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消費を最大化する所得税制(2)---日本の家計の所得分布と消費性向

需要側の視点を取り入れた枠組みで、「最適」所得税制を決定する話の2回目です。

需要側の視点というのは、所得再分配によって家計消費が増え、それが民間投資の増加につながり、国民総所得の水準を引き上げるという、マクロ経済効果を考慮することを指します。 以降の分析では

・(課税がない場合の)家計の所得分布
・所得の税率に対する弾力性
・家計の(可処分所得に対する)消費性向

のデータが必要になります。 これらを順に見ていきましょう。 (弾力性については次回に触れます。)


■高所得家計の所得分布

次に示すのは、高額所得者の所得分布です。 横軸に年収をとり、縦軸にはその年収以上の人の人数をとってあります。 たとえば、年収が100億円を超える人は日本に約10人いる、ということがわかります。 ソースは国税庁統計年報(平成19年度)p.65の、申告所得者の所得分布の表です。

Income_distri3
図1

ごらんのように両対数グラフ上で見事に直線に乗っています。 これは、高額所得者の所得分布がべき分布(=パレート分布)になっていることを示します。 式で書くと、yを所得、pを所得yの人の低所得側からの割合(0 <= p <= 1。 たとえば、一番所得の低いひとはp=0、高い人はp=1、中央の人はp=0.5)として

y = 定数 / (1-p)^c

となります。 定数cはおよそ c = 0.602 です。


■低所得家計の所得分布

次に示すのは、老齢年金受給者実態調査(平成18年)でみた所得分布です。 年金受給者の所得分布は、生涯にわたる所得を反映したもので、近似的には、現地点での全家計の所得分布と同じ特徴をもつと期待できます。

Income_distri1
図2

この図の左端の立ち上がりの部分(年収50万円以下)を両対数グラフにプロットしたのが次の図です。

Income_distri2
図3

少しバラツキがありますが、ほぼ直線にのっています。低所得家計の所得分布もべき分布(=パレート分布)になっています。 式で書くと、yを所得、pを所得yの家計の低所得側からの割合(0 <= p <= 1)として

y = 定数' × p^c

となります。 定数cはおよそ 1/1.69 = 0.592 となり、先ほどの高所得家計の分布の場合の定数(べき)0.602 とほとんど同じなので、同じ記号cで表しました。 これ以降は c = 0.602 とおきます。


■中間所得層の家計の所得分布

高所得家計の分布が y = 定数 / (1-p)^c  ...(y3)
低所得家計の分布が y = 定数' × p^c   ...(y1)

となるのであれば、中間層の所得は、これらを自然につなぐ形として

y = 定数'' × (p/(1-p))^c

あるいは、もっと一般にa, bを定数として

y = 定数'' × p^a (1-p)^(-b)  ...(y2)

のような形の、べき分布を変形した分布になっているのではないか、と予想できます。

次の家計調査(2008年、総世帯)のデータを見ると、その予想が正しいことがわかります。

Household1
図4

オレンジ色の曲線(上の式y2で定数a=0.444, b=0.314の場合)がデータに非常によく当てはまっています(*1)。


■これからの分析で仮定する所得分布

以上の分析を踏まえて、これらの3つの所得分布をなめらかにつないだ所得分布(図の青色の線y)を仮定することにします。

0 <= p < M では y = 定数 × p^c
M <= p < N では y = 定数' × p^a (1-p)^(-b)
M <= p <= 1 では y = 定数'' × (1-p)^(-c)

ここで、低所得層、中間層、高所得層の境目を表す定数M, Nは、

M = (c-a)/(c-a+b) = 0.335
N = a/(c-b+a) = 0.941

です。

図をみると、オレンジ色の曲線(y2)の方が、青色の曲線(y)よりも家計調査のデータによく当てはまっているのに、どうして青色の曲線のほうを採用するのか、と疑問に思われるかも知れません。

それは家計調査が、9000サンプル程度の、多いとはいえ、やはり有限のサンプルに基づく調査だからです。 所得分布のようなすそ野の広い分布では、高所得側と低所得側の両極端は、端に行けば行くほど、有限のサンプルで分布を代表させることが困難になります。 そうした端の部分では、全数調査である税務データなどの信頼性が勝ります。


■これからの分析で仮定する所得獲得能力の分布

上で日本の家計の所得分布を求めましたが、実は、これから最適税制を決定する際に必要なのは、所得獲得能力の分布(=課税がない場合の所得分布)なのです。

実際の所得分布は、課税による変形を受けています。 税負担が重いと、働く意欲をなくした家計がわざと所得を減らす、という作用が働くためです。

本来は、この変形の影響を取り除かなければなりません。 しかし今回は簡単のため、それを無視します。

すなわち、所得獲得能力の分布は、上で求めた実際の所得分布と同じ形をしていると仮定します。 たとえば、図の青い線上において、ある所得順位の家計Aが別の家計Bの2倍の年収になっているならば、所得獲得能力も、AはBの2倍であると仮定します。


■家計の、可処分所得に対する消費性向

次の図は、家計調査(2007年、総世帯のうち勤労者世帯)による、消費性向のデータです。 高所得の家計ほど消費性向が低くなっています。

Cons_rate
図5

図の青い線は式

β = 2.31 / z^0.192

を表しています。 ここで、βは消費性向、zは年間の可処分所得(万円)です。 上の式は次のように書き直すこともできます。

β = (z0/z)^0.192, ただし z0 = 79.0

この式から、年間の可処分所得が79万円のところで消費性向がちょうど1になり、可処分所得がそれより小さいと消費性向が1を越えることがわかります。

また、消費性向が0.95(=可処分所得の5%を貯蓄)となる家計の可処分所得は102.3万円、消費性向が0.90(=可処分所得の10%を貯蓄)となる家計の可処分所得は135.6万円です。 このあたりの年収が、「最低限度の暮らし」に必要な年収の目安になるはずです(*2)。

ごらんのように、図の青い線は中低所得家計の消費性向をよく表していますが、同じ曲線が、可処分所得が1000万円以上の高所得家計の消費性向のデータにもあてはまるのかどうか、は不明です(WSは知りません)。

しかしながら、今回は、この曲線が高所得層の消費性向にもあてはまると仮定します。

したがって、一般に、可処分所得がzの家計の、年間消費額をc(z)とすると

c(z) = β z = 2.31 × z^0.808

と表されることになります。

下表は、上の式で仮定されている、可処分所得と消費性向の関係です。

可処分所得  消費性向
 250万円   0.80
 500万円   0.70
1000万円   0.61
2000万円   0.54
4000万円   0.47
8000万円   0.41
16000万円   0.36
32000万円   0.32

(続く。次回は、マクロ経済効果を考慮して「最適な」所得税制を決定します。)

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*1) 以前の記事で、家計の所得分布はほぼ対数正規分布になる、と述べました。 少し訂正しなければなりません。 分布の両端(高所得側と低所得側)の端のほうはむしろ、べき分布(パレート分布)と呼ぶのが適切です。 それに対して、両極端を除く分布の中間部分は、対数正規分布でもよく近似できます。

*2) 家計調査のサンプルでは、低所得の家計は、構成員(家族)の人数が1人とか2人の家計が多くなっています。 3人あるいは4人以上の家族からなる家計が必要とする「最低限度の収入」はこれより多いと思われます。

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