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消費を最大化する所得税制(1)---需要側からの視点

日本の所得税の累進度はどれくらいが望ましいのか、について定量的に考えてみました。 これから数回に分けてその報告をします。

家計の消費性向を見てみますと、たとえば、可処分所得が年100万円の低所得家計はそのほぼ100%を消費しますが、同1000万円の高所得家計は60%ほどしか消費しません(家計調査、2007年)。

Cons_rate_2

もし、高所得家計から低所得家計へと所得の再分配を行えば、国全体の消費が増えます。 それは民間投資の増加を生み、給料が増え、再び、家計の消費が増えます。 つまり、所得の再分配は国民総所得の水準を引き上げます。 再分配のマクロ経済的な効果です。 こうした効果についてはすでに、以前の記事「経済成長と減税を可能にする魔法の税制---累進所得税」において簡単なモデルで説明しました。 吉越さんが「需要の増殖効果」と命名された効果です。

では、どの程度の再分配が望ましいでしょうか。

再分配の額が多いほど、国全体の消費は増えるでしょう。 しかし、マイナスもあります。 多すぎる再分配は、高所得層に重税感をもたらし、労働意欲の低下を招きます。 高所得層は仕事量を減らしたり、節税行動が経済効率の低下につながるでしょう。

この両者をうまくバランスさせるところに「最適な」所得税の累進度があるはずです。


■従来の「最適」所得税制の議論---サプライサイドを重視

上では、再分配によるマクロ経済的な所得引き上げ効果と、課税による高所得層の労働意欲の低下とのバランスで、最適な税率の累進度が決まるであろう、と述べました。 これは、今回の記事で説明するWSの提案です。 需要側(ディマンドサイド)を重視した定式化です。

一方、従来の最適所得税制の議論(*1)では、サプライサイドを重視した別の枠組みで、最適な税率の累進度を決定しているようです。 高所得層の労働意欲の低下を考えるところは同じですが、マクロ経済的な所得引き上げ効果は考慮されません。 かわりに「社会的厚生関数」というものを与えて、低所得層の福利厚生を考慮します。 ある程度の再分配を行う方が社会的に望ましい、という価値判断を入れて、それと高所得層の労働意欲の低下とのバランスを考えます。

日本にこの議論を適用すると、最高所得層が直面する、望ましい(限界?)税率は50%超となるのは確実で、最適値はおよそ70%くらいである可能性が高いようです。


■WSの「最適」所得税制の議論---ディマンドサイドを重視

これから説明する最適な累進度の決定では、高所得層の労働意欲の低下とバランスさせるのは、再分配によるマクロ経済的な家計消費の増加がもたらす、総所得の増加です。 あるいは、従来の枠組みで述べるならば、国民総所得(あるいは家計消費)を最大化するのがもっとも望ましいという「社会的厚生関数」を採用し、それを最大化するように税制を決める、とも言えます(*2)。


■最適税制の決定に必要な情報(従来モデル)

従来の最適税制の議論では、マクロ経済的な考察は一切ありません。 最適な税制の決定に必要な情報は以下の2つのみです。

・家計の所得獲得能力の分布 f(n)
・所得の税率に対する弾力性 e

「家計の所得獲得能力の分布」というのは、(課税が行われない場合の)家計の年収分布のことです。 また、「所得の税率に対する弾力性」というのは、課税によってどれくらい、勤労意欲が低下して所得が下がるか、を表す量です。

先進各国で高累進所得税制が一般的だった1971年に、「最高所得層の限界税率は20%台が望ましい」というマーリース氏の最適税制の議論が登場して世間を驚かせました。 彼が仮定した所得獲得能力の分布は、実際より所得格差が小さいものだったので、そうした結論になったのです。

実際には、高所得層の分布はとてもすそ野が広く、高い所得までおよんでいます。 もっと現実に近い所得分布を仮定すると、望ましい最高所得層の限界税率は50%を越えることを指摘したのは、ダイヤモンド氏(1998年)やサエズ氏(2001年)でした(*1)。


■最適税制の決定に必要な情報(これから紹介するモデル)

