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プライマリーバランスの黒字化は財政健全化目標として不適切。重要なのは名目成長率を高めること

本ブログでは、日本の財政赤字と累積債務の持続可能性について、過去に何度もとりあげてきました。しかし、リーマンショックの後、ここ1年半ほどの間は累進税制などの話が中心で、財政赤字と累積債務の問題からは遠ざかりました。

そのわけは、政策目標が転換したので安心していたからです。

リーマンショックの後、麻生内閣のもとで、累積債務のGDP比を発散させない、あるいは抑制していくという適切な目標が選択されました。2011年度までのプライマリーバランス(利息の支払や受取、および国債の発行や償還を除いた財政収支)の黒字化という(あとで説明しますが)あまり意味のない不適切な目標が、賢明にも放棄されました。

鳩山内閣にも、累積債務のGDP比を基本とする考えは引き継がれました。

適切な目標が選択されているかぎり、大きな間違いは起こらないであろう、と安心していました。

しかし、WSの空耳でなければ、先日発足した菅政権からは再び、財政健全化目標としては不適切な、プライマリーバランスの黒字化を重視する声がちらほら聞こえてくるようです。1997年(橋本政権)と2001年(小泉政権)には緊縮財政と増税によって財政収支はさらに悪化し、バブル崩壊の痛手から立ち直りかけていた日本経済は計7年ほどの時間を失いました。その失敗が再び繰り返されることを危惧します。

どうしてプライマリーバランスの黒字化が目標として不適切なのか。

それは考えなければならないいくつかの要素のうち、たった1つだけにしか注目しない限定的な目標に過ぎず、その追求が他の要素を悪化させてしまう可能性を無視しているからです。

税率を上げたり歳出を削ったりしても、そのために景気が悪化して税収が減れば、少しも財政収支は改善しない一方、国民の生活は苦しくなってしまいます。

たとえば、自転車に乗って、道路上にまっすぐに引かれた幅20センチの白線からはずれないように走ることを想像して下さい。

白線からはずれないように気をつけて、足下ばかり見ながら運転したら、うまく行くと思いますか? かえってバランスを崩して大きく白線から逸れてしまうことでしょう。

逆に前方の遠景を見つめて運転するならば、結果的に白線からはずれずに済みます。

このたとえ話で、足下ばかり見ることはプライマリーバランスを過剰に気にすること。前方の遠景を見ることは名目経済成長率を高めることに対応します。名目成長率が1%高まれば自動的に、プライマリーバランスは約12兆円改善するのです。

今回は、こうした事情をデータで検証して、財政健全化のためには名目成長率を高めることが一番大事であることを説明します。


■政府の負債と金融資産の推移

まず、債務残高(負債)の推移を見てみましょう。次の図1は、1980年以降の政府(地方や年金基金などを含む一般政府)の債務残高の推移を示します。ソースは国民経済計算の平成20年度確報です(以降のグラフも同様)。

ここで債務残高そのものにはあまり意味はありません。かりに債務残高が増えても経済規模がそれ以上に大きくなるならば、債務の負担はむしろ軽くなるからです。そこで図では、国民総所得(GNI)に対する比率(%)を示しました。国民総所得GNIは、国内総生産GDPに、海外からの所得の受取を加え、海外への所得の支払を差し引いたものです。

Ratio_gni
図1

図のピンク色の折れ線からわかるように、政府の負債(債務残高)の比率は、1980年代後半(バブル期)の数年間と2006年〜2007年の世界バブルの間だけは減少していましたが、その他の期間は一貫して増加傾向にあります。

2008年には債務残高(負債)のGNI比は200%に迫っています。GNIは約500兆円なので、負債は約1000兆円になります。

ところが、政府は負債だけではなく、年金等の社会保険料積立金や外貨準備などの金融資産も保有しています。その額は2008年でおよそGNI比100%。金額にして約500兆円にのぼります(青色の折れ線)。

つまり、借金が1000兆円ほどあるが、貯金も500兆円ほどあり、差し引きの正味の債務(=純債務)は500兆円です(赤色の折れ線)。

純債務のGNI比は現在、約100%。確かに小さいとは言えませんが、他の先進国と比べても突出して多いわけではありません。

しかし、純債務のGNI比率が1990年のバブル崩壊以降、ほぼ一貫して増え続けてきたことも事実です。現状の100%という比率はすぐに問題になる値ではありませんが、もしこのまま150%、200%、250%(=ナポレオン戦争後の英国が無事に乗り切った比率)、300%(=未知の領域)と増え続けていくならば、どこかで問題になるのは事実でしょう。

