、かつ、財政収支が黒字

ここで「安定成長」とは、GDPの年率3%以上の成長であって、かつ、一時的に外的ショックのためにGDP成長率が年率マイナス6%以下に落ち込むことがあっても、デフレスパイラルに落ち込まずに自律回復して、やがて年率3%以上の成長に復帰できる経済状態のことです。

各状態は、5次元空間の直方体内部の1点であらわされますが、その点のそれぞれにスコア(0〜3)がついています。 どのあたりでスコアが高くて、どのあたりで低いのか、その様子を知りたいわけですが、5次元は見ることができません。 そこで、平面(2次元)に射影して等高線を書いてみることにします。

ちょうど、ある立体をヨコから見ると三角形に見え、上から見ると円に見えることから、その立体が円すいである、と判断するようなことを、(ちょっと手間はかかりますが5次元で)やろうというわけです。

たとえば、プールの3次元的な(=立体的な)水温分布を知りたいとします。 前回の記事でやったことは、たとえて言うならば、何本かの直線にそって温度計を動かして水温をはかることだけでした。 今回は、あらゆる場所の水温を測って、平均水温の射影図を描いてみます。 上から見下ろして射影図を描くと、深さ方向には平均された水温の分布がわかります。 横から水平方向に眺めて壁に射影図を描くと、奥行きの方向には平均化された水温の分布がわかります。 いろんな方向から眺めて射影図を描けば、立体的な水温分布が想像できます。 そういうことを5次元でやります。


■平均税率&消費性向と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
1_2
図1−2

図は、横軸に平均税率α1、縦軸に消費性向βをとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 この図には、α1とβしか描いていませんが、他の3つのパラメータについては、範囲内のあらゆる値を考えて、平均したスコア(の100倍)が描いてあります。

図1−2に示された黒丸は、日本経済の「現状」です。 赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 すなわち、平均税率のダウンと消費性向の向上が望ましいことになります。 そのような政策は、消費税率のダウンと、税制全体の累進性強化およびセーフティネットの整備(将来不安の解消)です。

よく、消費税を上げて社会保障に使おう、という声を聞きます。 そのような政策は、はたして、安定成長と財政収支の改善をもたらすのでしょうか。

次の図を見て下さい。 これは上の図と同じですが、そのような政策により経済状態がどう変化するかを記入したものです。 青色の矢印です。
1_2s
図1−2s

スコアが高い「山」の部分(良好な経済状態)は、図の左上に存在します。 青色の矢印に沿って右上へ進んでも、山を左手に見て横に歩くだけで、少しも高度は上がらないことがわかると思います。

「山」に登るためには、右上ではなく、左上へと進まなければなりません。 つまり、消費税率のダウンと消費性向の向上が必要なのです。

消費税率を下げて財政収支が改善するのはどうしてでしょうか。 限界税率(≒税の累進性)は変更していないことに注意して下さい。 財政収支が改善するわけは、減税により経済規模が拡大し、所得税や法人税など他の税収が増えるからです。 税収増加は経済成長により自動的に達成されるのです。


■平均税率&資本移動の自由度と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
1_4
図1−4

図は、横軸に平均税率α1、縦軸に資本移動の自由度h2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示したものです。 他の3つのパラメータについては、範囲内のあらゆる値を考えて、平均したスコア(の100倍)が描いてあります。

「現状」から、赤い矢印の方向にパラメータを変えることができれば、経済が安定成長に近づき、財政収支が改善します。 すなわち、平均税率のダウンと資本移動の自由度の若干の低下が望ましいことになります。 そのような政策は、消費税率のダウンと、国境を越える資本移動を現状よりいくらか制限することです。

資本移動を制限するといっても、完全な制限(h2=0)は逆に望ましくありません。 今回の分析では、海外経済が年率2%で安定成長するという仮定を置いていますが、いくらか資本移動を許すと為替レートの変動による貿易収支の変化を通じて、海外経済の安定成長が国内経済を安定化させるのです。 資本移動を完全に制限してしまうと、そのような安定化効果がなくなります。

