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高度成長期から35年間の日本の家計の所得伸び率の推移

高度成長期の1963年からバブル崩壊後の1997年までの35年間に、日本の家計の所得の伸び率がどう推移してきたか。

中間所得家計や高所得家計や低所得家計で伸び率に違いがあったのかどうか、を貯蓄動向調査報告(現在の「家計調査」の前身)で調べてみました。

1960年代には、低所得家計の所得の伸びが高所得家計のそれをいくらか上回っていました。 しかし、所得の伸び率自体が大きかったので、伸び率のばらつきは比率でみるとわずかでした。

1970年代には、第一次オイルショックの時期に低所得家計の所得が他の所得層にくらべて伸び悩んだものの、70年代後半にすぐにその遅れを取り戻しています。 70年代を平均してみれば、全所得層でほぼ均一な所得の伸びが実現していたと言えます。

1980年以降は、一貫して、高所得家計の所得ののびが低所得家計のそれを上回っています。

今回の記事では、上記のような推移をグラフで観察して、伸び率がそのように推移した原因を税制などと絡めて考察してみたいと思います。

   *

次の図1は、各年の貯蓄動向調査報告の所得分布のデータ(*3)をべき分布を変形した関数でフィットしたものです(*1)。 すべての年のデータを表示すると見にくくなるので、5年おきに示しました。

Income_growth
図1 (クリックで拡大)

1980年ごろまでは所得は大きく伸びていましたが、それ以降は伸び率が落ちています。 とくに低所得家計の所得が伸びなくなっていることが読みとれます。

これからいろんなグラフを示しますが、すべて、上記のようにフィットした曲線をもとに作成しています(*2)。

   *

次の図2は、所得の推移を所得層別に示しています。

Income_history
図2 (クリックで拡大)

たとえば、緑色の曲線は、低所得側から60%目に位置する家計(中間層の真ん中よりやや上)の所得の推移を示します。

1980年ごろから曲線どうしの間隔が広がってきた、つまり、格差が大きくなってきたことが読みとれます。

   *

そうした格差の推移を取り出してグラフにしたのが次の図3です。

Kakusa
図3 (クリックで拡大)

青色の線は全体的な格差の大きさを示します。すなわち、上位10%目の家計の所得が下位10%目の家計の所得の何倍であるか、を示しています。

赤色の線と緑色の線は全体的な格差を、それぞれ低所得側と高所得側に分解したものです。

赤色の線は低所得側の格差を表します。 すなわち、中央(50%目)の家計の所得が下位10%目の家計の所得の何倍であるか、を示します。

緑色の線は高所得側の格差を表します。 すなわち、上位10%目の家計の所得が中央(50%目)の家計の所得の何倍であるか、を示します。

   *

おそらく景気変動のためと思われるゆらぎを除いて見れば、1960年代から第一次オイルショック(1973年)までは、格差は徐々に縮小していたことがわかります。

第一次オイルショックから1975年ごろまで3年間、格差はおもに低所得側で拡大しましたが、1970年代後半に再び縮小に転じました。

ところが1980年から1982年ごろに格差の縮小が底をうち、その後は一貫して低所得側でも高所得側でも、格差が拡大しています。

次に、こうした格差の拡大を、所得の伸び率という観点から見てみます。

   *

次の図4は、各家計の5年間の所得の伸び率(年率換算)を示します。

たとえばグラフからは、下位から10%目の家計(赤色の線)の1968年の所得の伸び率が13.3%/年と読みとれますが、その意味は、1963年から1968年までの5年間の所得の伸びを年率換算すると13.3%になる、ということです。

Grate
図4 (クリックで拡大)

図4を、「全所得層の平均的な伸び率」からのずれ(相対的な伸び率)に注目して描き直すと、次の図5になります。

Rel_grate
図5 (クリックで拡大)

1960年代から1982年までは、低所得家計の所得の伸びが高所得家計の所得の伸びを上回っています(ただし第一次オイルショック直後の数年間のみ例外)。

この時期の格差の縮小は、朝鮮戦争特需(1950年〜)からの経済成長で社会に蓄積したひずみを意図的に解消する政策(池田税制、所得倍増計画、列島改造論など)の結果であったのだと思います。

