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成長中立的税制(塩沢由典氏)について(1)

当ブログの記事「消費を最大化する所得税制(1)〜(5)」へコメントを下さった塩沢さんが「成長中立的税制」というたいへんシンプルで興味深い所得税を提案しておられます。詳細はこちらのページ末尾にリンクされたpdfで見ることができます。

マーリースやサエズの流れを汲む従来の「最適所得税制」の議論は、なんらかの効用関数や社会的厚生関数を前提とする点に難がありました。どうしても主観的な要素がいくらか含まれてしまうのです。それに対して

塩沢さんの「成長中立的税制」は、経済が成長しても、比

(家計消費C+所得税からの政府支出T) / 総所得Y

が不変に保たれるような税制です。以下のような特徴をもちます。

・客観的に容易に計測できる消費性向(と所得分布)から税率表が定まる
・「負の所得税(給付)」を自動的に含んでいる
・望ましい総需要の総所得に対する割合を決めれば、最高税率が決まる


「再分配が必要である」とか「累進強化が必要である」といった価値判断とは一切、無関係に、税制が成長中立的でなければならないという無色の要請から出発しているにもかかわらず、結果としてかなり強い再分配を含む累進所得税制が導かれるところがWSの気に入っています。

この「成長中立的税制」については、いずれちゃんとした紹介記事を書いてみたいと思っています。

今回は、ほとんど塩沢さんへの私信みたいになってしまいますが、成長中立的税制の議論のなかで一番重要なキーポイントとなっている部分(税率表を導出する部分)について、WSの考察を書きます。pdfの記号で書きますと、h'(y)=0が言えるための所得分布についての条件がわかりました(条件の表現がちょっと抽象的ですが)。 ふつうの所得分布であればこの条件は満たされます。 少し細かい数学の話になります。

   *

塩沢さんのpdf8ページのあたりの議論で、消費者と政府の総支出E(θ)は以下のような形をしています。θ≒1は経済の成長度を表す実数パラメータ、φ(y)は所得の分布関数(密度関数のほう)です。

E(θ) = θ・Integral( h(θy)yφ(y), [y, 0, +∞] )

このE(θ)がθに比例する条件(=成長中立的である条件)は、上式右辺の定積分の部分がθによらないこと(θで微分するとゼロ)、すなわち

Integral( h'(θy) y^2 φ(y), [y, 0, +∞] ) = 0

が任意の正の実数θについて成立すること(条件*とします)です。

さて、条件*が成り立てば、h(y)が定数(h'(y) = 0)と言えるでしょうか。

結論からいうと、所得分布φ(y)がある条件を満たすならば、h(y)が定数と言えます。φ(y)がその条件を満たさないならば言えません。

  *

簡単のため、y^2 φ(y)をg(y)と書きます。また、h'(y)をu(y)と書きます。条件*は

Integral( u(θy) g(y), [y, 0, +∞] ) = 0
が任意のθについて成立すること

です。積分変数をθy=zと変換すると、条件*は

Integral( u(z) g(z/θ), [z, 0, +∞] ) = 0
が任意のθについて成立すること

と書き直せます。さらに、積分変数をz=exp(x)と変換し、パラメータもθ=exp(t)と置き換えると、条件*は

Integral( U(x) G(x-t), [x, -∞, +∞]) = 0 
が任意の実数tについて成立すること(条件**)

と同じです。ここで、U(x) = u(exp(x))*exp(x), G(x) = g(exp(x)) とおきました。

さて、次の定理が成り立つことが知られています(*1)。
区間(-∞,+∞)上の2乗可積分関数の全体をL2=L2(-∞,+∞)と表します。

定理(Wiener) 関数f(x)がL2=L2(-∞,+∞)に属するとき、f(x)を平行移動&定数倍してつくった有限和 Sum(a_j f(x+t_j), [j,1,N]) で、任意のL2関数をいくらでも良く近似できる必要十分条件は、f(x)のL2におけるフーリエ変換の零点が測度ゼロの集合を作ることである。

この定理は岩波数学事典のフーリエ変換の項に載っています(第3版では小項目G. Fourier変換の応用のところ)。

そこで、上の関数U(x)と、所得分布で決まる関数G(x)がともにL2に含まれ、かつ、Wienerの定理の条件(G(x)のフーリエ変換のゼロ点が測度ゼロの集合をなす)を満たすと仮定します。すると、L2の任意の元v(x)を、G(x)を平行移動した関数の有限個の線型和S(x)でいくらでも良く近似できます。そのような近似列を

S1(x), S2(x), ... -> v(x)

とすれば、条件**により、任意のi=1,2,3,...について

Integral( U(x) S_i(x), [x, -∞, +∞]) = 0

が言えます。ここでi→+∞の極限をとることにより、L2の任意の元v(x)について

Integral( U(x) v(x), [x, -∞, +∞]) = 0

となります。これは関数U(x)がL2の任意の元と直交することを示しているので、(L2の意味で)U(x)=0が導かれました。つまり、h'(y)=0(h(y)は定数)となります。