そこで、純債務のGNI比率が1980年以降、どのように変化してきたか。増やさないためにはどうすればよいのか、を考えてみます。


■純債務GNI比の増加率と経済成長率の推移

次の図は、純債務GNI比の増加率の推移を、実質成長率と一緒に示したものです。

Cp_growth
図2

図で青色の棒は純債務GNI比の増加率を示します。 その意味ですが、たとえば純債務のGNI比が前年は50%、今年は60%であったならば、純債務GNI比の増加率は20%/年です(60/50=1.2)。

図の赤い棒は実質経済成長率を示します。ふつう、経済成長率がプラスの大きな値をとるときには純債務は減ります。景気が良くなると税収が増えるからです。そこで見やすいように、成長率をマイナス5倍して、上下を逆にして示しています。

まず、大きな流れを見ると以下のことがわかります。

成長率が低かった1980年代前半には純債務GNI比は増加していました。成長率が高まったバブル期の1980年代後半から1990年代初めまでは純債務GNI比は減少しました。低成長(あるいはマイナス成長)が続いた1992年頃から2000年代半ばまでは純債務GNI比は増加しました。世界バブルのおかげで成長率が高まった2006年と2007年には純債務GNI比は減少しましたが、リーマンショックの2008年には再び純債務GNI比は増加に転じました。

(皆さん、ご存じでしたか? 2006年と2007年には実は、政府の純債務GNI比は=減っていた=のです。純債務残高じたいも2007年は前年より減少しました(7.8兆円減)。2006年は微増でした(3.5兆円増)。)

さらに細かく見ると、WSはグラフを次のように読みとります。

・バブル崩壊後、純債務GNI比の増加率は約20%/年という高水準で推移してきたが1996年には改善が見られていた。ところが1997年に緊縮財政と消費税などの負担増を行ったために経済が縮小し、再び同30%/年近くまで悪化してしまった。この「ミス」がなければ数年後(2000年頃)には純債務GNI比の増加率はゼロ近辺まで戻っていたであろう。

・同じ「ミス」が2001年にも繰り返された。

WSは上のように考えます。しかし、人によっては、「いや、そうではない。1997年に消費税率をアップをしてそれ以降も負担増を実施したからこそ、たしかに1998年には一時的に財政収支は大幅に悪化したが、長い目で見ると純債務GNI比の増加率は徐々に減少して、2006年にはマイナスにまでなったのだ」と読みとるかも知れません。

こうした読みとりが誤りであることを、純債務GNI比の変化を3つの要因に分解して、それらを分けて考察することで示します。

まず、要因への分解を数式で説明します。次に、各要因についてグラフで調べます。


■純債務GNI比増加率の要因への分解

純債務残高をB、国民総所得(GNI)をYで表します。純債務のGNI比はB/Yと書けます。

比B/Yの値は分子のBが増えると増えます。一方、分母のYが増えると減ります。比の値を見るには、分母と分子の両方の変化を見る必要があります。

いま、BがB+ΔBに変わり、同時にYがY+ΔYに変わったとき、比B/Yの値がB/Y+Δ(B/Y)になったとしましょう。このとき、変化量の2次以上の項を無視する近似を行うと、比の値の変化Δ(B/Y)は

Texclip1
...式1

となります。

たとえば、純債務Bが約3%増加して、同時に所得Yが5%増加したとしましょう。つまり

ΔB/B = 0.03
ΔY/Y = 0.05

です。現状(2008年)ではB/Yの値はほぼ1ですから、比の値の変化Δ(B/Y)は式1の右辺の括弧内の量とほぼ同じです。すなわち、この例では

Δ(B/Y)≒ 0.03 - 0.05 = -0.02

となります。純債務のGNI比は2%減少するわけです。この例では、Bは増えますがYがそれ以上に増えるので、比B/Yは減少します。

単に純債務が増えるか減るかだけを問題にするのではダメで、分母の所得Yがどうなるかにも注意しなければなりません。

さて、1年あたりの所得の増加ΔYは名目経済成長率aで決まります。たとえば、成長率が5%ならばa=0.05で、所得の増加ΔYは

ΔY = a Y

となります。

次に、1年あたりの純債務の増加ΔBを考えます。純債務は2つの要因で変化します。1つは純利払い(=債務に対する利息の支払いから、保有する金融資産の利息や配当の受取を除いたもの)で、もう一つは基礎的財政赤字(プライマリーバランスの赤字)です。