図から見てh2≒0.4程度が望ましいと思われます。 現状はh2≒1.0ですから、資本移動を現状より少し制限するのが望ましい、ということです。 なお、h2≒0.4は、国内外の実質成長率の差が1%動くと(1〜2年の遅れを伴って)貿易収支がGDP比で0.4%(約2兆円)動く状態を意味します。

それと同時に、平均税率をできるだけ下げるのがよいことがわかります。 つまり、消費税などの間接税を可能な限り縮小し、所得税と法人税など、累進性のある直接税を中心とするのがよいと考えられます。


■資本移動の自由度&海外経済の成長率と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
4_5
図4−5

図は、横軸に資本移動の自由度h2、縦軸に海外経済の成長率r0をとって、どのあたりでスコアが高いかを示した射影図です。

「現状」にくらべて、海外経済の成長率が高くなり、かつ、資本移動の自由をいくらか制限した方が、望ましいことがわかります。

図全体の特徴をみますと、まず、海外経済の成長率が高いほど、国内経済の状態がよくなるのは当然です。

興味深いのは、資本移動の自由度に対する振る舞いです。 資本移動の自由度h2は高すぎても低すぎてもいけません。 海外の成長率がいくらであるかにはよらず、h2は0.5より少し小さいくらいが最適であることがわかります。


■政府支出比率&資本移動の自由度と経済・財政の安定度(開放経済のケース)
3_4
図3−4

図は、横軸に政府支出比率g、縦軸に資本移動の自由度h2をとって、どのあたりでスコアが高いかを示した射影図です。

「現状」にくらべて、政府支出比率が高くなり、かつ、資本移動の自由をいくらか制限した方が、望ましいことがわかります。

政府は収入の100%(場合によっては100%以上)を支出する経済主体です。 また、このモデルでは、政府の規模が大きくなると経済は非効率になる、といった仮定は組み込んでいません。 それゆえ、政府支出のGDP比率が増加することは、あたかも家計の消費性向が増すのと同様な結果を経済全体にもたらし、(このモデルでは)安定成長と財政収支の改善がもたらされます。

資本移動の自由度に対する振る舞いをみます。 資本移動の自由度h2は高すぎても低すぎてもいけません。 だいたい、h2は0.5より少し小さいくらいが最適であることがわかります。

少し細かく見ると、政府支出比率が大きいほど、資本移動の自由度の最適値は小さくなります。 いまは、海外経済の成長率を年率2%で一定と仮定しているため、海外経済が国内経済の安定化要因となっています。政府支出比率が小さい場合には、経済安定化の役割を海外経済に頼るので資本移動はある程度、自由なほうがよいのです。 それに対し、政府支出比率が大きい場合には、国内経済が安定しているので、海外経済に安定化を頼らず、資本移動の自由を制限して内需中心に経済を回したほうがよくなります。 後者は現在の中国経済の状態に近いと思われます。


■残りの射影図

射影図は全部で 5×4/2 = 10個あります。 その一部を上で取りあげました。 残りの図が重要でないというわけではなく、いずれも重要なのですが、パラメータに対して経済・財政の安定度が単調に変化したり、すでに取りあげた図と定性的に同じ振る舞いになっているので、改めてコメントする必要を感じなかっただけです。

縦軸と横軸にとるパラメータごとに整理して表にまとめました。 クリックして該当する図をご覧下さい。

パラメータα1βh2r0
平均税率 α1---図1_2図1_3図1_4図1_5
消費性向 β------図2_3図2_4図2_5
政府支出比率 g---------図3_4 図3_5
資本移動の自由度 h2------------図4_5
海外経済の成長率 r0---------------


■現状で望ましい政策

前回の局所的観察と、今回の大局的観察を踏まえると、以下のような政策が推奨されます。

税制の累進性を保ったまま、あるいは、できれば若干強化して、間接税を大幅に減税します。 当初は財政赤字が膨らみますが、すぐに減税による経済成長が始まります。 それにより所得税・法人税の税収が大幅に増えるため、財政収支は改善します。 安全網の整備により消費性向の向上をはかります。 資本移動の自由を現状より多少制限して為替レートの安定をはかり、内需中心の成長路線に経済をのせます。

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