一方、定理によると、所得分布で決まる関数G(x)のフーリエ変換の、ゼロ点の集合が測度ゼロでない場合には、G(x)を平行移動した関数の有限個の線型和が張る部分空間HはL2全体にはなりません。 そこで、部分空間Hと直交するL2の元w(x)が存在します。すなわち、任意の実数tについて

Integral( w(x) G(x-t), [x, -∞, +∞]) = 0

です。U(x)=w(x)とおけば、関数U(x)に対応するu(y) (=h'(y))はゼロではなく、定数でないh(y)が求まりました。

   *

具体例
______

例1) 現実的な所得分布の場合を調べます。 所得分布密度関数φ(y)が高所得側でも低所得側でもべき分布(低所得側ではべきが負で発散しても、φ~y^b、b>-1ならばOK)に近い振る舞いをすると仮定します。すると、関数g(y)=y^2 φ(y)もべき関数のように振る舞います。

y→+∞ で g(y)〜c1 y^(-α)
y→+0 で g(y)〜c2 y^β

パラメータα、βはともに正であると仮定します(*2)。(総人数と総所得が有限であるという条件からα>0、β>1でなければならないことがわかるので、この仮定は自然です。)

変換 y=exp(x)により区間(-∞,+∞)に移ると、関数G(x)=g(exp(x))は両端で指数関数的に振る舞います。

x→+∞ で G(x)〜c1 exp(-αx)
x→-∞ で G(x)〜c2 exp(βx)

ここでG(x)のフーリエ変換#G(k)を考えます。(i=√(-1), kは複素数の変数)

#G(k) = Integral( G(x) exp(-ikx), [x,-∞,+∞] )

もし関数#G(k)がkの整関数(=複素平面上のすべての点で正則)になるならば、#G(k)のゼロ点の集合は測度ゼロになります。(一般に整関数f(k)のゼロ点の集合がもし集積点をもつならば、その点でのテーラー展開の係数がすべてゼロになることが言えます。すると整関数f(k)が複素平面全体でゼロになってしまうので。)

そこで#G(k)がkの整関数となるためのひとつの十分条件として、以下のものを考えます(条件☆とします)。

・Integral( |G(x)|, [x,-∞,+∞] ) < +∞ かつ
・Integral( |x G(x)|, [x,-∞,+∞] ) < +∞ かつ
・G(x)はL2の元

1つめの条件はG(x)がL1の元であること。2つめの条件は xG(x) がL1の元であることで、kで微分することを可能にするためのもの。3つめの条件はWienerの定理を使えるようにするための仮定です。

とくに、上で見たように低所得側と高所得側の両方でG(x)が指数関数的に減衰するならば、「ふつうの山型の所得分布」に対してこれらの条件☆は満たされます。

条件☆が満たされているならば、G(x)はWienerの定理の条件を満たすので、関数h(y)=定数と結論できます。

下限所得M1と上限所得M2が存在し、その間でべき分布になっているような特殊な所得分布に対しても、条件☆は満たされているので、関数h(y)=定数と結論できます。

例2) h(y)が定数と結論できないような所得分布の例。考え中...

では、今回はこれで。


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注 *1) Wienerの定理の仮定が満たされているときに、条件**から関数h(y)=定数と結論できることの証明をスケッチしておきます。

Integral([dx, -∞, +∞], U(x) G(x-t) ) = 0  ...(1)

#G(k)をG(x)のフーリエ変換とします。 kを任意の実数とし、(1)の両辺にexp(ikt)を書けて -∞<t<+∞の範囲でtについて積分すると、たたみこみのフーリエ変換がフーリエ変換の積になることを用いて

#U(-k)・#G(k) = 0 ...(2)

であることがわかります。

ここで仮定により、#G(k)≠0が実k軸のほとんど至る所で成り立ちます。よって式(2)の両辺を#G(k)で割って

#U(-k) = 0

がほとんど至るところで成り立ちます。つまり、L2の意味で#U(k)=0、すなわちU(x)=0です(証明終)。


*2) 以前の記事で日本の家計の所得分布を調べました。 そこで平成19年度の税務データから、高所得家計の所得分布はほぼべき分布に従うこと。低所得側からはかった割合をp (0<p<1)、年収をy万円として

y 〜 (1-p)^(-c) ただし c = 0.602

と表されると述べました。pは累積分布関数Φに対応するので、所得分布の密度関数φは dp/dyに対応します。すなわち、上式より

p 〜 1 - y^(-1/c)

φ 〜 dp/dy 〜 y^(-1-1/c) = y^(-2.661)

