カテゴリー「経済」の9件の記事

従業員給与を減らして株主への配当を増やす経営者が悪いのか

■ 過去最高益を更新し続けた法人企業

次の図は、ここ数年の法人企業の売上高と営業利益の推移です(法人企業統計年報による)。好調だった外需を背景に、つい昨年の夏まで、輸出関連大企業を中心に過去最高益を更新していました。しかし、その好景気の恩恵は給与として従業員に還元されたとは言えません。

Gain


■ 倍増した配当と増えなかった従業員給与

次の図は、企業の利益が何に使われたのか、その割合を示します。
 ・従業員給与
 ・株主への配当
 ・役員報酬
 ・法人税など
 ・内部留保
の5つの項目について、5項目の合計に対する割合を示しています。

Normal

見やすくするため、下半分を拡大すると次のようになります。

Zoom

1990年のバブル崩壊時に従業員給与の割合は約70%でした。それ以降2000年ごろまで、従業員給与の割合は約80%まで増えました。その分、内部留保と法人税の割合が減っています。役員報酬の割合はほとんど変わりません。企業が雇用と給与の維持に努力したことがわかります。

しかし、2000年以降、様子が一変します。従業員給与の割合は急減して、2007年度には70%を割り込み、その分、株主への配当と内部留保が増えています。とくに、株主への配当は2007年度に約6%とかつてない高い水準に達しています。一方、(少し意外に思われるかも知れませんが)役員報酬の割合はほとんど変わっていません。法人税の割合も増えていますが、これは好況時には自然なことです。

このように見てみると、2000年以降の変化の一番の特徴は、株主への配当が増えたことと、従業員給与の割合が減少したことです。

従業員をどんどんリストラする一方で高額のボーナスを自ら受け取る、米国の腐敗した経営者のニュースなどを耳にしていると、日本でも、従業員給与が増えないのに役員報酬は増えている、という印象をもってしまいがちです。しかし、法人企業統計でみるかぎり、役員報酬はそれほど増えていません。経営者は、従業員への給与を削った分、株主への配当を増やしたというのが適切です。


■なぜ配当が重視されるのか

荒れ狂うカジノ資本主義は、モノやサービスだけでなく、企業そのものを売買の対象にするようになりました。株価を高く保っておかないと、いつハゲタカがおそってこないとも限りません。そのためには高配当を続ける必要があります。

内部留保はかつて、未来への投資に使うための資金でした。しかし、現在は違っています。万が一、業績の不振があっても配当を減らさないで済むように、非常時の配当用の資金として、内部留保が積み上げられている、という面があります。

株価暴落(2003年)と三角合併の解禁によってハゲタカの脅威を増したことも、株主への配当が増え、内部留保が積み上がり、従業員給与が抑えられた原因です。


■配当を減らし、従業員給与を増やすとどうなるか

配当に回る割合は、現在6%程度です。これを仮に、2000年以前のように3%まで半減させ、その分を従業員給与に回したとしたら、なにが起きるでしょうか。仮定の話ですが、想像をたくましくして予想してみましょう。

従業員給与の割合は現在68%ですが、これが71%まで増えます。割合にして約4.4%の増加です。これにより、家計の可処分所得が約5%増え、個人消費が約5%増えるでしょう。個人消費は、あらゆる企業の売上高の源泉ですから、企業の売り上げ高が約5%増えるでしょう。

そこで、最初の図を見て下さい。法人企業の営業利益は、売上高の変化に非常に敏感に反応して変わることが分かります。大雑把にみて、売上高が5%増えるとき、営業利益はその約5倍、つまり25%増えると考えてもそれほど違ってはいないでしょう。

従業員給与以外の部分(配当、役員報酬、内部留保、法人税)に回している利益の割合は現在30%ですが、これが約4分の1(25%)増える。つまり、現在の利益を基準に計って7〜8%分を、新たに配当や内部留保に回せることになります。つまり、減らした配当(6%→3%)を補って、お釣りがくる可能性があります。

配当を減らして従業員給与を増やすことで、個人消費が盛り上がり、企業の売り上げと利益が増えて、結果的に株主も得をする可能性があるのです。言いかえると、現在の配当割合が大きすぎる、ということでもあります。


■ オイルショックからの回復の経験

実はかつての不況下で、それに類似した解決策が実施されたことがあります。上のグラフから読みとれるように、1973年の第一次オイルショックのあとでは、内部留保を削って雇用を守り、従業員給与の確保がなされました。その結果、日本経済は世界で一番早く、オイルショック後の不況から抜け出したのです。


■ 一企業では無理。政策による誘導が必要

しかしながら、政治が何もしなければ、従業員も株主も得をする上記の解決策が実現することはありません。多くの企業が一斉に(一時的に)配当を半減させて従業員給与に回さなければ、上記の好循環は起きないからです。

現行制度のもとでは、個々の企業にとっては、一時的にでも配当を減らすことはできない相談です。買収の脅威から身を守る必要があるからです。

「企業は株主(だけ)のものである」という、日本の風土に合わない法制度を捨てて、かつての制度に戻す必要があります。三角合併の解禁も見直して、再び禁止すべきです。そうした上で、労働分配率の高い企業を税制面で優遇し、逆に、低い企業には懲罰的税率を課すことで、売り上げと利益の増大を促すのがよいと思います。


■ 松下幸之助氏の哲学

1929年の世界大恐慌のときに松下幸之助氏のとった行動を、株式日記と経済展望さんの記事---企業はアルバイト等を使い人件費コストを下げる事で、自分で自分の会社を「倒産に追い込んでいる」事に気付かない。---経由で知りました。元の記事は、伊勢雅臣氏の---国際派日本人養成講座 人物探訪:松下幸之助~七転び八起きの心意気 H14.02.10---です。以下に一部を引用して紹介します。

>>>>>
従業員も設備や建物と同様に金儲けの手段だと考える、いかにもドライな現代アメリカ流の経営思想であるが、最近の日本の経営者の中にも派手な人員削減策を打ち出して、株価を上げようという手合いも見受けられるから他人事ではない。

ここで思い起こされるのが松下幸之助である。「松下電器は何を作っている会社ですか、と聞かれたら、人を作っている会社です。あわせて電気製品も作っていますと答えなさい」と幸之助は社員に教えた。人を事業の手段だと考えるアメリカ的経営とはまったく異質な発想がここにある。そこには現代の日本人が忘れてしまった大切な教えがあるのではないか。(中略)

この年の10月24日のニューヨーク株式市場の大暴落に端を発した世界大恐慌は、日本経済も痛撃し、巷には首切り、人員整理の嵐が吹き荒れ、失業者が街にあふれた。次々と新工場を設立していた松下の売り上げもぴたりととまった。12月の半ばには出荷がほとんどなくなり、連日生産される製品で倉庫は充満し、工場の土間一杯に積み上げられた。井植は療養中の幸之助に情況を説明し、ひとまず従業員を半減して窮状を打開するしかない、と訴えた。

幸之助も思案に暮れたが、腹をくくってみると打開策が閃いた。

明日から工場は半日勤務にして生産は半減、しかし、従業員には日給の全額を支給する。そのかわり店員は休日を返上し、ストックの販売に全力を傾注すること。・・・半日分の工賃の損失ぐらい、長い目ぇでみれば一時的の損失で大した問題やない。それよりも採用して仕事に馴染んだ従業員を解雇して、松下工場への信頼にヒビが入る方が辛いのや。

翌日、井植が工員や店員を集めて幸之助の決断を伝えた。いよいよ首切りかと覚悟していた所に、思いも寄らぬ話で皆「うわっ」と躍り上がった。店員たちは鞄に商品見本を詰め込んで、「さあ、売りまくりじゃあ!」と市中に飛びだしていった。販売は心意気である。2ヶ月後には在庫の山がきれいに消え、半日待機をしていた工員たちもふたたびフル操業を開始した。(中略)

