地殻とマントルで地震の発生しやすい時間帯が異なる---北アメリカ西部の場合 -T7
ここしばらくWSの関心は「地球上のどこでも小さな地震は夜中に発生しやすく、昼間に発生しにくい。 地震発生数は夜間には日平均の約15%増となり、昼間には約15%減となる」という興味深い事実に向いています(*0)。
どうして地震発生数に時刻による違いが生じるのか。 この疑問の答えを探るために、基礎的なデータをいろいろ眺めて考えています。
日本周辺にくらべて地下の構造が単純な北アメリカ大陸西部のデータ(ANSSの地震カタログ)を用いて、地震の発生しやすい時間帯(最頻発生時刻)が震源の深さによってどう異なるか、を調べてみました。 すると、モホ面(=地殻とマントルの境界面)を境に、最頻発生時刻が大きく異なることがわかりました。
モホ面の少し上(=下部地殻)では夕刻に、モホ面の少し下(=上部マントル)では明け方に地震発生が多くなります。
日本周辺の地震でも同様な特徴が見られるのですが、最頻発生時刻の真夜中からのずれは1時間以内で、北アメリカ大陸西部でみられるほど大きくありません。 今回の記事ではこうした分析結果を報告します。
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まず、分析の対象とした震源データについて記します。 ANSSの震源リストに載っている、2006年1月から2010年12月の期間に、図1の赤い長方形領域内(西経140度〜100度、北緯10度〜50度)で発生した、マグニチュード0.0以上の地震で、震源の深さが500kmより浅いもの計262,522個を用いました。
図1 対象地域 (PNSNのHPにある最近の震央分布図に重ねて記入しました。)
次の図は対象期間(5年間)に発生した地震の震央分布を示します。
図の左上がシアトル周辺、中央少し上がサンフランシスコやロサンゼルス、右下がメキシコです。 ほぼ海岸線に平行に地震の多い地域が並んでいます。 内陸部のユタ州からアイダホ州のあたりでも地震が多くなっています。
なお、この地域のプレート構造は次のようになっています。
図2-2 (カナダ水産海洋省のHPより引用)
西海岸西方沖にある海嶺で生まれた海洋プレート(ファンデフカプレートあるいはココスプレート)が東進して、大陸プレート(北アメリカプレート)の下に沈み込んでいます。
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次の図3は対象地域における、震源の深さと最頻発生時刻(=1日のうちで地震の発生しやすい時刻。詳しい定義は先日の記事を参照)の関係を示したものです(*1)。
横軸には震源の地表からの深さをとっています。
地震は夜間に発生しやすいのですが、発生がピークを迎える時刻は深さによって大きな違いがみられ、とくにモホ面(地殻とマントルの境界面)付近を境に最頻発生時刻が急激に変わっています。
まず、図の左の方(地表近くの浅いところ、深さ0km〜10km)をみますと、0時〜-1時(=23時)ごろに地震が発生しやすいことがわかります。ほぼ真夜中が最頻発生時刻です。
もう少し深くなって深さ30kmあたりでは、-4時(=20時)ごろに地震が発生しやすくなっています。夕刻です。
さらに深くなると、深さ35kmあたりで地震の発生しやすい時刻が大きく変化します。おそらくこのあたりにモホ面があります(*2)。 非常に興味深いことです。
深さ40〜50kmでは5時〜6時ごろが最頻発生時刻になります。明け方です。
さらに深いところ、深さ60kmあたりでは最頻発生時刻が再び早まって、-4時(=20時)ごろになっています。夕刻です。(このあたりは地震数が少ないために誤差が大きいので信頼性に若干疑問が残るのですが、モホ面からさらに20kmほど深いところで最頻発生時刻が再び早まるという傾向は、日本周辺の地震データでも確認できます。 以下を参照)
次にこうした特徴を、深さ別に切り出した地震データの発生時刻分布で確認してみます。
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図4は対象とする地震のうち、深さ5kmから15kmで発生した地震についてその発生時刻の分布を示したものです。
ほぼ真夜中(23時頃)に地震発生数がピークとなっています。
図5は深さ25kmから35kmで発生した地震についてその発生時刻の分布を示したものです。
夕刻(19時ごろ)に地震発生数がピークとなっています。
図6は深さ38kmから50kmで発生した地震についてその発生時刻の分布を示したものです。
朝方(8時ごろ)に地震発生数がピークとなっています。
次の図7はこれら3つの、深さ別の地震発生時刻の分布を、重ねて描いて比較したものです。誤差棒は省略しました。
地震発生数がピークを迎える時刻は、順に真夜中、夕刻、朝方となっており、深さによって異なることがはっきりと読みとれます。
ひとつ面白い特徴はいずれの深さにおいても、地震発生数が少なくて谷となる時刻あたりに、小さなピーク(極大)が見られることです。
たとえば、緑色のグラフ(深さ38km〜50kmのケース)を見ますと、夕刻に地震発生数は谷となりますが、単純な谷ではなくて、中央に小さな突起をもった2重の谷になっています(15時と20時に極小があり、それらに挟まれた17時に極大がある)。
地震発生時刻分布の極小が2重の谷の形状をもつ、というこうした特徴は、日本周辺やアルプスの地震データにも共通してみられる普遍的なものです。
図7を見ると、2重の谷に挟まれた小さな極大の大きさは、震源の深さが深いほど明瞭で大きくなっています。 これはおそらく、地震発生数に24時間周期の変動が見られる原因を解明する上で、重要な情報の1つだと思います。