であることがわかります。これから、関数G(x)の高所得側での振る舞いを表すパラメータαはα=0.661と求まります。たしかに正になっています。

なお、低所得側でβが正であるという条件はたいへんにゆるく、余裕で成立します(g〜y^2*φ(y)ゆえ)。

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コメント

WSです。

塩沢さんのpdf後半の計算をフォローしてみて、気付いたことを2つほどメモします。

まず、税率表を決める関係式 h(s,y) = c (ここでcは支出係数、sは可処分所得係数)ですが、これを、所得yを与えてsなり税率なりを決める式と見ると一般には超越方程式になってしまいます。

しかし、可処分所得zを与えて所得y=y(z)を決める式と見ると陽に解けます。結果はβ(z)を平均消費性向として

z/y = (1 - c) / (1 - β(z))

です。これから、可処分所得zの家計の税額t=t(z)=y-zは

t = (c - β(z))・z / (1 - c)

平均税率t/yは

t/y = (c - β(z)) / (1 - β(z))

となります。

   *

もう一つ、成長中立的所得税は、支出係数cを小さくとると勤労所得税額控除(EITC)的な、というか、就労促進的な「山型の」給付構造を自動的に含むことがあります。すなわち、ある所得以下の低所得家計への給付額(-t)が所得yの増加関数となることがあります。たとえば、所得10万円の人への給付額が100万円だが、所得20万円の人への給付額はそれより多い105万円である、といった場合を想定して下さい。

具体例として現在の日本の場合、つまり平均消費性向β(z)が β(z) = (z/z0)^(-p), p=0.192, z0=79万円 である場合を考えると

dt/dz = (c - (1-p)・(z/z0)^(-p)) / (1 - c)

なので、支出係数cを 1-p=0.808 より小さくとると、可処分所得zがz0に近い低所得家計の税額tが、可処分所得zの減少関数となります(つねにdz/dy > 0なので税額tは所得yの減少関数でもある)。

ただし、この場合にも、可処分所得の所得に対する単調増加性(dz/dy > 0)は満たされています。

他方、支出係数cを0.808より大きく設定するならば、そのようなことは起きず、税額tは所得yが増えるにつれ増加します。

投稿: Wave of sound | 2010.06.19 17:56

WSです。

家計ごとに所得増加率が異なる場合に、同じ成長中立的税制を導く別の枠組みがあり得るので、ここに書いておきます。

塩沢さんのpdfでは、すべての家計の所得が経済全体と同じ割合で成長する(=成長パラメータθは全家計で共通になる)ことが仮定されています。

過去の日本経済を見ますと、1980年代以降は高所得家計の所得増加率が低所得家計よりも高くなっています。高度成長期の1965年から1980年頃までは逆に、低所得家計のほうが増加率が高くなっています(オイルショック時期の数年間を除いて)。

そこで家計ごとに所得の増加率が異なる場合に、経済が成長しても支出係数p=E/Yが一定に保たれるような税率表は何か、を考えます。ここで、
総支出E=C+T、
Cは総家計消費、
Tは所得税収からの政府支出、
です。

時刻ゼロに所得がyである家計の、時刻tにおける所得をy_tとし、この家計の税額をτ(y_t)、消費額をc(y_t -τ(y_t))とします。また、時刻ゼロにおける所得分布をφ(y)とします。

時刻ゼロに所得がyである家計の所得増加率をa(y)と書きます。これは所得のみで決まり、時刻によらず一定であると仮定します。つまり

dy_t/dt = a(y) y_t

です。

時刻tにおける総所得は

Y = Integral( y_t, [φ(y)dy, 0, +∞] )

と書けます。また、総支出は

E = Integral( c(y_t -τ(y_t)) + τ(y_t), [φ(y)dy, 0, +∞] )
  = Integral( e(y_t), [φ(y)dy, 0, +∞] )

と書けます。ここで

e(y_t) = c(y_t -τ(y_t)) + τ(y_t)

とおきました。 さて、仮定により E - pY = 0 を時刻tで微分した式

dE/dt - p dY/dt = 0

が成り立つ必要があります。微分を計算すると

dE/dt = Integral( e'(y_t) a(y) y_t, [φ(y)dy, 0, +∞] )

dY/dt = Integral( a(y) y_t, [φ(y)dy, 0, +∞] )

なので、次の式の成立が必要です。

Integral( (e'(y_t) - p) a(y) y_t, [φ(y)dy, 0, +∞] ) = 0

ここで<各家計の所得増加率a(y)が何であっても>上の式が成り立つことを要請します。そうすると、任意のy_tに対して

e'(y_t) - p = 0

が導かれます。これは塩沢さんのpdfで言うと「h(y)が定数」に対応していて、同じ成長中立的税制を与える関係式です。実際、y_tで積分すると(ダミー変数y_tをyと書いて)

e(y) = p y + q (qは定数)

となりますが、時刻ゼロで関係E - pY = 0が成立することからq=0が言えて、成長中立的税制の式と同じになります。

投稿: Wave of sound | 2010.06.20 06:14

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