松下が発展した大正から昭和前期の日本は不況、震災、恐慌、台風、敗戦と、危機また危機の連続であった。それらの危機を乗り越え、そのたびに松下は大きく発展していった。結局、製品や設備を開発したり、問題を解決するという創造性は、人間のみが持ちうる能力である。幸之助の「人を作り、人を大切にする」という経営は従業員や得意先との「和親一致の協力」を引き出し、そこから生まれた想像力と心意気で度重なる危機を乗り越えてきたのであった。

現在のわが国もバブル以降、10年に及ぶ不況の底に沈んでいるが、危機の大きさからすれば幸之助の時代とは比べものにならない。それなのに一向に危機を乗り越えられないのは、多くの企業で「人を作り、人を大切にする」という理念を忘れ、「和親一致」の精神を見失ってしまったからではないだろうか。それでは企業が繁栄できないだけでなく、従業員を仕合わせにすることもできない。幸之助が生涯をかけて示した繁栄と幸せへの道筋をもう一度、思い起こすべき時だろう。
<<<<<

これは2002年に書かれた記事ですが、バブル崩壊ののち、おそらく2000年頃までは経営者も、松下幸之助氏が示した哲学に沿った方向で懸命に努力していたのではないか。それができなくなって、一気に雪崩を打ったように従業員の解雇や非正規雇用の拡大、給与の抑制へと突き進みました。

そのような事態を招いたのは、=カイカク=を絶叫した政治と行政でした。それを元に戻せるのもまた、政治と行政だと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

政治が扉を開ければ、ケインズが夢見た時代はすぐそこにある

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

     ***

■「モノの豊かさ」が臨界点を越えたとき、社会は相転移を起こすだろう

ここ20年の情報技術の革新は驚くべきものです。誰かが発信した情報は、その日のうちにインターネットを通じて、全世界に行き渡ります。しかも、ほとんど配布コストはかかりません。

近未来に同じことがモノの世界に起きたらどうでしょうか。

たとえば、ある陶芸家がすてきなお皿を焼き上げます。彼(彼女)はそれを「3次元スキャナ」に入れ、お皿の原子配列と電子状態をすべて読みとり、その情報をネット上に公開します。お皿をほしい人は、その情報をダウンロードして「3次元プリント」すれば、目の前にそっくりそのままのお皿ができあがる、というわけです(*)。

お皿の例で説明しましたが、食べ物でも衣類でも住居でも道具でも、宇宙のどこかに存在しているモノは、事実上ノーコストで、望む量だけ複製できる時代が訪れることでしょう。おそらく遅くとも100年後か200年後には。

現在、モノには値段がついて市場でやりとりされています。モノが足りないので稀少価値が生まれ、価格を利用した分配が行われています。すべてのモノと交換可能なマネーを求めて、企業どうし、人どうしが殺しあいの競争をしています。

「モノの稀少さ」という前提が崩れたとき、経済のあり方は根底から変わらざるを得ません。いや、実はすでに現在の時点で半分、そうした時代に足を踏み入れているのではないでしょうか。

生産力はあり余っており、どの企業も自社製品をいかに買ってもらうか、に必死です。猛烈な競争で同業他社のシェアを奪うか合併することにより、寡占化が進んでいます。結果として、より少ない従業員数で同じだけかより多くを生産することになる。それは給与総額の減少を招き、社会全体の購買力の低下につながっています。

今回の大不況は、生産力があり余り、社会が相転移を起こす臨界点に近づいたことを示すシグナルです。すべての人の衣食住を満たせるだけの生産力がすでにあるのに、年末年始を寒空の下で過ごす人々がいる。この不幸で異常な状態を、まもなく訪れる新しい経済のあり方を政治が先取りして、社会の変化を促すことで解消してほしいと願います。

まもなく訪れる新しい経済のあり方とは何なのか。それを80年前の大不況のときに、予見していた経済学者がいました。今回は彼の講演の要旨を紹介します。紹介後のコメントはあえて控えます。じっくりと余韻をかみしめていただけましたら幸いです。

______
*) そのようなプリンタは、電子・陽電子対、クォーク・反クォーク対を自在に生成して利用するのかも知れません。もちろん、アインシュタインの関係式E=mc^2によれば、それには莫大なエネルギーが必要です。現在のところ、原子核スケールのエネルギーしか利用できませんが、50年後か100年後には、さらにミクロな世界に潜む莫大なエネルギーをより安全に利用できるようになることでしょう。
------


■ わが孫たちの経済的可能性

いまから80年前、世界経済が歴史的大恐慌に向かって沈みつつあった1930年6月、ケインズはスペインのマドリードで「わが孫たちの経済的可能性」という演題の講演を行いました。

少し長くなりますが、その要旨を、浅野栄一氏の「ケインズ」(清水書院)p50〜p52より引用させていただきます。

>>>>>
時はあたかも世界経済が、歴史上未曾有の大不況のどん底に向かって急速に沈みつつあるときであった。このとき、ケインズは、この講演で、この経済的混乱を前進のなかの一時的再調整過程と位置づけたうえで、あえて人類の100年後の経済的可能性について考えようと提案したのである。

ケインズによれば、4000年間にわずか50%---せいぜい100%---の生活水準の向上という、18世紀までの遅々とした経済的進歩に終止符を打ち、その後の文明の急速な発展を可能にしたのは、16世紀に始まった資本蓄積と科学技術の驚異的前進であった。この経済成長は、今後、人口の急増や重大な戦争によって妨げられないかぎり、人類の経済問題を100年以内に解決することを可能にするであろう。

そもそも、人間の経済的欲求には2種類のものがある。その1つは、人間が人間として生活していくための絶対的欲求というべきものであり、他は、仲間に対する優越感を味わおうとするための相対的欲求と呼ぶべきものである。このうち、後者すなわち優越のための欲求は、際限のないもので、全般の生活水準が高まれば高まるほど、いっそう増大する性格をもっている。しかし、前者すなわち絶対的な欲求は、このことが当てはまらず、たぶん誰もが気付くより早い時期に十分に満たされ、人々は非経済的な目的にいっそうの精力を捧げることができるようになるにちがいない。

このように人類最大の問題であった経済問題が解決されると、われわれは、2000年の長きにわたって人々を悩ませてきたエセ道徳律から解放されることになろう。これまで資本蓄積という至上命題のために最高の徳の地位にまつり上げられてきた貨幣愛(金銭的欲求)、とくに貨幣経済の下での人生の享受と実現のための不可避的手段である貨幣愛とは区別された、蓄財のための貨幣愛は、いまやその地位から引きずり下ろされ、半ば犯罪的で半ば病理的なものとして見られるようになるであろう。また、この貨幣愛と不可分に結びついたあらゆる種類の社会的慣行と経済的慣行をも、われわれはついに自由に放棄することができるようになるであろう。

この至福状態が実現したとき、問題は、この余暇を賢明で快適で裕福な生活のためにどのように使えばよいか、である。これまでただ懸命に努力するよう訓練されてきた人々は、その習慣と本能の再調整に対して不安を禁じえないかも知れない。しかし、少し経験を積めば、人々は、新たに発見されたこの自然の賜物を、いまの富者とまったく異なる方法で上手に利用できるようになるであろう。

もちろん、現在はまだその至福状態に到達しておらず、そのためなお100年間は貨幣愛を利用して経済成長に努めなければならない。しかし、その場合も、われわれは決して、「経済問題の重要性を過大評価したり、経済問題で仮定されているいろいろな必要のために、もっと大きくもっと持続的な重要性をもった他の諸問題を犠牲にしてはならない」。
<<<<<

| | コメント (0) | トラックバック (0)