これから紹介するWSのモデルでは、再分配が家計消費を増やし、民間投資などに波及していくマクロ経済効果を考えます。 そのために、上で述べた

・所得獲得能力の分布 f(n)
・所得の税率に対する弾力性 e

に加えて、

・家計の(可処分所得に対する)消費性向の分布

の情報が必要になります。 これらをマクロ経済モデルと連立して最適税制を決定します。

(続く。次回は日本の家計について、能力の分布と消費性向の分布をNTAや家計調査のデータで調べます。)

-----
*1) 参考にさせていただいた「最適」所得税制についての岩本康志さんのブログ記事やPDFと、E Saezの論文をリンクしておきます。 BUNTENさんのブックマーク経由でたどり着きました。 感謝。

・日本の課税所得の弾力性
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/30924823.html

・研究進む「最適」所得税制(『日本経済新聞』2007年6月4日朝刊「経済教室」)
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/Docs/2007/KenkyuSusumuSaitekiShotokuZeisei.html

・最適所得税の導出について(数学的な議論)
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/Docs/2007/SaitekiShotokuzeinoDoshutsuniTsuite.pdf

・E Saez (2001) 'Using Elasticities to Derive Optimal Income Tax Rates'
http://elsa.berkeley.edu/~saez/derive.pdf

*2) マクロ経済的な所得引き上げ効果を考慮し、かつ、任意の社会的厚生関数を最大化するように税制を決定することも容易です。 しかし、今回は簡単のため、単純にGDP自体を社会的厚生関数として採用します。 そのかわり、最低所得層の福利厚生を、収入ゼロの家計の税額をマイナス値に設定することで考慮します。

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経済09」カテゴリの記事

コメント

「消費を最大化する」所得税制というアイデアは、とても大切とおもいます。従来の「最適課税論」は、税収を上げるという、もろに財務省側の議論になっていますが、もっとマクロ経済的な議論が必要とおもいます。

消費性向が所得とともに低下することはよく知られた事実です。そのことを通常のマクロ需要理論に適用すると、Wave of soundさんはとうぜんお気づきのことですが、適切な税制のない場合には、成長は需要抑制的に働きます。

このことは、つい最近出版した『関西経済論 原理と議題』という本の第1章の第5節「需要飽和の経済学」として書きました。

地域経済論の本ですので、長い議論せずに数値例を挙げてあるだけですが、これはかなり一般的に成り立ちます。むしろ、こうした効果が高度成長期には、なぜ働かなかったのか、疑問にまでなります。高度の累進課税が効いていたのではないでしょうか。

地域経済の本に、なぜこんな議論があるかというと、地域経済の発展過程をきちんと議論しないと、イベント主義・プロジェクト主義で終わってしまうからです。それでは、本当の地方分権は不可能だし、成果もでないと考えています。

じつは、成長を抑制しない(成長中立的な)所得税制がありえないものか、考えています。できてしまえば、簡単かも知れないのですが、必要条件の確定に四苦八苦しています。その過程で、Wave of soundさんのこのブログに出会いました。

うまくいったら、またコメントします。

投稿: 塩沢由典 | 2010.04.27 23:56

塩沢由典 様

「消費を最大化する」所得税制の記事へのコメントをありがとうございます。お返事がたいへん遅くなって申し訳ありません。

御著書『関西経済論 原理と議題』の「はじめに」を塩沢さんのホームページ
http://shiozawa.net/chosho/kansaikeizairon_maegaki.html
にて拝読いたしました。

ここ30年ほどの経済政策は供給サイドに働きかけようとしてきたけれども、実は本当の問題は需要サイドにあるのではないか、という問題意識をWSは共有できます。

地域経済について全く勉強したことがないのですが、どれほどすぐれた地域振興策を実行しようとしても、(国全体の)マクロ経済環境が悪ければ成功の見込みは小さいと思われます。

30年にわたり税制の累進性が徐々に弱められてきたことによるマクロな消費性向の低下と、持続的な円高進行やデフレを招くほどの金融引き締めの継続。おそらく主にこの2つが、日本のマクロ経済環境を傷つけてきたのでしょう。