対照的に1982年以降は一貫して、高所得家計の所得の伸びが低所得家計のそれを上回っています。

   *

上で見たような格差や所得の伸び率の推移を、税制や潜在成長率といった視点から考察してみます。

次の図6は、日本の所得税最高税率や消費税率の推移です。 以前に当ブログの記事「経済成長と減税を可能にする魔法の税制---累進所得税」で紹介したものと同じです。

Japan_income_tax
図6 (クリックで拡大)

所得税最高税率は、税制の累進度(再分配の強さ)のよい目安です。

1960年代から1980年ごろまでの格差の縮小が進んだ時期は、所得税最高税率が70〜75%であった時期と一致しています。

1980年代に最高税率は段階的に引き下げられました。 それとともに格差は拡大し、1980年代後半には不動産バブルが発生しました。

1990年には50%まで下がりました(前年の89年4月には3%の消費税も導入)。 この年にバブルが崩壊しています。

   *

次に示す図7は、日本の潜在成長率とオーカン係数の推移です(WSによる推定中央値)。 以前に当ブログの記事「日本の潜在成長率の推移と雇用の安定性---オーカンの法則」で紹介したものと同じです。

Growth_ocun
図7 (クリックで拡大)

ここでは、潜在成長率を「失業率を悪化させない実質GDP成長率」と定義しています。

また、オーカン係数を「実質成長率が1%上がるときの失業率の改善幅(%)」と定義しています。

オーカン係数が小さい状態は、雇用が安定していることを示します。 多少の景気悪化があっても、経営者が容易には労働者を解雇しない状態を意味します。 逆に、オーカン係数が大きいのは、雇用が不安定であるということです。

潜在成長率は1950年代後半に急速に上昇し、1980年頃まで約10%/年という高い水準を保っていました。 この時期には、オーカン係数は急速に低下して低い水準に保たれました。

これは所得税最高税率が75%まで引き上げられ、所得格差が毎年縮小し、あらゆる所得層で高い所得の伸び率が達成されていた時期と一致します。

ところが1980年以降、一貫して、潜在成長率は低下し、オーカン係数は上昇しています。

これは所得税最高税率が37%未満まで段階的に引き下げられて(消費税も導入されて)、所得格差が毎年拡大した時期と一致しています。

   *

1950年代からの高度経済成長で当初生じた、家計間や産業間、地域間の経済格差は、1980年ごろまでは、政策によって解消に向かっていました。

税制面では、この期間を通じて累進カーブの傾きの強い所得税制が、輸出産業が獲得した富を、すべての家計へと分配しました。

1960年ごろから大幅に増加した公共投資は、都市部の富を地方へと移転し、地域格差の少ない均衡ある経済成長をもたらしました。

こうして実現した安定した経済成長が、リーディング産業のスムーズな転換を可能にし、また、1970年代にはオイルショックの衝撃を緩和するのにも役立ちました。

一方、1980年ごろからの所得税の累進緩和と公共投資の削減による所得再分配機能の低下は、2つの変化をもたらしたと考えられます。

ひとつは国内消費の低迷です。 消費性向の低い高所得層へと富が集中するにつれて、国内消費が低迷し、輸出依存が強まりました。 1980年代半ばに米国で日本車打ち壊しのパフォーマンスが見られたのはそれを象徴しています。

もうひとつは、富裕層に滞留した富が不動産などへの投機に向かったことです。 投機を抑えるためには、金利水準を、実体経済が必要とするよりも高い水準に保つ必要があります。 以前よりも金融政策による調節が難しくなったと考えられます。

実体経済に合わせて金利を低く保つならば、投機を抑制することができません。

投機の抑制のために金利を高く保つならば、円高を招き、民間投資を抑制しすぎてしまいます。

1980年代から1990年代初めにはこの両方の間で金融政策が大きく揺れて、ついには不動産バブルの生成と過剰なバブル潰し、その後の長期経済低迷という最悪の結果を招いてしまいました。