消費税率を上げても税収は増えない

9月以降、世界バブル崩壊の悪影響が怒濤のように押し寄せ、経済政策に2つの変化がみられました。

ひとつめは、過度な均衡財政主義が一時的に放棄され、真水で10兆円(GDP比2%)規模の財政出動がなされそうなこと。遅すぎたし、規模も小さすぎます。中身に文句がある人もおられるでしょう。しかしながら、ベッドの長さに合わせて病人の足を切断するような、冷たい政策が10年来続いてきたことを思えば、ひとまずは歓迎すべき変化です。

もうひとつは、景気回復を前提に、社会保障財源として、3年後の消費税率の引き上げが与党内で合意されたこと。こちらは、憂慮すべき変化です。

なぜ、憂慮すべきなのか。
それは、消費税率を上げても税収は増えないからです。消費税はわずかに増えますが、所得税や法人税の税収が減るので、全体としては減ってしまうのです。


■1997年の経験

10年前のデータを見てみましょう。97年度に消費税率が2%引き上げられました(3%→5%)。このときの、国税収入合計、所得税、法人税、消費税の税収はそれぞれ次のようになりました。 TORI研究所さんの記事「消費税引き上げの是非を問う⑥~国の税収は増加するのか?」から数値を引用させていただきます。

表:1996~1999年度の国税収入(単位:兆円)


年度国税収入所得税法人税消費税
199652.119.014.56.1
199753.919.213.59.3
199849.417.011.410.1
199947.215.410.810.4
出所:国税庁「統計年報」

単純に計算すると、消費税の税率が3%から5%に1.67倍になると、消費税収も1.67倍になります。 1996年の消費税税収6.1兆円の1.67倍は10.2兆円です。確かに、1998年にはその水準に達しています。約4兆円の増加です。(しかし、これは財政出動によって消費が下支えされたためで、もし財政出動がなかったら、税収は見込みに達しなかったはずです。)

しかし、その背後で起きたことに注目する必要があります。 所得税で3.6兆円、法人税でも3.7兆円税収が減りました。消費税収の増加をすべて打ち消しても足りず、国税全体では4.9兆円の減少になりました。景気の悪化に伴う税収減に加えて、景気対策のための減税がその原因です。

消費税率アップで4兆円の税収の増加を期待しましたが、実際には、総税収が4.9兆円減ったのです。


■景気悪化のメカニズム

再び、TORI研究所さんの記事「消費税引き上げの是非を問う④~増税のマイナス効果」から引用します。(一部、改行を変更しました)

>>>>>
では、1997年4月に消費税率が創設時の3%から現行の5%へと引き上げられた時は、どのような影響があったのでしょうか?まず、真っ先に影響が出たのは、住宅やマンションの購入といった「住宅投資」と「民間消費」でした。

1997年4~6月期の民間住宅投資は前期比で11.4%減少し、その後の7~9月期、10~12月期においても前期比でそれぞれ7.4%、4.8%と大きく減少を続けました。

さらに、GDPの6割近くを占める民間消費も、1997年4~6月期で前期比で3.9%減少し、7~9月期は前期比でプラスに転じたものの10~12月期以降はしばらく前期比マイナスが続きました。

こうした民間消費や住宅投資の減少は、企業の設備投資にも影を落とします。1997年は前期比プラスで推移していたものの、1998年に入って設備投資は減少の一途を辿ります。

その結果、1998年の経済成長率(実質)は-1.8%となり、戦後2度目のマイナス成長を記録しました。さらに、翌1999年も実質成長率は-0.2%となり、2年間で実質GDPを2%前後押し下げた形になります。そのマイナス要因のすべてが「消費税増税のせい」というわけではないでしょうが、GDPを押し下げ、マクロ経済に少なからず悪影響を与えるのは間違いないようです。
<<<<<


■消費税率アップで財政赤字が拡大

しかも、話はこれだけでは済みません。歳出の増加があったにもかかわらず、税収が減ったのです。

消費税率アップが家計消費の減退や住宅投資の減少を招き、それが設備投資の減少という形で企業部門に波及していきました。 景気を下支えするため、巨額の財政出動(減税と公共投資)がなされました。税収減と財政出動。財政収支にはタブルパンチです。

結果として、何がが起きたか。次の図を見てください(*)。 国と地方および社会保障基金を合わせた一般政府のプライマリーバランスは、1996年度に約15兆円の赤字であったものが、1999年以降、およそ30兆円の赤字に拡大しました。1990年のバブル崩壊以降、やっと回復の兆しが見えてきた景気を、消費税率アップでたたき落とし、財政収支のさらなる悪化を招いたことがはっきりとわかります。

Balance

*出典:ESRI Discussion Paper Series No.167 国民経済計算から見た日本経済の新動向 第3章 財政収支(Web上で入手可)


■消費税率アップは法人税率引き下げのため?

税率を上げても税収は増えません。景気が悪くなるからです。消費税率のアップは、むしろ総税収の減少につながる可能性が高いのです。

にも関わらず、消費税率アップをさけぶ人々はまじめなのでしょうか。それが孫や子の世代に対する責任ある態度なのでしょうか。これまでの経緯を見ると、消費税率のアップは、法人税の減税という結果しか生んでいません。

消費税率を上げれば確実に景気後退が生じます。そこで、景気対策にと法人税の減税が叫ばれます。不況下でのそのような声に対し、反対することは難しい。結果として、法人税の税収が減った分を消費税の増税が穴埋めすることになります。社会保障は貧弱なままで。

前回、2%の消費税率アップが決まったのは1994年でした。実際に税率が上がったのは3年後の1997年でした。景気回復が確実になるのを待っていたからです。まるで、つい最近、どこかで聞いたような話ですね。そして、景気が回復したからと税率を上げたら、見事に(ねらい通りに?)大不況に突入したというわけです。どうして、わずか10年前のこの経験から学ぼうとしないのでしょうか。


■手段は消費性向の向上しかない

財政収支に大穴があいているのは事実であり、社会保障費があと10年くらいの間、年1兆円のペースで増加することも事実です。税収の増加が必要であることに異論はありません。

しかし、だからといって、税率を上げても、税収は増えません。では、どうすればいいのか。

景気をよくすれば税収は自然に増えます。そのためには再分配政策による分厚い中間層の復活が必要です。池田税制を再び敷いて、個人消費を盛り上げる。すると、民間投資が増え、給料が増え、また消費が増える。税収も増える。この繰り返しで、ワープアの問題も、財政赤字と累積債務も、少子化も、所得と富の格差も、近年のあらゆる問題が解決の方向に向かいます。

解決策は消費税率のアップではない。消費性向のアップこそが解決策です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

経済成長と減税を可能にする魔法の税制---累進所得税

------
(第1章)急激な累進的所得税が大きな役割を演ずるべきこと、および、でき得るかぎり間接税の範囲を狭めることをわれわれが勧告する理由の一つは、上述の方法によって経済安定に自動的に寄与できる税制が必要であるからである。

(第4章)最も重要な問題は、一般国民が政府を支えるために、所得税をその主要な手段として利用するという試みを続けるか否かにある。(中略)
 もう一つの道は、一般国民が政府のためどれ程の寄与をしているか、その量をあいまいにし、寄与していることさえ気付かないようにしてしまう重い間接税の制度に戻ることである。そうなると、政府は、これら国民にとって縁遠い存在となり、国民は、ときおり政府の恩恵にあずかる以外、全くこれと関係のないものとなる。そのうえ、間接税では適正に、所得や富の懸隔および家族負担の差異を考慮に入れることができない。 それは、近代国家が必要とする高額の税を公平に徴収するには、あまりにも不完備な機構である。

------シャウプ使節団日本税制報告書(1949年)より(*1)