   *

「成長を抑制しない(成長中立的な)所得税制」というのは興味深い視点だと思います。うまくいったら、教えて下さい。

お役に立つかどうかわかりませんが、昨年末からこの年始にかけて、ある方(Sさん)からメールをいただいたことをきっかけに、「安定成長と財政収支改善を可能にする税制のモデル」について考えたことがあります。

供給制約のないモデルで、民間投資Iが民間消費Cとその増加率dC/dtで決定されます(サミュエルソンの加速度原理)。

I = γ1 C + γ2 dC/dt

(γ1、γ2は「投資性向」と呼ぶ係数)

また、そのモデルでは税収が所得Yとその増加率dY/dtで決定されます。

T = α1 Y + α2 dY/dt

係数α1を「平均税率」、係数α2を「限界税率」と呼んでいます。この「限界税率」が税制の累進度の尺度です(より正確には、累進度と税率表見直し頻度の尺度)。

また、民間消費Cは平均消費性向βと可処分所得Y-Tで決まるとします。

C = β (Y-T)

これらの式と所得の定義式 Y = C + I + G (ただし G = g Y (gは政府支出係数))から、所得Yが満たす2階の線型常微分方程式を導くことができます。

d^2 Y/dt^2 + p dY/dt + q Y = 0

p, qは、上で与えた様々な係数で表すことができます。

この微分方程式の2つの特性根の値は、経済の成長率や安定性に関係しています。 たとえば、限界税率α2を大きくすれば経済の安定性が増すこと、しかし極端に大きくしすぎると成長率を抑制することなどがわかります。

これらの結果はSさんとのメールのやりとりを通して得たもので、一部は当ブログの記事にも書いています。ご参考まで。

閉鎖経済についての上記のモデル
安定成長と財政収支改善のための政策(1)(2)
http://waveofsound.air-nifty.com/blog/2009/12/1-f58e.html

開放経済に拡張したモデル
安定成長と財政収支改善のための政策(3)(4)
http://waveofsound.air-nifty.com/blog/2010/01/---1-0562.html

モデルを定義する式はいろいろなところに分散してしまっていますが、上の記事(3)が一番まとまっています。

投稿: Wave of sound | 2010.05.13 17:52

『関西経済論 原理と議題』の「まえがき」、読んでくださり、ありがとうございます。「まえがき」ではちょっと触れているだけですが、わたしは中央政府の経済をコントロールする可能性に限界を感じているのです。

>どれほどすぐれた地域振興策を実行しようと
>しても、(国全体の)マクロ経済環境が悪け
>れば成功の見込みは小さいと思われます。

このこと自体はただしいのですが、では国(つまり中央政府)には、マクロ経済環境を良くする能力があるかというと、そこに大いに疑問を持っています。

中央政府と日銀は、大きな政策の失敗をしなければよい。たとえば日銀は、通貨の番人に徹し、物価の安定に務めていればよいと考えています。インフレを起こせば、すべてうまくいくなどいう「うまいはなし」を信じていないのです。

物価が年に1%、2%下落しているからデフレだというのも、おかしな話です。もちろん、物価の下落をもってデフレと定義する人にとっては、それでまちがいないのでしょうが、それは重要なことを見落としています。需要が伸びない、縮小していることの方が物価の下落よりよほど大きな問題です。

ところで、需要を作り出す/創造するのはだれかといえば、政府ではなく、企業や起業家、あるいはコミュニティ・ビジネスの担い手などでしょう。その人達が最初に依拠する場所が、かれらが住んでいる地域です。

これはサービスを考えてみれば、良く分かることです。ほとんどのサービスは、お客が移動するか、サービスを提供する人が移動しなければなりません。そうなると、一定の交通圏(わたしは、それを「一日交流圏」と呼んでいます。)においてしか、最初の立ち上げはできません。ここに都市の規模が関係してきます(第2章第8節で解説しています)。

あとははしょりますが、都市圏のあり方が経済発展を規定するものになります。経済発展の単位は、国(国民国家)ではなく、都市である。このことをわたしはジェイン・ジェイコブズに学びました。経済学は、こうした基本的出発点において間違っていると思われます。