純債務にかかる実効の利率をrとします。たとえば年2%の利率ならばr=0.02です。このとき政府の純利払いは

純利払い = r B

となります。

基礎的財政赤字については、純債務Bに対する比率をdとしましょう。(現在のようにB≒Yとなる状況では、dは国民総所得Yに対する比率ともほぼ一致します。)すると

基礎的財政赤字 = d B

となります。これらの和が、純債務Bの変化

ΔB = r B + d B

になります。いま求めたΔYとΔBの具体的な表式を式1に代入して両辺をB/Yで割ると、比の値の変化Δ(B/Y)は次の式を満たすことがわかります。

Texclip2
...式2

式2の左辺は、比B/Yの増加率を表しています。つまり、純債務GNI比の増加率を、次の3つの要因

d : 基礎的財政赤字の純債務に対する比率
r : 純債務にかかる実効金利
a : 名目GNI成長率

に分解できることがわかりました。

純債務GNI比の増加率 = d + r - a  ...式3 (*4)

   *

さて、仮に3つの要因d, r, aを互いに独立と見なせるならば、dやrが大きくなれば純債務GNI比は増加し、aが大きくなれば純債務GNI比は減少するはずです。

しかし、実際にはd, r, aは無関係ではなく連動して変わります。

その様子を十分に分析してみないと、dを減らせば純債務GNI比は減るとか、aを増やせば純債務GNI比は減るとかいう主張が正しいかどうかはわかりません。

たとえば基礎的財政収支を黒字にすれば(dを減らせば)純債務GNI比B/Yが減るかというとそうではなく、もしdが減るに伴ってaがそれ以上に減るならば、つまり成長率が著しく低下するならは、比B/Yは逆に増えるかも知れません。


■1981年以降のd, r, aの推移

純債務GNI比の増加率を決める3つの要因d, r, aの値の推移をグラフにしたのが図3です。

Decomp
図3

青色の折れ線は、純債務GNI比の増加率を示します。他の折れ線は3つの要因のそれぞれを示します。

まず一見してわかるのが、r(純債務にかかる実効金利)の変化が非常にゆっくりであるということです。これは借入が長期国債で行われていることと、借り換えが非常にスムーズに(あるいは巧みに)進行していることの反映でしょう。

rがゆっくりとしか変わらないので、純債務GNI比の増加率

d + r - a

のうち、r-aの部分はほとんどa(成長率)で決まると考えて構いません。

そこで、横軸にa-r(成長率と実効金利の差)、たて軸にd(基礎的財政赤字の純債務比)をとって、2つの量a-rとdの連動した動きの様子をみたのが次の図4です。

Diff_deficit
図4

80年代初頭と、バブル期とその直後(1987年〜1994年)のデータを除外して、残りの部分を眺めてみて下さい(*1)。

ほぼ、原点の少し上を通る右下がりの直線に沿って、左上から右下へ、あるいは右下から左上へと動いているのが読みとれます。ときどき細かい上下への乖離はありますが、おおむねこの直線に沿った動きです。

1995年以降のデータについて回帰直線を求めたのが次の図5です。

Linear
図5

およそ、名目成長率-実効金利差(a-r)が2(%/年)増えると、基礎的財政赤字の純債務比(d)が5%減少することがわかります。以下のような関係が見てとれます。

a-r     d
-4%/年   15%
-2%/年   10%
+0%/年   5%
+2%/年   0%
+4%/年   -5%

このように、名目成長率が高いと基礎的財政赤字の比率が小さくなるかマイナスになり、逆に名目成長率が低いと基礎的財政赤字の比率が大きくなる傾向(相関関係)が見られます。

この相関関係は「名目成長率が高いと(税収が増えるので)基礎的財政赤字が減る」という因果関係を反映していると考えられます。

決して逆向き、つまり「赤字を減らしたから名目成長率が高くなった」わけではありません。そのことをもう一度、図4で確認してみましょう。

   *

図4を90年代以降について見ます。バブル崩壊後93年まで成長率-実効金利差は低下を続けましたが、その後上昇に転じ96年頃まで順調に回復していました。しかし、景気が回復しても税収はすぐには増えませんでした。これは、雇用や賃金の回復は遅れますし、法人税などは損失の繰り越しが認められるため、景気回復に遅れて所得税や法人税の税収が増えてくるためです。

ここで財政引き締めや増税をせずにもう少し我慢していれば、数年後には成長率-実効金利差がプラスになり、基礎的財政収支も黒字化していたことでしょう。図4で言えば、時計回りに大きな円弧を描いて、原点の右下の領域へ向かっていたはずです。