壮大な世界バブルに支えられた外需の好調も、終わりが見えてきたようです。一方、国内に目を向けると、貯蓄が全くゼロという世帯が全世帯の4分の1。一年間、額に汗して働いても、収入が200万円に達しない人が20%近くになろうとしています。

どうして日本はこれほど住みにくく、未来に希望のもてない国になってしまったのでしょうか。

この国にバブルが発生したこと。その崩壊後、経済成長が事実上、止まってしまったこと。所得と富の格差が大きくなったこと。これらに共通する原因が税制にあります。1980年代後半からの、所得税の累進性の緩和、消費税の導入、そして法人税の減税です(*2)。

なぜ、急激な累進的所得税が、経済成長と減税を可能にするのか。なぜ、消費税は、経済停滞と増税をもたらすのか。今回はその理由を考えてみたいと思います。少しばかり、算数とのおつきあいをお許しください。


■政府が存在しない国を考えてみる

簡単のため、政府が存在しない国を想像します。この国の家計は、所得が次の表のように、3つの階層A, B, Cに分かれていると仮定しましょう。各階層内では、どの世帯の月収も同じで、順に20万円、40万円、80万円だとします。

消費性向は順に、100%、80%、60%だと仮定します。高所得の世帯は一般に、所得の多くの部分を消費には回さず、貯蓄や投資を行うからです。

所得階層 A B C
世帯数(万) 2000 4000 2000
月収(万円) 20 40 80
消費性向 1.0 0.8 0.6
消費(万円) 20 32 48
消費計(兆円) 4.0 12.8 9.6
家計消費(兆円)26.4
表1:モデル国の所得と消費(はじめ)

ごらんのように、家計消費(一世帯)は順に、20万円、32万円、48万円で、この国の家計消費の合計は、ひと月に26.4兆円となります。


■政府が累進所得税で再分配を行うとどうなるか

次に、この国に政府ができ、所得税を集めて再分配を行う場合を考えます。税率は、収入に応じた累進税率で、順に0%、10%、20%であるとしましょう。簡単のため、政府はその税収のすべてを、各家計に均等に分配すると仮定します。

各家計の所得税額と再分配額、再分配後の所得(可処分所得)は次の表のようになります。

所得階層 A B C
月収(万円) 20 40 80
税率(%) 0 10 20
税額(万円) 0 4 16
世帯数(万) 2000 4000 2000
税額計(兆円) 0 1.6 3.2
税収(兆円)4.8
再分配額(万円) 6 6 6
可処分所得(万円) 26 42 70
消費性向 1.0 0.8 0.6
消費(万円) 26 33.6 42
消費計(兆円) 5.2 13.44 8.4
家計消費(兆円)27.04
表2:モデル国の所得と消費(再分配後)

消費性向が再分配で変わらないとすれば、ごらんのように、国全体の家計消費の総額はひと月27.04兆円に増えます。再分配前の26.4兆円と比べて、金額で6400億円、率にして2.4%の増加です。

国全体の消費が増えたのは、所得の再分配によって、中低所得層の可処分所得が増えたことによります。


■消費の拡大が投資の拡大をうむ

売り上げの増加を予想した企業は当然、生産の拡大に乗り出します。そのためには設備投資が必要です。その資金は、高所得層の貯蓄が提供します。

強い累進税制は、一見、高所得層にとって不利に思えます。しかし、再分配による売り上げの増加によってもっとも利益を受けるのは、企業を経営あるいは所有している、高所得層です。しかも、消費の拡大は、高所得層の貯蓄のよい運用先やよい投資先を生み出してくれます。累進税制は結局のところ、だれも損をしない税制なのです。


■累進所得税は内需主導の自立的な成長を可能にする

消費が2.4%増えました。当然、民間投資も増えます。仮に、同じく2.4%増えたとしましょう。国民の所得も2.4%増えるでしょう。つまり、表1や表2において、各家計の収入が2.4%ずつ増えます。消費性向が同じなら、当然、各家計の消費も2.4%増え、国全体の消費も2.4%増えます。したがって、また投資が増えます。

これが毎月、繰り返されます。毎月2.4%ですよ! すごい成長です。しかも、内需に牽引された自立的で爆発的な成長です(*3)。

もちろん、話はそんなにうまくは運びません。耐久消費財はそんなに急激には生産が増やせません。また、皆が設備投資したがったら、金利が上昇して、成長を抑えてしまいます。働き手や原材料や電力が不足して、生産の拡大が思うように進まないかも知れません。現実の成長経路は、さまざまな制約の影響を受けます。

重要なのは、累進所得税を組み込んだ経済システムは、内需主導の自立的な高成長(それも驚くほど高率の成長)を可能にするしくみを、しっかりと内蔵しているという点です。


■累進所得税は減税を可能にする

内需が盛りあがって景気が良くなり、数年後に各家計の収入が2倍になったと仮定しましょう。つまり、A階層の家計はB階層に、BはCに、CはD(月収160万円、税率30%)に移行したとします。このとき、税収はどうなるでしょうか。

所得階層 A B C D
月収(万円) 20 40 80 160
税率(%) 0 10 20 30
税額(万円) 0 4 16 48
世帯数(万) 0 2000 4000 2000
税額計(兆円) 0 0.8 6.4 9.6
税収(兆円)16.8
表3:モデル国の所得と税収(2倍に成長したとき)

ごらんのように、16.8兆円になります。もともとは4.8兆円でしたから、3.5倍に増えています。経済規模が2倍になるとき、税収は3.5倍に増えるのです。

これでは税金のとりすぎだ。経済規模が2倍なら、税収も2倍にとどめるべきだ、ということなら、次のように税率を(4/7倍に)引き下げればいいでしょう。減税です。

所得階層 A B C D
月収(万円) 20 40 80 160
税率(%) 0 5.71 11.4 17.1
もとの税率(%) 0 10 20 30
表4:モデル国の減税後の税率

たとえば、もともと所得階層がCで税率が20%であった家計を考えてみます。経済が成長して、この家計は階層Dへ移動しますが、移動後の税率は30%よりはるかに低い17.1%で済んでいます。

これが以前の記事で紹介した「あのイザナギ景気のときには、二・五倍日本の経済規模が大きくなり、毎年減税をやったのに二・四倍税収がふえた」ことの秘密です。日本にはかつて宝物があった。経済成長と減税を可能にする、累進性の強い所得税制という宝物があったのです。

もう1つ、不運な家計を考えてみましょう。もともと中所得層Bで税率が10%であったが、経済が成長しても何らかの理由でそのまま階層Bにとどまった家計です。この家計は収入は増えませんでしたが、税率が10%から5.71%にほぼ半減するので、可処分所得は増えます。国の経済成長につれて減税が可能になる累進税制は、不運な家計にも優しい税制です。

もし、国民の同意が得られるならば、減税幅を少し小さくして、かわりに、社会保障や教育、エネルギーや環境分野に資金を振り向けることもできます。


■もう、経済成長を語る時代ではないのでは?