では、都市の経済活動を良い形に変えるには、どうしたらよいか。現在のような中央集権国家ではどうにもなりません。道州制を含む地域分権が必要です。

こう考えてくると、

>どれほどすぐれた地域振興策を実行しようと
>しても、(国全体の)マクロ経済環境が悪け
>れば成功の見込みは小さいと思われます。

というより、

>(国全体の)マクロ経済環境をいかに整え
> ようと、各地域が成長するようでなけれぱ
> 地域から構成される国の経済はどうにも
> ならない。

とも言えるのです。マクロ経済をよく考えれば、現在の閉塞状況に解が見つかると思うのは、かなり危うい思い込みではないでしょうか。

もちろん、国にやれることがないというわけではないでしょう。現在の税制を前提にした上で考えるとき、成長を阻害しないような税制というのは、ひとつの必要なことかなというのが、いま考えている「成長中立的所得税」です。

これは簡単にいえば、Yが変化したとき

C+Gi ∝ Y

が自動的に保証される所得税を考えようということです(ただし、Giは所得税からの政府支出です)。このような所得税スキームのあること(十分条件)は分かったのですが、それが唯一のものなのか、いろいろあるものなのか(必要条件)が分からず、もたもたしています。まあ、これは分からなくても、制度論としてはあまり重要ではないのですが。

投稿: 塩沢由典 | 2010.05.16 01:11

塩沢由典 様

コメントありがとうございます。
いくつかお返事しなければならない点がありますが、いまは最後の1点だけ。

塩沢さんが得られた十分条件は、もしかしてこんな形でしょうか。

c(y-t(y)) + t(y) = A y

ここで、c(z)は可処分所得zの家計の消費額、t(y)は所得yの家計の税額、Aは最高限界税率です。

y=0 とおくと関係 c(-t(0)) = -t(0) を得ます。

所得ゼロの家計への給付額(税額t(0)が負なので、-t(0)が給付額にあたります)が、最高限界税率Aとは無関係に、消費性向がちょうど1に等しくなる家計の可処分所得と一致するように決まる点が興味深いです。

上記の十分条件をマクロな関係式

(C+T)/Y = 時刻によらず一定

だけから得るのはおそらく無理だと思います。この関係式は(時刻を止めたとき)実数自由度1つをフィックスできるだけで、関数t(y)全体を決めることのできる条件にはなっていません。

ちょっと強すぎて当たり前になってしまいますが、任意の所得区間 [y1, y2] (所得がy1以上y2未満)に対して、その区間に属する家計での消費の和、税額の和、所得の和の間に同様な関係が成り立つならば、必要十分になると思います。

投稿: Wave of sound | 2010.05.24 22:58

(書きかけていたものをとりあえず形にしてアップします。地域の理想像、これまでのマクロ経済政策への評価、中央政府や地方政府の役割、の3点についてです。)

塩沢由典 様

お返事ありがとうございます。

WSは地域振興についてほとんど何も知りませんが、ジェイン・ジェイコブズが理想とする都市の姿には(そしておそらくは塩沢さんが理想とされる地域の姿にも)共感がもてます。彼女の四原則

・街路の幅が狭く曲がっていて1つ1つのブロックの長さが短いこと
・古い建物と新しい建物が混在すること
・各区域は2つ以上の機能を果たすこと(住宅地とオフィス街をわけるなどのゾーニングの否定)
・多様で高い人口密度(子供、高齢者、企業家、サラリーマン、主婦、学生、芸術家など多様な人々がコンパクトな都市に生活していること)

を読んで、WSは(少し昔の)下北沢の町を思い浮かべました。

おそらくこれらの原則は、環境負荷が小さく、買い物がしやすく、教育、医療、介護などのサービスが充実した、魅力的で活力ある地域を実現する条件でもあるでしょう。また、ITなどの分野で創造力に富んだ人材が暮らしたいと思うような、21世紀的な地域の理想像でもあると思います。

   *

ただ、そうした地域を実現する上で、中央政府のマクロ経済政策が果たすべき役割は何か、あるいは地方政府が果たすべき役割は何か。また、これまでのマクロ経済政策についての評価、といった点では、塩沢さんのお考えとWSのそれとの間に相違があるかも知れません。

