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「最適な」所得税制を求めてみる(1)---社会的厚生関数からのアプローチ

先日の記事ではマクロ経済効果も考慮して、税収がGDPの20%であるような所得税単独税制の場合に、民間消費を最大化するような税率表を決定しました。

家計の消費性向は高所得になるほど小さくなります。 この事実から予想できることですが、求まった税率表は最高限界税率が90%超となるなど、累進性が強く、高所得家計に非常に厳しいものでした。

歴史的には、所得税の最高税率が92%であった1950〜1960年代の米国など、このような税率表もなかったわけではありません。 日本でも1983年以前は、個人住民税(18%)と合わせた所得税の最高税率は93%でした(参考:財務省HP 所得税の税率構造の推移推移のイメージ図)。

しかし、現在の日本の最高税率が50%であることを考えると、90%を越える最高税率は現状ではさすがに「高すぎて」非現実的かも知れません。

そこで今回は、あとで詳しく説明するいくつかの仮定のもとに、もう少しマイルドで現実的な所得税の税率表を求めてみます。


■「最適な」所得税の限界税率

累進所得税で再分配を行う場合、再分配による低所得家計の厚生の向上と、高い税率による高所得家計の痛みとの間でバランスをとる必要があります。

そのバランスの取り方をパラメータkで表します。 kは0から1までの間のいずれかの値をとります。

k=0は高福祉(ロールズ的な)ケースで、低所得家計の厚生を高所得家計のそれよりも重視します。

k=1はゼロ福祉(功利主義の)ケースで、低所得家計の厚生も高所得家計の厚生も(ある意味で)同等に扱います。

k=0.5やk=0.75など両者の中間のケースは、kの値が0と1のどちらに近いかにより、中福祉ケースや低福祉ケースなどと考えることができます。

まず、結果を示します。 税収はGDPの20%と仮定しています。 税率表を決める際に用いた他の仮定についてはあとで説明します。

次の図は、4つのケース(k=0.00, 0.50, 0.75, 0.90)での限界税率と給付額(=所得ゼロの家計の負の税額)です。

Mt_rate
図1

限界税率の最大値(最高税率)は高福祉ケース(k=0)で76%、やや高福祉ケース(k=0.5)で71%、中福祉ケース(k=0.75)で64%、低福祉ケース(k=0.9)で51%となっています。

いずれのケースでも限界税率は、多くの家計が属する中間所得層(所得500万円付近)で一番低い、U字型になっています。 中間所得層の限界税率はそれぞれのケースで、最高税率より20〜25%ほど低くなっています。

低所得家計の限界税率はいずれのケースでも、中間所得層より5〜10%ほど高くなっています(実効税率はもちろん低所得家計のほうが低くなります。 給付があるからです)。

給付額(所得ゼロの家計が払う負の税額)は、高福祉ケースから順に、271万円、230万円、181万円、119万円となりました。

ゼロ福祉ケース(k=1)は図に示していませんが、k=1に近づくと限界税率は約20%でほぼ一定、給付額はほぼゼロとなります。


■「最適な」所得税の実効税率(中低所得家計)

実効税率は次のようになります。 実効税率は上の限界税率の表と給付額から計算できます。 まず年収1000万円以下の家計について示します。

Et_rate1
図2

低所得家計の実効税率はマイナスになっています。 低福祉ケースでは年収330万円以下、その他のケースでは年収400万円ないし450万円以下の家計の実効税率はマイナスです。

年収が増えるにつれて実効税率は高くなりますが、年収1000万円以下の家計ならばいずれのケースでも35%を越えません。

年収1000万円の家計の実効税率は、高福祉ケースで約35%、その他のケースでは20〜30%となっています。


■「最適な」所得税の実効税率(高所得家計)

年収1000万円以上の家計の実効税率は次のようになります。 横軸(年収)は対数目盛です。

Et_rate2

図3

年収1000万円から3000万円くらいまで、実効税率は(年収の対数に対してほぼ直線的に)急激に増えます。 年収1億円以上では実効税率は年収とともにゆるやかに増え、限界最高税率に漸近します。

年収3000万円の家計の実効税率は、高福祉ケースから順におよそ、58%、52%、45%、36%です。


■マクロ経済への影響

4つのケースのいずれも税収はGDPの20%ですが、民間消費(各家計の消費額の合計)は違ってきます。 消費性向の高い、低所得家計へ多く分配するケースのほうが、消費額の合計が増えるからです。

図は民間消費が可処分所得に占める割合、つまり、(国の家計全体の)平均消費性向をケースごとに示したものです。

Macro_cons_ratio
図4

平均消費性向は、高福祉ケースで0.694、低福祉ケースで0.660となっています。 0.034の違いですが、これはわずかな違いではありません。

家計の消費は民間投資の呼び水となり、企業の売り上げや給与に反映します。 給与は再び家計に入って、次の消費を生みます。 このように繰り返し需要の喚起が起きるので、その経済へのインパクトはbを消費性向として(輸入による漏れを無視すれば)

1 + b + b^2 + b^3 + ....