もう、モノはひと通り各家庭に行き渡った。かつてのように成長を求める時代じゃないよ、という声があるかも知れません。しかし、WSはそうした意見に賛成できません。

たとえば、もし、お金に余裕があるなら、クルマをエコカーに買い換えたい、という家計は多いのではないでしょうか。薄型テレビやデジカメ、携帯端末、光ファイバー、太陽光発電、あるいは、住宅をエコハウスに建て替えたり、耐震補強をほどこしたりとか、大規模スーパーだけになってしまった郊外を出て、中心市街地にマンションを買いたいとか、少し高くても安心できる食品を食べたいとか、子供にピアノを習わせたいとか、よい塾に通わせたいとか、生涯学習とか、ほかにも潜在需要はたくさんあると思います。

家計の可処分所得が増税で奪われ続けているために、そうした潜在需要のほとんどは眠ったままです。その結果、企業は日本を見捨てて海外に投資をする。銀行も預金を(もとにマネーを刷って)海外へ融資する。ますます国内需要が低迷する。悪循環です。

逆に、可処分所得を増やし、内需を盛り上げる。すると国内に投資が戻ってくる。所得が増える。未来に希望が持てる。有望な新分野に、資金と労働力が移動する。ますます、企業と家計が豊かになる。若い世代が家庭を持ち、子供を作る。年金制度や健康保険制度に将来の不安がなくなる。豊かになった日本に、海外から投資が殺到する。巨大な日本市場へのアクセスを確保するため、どの国の企業も日本のルールを無視できなくなる。

このような循環を作り出さなければなりません。適切な政策を選択すれば、それは十分に可能である、とWSは思います。累進性の強い所得税の復活は、そうした政策に不可欠な要素です。


■消費税はどうなのか

消費税は全体として、中低所得層から可処分所得を奪い、高所得層へと移転します。(それゆえ、導入初期には投機によりバブルが生じることがあります。)同じような算数と議論を繰り返すことはしませんが、上で調べた累進的所得税の場合とは全く逆のことが生じます。

つまり、国全体の消費は減少し、それが民間投資の減少を招きます。給料が下がり、消費はさらに冷え込みます。悪循環です。税収が減って、税率アップ(増税)が必要になります。ますます可処分所得が減少します。こうして、家計も企業もどんどん貧しくなります。

高所得層の貯蓄は、国内に良い投資先が見つからないために、海外へと流出します。

1980年代後半からの日本は、まさにこのコースを歩んだのではないでしょうか。


■財政赤字や累積債務の問題と、税制との関係

1980年代の消費税の導入と、1990年代の消費税率アップ、そして所得税の累進性緩和は、日本の財政赤字と累積債務の問題を深刻にしました。

ひとことでいうなら、消費税は、国全体の消費性向を低下させるので、財政赤字を悪化させます。逆に、累進的所得税は消費性向を向上させるので、財政赤字を改善します。

こうした点についてはすでに、小生のホームページ「財政赤字の持続可能性について」(特に、第5節と第9節)で詳しく論じました。よろしければご覧下さい。


■米国の歴史を振り返る

次に示す図は、1948年から2007年までの、米国の所得税最高税率と失業率の推移です。

Us_income_tax
図5 (クリックで拡大)

所得税最高税率の推移については、税理士 吉越勝之氏の大変な力作ホームページ「税制改革による強力な経済成長と財政再建」を参考にさせていただきました。WSは、吉越氏の視点をほとんど共有できます。

吉越氏の分析を参考に、図4に簡単にコメントします。

黄金の60年代、米国の所得税最高税率は90%でした。その後、ベトナム戦争の泥沼と原油価格の高騰によって、米国の景気は悪化します。

所得税最高税率は70%台に引き下げられましたが、それは景気浮揚につながりませんでした。逆に1980年代以降、共和党政権下での最高税率引き下げ(70%→50%→30%)にともなって、景気が悪化する(失業率が上昇する)傾向が顕著にみられます。

レーガン、パパ・ブッシュ、現ブッシュのいずれの政権の初期においても、累進性の緩和にともない景気の悪化がみられました。失業率の上昇は2〜4ポイントにもなります。そして、景気対策のための財政出動により、財政赤字が拡大しました。

一方、累進性の強化を行ったクリントン政権(1993〜2000年)はどうだったでしょうか。吉越氏のHPから引用しましょう。

>>>>>
クリントン大統領はルーズベルト税制を参考に「消費税非導入の最高税率引上げ増税(分母の国民所得が増加するので、租税負担率は大きく変わらない)」を断行し国際競争力を再強化し株高と経済成長と財政再建に大成功した

2,927億ドルもの巨額の財政赤字をわずか5年で黒字に転じたクリンントンの施策

所得税について、最高税率だけを31%から36%へ引き上げ、一定水準以上の高額所得者に10%の付加税も導入した(最高税率39.6%)
<<<<<

クリントン元大統領は、大恐慌を克服したルーズベルトの税制を参考にしたようです。それはどのようなものだったのでしょうか。再び、吉越氏のHPから引用します。(...その税制を...)の部分はWSが補足しました。

>>>>>
米国で第一次世界大戦開始に必要な戦費調達のため、民主党のウィルソン大統領が1917年(大正6年)7%を75%へ増税して第一次大戦に勝利し 税制改革と財政再建(1921年・大正10年に単年度財政黒字)に大成功し、奇跡的副次効果として「自力経済成長による記録的な好景気と税収増加の出現」

フーバー大統領が誕生した1929年・昭和4年の世界大恐慌の発生原因は「米国共和党クーリッジ大統領が1926年に最高所得税率を25%へ大幅引下げた税制

(...その税制を...)フーバー大統領が引継いだその年に 株価暴落が本論どおり発生した

世界大恐慌勃発後の経済再建とそれに続く第二次世界大戦の戦費調達のため、米国民主党ルーズベルト大統領は第一次大戦時と同様、63-92%と最高所得税率を大幅に高めた高累進税制改革を、1933年(昭和8年)採用し

(...米国はその税制を...)以後「50年近く継続し」 直ちに経済を復興してあらゆる経済問題と、膨大な戦費の掛かった第二次世界大戦に軍事的にも財政的にも勝利し、大戦終了二年後の1948年(昭和23年)には財政再建を完了し、ヨーロッパを上回る経済成長を達成し続け世界一の超経済大国になった
<<<<<

経済が成長する。もうこれ以上の税収は必要ないからと、最高税率を引き下げて高所得層のこれまでの負担に報いようとする。皮肉なことに、まさにその結果、国全体が貧しくなる。そんな図式が見えてきます。


■日本の戦後を振り返る

日本の場合もみておきましょう。次の図は、1950年から2007年までの、日本の所得税最高税率と失業率の推移です。所得税最高税率の推移については、やはり吉越氏のホームページを参考にさせていただきました。

Japan_income_tax
図6 (クリックで拡大)

もう、ほとんど説明が不要なくらい、あざやかな相関関係がみられます。この相関は因果関係でもある、とWSは確信しています。つまり、所得税の累進性を強めれば景気が良くなる(失業が減る)。逆に、累進性を弱めたり、逆進的な消費税の役割を強めれば、(場合によっては投機バブルを招いたあとで)景気が悪くなる(失業が増える)。

再び、吉越氏から引用させていただきます。(句読点など、一部、WSが補いました)

>>>>>
敗戦で焦土と化した日本において吉田茂首相が、戦勝国アメリカ民主党の高累進所得税制を研究していた大蔵省主税局長だった池田勇人を見出し、日本はシャープ勧告以上の75%の高累進所得税制を採用し、事業消費税廃止を昭和29年に断行

以後「30年以上」「無資源国で平和でも他国以上の高累進単独の税制改革」が経済成長の大継続原因になる事を証明し、敗戦後、全てが破壊つくされ縮小された国土から僅か43年後の平成元年には、日本は戦勝国アメリカを追い越す世界第一の国際競争力国家となり、高層ビルが林立する経済大国となった

平成元年にこの税制を放棄し、1954年(昭和29年)フランスで初施行された50年の歴史しかない、全個人消費を課税抑圧して経済成長を低下させて税を徴収する欧州型消費税制(...を導入...)