   *

>中央政府と日銀は、大きな政策の失敗をしなければよい。たとえば日銀は、
>通貨の番人に徹し、物価の安定に務めていればよい

とのご認識には、これまで大きな失敗はなかった、とのニュアンスが感じられます。 しかし、WSは中央政府の税財政政策においても金融政策においても、30年間の長期にわたる大きな「失敗」と多くの個別の「失敗」があり、まさにそれが地方経済を疲弊させている原因の1つだと考えています。

税財政政策においては、80年代以降、税制面で累進性を緩和し、ビルトインスタビライザーを弱体化したこと。1997年と2000年代初期の2度にわたり、景気回復初期に緊縮財政を行って景気回復の腰を折ったこと。

金融政策においては、(2〜5年周期の短期景気変動を除いた長期でみて)1982年ごろより約30年にわたり金融を引き締め続け、消費者物価上昇率が主要貿易相手国より常に2〜4%低い状態を継続し、当然の結果として30年間で名目為替レートが対ドルで約2倍、対元で約4倍になるほどの円高を招き、製造業と資本の海外流出を招いたこと。(この円高こそが内需減退の最大の原因です。) 1990年のバブル崩壊のあと、過剰に金融を引き締めてハードランディングを招いたこと。ほかにもいくつかありますが...

これらの「失敗」はいずれも非常に大きなもので、個々の企業や地域の活力の推移を考える上で、決して無視できるようなものではありません。

にもかかわらず「失敗」とカギ括弧をつけたのは、1つには外圧のために仕方なくそうなった可能性があること。もう1つには国内において、高齢層と若年層、大企業と中小企業、既存企業と新興企業、資本家とサラリーマン、公務員と民間など様々な切り口があり得ますが、大きくは「持てるもの」と「持たざるもの」との力関係において、前者の利益を尊重し後者を無視するような政策が選択された可能性があると考えるからです。(デフレ(=物価下落)環境下では一般に、前者が後者より相対的には有利になります。)

   *

つぎに、非営利部門(政府+家庭)が果たすべき役割と、政府の役割の中央政府と地方政府での分担について。
(注:家庭の営利活動に注目するときには「家計」と呼びます。)

経済において非営利セクターの役割は次の3つだと考えます。
・企業の営利活動ではうまく提供できない財やサービス(公共財)の提供
・企業の営利活動を円滑にし、かつ、それが「社会を傷つけない」ようにするためのルールの制定や運用
・非営利部門の活動を円滑にし、かつ、それが「社会を傷つけない」ようにするためのルールの制定や運用

駅前シャッター通りなどに象徴される昨今の地域経済の衰退の原因の1つとして、バブル崩壊後、景気がず〜っと悪い、ことが挙げられると思いますが、すでに述べたようにその責任の(大きな)一部は中央政府の税財政政策や金融政策の「失敗」にあるとWSは考えます。これは、上の3つでいうと、「公共財(税財政金融政策)の提供」がふさわしくなされていない、ということです。

また、地域経済の衰退の別の原因として、地域の売り上げの大きな部分を、コンビニや郊外の大規模商業施設といった大資本が得て、マネーが地方から吸い上げられて東京へ向かってしまうことがあると思います。(公共工事の一部にも同様な構造があるようです。) これには大店法の廃止や連結決算制度の導入、独占禁止法の運用など法制度が関係しているわけですが、上の3つで言うと、「企業の営利活動が社会を傷つけないようにするためのルールの制定や運用」がうまくいっていない、ということです。

また、別の原因として、少子高齢化による地域の活力の減退があると思いますが、少子高齢化のうち少子化のほうは若年層(就職氷河期世代)の貧困化に大きな原因があり、さらにその原因をたどれば長期に渡る景気の低迷のほかに、健康保険や年金制度、雇用形態の変化等による若年層から高年齢層への大規模な所得移転が挙げられます。これは、上の3つでいうと、「非営利部門(家庭)の活動を円滑にするためのルールの制定や運用」がうまくいっていないということです。