そして、1990年以降から現在に至るまで、状況はなんら改善していない、あるいは余計に悪化しているように思います。

   *

これらすべての、大きな大きな原因は、所得再分配機能の低下にあるのではないでしょうか。

かつて所得税の高い累進性が可能にしていた自動的な経済調節の仕組みが、累進緩和や消費税の導入によって除去されてしまいました。 その結果、(国際的な圧力によって手を縛られている?)金融政策に大きな負荷がかかっています。

投機へと向かい、無駄に費消されている「余った」富を、主に国内の、衣食住や医療・介護や教育、研究、インフラ整備といった具体的な対象へと振り向ける必要があります。

投機の抑制には、国内の実質金利を下げ、民間投資を促す効果もあります。

1980年以降これまでの30年間で日本経済に生じた大きな歪みを

・消費税の廃止
・所得税の累進性強化
・金融取引税の導入(トービン税を含む)

などの所得再分配と、投機を抑制する政策により、是正しなければならないと考えます。

では。
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*1) (税引き前の)年収が低い順から計って割合p(0<p<1)の位置にある家計の年収をyとします。

y = y0 * p^a *(1-p)^(-b)

という曲線で年収分布をフィットしています(対数をとって予測誤差の2乗和を最小にしています)。 y0, a, bが各年の所得分布のデータから決める定数(パラメータ)です。

*2) 1966年の貯蓄動向調査報告のデータが手元になかったので、1966年の値は省略しています。あるいはグラフによっては、1965年と1967年の値の相乗平均を1966年の値として用いている場合もあります。

*3) 貯蓄動向調査報告は、現在の家計調査にあたる調査ですが、調査結果をエクセルファイルなどの形でネットで見ることはできないようです。 以下にWSがメモした総世帯の年収分布の生データを、解析結果の一部を添えてテキストファイルで添付します。 間違いがあるといけませんので、利用される場合には必ず原典にあたって数値を確認してください。 そうでない場合には自己責任でご利用ください。

添付するのはWSの手元にある1963年から1997年(1966年を除く)のデータです。 (貯蓄動向調査報告自体は、1961年から2001年まで刊行されているようです。)

ファイルの内容は3つのデータからなります。 年収分布の生データ(毎年)、フィットした曲線のパラメータ(推定値、毎年)、各所得順位の所得(推定値、毎年)です。

年収分布の生データは、以下のようなフォーマット(例)で示しています。

2100 1 298.2 1580 4
100 200 300 -999
341 302 703 234

データの読み方を説明します。

一行目は、本データは2100年のデータで、境界所得のデータ(2行目)を含み、サンプル家計の平均所得が298.2万円で、サンプル家計は1580世帯で、所得階層の数が4つであることを示します。(なお、平均所得のデータはフィットには使用していません。)

2行目は、所得階層の境界所得を示します。 -999は終了記号に用いています。

3行目は、各所得階層に含まれる家計の数を示します。つまり、税引き前の年収でわけた世帯数が
・0〜100万円 341世帯
・100〜200万円 302世帯
・200〜300万円 703世帯
・300万円〜 234世帯
ということです。

次のように、年によっては2行からなるデータもあります。 境界所得のデータが省かれています。

2101 0 318.2 1583 4
340 301 702 240

この場合には、年のすぐ右横の数字が0になっています。 その場合の境界所得は前年のものと同じです。

なお、世帯数の数字は、抽出率調整をして整数化したもののようです。


フィットした曲線のパラメータ(推定値、毎年)は上で説明した通りです。 誤差というのは、所得の自然対数の予測誤差の標準偏差です。

各所得順位の所得(推定値、毎年)も、見ていただくとわかると思います。 ただ、この所得の推移(グラフは上で見た図2)をみると1990年代にも所得はゆるやかに上昇を続けているのですが、実はサンプル家計の世帯主の平均年齢が年々上昇しています。 本当に1990年代に所得が増えていたのかを議論するためには、年齢補正を加えるべきかも知れません。

では、以下のファイルをダウンロードして自己責任でご利用ください。
「date_params_incomes.txt」をダウンロード

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