共和党レーガン政権採用の低累進所得税制への危険性の無知から、この税制導入の結果、「改革10ヶ月後からバブル崩壊が開始」した

平成9年10年の消費税の3%から5%への増税と最高所得税率50%を37%への減税が、更なる経済不況をもたらし、莫大な財政支出を行っても景気回復不能であった

敗戦後、高累進所得税制単独で毎年経済成長を実現し、毎年国民所得を増強し豊かな購買力を実現し、毎年膨大な税の自然増収を43年間繰り返していたのに、平成元年の税制改革後は改革とは名ばかりであり、結果は20年間経済成長せず、国民所得も伸びず、税収も全く増加しない国家へ変質し、国際競争力も1位から24位へ転落した
<<<<<

1980年代の直間比率の見直しがバブルを招いた大きな要因の一つであること。さらに、バブル崩壊からこれまでの税制改革も、全く方向性を誤っていた、ということではないでしょうか。

世界でもっとも優れた理想の税制を日本に創る、という情熱にもえていたシャウプ博士がなぜ、急激な累進的所得税が大きな役割を演ずるべきこと、および、でき得るかぎり間接税の範囲を狭めることをあれほど強調したのか。利害関係を離れてその理由を熟考することが、いまほど重要なときはないと思います。

------
注 *1) 訳文は、ろーどさいど・らいぶらりーさんの「シャウプ使節団日本税制報告書」E-text版を参考にさせていただきました。

*2) 法人税については今回は触れません。

*3) 海外市場に頼らず、国内市場をベースにした自立的な成長が可能になること。これは国家間の平和に大きく寄与します。

| | コメント (2) | トラックバック (5)

米国住宅価格の推移と今後

バブル崩壊後の日本では、貸出の担保である不動産の価格下落が続いている間は、不良債権問題は深刻になる一方でした。

サブプライムローンの焦げ付きをきっかけとする米国の信用バブルの崩壊も、震源地である住宅価格が下げ止まらないと、解決の目途が立たないと思われます。


■米国住宅価格の推移

次の図1は、過去10年の米国の住宅価格の推移です(*1)。住宅価格は約2年前、2006年6月頃にピークをつけ、そのあとは一貫して下がっています。2008年4月現在でピークから約18%下がりました。いったい、いつまで下落が続くのでしょうか。

Cs_index
図1(クリックで拡大)

12か月移動平均からの乖離率(赤色の線)を見て下さい。移動平均乖離率が2005年後半に下がり始めてから半年ほどのちに、住宅価格そのものが低下を始めています。今後はまず、移動平均乖離率が底を打って上昇に転じる。それからさらに半年ほどして、やっと住宅価格が底を打って上がり始める、という経過になるでしょう。

いまところ、移動平均乖離率は下がり続けています。下落開始が早かった5都市(サンディエゴ、デンバー、ワシントンDC、ボストン、クリーブランド)の平均乖離率(緑色の線)をみても、下げ止まったようには見えません(*2)。

金融緩和と財政出動(戻し減税)による下支え効果がどれくらいになるのか。WSにはわかりません。ただ、グラフで見る限り、住宅価格の下落スピードが底をうつまで少なくともあと半年、住宅価格そのものが下げ止まるのは、最短でも1年はかかるのではないか、という気がします。


■米国は破産する?

金融機関を救うために金利の急低下が誘導されました。ドルが大量に刷られて、ドル安、資源価格の急騰をもたらしました。この先、どうなるでしょうか。資金が国外へと逃げ出して、純債務国である米国は、資金繰りに行き詰まってしまうのでしょうか。

少なくとも対外的には、米国の破産はありえません。
図2は米国が外国に負っている債務と、外国に持っている資産、および、その差である純債務を示します(*3)。

Us_asset
図2(クリックで拡大)

確かに、ここ数年で急増した米国の対外純債務は2兆ドルを超える莫大なものです。しかし、米国の対外資産は17兆ドルともっと大きく、純債務は資産の2割にも満たない。

しかも、対外資産の大半は直接投資で外国通貨建てなのに対し、対外債務はドル建てです。かりにドルが他の通貨に対して2割減価すれば、ドルで見た対外資産は約2割増加し、純債務は解消してしまいます。

金融システムに不安が生じて資金が国外へと逃げ出せば、ドル安が進みます。すると米国の対外資産が増価して、都合良く、純債務はなくなる。信用バブルがはじけても、金融機関がつぶれたりドル安が進むだけで、国全体としての支払い能力に問題は生じません。


■国内のアンバランス

問題は国全体としての収支ではなく、このドル安と純債務解消のプロセスによって、国内にもたらされる格差です。

ドル安は物価上昇をもたらし、庶民を苦しめます。政府の財政を赤字にします。

一方、対外資産の増価の果実を味わうのは政府ではなく、多国籍企業です。かれらは自己のアイデンティティーを米国という国には置かないかも知れない。

国内の調和、もっと直接的な言い方をすれば、多国籍企業から、政府や庶民や国内企業への所得移転がどの程度なされるか、という点に、これから問題の焦点が移ってくるのだと思います。

------
注 *1) S&Pケース・シラー住宅価格指数(2008年4月)
*2) 2008年4月の値は上昇しているので、下げ止まった可能性もゼロではありません。しかし、ひと月だけでは判断できません。これから数ヶ月間の値を確認する必要があります。
*3) 米国商務省 経済分析部門, International Economic Accounts

------
(2008年10月30日追記)
・参考リンク : 900 アメリカ:住宅の地域別動向 (内閣府「今週の指標」、平成20年10月6日)
 2008年7月のS&Pケース・シラー住宅価格指数(20都市)は前年同期比で16.35%の下落と過去最大の落ち込みを記録。しかし、価格の動きは地域によって大きく異なり、30%近い下落が続く都市がある一方で、足元前月比で価格が上昇している都市もみられる。

・参考リンク : ビジネス知識源:晩秋の落日のドルとユーロ (吉田繁治氏、平成20年10月27日)
 米国FRBの貸借対照表(B/S)の検討。FRBの資産内容は金融危機への対策で急速に劣化。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国民基礎年金の試算に思う---目先の給付増に惑わされて長期的な経済成長を損なってはダメ

このところ、来訪者が激増しているので何事かと思っておりましたが、復活!三輪のレッドアラート!さんがブログでWSの記事を紹介して下さったようです。

まだ一部を拝見しただけですが、フリードマン流の市場原理主義や過度な財政均衡主義(*1)に対する問題意識が当ブログと共通で、心強く思いました。これからも、ハッとさせられるような気づきのある、経済分野の記事を読ませていただけたら、と思ってしまいます。

   ***

さて、政府は先月(2008年5月)、基礎年金をすべて税でまかなう場合に国民負担がどうなるか、という試算をまとめました。

「必要となる追加の(消費)税率の高さ」に驚かれた方も多いと思います。

でも、実はこれにはトリックがあります。まず、いま企業が負担している保険料をゼロにして、代わりに(消費)税でまかなうということが仮定されています。また、ある試算ケースでは、これまで保険料を納めてこなかった人も含めて65歳以上の全員に月6.6万円相当を給付した上で、不公平がないよう、保険料を納めてきた人には月3.3万円(あるいは6.6万円)相当を追加で給付する、という、給付総額が多くなるような仮定がなされています。それゆえ、税負担が増える結果になるのは当然なのです。

(ただし、負担増を消費税率に換算して表示してある部分を除けば、試算そのものはバックデータも詳細に明らかにした、ていねいで良心的なものだと感じました)

こうした点はすでにいろいろな方(たとえば森永卓郎さんの記事)が指摘しておられますので、今回は、もう少し長期的な視点で、経済成長の問題もからめて基礎年金の問題を考えてみたいと思います。


■年金問題はあと10年でやわらぐ

次に示すのは、65歳以上人口の年増加率の推移(国立社会保障・人口問題研究所の平成18年12月・中位推計による)です。
Jinkou65
図1 (クリックで拡大)

いわゆる団塊世代の加齢にともなって、2018年までは高齢者人口が年1〜3.5%増加しますが、2019年以降は増加率が年1%を割り込みます。つまり、年金問題は本質的には、あと10年だけの短期的問題なのです。