いま、政府が望ましい役割を果たしていないためにマクロ経済環境や経済ルール、あるいは家庭が置かれた環境が悪化し、地方経済の活力が損なわれている例を3つ挙げました。

これらは、政府によって改善可能な問題であると思いますが、中央政府と地方政府のどちらがより効果的に取り組めるでしょうか。

   *

地方政府のほうがうまくやれる場合もあるでしょうが、必ずしもそうではなく、中央政府がやるべきケースも多いとWSは思います。

たとえば第1の例(財政金融政策)については、地域の独自通貨を大規模に発行するのでもない限り、金融政策は中央政府しかできないからです。税財政政策については地方政府が一部を担ってもよいと思いますが、特定の企業だけが潤うような半公共財の提供や税制優遇などは近隣窮乏化政策につながるので、中央政府が設けるルールによる強力な歯止めが必要です。

地方政府と中央政府のどちらがやるべきか、という役割分担を考える場合に、関係する営利主体と経済規模を比較することが有益であると思います。

政府の典型的な経済規模(予算)は
・中央政府...100兆円
・都道府県...5000億円
・市町村 ...500億円

企業の典型的な経済規模(売り上げあるいは総資産)は
・財閥  ...100兆円
・大企業 ...10兆円
・中小企業...1000億円以下

です。仮に政府が企業の10倍の資金力をもっていればコントロール可能であるとするならば、

・市町村がコントロールできるのは、売り上げ50億円以下の小企業だけ、
・都道府県がコントロールできるのは、売り上げ500億円以下の中小企業だけ、
・中央政府がコントロールできるのは、売り上げ10兆円以下の大企業だけ

ということです。

WSは、地方政府が独自の財源と立法権をもち、地域の実情にあったルールを定めたり、住民のくらしに密着した地元の小企業や地域の活力を引き出すために、住民合意の上で特定の目的のために支出を行うことには大いに賛成です。

しかし、(たとえその必要性があっても)自身の経済規模を越える民間大企業に関わるルールを、地方政府は定める力をもたないでしょう。 そうしたルールは中央政府が定めるか、あるいは、地方政府がルールを定めることができるように中央政府が援助しなければなりません。

もし、ほんらい中央政府に与えるべきそうした立法権を地方政府に渡してしまったら、地方政府はある領域についての立法権をもちながら、現実にはなんらルールを定めることができなくなります。その結果は、営利原理のみに基づいて行動する大企業が地方政府どうしの差異を利用して利益を得、「社会が傷つく」ということになります。

   *

中央政府にはもっとしっかりやってもらわなければなりませんが、中央政府でうまくいかないことを地方政府に投げたらうまくいくかというと必ずしもそうではなく、もっと悪くなる場合もあるでしょう。

地方分権には良い面もたくさんあるでしょうが、それは、地方の経済規模に見合った、実行可能な権限が移される場合に限られると思います。 とくに、地方分権が大企業サイドから唱えられる場合には、注意深くその副作用を見抜く必要があるのではないでしょうか。

投稿: Wave of sound | 2010.05.25 05:40

塩沢由典 様

所得がyの家計の所得の伸び率をα(y)とします。任意の伸び率たち {α(y)} に対して

(C+T)/Y = 時間的に一定 (*1)

を要請すると、税額表 {t(y)} が

c(y-t(y)) + t(y) = A y

を満たすように決まることがわかりました(必要十分)。結果が所得分布によらなくなってしまったのが少し残念ではありますが。

所得の税率(あるいは限界税率)に対する弾力性のようなものは全く考慮していません。とはいえ、消費性向で支出が決まる大半の中低所得家計に関しては意味がある結果だと思います。

暫定的には、この結果とSaezたちの結果を年収2000万あたりを境につなぐと全体として説得力のある税率表ができるのではないでしょうか。

式(*1)は閉鎖経済では、投資/所得の比率が一定であることも意味しているので、目標として魅力的な式であると、あらためて思います。 式(*1)が具体的にどのような所得税率になっているのか、少し記事にしてみたいのですが、よろしいでしょうか。

投稿: Wave of sound | 2010.05.27 03:16

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