= 1/(1-b)

のように乗数因子 1/(1-b) で表されるからです(図のオレンジ色の棒)。

乗数因子は、高福祉ケースで3.27、低福祉ケースで2.94となっており、約10%もの違いがあります。 じゅうぶんに時間が経過したあとの均衡GDPの水準を比べると、高福祉ケースでは低福祉ケースより約10%大きくなるでしょう。

あるいは、均衡に未到達な経済の成長率に、乗数因子を反映した大きな差が生じると考えられます。


■kの値と社会的厚生関数の選択

簡単のため、3つの家計1,2,3から構成された社会を考えます。

さらに、各家計の効用は、可処分所得に比例するとします。 たとえば、可処分所得が100万円の家計の効用は1で、550万円の家計の効用は5.5といった具合です。

あとで説明する最適税率の計算では、各家計の効用は可処分所得だけでなく、(税引き前の)所得にも依存すると仮定します。 税が重いと効用が減るという効果を考えるためです。 しかし、ここでは簡単のため、効用は可処分所得のみで決まると想像して下さい。

例として、各家計の効用がそれぞれ次の表のようになる、3つのケースA, B, Cを考えます。

ケースA ケースB ケースC kの値
家計1 2 3 1
家計2 3 3 3
家計3 4 3 5
社会的厚生(和) 9 9 9 k=1
社会的厚生(積) 24 27 15 k=0
表:各家計の効用

3つのケースA, B, Cはいずれも、各家計の効用の和は9で同じになっています。

したがって、もし社会的厚生を各家計の効用の単純和であると定義するならば、いずれのケースでも社会的厚生は同じになります(功利主義の厚生関数)。

しかし、効用の和は同じでも、ケースBでは各家計の効用は同じですが、ケースCでは大きくばらついています。 ケースCには効用の非常に少ない家計(家計1)があり、「健康で文化的な最低限度の生活」のレベルに達していない可能性があります。

もし、効用の積を社会的厚生関数として採用するならば、効用の極端に低い家計があるかないかを反映することができます(ロールズ的な厚生関数)。

表から読みとれるように、社会的厚生(積)は、ばらつきの大きなケースCでは15と低いですが、ばらつきのないケースBでは27と高く、ケースAでは中間の値24となっています。

一般に、多数の家計i=1,2,3,....Nがあるとき、i番目の家計の効用をu(i)、kを0と1の間の値をとる実数パラメータとして、次の式

F = Sum((1/k)*u(i)^k, [i=1,2,...,N])

により社会的厚生Fを定義しましょう。

k=1の場合にはFは功利主義の厚生関数となり、k=+0の場合にはFはロールズ的な厚生関数となります(*1)。


■「最適な」税率表を計算する際に用いた仮定

まず、各家計iは所得獲得能力n(i)を持っていると仮定します。 能力n(i)は、もし税が課されなければその家計が稼ぐであろう所得のことです。

能力nの分布は、先日の記事「消費を最大化する所得税制(2)---日本の家計の所得分布と消費性向」で述べた分布(図4の青色の曲線y)であると仮定します。 能力nの中央値を500万円と仮定しました。

能力nの家計が実際に稼ぐ所得yは、税率に影響されます。 今回はマクロ経済効果を無視して以下の方程式を満たすように、所得yが決まると仮定します。

y = n * (1 - t'(y))^e

ここで、t'(y)はその家計が直面する限界税率です。 また、eは所得の税率に対する弾力性で、e=0.20を仮定しました。

上の方程式で定まる所得yは、予算制約条件

z = y - t(y) (z:可処分所得、t(y):税額)

のもとで、以下のような各家計の効用u(z,y)を最大化する所得yになっています。

u(z,y) = z - (n/(1+1/e)) * (y/n)^(1+1/e)

右辺に表れた量(y/n)は、(あらい言い方をすると)その家計の労働時間にあたります。 可処分所得が多いほど、また、労働時間が少ないほど、その家計の効用は大きくなると仮定しています。

この効用の関数形を見ると、効用が負になる可能性があると心配になるかも知れません。 上で説明した社会的厚生関数が効用のべき乗の形を含んでいるので、負になると困るのです。

実際に計算してみると、e=0.20ならば、よほどでこぼこした税率表でも仮定しない限り、効用が負になることはありません(e=0.50くらいだと、税率表によっては効用が負になるケースが出てきて問題が生じます)。

平均税率が20%、つまり、全家計の税収の和が所得の和の20%であるとの拘束条件のもとで、さまざまなkの値について、社会的厚生関数を最大化する税率表(10階層)を求めました。 上でグラフで示したのはその結果です。


■おわりに

今回は、所得格差の是正をどれくらい重視するか、を示すパラメータkを導入して、kの値が異なるいくつかのケースで、「最適な」所得税の税率表と給付額(負の所得税額)を求めました。 税収のすべてが所得税であるような所得税単独税制です。

税率表の決定ではマクロ経済的な考察は一切行いませんでしたが、一般的に言えるのは、再分配を強化するほど民間消費が増えて、国内総所得の水準が上がるであろう、ということです。

もちろん、いずれのケースが望ましいか、を数理的考察から決めることはできません。 これは政治的、社会的選択の問題です。

今回のような数理的考察では、社会的厚生関数を天下り的に与えるしかありません。なので、その関数の妥当性を事後的にチェックする仕組みが必要であると思われます。

それに関連して、ある方(Uさん)から興味深いメールをいただきました。

最高税率が90%超になることもあった、高累進所得税制が敷かれていた1947年〜1973年の米国では、適切な所得再分配政策により、各所得階層の所得の伸び率が均一であったそうです。 そうした事実が、クルーグマン氏の著書
・『クルーグマン教授の経済入門』P45 図8 実質所得の変化率
・『経済政策を売り歩く人々』  P192 図6 所得階層による所得成長率の相違
に述べられているとのことです。

累進所得税は毎年の税率表見直しが宿命づけられた税制です。 そうしないと、経済成長するたびに実質的な増税になってしまうからです。

その税率表見直しの際に、各所得階層の所得の伸び率をチェックし、伸び率が均一化するように税率表(や社会的厚生関数)を修正していく、という実践的なやり方が良いかも知れません。

------
注 *1) k→+0のとき、(1/k)*u(i)^kはlog(u(i))に近づきます。 よってexp(F)が、各家計の効用u(i)の積に近づきます。 Fを最大にするような税率表は、exp(F)も最大にしています。

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