ちゃんとした負担と給付の仕組みが2019年の段階で整っていれば、それ以降は安定した経済成長さえ確保できれば、財源が保険料であっても税であっても、基礎年金制度の持続可能性に全く問題は生じません(*2)。

図1には、支える側である15〜64歳人口の減少率もあわせて示しました。2020年代後半から減少率が年1%を超えていますが、これはあくまでも推計です。今後、もし出生率が向上すれば労働力人口の減少は起きません。若い世代が結婚して家庭をもち、子供の教育費を払う経済的余裕もあり、安心して子育てのできる経済環境を作ることが、長期的には大事です。

このように、高齢者人口の増加率の点から見ても、支える側である働き手の人口の確保の点から見ても、長期的には安定した経済成長を確保し、家計の可処分所得を増やして、家計が必要なお金を気兼ねなく使える経済環境を作ることが重要です。

確かに、2018年までの10年間の年金給付の増加には何らかの対処が必要です。しかし、その短期的問題への対処に目を奪われて、長期的な経済成長を損なってしまっては元も子もありません。

企業の保険料負担を減らし、その分を消費税率アップでまかなうような対処法は、愚の骨頂といえます。

家計の可処分所得を(逆進的な税で)奪えば、長期的な経済成長を損なうからです。はじめの3か月はうまくいったと思うかも知れませんが、それ以降は売り上げが急減し、景気対策で財政赤字が激増。1997年の消費税率アップのときと同様に、真っ青になることが目に見えています。

ではどうすればよいのか。もう少し上記の試算を詳しく見たあとで、WSの考えを書きます。


■あらい試算---給付総額は賃金上昇率で大きく変わる

そもそも、基礎年金の給付総額はどのくらい必要なのか。それをごく大雑把に計算してみます。

65歳以上の全員に、つまり保険料に未納期間がある人にも、現在の満額給付額である月6.6万円を給付することにしましょう。人口として中位推計のものを使えば、次に示す図2の一番下の曲線を得ます。この曲線が示す給付総額は、6.6万円の12倍に高齢者人口を掛けたものです。
Kyufu
図2 (クリックで拡大)

他の3つの曲線は何かというと、若い世代の賃金上昇を考慮して、一人あたりの給付額を2009年以降、年率で1%、2.5%、あるいは4%ずつ増やしていった場合です。若い世代の給料が増えれば、高齢者世代への給付額もそれに合わせて増やすのが理にかなっているからです。

数十年後の給付総額は、賃金上昇率(より正確には、賃金上昇率を参考に設定される、一人あたり給付額の年増加率)によって、大きく変わってくることがわかります。


■政府試算との比較---短期的問題と長期的問題

このあらい試算と5月の政府試算の給付総額を比べたのが次に示す図3です。あらい試算は灰色の3つの線で示し、政府試算は色つきの線で示してあります。
Hikaku
図3 (クリックで拡大)

実は、政府試算と言っても、基本的なケースだけで16通りもあります(経済前提に4通り、保険料未納期間の扱いで4通り。4×4=16)。図には代表的な6つのケースを示しました(順にB21、B25、B37、C21、C25、C37とします)。

21とか25の数字は、経済前提を示します。21は賃金上昇率が年2.1%であること、25は2.5%であること、37は3.7%であることを示します。賃金上昇率はだいたい、名目GDP成長率と同じと考えていいでしょう。

BやCの記号は、未納期間の扱い方を示します。
Bでは給付は月6.6万円より少なくなり、Cでは多くなります。給付の面に限って大雑把にいうと、Bは現行制度に近い形での全額税方式への移行で、ただし現行制度での無年金者は月3.3万円を得ます。
Cは現行制度の1.5倍くらいに給付額を増やした上での全額税方式への移行で、現行制度での無年金者は月6.6万円を得ます。

---(
詳しくいうと、Bは、原則として全員に月6.6万円相当を給付しますが、2008年以前に保険料未納期間がある人には、給付を最大で月3.3万円相当、減額することを示します。Cは、全員に月6.6万円相当を給付した上で、2008年以前の保険料納付期間に応じて、最大で月3.3万円相当を(6.6万円に加えて)給付することを示します。Cのケースで2009年に突然、給付総額がはねあがるのは、この年からほとんどの人に(6.6万円ではなくて)月9.9万円を給付することになるからです。
)---

図3からわかるように、政府試算でも長期的には、給付総額は(賃金上昇率に連動して設定されている)1人あたり給付額の年増加率で決まってきます。

この年増加率を、物価上昇率(1%くらい)より高く、名目GDP成長率(2〜5%)より少し低いくらいに選んでおけば、いずれは給付総額をまかなうに足る税収(あるいは保険料収入)が得られます。名目で年4〜5%くらいの安定した経済成長さえ確保できれば、長期的には年金財源を気にする必要はありません。

ただし、団塊世代の加齢や若年層の未納問題にともなう、ここ10〜15年の短期的な問題は残ります。


■短期的な問題をどうするか

高齢無年金者や若い世代の保険料未納といった問題を考えると、基礎年金の全額税方式というのは1つの有力な選択肢だと思います。

ただし、税は消費税ではなく、現在の企業の保険料負担分の法人税と、現在の個人の保険料負担分の所得税が望ましい。消費税だと、長期的な経済成長を損なってしまうからです。

税方式への移行が実質的な増税になってもいけません。現在の保険料負担をなくす分だけ、かわりに法人税と所得税の税率を増やすにとどめるべきです。実質的な増税を行うと、景気を冷まし、期待したほどの税収は得られません。

では、財源はどうするのか、と言う声が聞こえてきそうですね。

たしかに、試算のケースCのように、無年金者をなくした上で、最大3.3万円を追加給付するならば、2009年以降、毎年およそ15兆円の財源が不足します。しかし、この計算には、最低保障年金の導入により将来への不安が(一部)解消されることに伴う、消費性向の向上の効果が含まれていません。

かりに、消費性向(=民間可処分所得に占める個人消費の割合、現在の日本では70%弱)が1%向上するなら、(税率が同じでも)税収は約5兆円増えるので、不足する財源は15兆円ではなく、10兆円になります。消費性向の向上がもっと大きければ、不足する財源はさらに少なくなります。

(消費税は逆進的なので、家計の可処分所得を減らし、消費性向も下げます。このような税収増の効果は得られません。これも保険料を消費税ではなくて、法人税と所得税で置き換えるべき理由です)

試算Cのように2009年からいきなり給付を大幅アップするのではなく、試算Bのようにおだやかに導入したあと、10年後くらいから段階的に試算Cレベルの給付へと移行するならば、増税せずとも消費性向の向上だけで財源が足りる可能性もあると思います。


■それでも不足したらどうするか

ずばり、政府がお金を刷る(硬貨を発行する)のがよいと思います(*3)。
金かプラチナで、あんパンくらいの大きさの10兆円硬貨を5枚ほど鋳造する。もちろん、鋳型のデザインは人間国宝級の方に依頼した、希少価値のある硬貨です。それを日銀に納める。その代金として、政府は日本銀行券50兆円を手にします(実際は帳簿に金額が記載されるだけです)。

この50兆円は利息の付かないお金です。赤字国債を発行したわけではないので、将来、利払いに苦しむ必要もありません。

こうした操作は、もし乱用するなら激しいインフレを招く可能性がありますが、節度のあるやり方で行えば、日銀による公開市場操作や預金準備率の操作でインフレはコントロールできるでしょう。

憲法はこうした操作を禁止していないので、国会における議決か立法があれば、50兆円は問題なく得られます(乱用を避けるために、その都度、立法するのがよいとは思いますが)。

2009年には、そのうちの15兆円を基礎年金給付の不足分にあてます。翌年は、消費性向があがって経済が成長し、税収が増えているので、たぶん5〜10兆円くらいで済むでしょう。翌々年はさらに少なくて済むでしょう。結局、50兆円の一部は余ってしまうかも知れません。そうなったら、医療や介護、教育、財政難の地方自治体への交付に使えばいいのです。


■本当にそんなことをしてもいいの?