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日本周辺についても見てみます。
図8は、気象庁一元化震源データをもとに、日本周辺で過去6年間に発生したM0.0以上の地震の最頻発生時刻が震源の深さによってどう変わるかを示したものです。
地表付近の浅いところでは午前0時30分ごろに地震が多いのですが、深くなるにつれて最頻発生時刻が遅くなり、深さ20km〜30kmあたりでは午前1時10分ごろとなっています。
モホ面の付近で最頻発生時刻が変わるのは北アメリカ西部の地震と同じ特徴です。 ただ、北アメリカでは最頻発生時刻に、モホ面の上下で数時間の差があったのに、日本周辺では1時間以内の変化にとどまっています。
こうした違いは、日本周辺の地下の構造が北アメリカに比べて複雑で、モホ面の深さが場所によって大きく異なるためであるかも知れない、とWSは考えました。
そこで、地表面からの震源の深さではなくて、モホ面から計った震源の深さを横軸にとって、グラフを描いてみたのが次の図9です(*3)。
残念ながら、図8と同様に、モホ面付近での最頻発生時刻の変化は1時間以内にとどまっています。
しかしながら、図9からは新たに興味深い特徴も見つかります。 モホ面の下25kmのあたりに、最頻発生時刻が1時間ほど早まる領域があるのです。 これは北アメリカのデータにも見られる特徴です(図3参照)。 この特徴にはなんらかの普遍性があるかも知れません。 もっとも北アメリカの場合には1時間ではなくて数時間早まるのですが。
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今回は以上です。
どうして最頻発生時刻が深さとともにこのような変化を見せるのか。 いまのところWSには全くの謎です。 これからもデータを集めながら考察を続けていこうと思っています。 では。
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注
*0) 今回の記事で述べたように北アメリカ大陸西部では、地表近くの浅いところでは最頻発生時刻は真夜中、下部地殻では夕刻、上部マントルでは明け方です。 しかし、地震発生は地表近くの浅い領域に集中しているので、深さを区別しないで最頻発生時刻を求めると真夜中となります。 深部の地震データは数が少なく、あまり寄与しないからです。
*1) 誤差の求め方
図3では、最頻発生時刻が深さによってどう変わるかを求めました。 図には±2σの誤差範囲が描いてあります。 この誤差をどうやって求めたかを簡単に記しておきます。
たとえば、深さ20kmでの最頻発生時刻を求める場合、ある深さ範囲(たとえば17.5km〜22.5km)で期間内に発生した地震をすべてピックアップします。
仮に1万個の地震がピックアップされたとすると、1万個の発生時刻(Local Time)のデータ(標本)が得られます。 この標本から、先日の記事の定義にしたがって、「最頻発生時刻」が計算できます。
しかし、この「標本から求めた最頻発生時刻」は、深さ20kmでの「真の最頻発生時刻」と同じとは限りません。
この事情は、標本数が非常に少ない場合を考えれば明らかです。 たとえば、極端なケースとして標本数が1(=1つの地震だけが発生)の場合を考えてみます。 この場合、「標本から求めた最頻発生時刻」は、その地震の発生時刻そのもので、たいてい「真の最頻発生時刻」とは大きく異なっているでしょう。
標本数が増えるにつれて、誤差、つまり「標本から求めた最頻発生時刻」と「真の最頻発生時刻」とのずれ、は減少します。
誤差は標本数が増えるとどのように変わるのか。
それを調べるため、次の図10のように、地震発生時刻の真の分布がコサインカーブになるモデルを考えます。 このモデルでは、真夜中0時に地震が発生しやすく、正午12時に発生しにくくなっています。 地震発生数の日平均値からのずれは順に+15%、-15%です。
図10の確率分布に従うように、地震発生時刻を何個かランダムに生成し(標本)、それらの時刻から「標本の最頻発生時刻」を計算します。
これを何度も繰り返して、「標本の最頻発生時刻」の分布を調べたのが次の図11です。
標本数mが500個と少ない場合には「標本の最頻発生時刻」の分布は広がりますが(緑色の棒グラフ)、標本数mが5000個と多い場合には「標本の最頻発生時刻」の分布は真夜中を中心に狭く鋭いピークを持ちます(青色の棒グラフ)。
この分布の広がりの大きさ(標準偏差σ)と標本数の関係を見たのが次の図12です。
標本数が増えると、シグマはおよそ標本数の平方根に反比例して減少することが読みとれます。
今回の記事で取り上げた図では、図12にオレンジ色で示した回帰式を用いて、標本数から最頻発生時刻の誤差を計算しています。 誤差はシグマの2倍としています。
*2) 北アメリカ大陸西部のモホ面の深さについては USGSの以下のHPのFigure 2が参考になります。
http://earthquake.usgs.gov/research/structure/crust/nam.php
場所によって違いがありますが、震源が集中している地域のモホ面の深さはおよそ30〜40kmであると考えられます。
*3) 日本周辺のモホ面の深さの計算には、D. ZhaoさんがWeb上で公開しておられるプログラムを使用させていただきました。
論文 Zhao, D., A. Hasegawa, H. Kanamori (1994) Deep structure of Japan subduction zone as derived from local, regional and teleseismic events. J. Geophys. Res. 99, 22313-22329.
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