しかし、実際には97年に超緊縮財政と消費税の増税を実施してしまいました。

その結果、順調に図4で右へ、そして右下へと向かっていた運動は停止し、左向き(景気が悪化する方向)への巨大な打撃で、日本経済は撃墜されたのです(*2)。

その後、98年の小渕政権下での財政出動でようやく息を吹き返して、右へ、そして右下へと向かおうとしていた矢先の2001年に、再び超緊縮財政政策がとられて、もう一度撃墜されたことが図から読みとれます。

このように、歳出削減や増税によって基礎的財政収支を改善しようとすれば、成長率-実効金利差を大きくマイナス方向へと押しやってしまうことがわかります。

データから読みとれる因果関係の方向は「名目成長率の上昇→基礎的財政収支の改善」であって、決してその逆、つまり「基礎的財政収支の改善→名目成長率の上昇」ではありません(*3)。

   *

今回の記事の結論をまとめますと、

・純債務のGNI比を変化させる要因は、基礎的財政収支だけではなくて、名目成長率と実効金利も関係している。

・実効金利は非常にゆっくりと変化する。

・基礎的財政収支の改善だけを目指して緊縮財政や増税を行っても、成長率が低下するので、純債務のGNI比の低下は達成できない。

・名目成長率を引き上げる政策をとれば、基礎的財政収支は連動して改善し、純債務のGNI比を抑制または低下させることができる。

となります。では。

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注 *1) 1980年代初頭は米国が異常な高金利政策をとった影響で世界的に不況で、また米国の高金利に引きずられる形で国内金利も高水準でした。その悪影響を公共投資で緩和したために基礎的財政赤字比率がトレンド(右下がりの回帰直線)より大きくなっていると思われます。

また、1980年代後半から1990年初めにかけてはバブルで資産価格が上昇し、異常に税収が増えたために平均的なトレンドとは乖離した値になっていると思われます。


*2) リーマンショック後の各国の景気対策の効果もあって、2010年6月現在、日本の名目成長率は1.5%/年程度まで回復してきたと推測されます(2010年度政府見通しから実質成長率を2.6%/年、インフレ率を約-1%と仮定)。

実効金利を1.5%/年とすると、成長率-実効金利差はちょうどゼロになります。これを図5の回帰直線にあてはめると、現在の基礎的財政赤字の純債務比率は約4.6%となり、赤字幅は約25兆円程度であると考えられます。報道されているよりずいぶん少ないと感じるかも知れませんが、それは上述の理由で税収の回復が景気回復より遅れているためです。今年度末には、財政収支の大幅な改善が目に見えるはずです。

財政収支に約50兆円もの大穴が空いているというやや古い前提に立って、あわてて消費税などの議論を進める状況ではありません。


*3) 無駄な支出を別の有効な支出に振り向けることの意義を否定しているわけではありません。ポイントは、トータルの支出を削ったり一律に税率を上げたりする政策では、累積債務のGNI比を下げることはできない、ということです。


*4) 式3、つまり

純債務GNI比の増加率 = d + r - a  ...式3

から、財政赤字と累積債務の問題を考える際に重要な「ドーマーの定理」が簡単に証明できるので書いておきます。

まず、式3は、d+r-aが負かゼロであれば純債務GNI比は増えないと言っています(一般的なドーマーの定理)。

ここでdは、基礎的財政赤字の純債務に対する比率でした。
債務が積み上がって純債務Bが国民総所得Yに比べて非常に大きくなったケースでは、dはほぼゼロだと考えてよいでしょう。なぜなら、赤字額はいくら大きくてもせいぜいYの10分の1程度ですから、比B/Yが大きければ、比「赤字額/B」は小さいからです。

そのようなケースではdが無視できるので、純債務GNI比が増えない条件は r - a < 0 すなわち r < aとなります。つまり、純債務にかかる実効金利が成長率より小さければ、=たとえ基礎的財政収支が赤字であっても=、純債務は持続可能です(狭い意味でのドーマーの定理)。

この定理からも、基礎的財政収支よりも名目成長率を政策目標に選ぶべきことがわかります。

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コメント

新興国の成長で日本企業の大変な経済戦争のさなか、ふらふらその場しのぎの民主党の菅体制の巨額赤字予算に、今すぐタオルを投じ日本再建の大首相を決め、20世紀型政治システムはご破算にして、大変革(官僚制、公務員、議員報酬、選挙システム、地方自治、各省庁等々)の政治システムで世界をリードしたいものだ。

投稿: 樋口兼光 | 2011.03.02 16:22

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