「お金を刷る」とはあまりにあっけない解決策なので、本当にそんなことをしてもいいの?と抵抗を感じる方もおられるでしょう。不況下の厳しい経済環境のなかで1円を絞り出そうとしている方も多い。それは当然の感情だと思います。

でも、バブル崩壊以前の状況を思い出して下さい。銀行は、値上がりの期待できる土地や建物を担保に、どんどん融資を行いました。その不動産に1億円の価値があると銀行マンが思ったら、その場で1億円が融資されました。

ご存じのように、この融資の大半は、預金者があずけた預金や銀行の資本金からきているわけではありません。いわゆる「信用創造のメカニズム」により、帳簿の上で、融資の瞬間に無から創造されたものです。その瞬間に「お金が刷られた」のです。

一人の民間銀行マンは私益のためにお金を刷ることができる。でも、国民から選ばれた政府は公益のためにお金を刷ってはいけない、というのも妙な話です。

以前の日本では、不動産価格が値上がりしていたので、民間銀行に任せておけば自然に、不動産を担保に発行される紙のマネーの総量が、経済規模に比例して増えました。

「不動産値上がり神話」が消え去ったバブル崩壊後の日本では、かつての不動産のように経済規模に比例して価値の増える自然な担保がまだ存在しません。民間銀行に任せておいても、紙のマネーの総量は増えなくなっています(デフレの原因)。

だから、政府が積極的にお金を刷って、紙のマネーの総量を(潜在的な)経済規模に比例して増やす必要があるのです。

国民基礎年金のためにお金が印刷されるならば、それはいわば、これまでの国民の勤労の成果の蓄積を担保として刷られるものとなるでしょう。

   *

さて、政府がお金を刷ったとき、そのお金をどうやって家計に渡すべきでしょうか。

従来のように、補助金により企業経由で渡すのも1つの方法ですが、さまざまな癒着の弊害が生じたことはご承知の通りです。消費税の廃止や社会保障給付により直接、家計に渡すという新しい方法を試す時期が来ているように思います。

では、今回はこれで。
次回は、米国の住宅価格か、あるいは、経済成長と減税の両方を可能にする魔法の税制について考えてみる予定です。

------
*1) 財政均衡主義の弊害については、日本財政を考えるさんが、精力的に記事をアップしておられます。

*2) 若年人口(労働力人口)の減少は、いわれているほど深刻な問題だとは思えません。たとえば、日本の農業を考えてみて下さい。

1955年には、3655万人で年1.66兆円の農業生産額でした。2000年には、1047万人で年91.3兆円の農業生産額です。この間の45年間に、一人あたりの農業生産額は191倍に増えました。これは名目で年12.4%の伸び率です。

この生産性のめざましい向上を可能にしたのは、農薬や機械の使用などの技術の進歩であり、それを支えたのは、余剰農業人口の吸収を可能にした経済規模の拡大でした。さまざまな産業が調和して発展できる環境さえあれば、生産性は大きく向上し、労働力人口の減少の悪影響など軽く吹き飛ばしてしまうことでしょう。

*3) 「お金を刷る」という発想をWSは、日本経済復活の会さんのHPや神州の泉さんのHPで学びました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドルは誰に買われてきたか---米国国債の地域別購入額の推移

昨年秋に「世界バブルの崩壊が軟着陸になるのか激突になるのかは原油価格の動向次第」という意味のことを書きました(記事)。

あのときには、原油価格が落ち着けば、オイルに依存した米国経済の貿易収支も改善し、信用危機に対処する時間的余裕が生まれるだろう、と考えていたのです。でも、この考えは間違っていたかも知れません。

次の図はこの数年間、世界のどの地域が米国国債を買ってきたか、を示しています(*1)。民間と政府の購入の両方を含んだものです。
Ustrbd
図 (クリックで拡大)

外国勢の購入額そのものは年に総額25兆円(2500億ドル)くらいで、目立って減少しているわけではありませんが、その買い手は大きく変わっています。

数年前まで、主な買い手はアジア(日本、中国など)でした。現在、アジア勢の購入はほとんどゼロです(売っている、というほどでもありませんが…)。

現在の買い手は4分の3が英国、残りが中南米(ほとんどがブラジル(*2))です。原油や資源価格の高騰で中東諸国などから英国に流れ込んだマネーが米国に投資され、米国債購入などに向かっているものと思われます。

エネルギーや資源の価格の高騰そのものが米国の金融を支えている、という構図が見えてきます。資源価格が上昇している間はいいけど、ひとたび価格が下落しはじめたら、マネーが流入しなくなる。かといって、資源価格が高いままでは実体経済がもたない。昨年秋にWSが考えていたより、はるかに厳しい状況に、米国経済は置かれているのかも知れません。

______
注 *1) FRBのHPの公開データから作成。2007年は、1〜11月までの総和を12/11倍した値。

*2) ブラジルは10%を超える高金利で海外からの投資を引きつけています。通貨レアル高を緩和するための為替介入で近年、外貨準備高(ドル準備高)が急増してきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドル崩壊? それともドル高? ---1998年以前の「ユーロ」為替レート

2001年9月から6年あまり、ユーロは対ドルでも対円でも上昇を続けています。この傾向はずっと続くのでしょうか。

それを調べるには、長期のチャートがほしい。しかし、1998年以前には「ユーロ」という通貨はなかった。というわけで、かつての独マルク、仏フラン、伊リラのレートから、仮想通貨「ユーロ」のレートを推定してみました。

Image001
図:クリックで拡大

ユーロ圏のGDPのおよそ7割はドイツ、フランス、イタリアの3カ国が占めていて、3カ国内での比率は順におよそ45%、30%、25%です。この重みで3通貨(マルク、フラン、リラ)のレート(*1)の(乗法的な)重みつき平均を計算して求めたのが、上のグラフの「ユーロ」レート(1971年〜2008年)です。

ユーロ/ドル相場(青色の線)を見て下さい。現在はかつてないユーロ高(約1.4ドル/ユーロ)と言われていますが、過去30年で、この水準のユーロ高は1980年頃と1990年代初頭の2回あったことがわかります。いずれも中東の戦争で原油が高く、米国の財政赤字が急拡大した時期です。2回とも、その後の5〜10年で1ドル/ユーロを割る水準までドル高ユーロ安が進行しました。

サブプライムバブルの崩壊をきっかけとした信用収縮の過程が、暴走せずに踏みとどまるならば、ドル安による米国の輸出の好調に、いずれはおきる原油価格の低下が幸いして米国経済が復調し、(対ユーロで)ドル高が進行するというストーリーもあり得るように思います。

------
注 *1) FRBのHPで取得できる過去データから計算。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

壮大な世界バブルの崩壊?

図は、経済社会総合研究所景気統計部のページで公開されている、過去27年間の景気動向指数(CI)の推移です(赤い注の加筆はWaveofsoundが行いました)。

Comp_idx
図 クリックで拡大


最近の先行指数と一致指数の大きな乖離は、90年代初頭の不動産バブル崩壊のころに酷似している、と感じるのはWSだけでしょうか。ピークを過ぎたと見える遅行指数の動きも似ています。建築着工の遅れの影響もある程度、数値に含まれているとは思いますが。

ここ数年、冷え切った国内の消費とは対照的に、欧米・中国・新興国の景気は加熱し、国内の関連産業も世界バブルの宴に踊ってきました。しかし、ついに…。

各国は日本のバブル崩壊に学んでいるので、膨らみすぎた風船が、ゆっくりとしぼむように導くでしょう。その成否は、原油価格の動向次第でしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)